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最終話ー29
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「――ドルフ!」
ベラドンナが校舎から飛び出すと、アドルフォの声が返ってきた。
「大丈夫だ、ベラ。校舎へ入っていろ。とろ火だ、大したことない」
その声は、まるで対岸の火事でも眺めているように冷静沈着としていた。
「た…大したことないって、そんなわけ……!」
「危ないわよ、ベラちゃんっ……!」
とアリーチェがベラドンナの手を取り、引っ張って校舎の中へと戻した。
「だ…大丈夫だから落ち着いて。だ…だってドルフ閣下なのよっ……? いくらとろ火でもわたしたちにとっては大したことあるけど、ドルフ閣下には大したことないのよ。火傷はするかもしれないけど、朝が来たらタロウ君たちが来て治癒魔法を掛けてくれるから大丈夫よ、ベラちゃん。お…落ち着いて……」
そう宥めるアリーチェも、ベラドンナも、そして窓の外を見る一同も決して平静ではいられなかった。
「もう一度訊くわ」
ヴァレンティーナの声が震えた。
「本当にコニッリョの力はいらないの、いるの……どっちなの! どっち!」
アドルフォの死なんて、きっと誰もが想像できないが。
100歳まで生きるつもりのベルだって、見られる気がしないが。
アドルフォは最強の戦士で、見るからに『人間卒業生』で、どうやらあのバケモノよりもバケモノらしいが。
でも、それでもこんな光景を見て、誰が大丈夫と思えよう。
落ち着いていられよう。
皆の記憶の中で、アドルフォはたしか一応ぎりぎりのところで人間に分類されている。
それが今、目線の先で炎に巻かれていく。
それはさっきの滝のような炎と比べたら、とても弱々しい生まれたての蛇のような炎だ。
でもアドルフォと組み合っている腕の指の無くなった白の手から出て来て、その身体に急速に絡み付いていく。
黒の板金鎧の隙間から中へ入り込んで布鎧に火が付くと、アドルフォの身体から煙が噴き出してきた。
「ドルフ! 大丈夫か、ドルフ!」
と開けっ放しになっている校舎の扉から、フラヴィオの声が響いて来た。
フェデリコと共に、必死に大きなオスのピピストレッロの翼の根元を武器で叩き付けている。
「大丈夫です。俺はこのバケモノを絶対に離しませんから、このまま翼を切り落としてください」
「大丈夫じゃないだろう! 一体、どういうことだ! このバケモノは、魔法を唱えていないぞ!」
とフラヴィオが魔法使い――アラブを見ると、それは一呼吸置いて「そうか!」と気付いた。
「魔法を唱えることは出来なくなっても、魔法を使えなくなったわけじゃないのか! 自分がさっきのように、口を開かずとも風の刃を作ったり、いつも炎と水を起こして風呂の湯を作ったりしているみたいに!」
「そういうことか…! 言われてみれば、彼らは何も唱えなくても炎を使っている……!」
とフェデリコが、周りで他のピピストレッロを退治しているレオナルドたちを見た。
「レオ以外はもういい! 亡くなった兵士が使っていた、刃こぼれの少ない武器を見つけて来てくれ! 私と兄上の分、二本だ! いや、あるだけ全てだ!」
「しかしそれでは、陛下たちが……!」
アラブが戸惑うと、国王命令が下った。
「構わん、早くしろ!」
ムサシ・ジルベルト兄弟とアラブ、ファビオが急いで校庭に散らばり、武器を探しに向かう。
「頼んだぞ、レオ!」
「スィー、伯父上!」
とレオナルドが死に物狂いで、大量に降り続けてくるピピストレッロを片っ端から灰にしていく。
しかし手伝いが4人も減っては尚のこと手が回らなくなり、フラヴィオとフェデリコ、アドルフォの身体を爪が傷付けていく。
悲鳴を上げた天使たちが溜まらず校舎の外へ飛び出すと、3人の口から怒号が響いて来た――
「中へ入っていろ!」
即刻「ノ!」と返した天使軍の問題児その1が弓矢を、その2がバレストラを構えてその下へ向かおうとすると、「駄目です!」と幼い声が響いた。
二人が振り返ると、そこに眉を吊り上げたサルヴァトーレが立っている。
「父上たちのところには、たくさんのピピストレッロがいます! そんな危険なところへ行くことは、トーレが許しません! 校舎へ戻ってください!」
「トーレ……!」
「さあ、早く! ……早く! トーレは王太子だぞ!」
蒸し暑い夏に、涼を得るのに最適な声が返ってきた。
「こんなにときに、どこぞの汚物の物真似ですかトーレ? あなたが今、命じた相手が誰か言ってごらんなさい」
「は、ははは母上――カンクロ国女王ベルナデッタ・マストランジェロ陛下ででです。王太子ごときが、ごごごごめんなさい」
と歯をガチガチと鳴らせながら謝罪したサルヴァトーレが、「でも」と二人の手を引っ張って校舎へと戻そうとする。
「駄目です、母上! ベラ叔母上も!」
「離しなさい、トーレ! 今、お父上たちがどうなっているのか見えないのですか!」
「見えるけど、でもっ……母上も、ベラ叔母上も、父上たちがあんなになってまで、誰を守ろうとしているのか分からないのですか!」
と、サルヴァトーレが、怒鳴るような声で訴える。
「天使の仕事は何ですか! 母上なんて、『生きること』が一番の仕事ではありませんでしたか! 忘れたのですか! トーレは弱いけど、トーレはマストランジェロ一族の男です! 見るからに危険だと分かるところへ、天使を行かせるわけにはいきません! トーレは天使を守ります!」
二人の手を引っ張るサルヴァトーレの手の上に、ライモンドの手が重なった。
「じーじの天使たちは手が掛かるな。手伝う」
「ありがとう、ライ……!」
サルヴァトーレの力は年相応の子供だが、コラードの力を受け継いでいるライモンドは大人顔負けの力があった。
校舎の中へと引きずられていく二人が、「待って」と泣きながらに訴えても、それは止まることは無かった。
外に飛び出した他の天使たちも校舎の中へ再び入って、扉を閉める。
「その気持ち痛いほど分かるわ、二人共。これでおとなしくしていろっていう方が無理よね、分かるわ」
とシャルロッテが、窓の外の光景に戦慄する二人を抱き締めた。
「でも、駄目よ。トーレの言う通りよ。あなたたちは命を落とすようなことをしては駄目。私、今やっとコラードたちの気持ちが分かるの。それはフラヴィオたちも同じ。あなたたちは、フラヴィオたちのために生きなきゃ駄目よ」
「そうよ、ベル、ベラちゃん……!」
と同様に泣きながら震えているアリーチェも、二人を抱き締めた。
「わたしたちは天使よ。生きなきゃいけないのよ。どんなに怖くたって、辛くたって、忘れちゃ駄目よ……!」
ベルもベラドンナも決して忘れていたわけじゃないが、居ても立っても居られなかった。
目線の先、フラヴィオとフェデリコが傷だらけになり、アドルフォに至っては炎に包み隠されて、もうその姿がすっかり見えなくなる寸前だった。
扉を閉めていても、狼狽し、焦慮する校庭の一同の声が響いてくる――
「ドルフ、頑張ってくれ! もう少しだ!」
「もうこの剣も駄目だ、さっさと次の武器を持って来い!」
「スィー、持って来ましただ!」
「って、それシャムシールみたいに薄刃じゃないかファビオ! こいつの身体を普通のピピストレッロと同じに考えるな! 一発で折れるぞ!」
「た、たしかにそうですだアラブ将軍! す、すみませんでし――」
「いいから早くしろ!」
特に、火だるまになっている父親を目前にしているムサシ・ジルベルト兄弟は今にも正気を失いそうになっていた。
「まだでござりまするか陛下、大公閣下! 早く翼を切り落としてくだされ! 早く!」
「炎の中じゃ、おとんだって無事じゃいられねえよ! 早くしてくれよ! 早く! そうだ、誰か水を持って来てくれ! 水だ、水!」
アドルフォが二人の息子に「落ち着け」と言った。
「普通の水では、魔法の炎はどうすることも出来ないだろう。何度も言うが、俺は大丈夫だ。ムサシ、ジル、心配するな」
「大丈夫じゃねえよ! 殺してやる! 殺してやる!」
とジルベルトが大きなオスのピピストレッロの首に剣を叩き付けると、それは掠り傷を付けただけで、3回目で刃が飛んでいった。
すぐに次の剣を探しに行こうとしたジルベルトを、アドルフォが「待て」と止める。
「こいつに下手に手出しをするな、未来のカプリコルノを支えるプリームラ軍元帥。今のおまえでは、まだこいつに敵わない。俺は、大丈夫だ」
誰がどう見ても大丈夫じゃなかった。
今こうして普通に会話をしているのが意味不明なほどに、その身体は煌々と燃え上がっている。
「もういい、こいつを離せドルフ!」
フラヴィオが命じると、それは「ノ」と返した。
「アレックス殿下が先ほど言っていました。魔法を唱えられなくなる魔法は、少しのあいだしか効かないと。ここで俺がこいつを離したら、こいつはまた空へ飛んでいくか、もしくは陛下と大公閣下が思う通りに翼を切り落とせくなるかのどっちかです。そうこうしている内にアレックス殿下の掛けた魔法が解け、こいつはまた例の厄介な魔法で回復する。それでは、守らなければならない者たちを守ることは出来ません」
校舎の中から泣き叫ぶ、最愛の妻――ベラドンナの声が耳に入ってくる。
それは焼ける身体に力を漲らせ、炎に包まれている手が、押さえ付けている白の腕に強く食い込んでいった。
「俺は、バケモノだ……いや、バケモノ卒業生だ。肉が焦げようが、指が焼け落ちようが、命が尽き果てようが、俺はこいつを絶対に離さない……!」
とアドルフォが、「ムサシ、ジル」と二人の息子を呼んだ。
「おまえたちはどちらも、未来のカプリコルノを支える大きな力になる。鍛錬を怠るな。必ず強くなれ。ジルは俺を超えるくらいにだ。たとえ天変地異が起きようと、弱い者たちをその力で守り抜けるように」
それは、別れの言葉だと分かった。
父の身体を爪で傷付けるピピストレッロを必死に倒していく兄弟の内、兄の方が「スィー」と言って涙を飲み込んだ。
「拙者は鍛錬を一日も怠りませぬ。強くなりまする。未来のカプリコルノを支えることを、ここに誓って約束しまする、おとん」
と、弟の胸元をどつくと、それは涙声で「分かってる」と言った。
「分かってる、おとん。オレは必ずおとんより強くなって、おとんを継いでプリームラ軍元帥になる。おとんみたいに、未来のカプリコルノを守る。だから何も心配するな」
「そうか」と安堵したように返したアドルフォが、「それから」と続けた。
「俺ともうひとつ約束してくれ。いつもおかんの――ベラの傍にいると。おまえたち2人は、ベラの生きる糧になる。普通は反抗期があって当たり前なんだろうが、なるべくならそんなものは迎えるな。ベラを困らせるな、泣かせるな。ベラはああ見えてとても繊細で、弱いんだ」
兄弟が「スィー」と声を揃えた。
「分かっていまする、おとん。おかんのヒマワリのような笑顔は、拙者とジルが守りまする」
「オレは今知ったけど、別に意識しなくたって同じ城の中に住んでんだから大丈夫だ。これまで通り飯んときゃいつも一緒に肉にかぶりつくし、守る気はあっても泣かせる気はねーから安心しろ」
もう一度「そうか」とアドルフォの安堵の声が聞こえた。
少し顔を上げて、「ルフィーナ王妃陛下」と呼び掛ける。
「俺の声が聞こえるでしょう。ベラにお伝えください、申し訳ないと。それから、俺はベラに対して、この想いで一杯だ……」
親友二人の目には、炎の中でアドルフォが幸福そうに微笑したのが分かった。
「ありがとう、ベラ。俺の孤独だった人生は、おまえに出会ったその瞬間から変わったんだ。本当に、ありがとうな」
と、「それから」と親友二人の方を見た。
こちらもまた、炎越しでも二人の頬を伝う涙が見えた。
「お二方も、ありがとうございました。俺に友人が出来る日が来るとは思わなかった。オルキデーア国に寝返って、オルキデーア城で暮らすようになってからは、毎日が有意義で楽しかった」
「ああ、余もだ、フェーデもだ。おまえがオルキデーア国に寝返ってくれたお陰で、余もフェーデも救われたのだ。その後もおまえの力に幾度となく助けられ、おまえには礼しかない。しかし、こんな会話はまだ早いだろう、ドルフ!」
「そうだ、ドルフ! 弱気になるな! あと少しだ、あと少しで翼が落ちる! 頼む、頑張ってくれドルフ! ひとりだけ先に地獄に行くな!」
「スィー」
と返事が聞こえた。
それから1分も絶たずのこと――
「よし、右翼が落ちるぞフェーデ!」
「左翼もです、兄上!」
二人、「ドルフ!」とそちらを見た。
ムサシとジルベルトも「おとん!」とその顔がある辺りを覗き込んだ。
「ドルフ……?」
「おとん……?」
炎に包まれている手で、白の腕を折らんばかりに掴んでいる。
血眼になって逃げようとしている白の巨体を押さえ付けている。
しかしもう、返事は無かった。
「ドルフ!」
「おとん!」
その息子二人の慟哭が夜空を切り裂き、その親友二人の刃が黒の両翼を切り落とす。
「――落ちた!」
レオナルドの声が響いた。
白の手から出ていた炎が止み、その巨体が石像になったように硬直する――
「殺せえぇぇぇ!」
『力の王』の咆哮がどの声よりも大きく轟き、校庭も、校舎も、刹那に静寂に包まれる。
そして二つの刃が、その首を目掛けて振り下ろされていく。
その直前のことだった――
ベラドンナが校舎から飛び出すと、アドルフォの声が返ってきた。
「大丈夫だ、ベラ。校舎へ入っていろ。とろ火だ、大したことない」
その声は、まるで対岸の火事でも眺めているように冷静沈着としていた。
「た…大したことないって、そんなわけ……!」
「危ないわよ、ベラちゃんっ……!」
とアリーチェがベラドンナの手を取り、引っ張って校舎の中へと戻した。
「だ…大丈夫だから落ち着いて。だ…だってドルフ閣下なのよっ……? いくらとろ火でもわたしたちにとっては大したことあるけど、ドルフ閣下には大したことないのよ。火傷はするかもしれないけど、朝が来たらタロウ君たちが来て治癒魔法を掛けてくれるから大丈夫よ、ベラちゃん。お…落ち着いて……」
そう宥めるアリーチェも、ベラドンナも、そして窓の外を見る一同も決して平静ではいられなかった。
「もう一度訊くわ」
ヴァレンティーナの声が震えた。
「本当にコニッリョの力はいらないの、いるの……どっちなの! どっち!」
アドルフォの死なんて、きっと誰もが想像できないが。
100歳まで生きるつもりのベルだって、見られる気がしないが。
アドルフォは最強の戦士で、見るからに『人間卒業生』で、どうやらあのバケモノよりもバケモノらしいが。
でも、それでもこんな光景を見て、誰が大丈夫と思えよう。
落ち着いていられよう。
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それが今、目線の先で炎に巻かれていく。
それはさっきの滝のような炎と比べたら、とても弱々しい生まれたての蛇のような炎だ。
でもアドルフォと組み合っている腕の指の無くなった白の手から出て来て、その身体に急速に絡み付いていく。
黒の板金鎧の隙間から中へ入り込んで布鎧に火が付くと、アドルフォの身体から煙が噴き出してきた。
「ドルフ! 大丈夫か、ドルフ!」
と開けっ放しになっている校舎の扉から、フラヴィオの声が響いて来た。
フェデリコと共に、必死に大きなオスのピピストレッロの翼の根元を武器で叩き付けている。
「大丈夫です。俺はこのバケモノを絶対に離しませんから、このまま翼を切り落としてください」
「大丈夫じゃないだろう! 一体、どういうことだ! このバケモノは、魔法を唱えていないぞ!」
とフラヴィオが魔法使い――アラブを見ると、それは一呼吸置いて「そうか!」と気付いた。
「魔法を唱えることは出来なくなっても、魔法を使えなくなったわけじゃないのか! 自分がさっきのように、口を開かずとも風の刃を作ったり、いつも炎と水を起こして風呂の湯を作ったりしているみたいに!」
「そういうことか…! 言われてみれば、彼らは何も唱えなくても炎を使っている……!」
とフェデリコが、周りで他のピピストレッロを退治しているレオナルドたちを見た。
「レオ以外はもういい! 亡くなった兵士が使っていた、刃こぼれの少ない武器を見つけて来てくれ! 私と兄上の分、二本だ! いや、あるだけ全てだ!」
「しかしそれでは、陛下たちが……!」
アラブが戸惑うと、国王命令が下った。
「構わん、早くしろ!」
ムサシ・ジルベルト兄弟とアラブ、ファビオが急いで校庭に散らばり、武器を探しに向かう。
「頼んだぞ、レオ!」
「スィー、伯父上!」
とレオナルドが死に物狂いで、大量に降り続けてくるピピストレッロを片っ端から灰にしていく。
しかし手伝いが4人も減っては尚のこと手が回らなくなり、フラヴィオとフェデリコ、アドルフォの身体を爪が傷付けていく。
悲鳴を上げた天使たちが溜まらず校舎の外へ飛び出すと、3人の口から怒号が響いて来た――
「中へ入っていろ!」
即刻「ノ!」と返した天使軍の問題児その1が弓矢を、その2がバレストラを構えてその下へ向かおうとすると、「駄目です!」と幼い声が響いた。
二人が振り返ると、そこに眉を吊り上げたサルヴァトーレが立っている。
「父上たちのところには、たくさんのピピストレッロがいます! そんな危険なところへ行くことは、トーレが許しません! 校舎へ戻ってください!」
「トーレ……!」
「さあ、早く! ……早く! トーレは王太子だぞ!」
蒸し暑い夏に、涼を得るのに最適な声が返ってきた。
「こんなにときに、どこぞの汚物の物真似ですかトーレ? あなたが今、命じた相手が誰か言ってごらんなさい」
「は、ははは母上――カンクロ国女王ベルナデッタ・マストランジェロ陛下ででです。王太子ごときが、ごごごごめんなさい」
と歯をガチガチと鳴らせながら謝罪したサルヴァトーレが、「でも」と二人の手を引っ張って校舎へと戻そうとする。
「駄目です、母上! ベラ叔母上も!」
「離しなさい、トーレ! 今、お父上たちがどうなっているのか見えないのですか!」
「見えるけど、でもっ……母上も、ベラ叔母上も、父上たちがあんなになってまで、誰を守ろうとしているのか分からないのですか!」
と、サルヴァトーレが、怒鳴るような声で訴える。
「天使の仕事は何ですか! 母上なんて、『生きること』が一番の仕事ではありませんでしたか! 忘れたのですか! トーレは弱いけど、トーレはマストランジェロ一族の男です! 見るからに危険だと分かるところへ、天使を行かせるわけにはいきません! トーレは天使を守ります!」
二人の手を引っ張るサルヴァトーレの手の上に、ライモンドの手が重なった。
「じーじの天使たちは手が掛かるな。手伝う」
「ありがとう、ライ……!」
サルヴァトーレの力は年相応の子供だが、コラードの力を受け継いでいるライモンドは大人顔負けの力があった。
校舎の中へと引きずられていく二人が、「待って」と泣きながらに訴えても、それは止まることは無かった。
外に飛び出した他の天使たちも校舎の中へ再び入って、扉を閉める。
「その気持ち痛いほど分かるわ、二人共。これでおとなしくしていろっていう方が無理よね、分かるわ」
とシャルロッテが、窓の外の光景に戦慄する二人を抱き締めた。
「でも、駄目よ。トーレの言う通りよ。あなたたちは命を落とすようなことをしては駄目。私、今やっとコラードたちの気持ちが分かるの。それはフラヴィオたちも同じ。あなたたちは、フラヴィオたちのために生きなきゃ駄目よ」
「そうよ、ベル、ベラちゃん……!」
と同様に泣きながら震えているアリーチェも、二人を抱き締めた。
「わたしたちは天使よ。生きなきゃいけないのよ。どんなに怖くたって、辛くたって、忘れちゃ駄目よ……!」
ベルもベラドンナも決して忘れていたわけじゃないが、居ても立っても居られなかった。
目線の先、フラヴィオとフェデリコが傷だらけになり、アドルフォに至っては炎に包み隠されて、もうその姿がすっかり見えなくなる寸前だった。
扉を閉めていても、狼狽し、焦慮する校庭の一同の声が響いてくる――
「ドルフ、頑張ってくれ! もう少しだ!」
「もうこの剣も駄目だ、さっさと次の武器を持って来い!」
「スィー、持って来ましただ!」
「って、それシャムシールみたいに薄刃じゃないかファビオ! こいつの身体を普通のピピストレッロと同じに考えるな! 一発で折れるぞ!」
「た、たしかにそうですだアラブ将軍! す、すみませんでし――」
「いいから早くしろ!」
特に、火だるまになっている父親を目前にしているムサシ・ジルベルト兄弟は今にも正気を失いそうになっていた。
「まだでござりまするか陛下、大公閣下! 早く翼を切り落としてくだされ! 早く!」
「炎の中じゃ、おとんだって無事じゃいられねえよ! 早くしてくれよ! 早く! そうだ、誰か水を持って来てくれ! 水だ、水!」
アドルフォが二人の息子に「落ち着け」と言った。
「普通の水では、魔法の炎はどうすることも出来ないだろう。何度も言うが、俺は大丈夫だ。ムサシ、ジル、心配するな」
「大丈夫じゃねえよ! 殺してやる! 殺してやる!」
とジルベルトが大きなオスのピピストレッロの首に剣を叩き付けると、それは掠り傷を付けただけで、3回目で刃が飛んでいった。
すぐに次の剣を探しに行こうとしたジルベルトを、アドルフォが「待て」と止める。
「こいつに下手に手出しをするな、未来のカプリコルノを支えるプリームラ軍元帥。今のおまえでは、まだこいつに敵わない。俺は、大丈夫だ」
誰がどう見ても大丈夫じゃなかった。
今こうして普通に会話をしているのが意味不明なほどに、その身体は煌々と燃え上がっている。
「もういい、こいつを離せドルフ!」
フラヴィオが命じると、それは「ノ」と返した。
「アレックス殿下が先ほど言っていました。魔法を唱えられなくなる魔法は、少しのあいだしか効かないと。ここで俺がこいつを離したら、こいつはまた空へ飛んでいくか、もしくは陛下と大公閣下が思う通りに翼を切り落とせくなるかのどっちかです。そうこうしている内にアレックス殿下の掛けた魔法が解け、こいつはまた例の厄介な魔法で回復する。それでは、守らなければならない者たちを守ることは出来ません」
校舎の中から泣き叫ぶ、最愛の妻――ベラドンナの声が耳に入ってくる。
それは焼ける身体に力を漲らせ、炎に包まれている手が、押さえ付けている白の腕に強く食い込んでいった。
「俺は、バケモノだ……いや、バケモノ卒業生だ。肉が焦げようが、指が焼け落ちようが、命が尽き果てようが、俺はこいつを絶対に離さない……!」
とアドルフォが、「ムサシ、ジル」と二人の息子を呼んだ。
「おまえたちはどちらも、未来のカプリコルノを支える大きな力になる。鍛錬を怠るな。必ず強くなれ。ジルは俺を超えるくらいにだ。たとえ天変地異が起きようと、弱い者たちをその力で守り抜けるように」
それは、別れの言葉だと分かった。
父の身体を爪で傷付けるピピストレッロを必死に倒していく兄弟の内、兄の方が「スィー」と言って涙を飲み込んだ。
「拙者は鍛錬を一日も怠りませぬ。強くなりまする。未来のカプリコルノを支えることを、ここに誓って約束しまする、おとん」
と、弟の胸元をどつくと、それは涙声で「分かってる」と言った。
「分かってる、おとん。オレは必ずおとんより強くなって、おとんを継いでプリームラ軍元帥になる。おとんみたいに、未来のカプリコルノを守る。だから何も心配するな」
「そうか」と安堵したように返したアドルフォが、「それから」と続けた。
「俺ともうひとつ約束してくれ。いつもおかんの――ベラの傍にいると。おまえたち2人は、ベラの生きる糧になる。普通は反抗期があって当たり前なんだろうが、なるべくならそんなものは迎えるな。ベラを困らせるな、泣かせるな。ベラはああ見えてとても繊細で、弱いんだ」
兄弟が「スィー」と声を揃えた。
「分かっていまする、おとん。おかんのヒマワリのような笑顔は、拙者とジルが守りまする」
「オレは今知ったけど、別に意識しなくたって同じ城の中に住んでんだから大丈夫だ。これまで通り飯んときゃいつも一緒に肉にかぶりつくし、守る気はあっても泣かせる気はねーから安心しろ」
もう一度「そうか」とアドルフォの安堵の声が聞こえた。
少し顔を上げて、「ルフィーナ王妃陛下」と呼び掛ける。
「俺の声が聞こえるでしょう。ベラにお伝えください、申し訳ないと。それから、俺はベラに対して、この想いで一杯だ……」
親友二人の目には、炎の中でアドルフォが幸福そうに微笑したのが分かった。
「ありがとう、ベラ。俺の孤独だった人生は、おまえに出会ったその瞬間から変わったんだ。本当に、ありがとうな」
と、「それから」と親友二人の方を見た。
こちらもまた、炎越しでも二人の頬を伝う涙が見えた。
「お二方も、ありがとうございました。俺に友人が出来る日が来るとは思わなかった。オルキデーア国に寝返って、オルキデーア城で暮らすようになってからは、毎日が有意義で楽しかった」
「ああ、余もだ、フェーデもだ。おまえがオルキデーア国に寝返ってくれたお陰で、余もフェーデも救われたのだ。その後もおまえの力に幾度となく助けられ、おまえには礼しかない。しかし、こんな会話はまだ早いだろう、ドルフ!」
「そうだ、ドルフ! 弱気になるな! あと少しだ、あと少しで翼が落ちる! 頼む、頑張ってくれドルフ! ひとりだけ先に地獄に行くな!」
「スィー」
と返事が聞こえた。
それから1分も絶たずのこと――
「よし、右翼が落ちるぞフェーデ!」
「左翼もです、兄上!」
二人、「ドルフ!」とそちらを見た。
ムサシとジルベルトも「おとん!」とその顔がある辺りを覗き込んだ。
「ドルフ……?」
「おとん……?」
炎に包まれている手で、白の腕を折らんばかりに掴んでいる。
血眼になって逃げようとしている白の巨体を押さえ付けている。
しかしもう、返事は無かった。
「ドルフ!」
「おとん!」
その息子二人の慟哭が夜空を切り裂き、その親友二人の刃が黒の両翼を切り落とす。
「――落ちた!」
レオナルドの声が響いた。
白の手から出ていた炎が止み、その巨体が石像になったように硬直する――
「殺せえぇぇぇ!」
『力の王』の咆哮がどの声よりも大きく轟き、校庭も、校舎も、刹那に静寂に包まれる。
そして二つの刃が、その首を目掛けて振り下ろされていく。
その直前のことだった――
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