酒池肉林王と7番目の天使~番外編集~

日向かなた

文字の大きさ
1 / 51

身体測定ー1(本編33.5話)

しおりを挟む
 ――1491年4月半ば過ぎの、カプリコルノ国。

 春の花々が咲き乱れる宮廷オルキデーア城の裏庭。

 昼下がりのティータイムオラ・デル・テーに、国王の『天使』8人が集合していた。

 いつまでも美しい肌を保たねばならぬため日焼けは厳禁で、皆が鍔の広い帽子を被り、手袋を装着し、裏庭の中央付近にある円卓に着いていた。

「よろしいですか、天使の皆様」

 と、国王の補佐その3――宰相であり、天使軍の二代目・元帥こと7番目の天使ベル(満17歳)が口を開くと、他の天使たちが「はいスィー」と相槌を打った。

『宰相』だの、軍の『元帥』だのいうと厳つく聞こえるし、最近のその雰囲気は三十路越えだが、それはとても小柄で可憐な容姿をしている。

 金の刺繍が裾に入っただけの簡素な黒のドレスヴェスティートを纏っている身体は、この国の女性平均身長164cmには10cm以上足りていないし、繊細な造形の顔は握り拳ほどの大きさしかない。

 指輪が全部小指用になってしまうほど小さな手が、『いつもの茶』を淹れたカップタッツァを上品に持つと、他の天使たちも急いでそれに倣っていく。

「『天使』とは、一種の職業でございます。して、その仕事は国王フラヴィオ・マストランジェロ陛下を愛し、陛下の癒しとなり、陛下の助けとなり、陛下のためにいつまでも美しくあり、陛下のために生きること――で、ございます。そして、この『いつもの茶』を飲むことは――」

「はい!」と新入りとも言える8番目の天使――王太子妃アヤメ(満16歳)――が、気合の入った様子で挙手した。

「国王フラヴィオ・マストランジェロ陛下のために、『いつまでも美しくあること』の仕事のためやろ? ベルちゃん――おっと、ちゃうちゃう、元帥閣下!」

「お見事です、アヤメ殿下。流石は未来の王妃陛下でございますね」

 とベルが微笑みかけると、アヤメが「そんな」と声高になった。

 ベタベタに仲良しの友好国レオーネ出身で、その特徴ともいえるペチャ可愛い顔を赤らめる。

「天使軍元帥で、宰相で、お人形みたいな顔しとって……めっちゃかっこかわええベルちゃんにそんなん言われたら、ウチめっちゃ嬉しいわぁ」

「でしょでしょ、アヤメちゃん! 私の姉上のようなベルは、とってもとっても、ちっちゃかっこかわいいでしょ!」

 とはしゃぐは、自身の侍女であるベルを本当の姉のように慕う、絶世の美王女ヴァレンティーナ(満12歳)。

 正直その『ちっちゃ』はあまり嬉しくないと思いつつ、天使軍元帥が言葉を続ける。

「『天使』とは、花や宝石のように国王陛下を飾るもの。人は老いを避けることは出来ませんが、それに出来る限り抗い、努力し、そのとき己が出せる最大限の美を保たなければならぬのが『天使』でございます」

「スィー!」

 と、天使一同が声を揃えた。

「ああ、聞こえますか天使の皆様……草葉の陰から見守っていてくださる初代・天使軍元帥閣下こと、ヴィットーリア王妃陛下のこの声が!」

「スィー!」

「では、確認させて頂きましょう」

 と天使軍元帥が、その栗色の瞳で一同の顔を見回していった。

「肌は?」

「女の命!」

「顔かたちや体型、髪や肌の色に、流行や好みはあれど」

「シミ皺たるみひとつない肌を『美しくない』と思う者が、どれほどいようか!」

「掌に吸い付くような肌を」

「どれほどの男が『愛しくない』と、思おうか!」

「ああ、素晴らしゅうございます皆様! 揃いも揃って、天使軍の優等生でございます! では、いざ! 勇敢に!」

「いただきます!」

 ――と、一斉に『いつもの茶』こと故・王妃ヴィットーリア特製『美容健康茶』を口に運んだ天使一同。

「――ぶっ」

 と数名が噴き戻したり、呻いて顔を顰めたり。

 口の中には、決して美味しいとは言えない酸味と苦み、独特の風味が充満している。

 今日が初めての『いつもの茶』だった6番目の天使ビアンカ(満4歳)は、堪らず泣き出した。

「ビアンカ、こんなののめないわあぁぁぁあ!」

 と、母である大公夫人・2番目の天使アリーチェ(満30歳)に抱き付く。

「もう、だから言ったのよ。あなたにはまだ早いって」

「やーよ、母上! ビアンカきれいになって、レオにお嫁さんにしてもらうのよぉぉぉ!」

「無理無理」

 と侯爵夫人・1番目の天使ベラドンナ(満31歳)がおかしそうに笑う。

 この国の成人女性(15歳以上)の中で、1番の美女を謳われるその顔を見ながら、ビアンカが尚のこと泣き叫んだ。

「ひどいわ、ぜっせいの美女! ビアンカのお顔じゃレオを落とせないって言うのぉぉぉ!」

「そうじゃないわ、ビアンカ。アンタはアリー似の可愛い顔をしてるんだから、自信を持ちなさい。でもね、レオはビアンカの弟でしょ? 姉弟きょうだいじゃ、結婚出来ないのよ?」

「――え……!?」

 と愕然とするビアンカがまた泣き出してしまう前に、町天使こと3番目の天使セレーナ(満40歳)が、「はい、どうぞ」と甘いパンパーネを差し出した。

 王都オルキデーアで自身の経営するパン屋パネッテリーアから、手土産に持ってきたものだ。

 それを「ありがとう」と受け取り、頬張ったビアンカが笑顔になる。

 宮廷パーネ職人の腕にも劣らないセレーナが作るパーネを食べると、大抵の者が同じ表情になる。

 ベラドンナが「ワタシも」と、円卓の中央に積まれているパーネに手を伸ばした。

 が、それは皿ごと逃げていく。

「あれ?」

「ベラさんは、駄目だそうだべ」

 と、村天使こと4番目の天使パオラ(満18歳)。

 円卓の上にはパーネの皿以外にも、棒状に切ったニンジンを盛りつけた皿がある。農民であるパオラが自身の畑から持ってきたものだ。

 それをベラドンナに差し出した。

「んだからハイ、ベラさん。これでも食べてくださいだ」

「そりゃ、パオラの作った野菜は美味しいから好きだけど……いや、ちょっと、誰が言ったのよ? ワタシはパーネを食べちゃ駄目って?」

「わーたーしーよ」

 と挙手したのは、隣に座っているアリーチェ。

 ベラドンナが「なんでよ」と言うと、こう答えた。

「二代目・天使軍元帥閣下は、初代・天使軍元帥閣下に比べて、ちょっと甘いところがあるわ」

「なんと……」

 とベルが少し衝撃を受けた傍ら、アリーチェが続ける。

「顔かたちや体型、髪や肌の色に流行や、人それぞれの好みがあるのは分かってるわ。でも」

 と手を伸ばしてベラドンナの腹肉を摘まむ。それは「きゃあ!」と叫んだ。

「これはどうなの? わたしには、初代・天使軍元帥閣下が――お義姉様が、草葉の陰から激怒してる姿が見えるわよ。産後太りも戻ってないうちから、本当に信じられない。セレーナさんのパーネが絶品なのは分かるけど、おやつにこんなに甘いパーネを食べたらベラちゃん、胸だけじゃなくてお腹まで牛さんになるわよ」

「だ、大丈夫よ。お姉様はたしかに生前、妹のワタシをよく怒ってたけど……そんな草葉の陰に行ってまで、プンスカ怒る気は無いわよ。産後太りだって、どうせ大したことないし」

いいえ、あるわ。ベラちゃん、凄い太った」

「ないない」

「あるわ!」

「ない!」

 と、天使番号1番と2番があるない戦争を繰り広げている頃、宮廷の中からとても美しい歩き姿の使用人が出てきた。

 腰から宮廷の全室の鍵をぶら下げ、ジャラジャラと音を立て、小走り速度で寄ってくる。

 家政婦長ピエトラだ。外見年齢は30代後半だが、実年齢は驚異の62歳だった。

 それが向かうはこの国の天使であり、宰相であり、王女の侍女であり、そして侍女であるということは使用人でもあるベルに、声を掛ける。

 宰相や元帥になった今でも、王女の侍女である以上、ベルの中で自身は使用人で、家政婦長ピエトラは上司だった。

「ベル、明日の朝餉前に、陛下たちや王子殿下たちの身体測定をやるから手伝っておくれ。王子殿下たちの成長の記録は毎年残してるし、陛下たち大人もたまにはやっておいた方が良いだろうと思ってね」

 ベルは「スィー」と承知した後、一呼吸置いてベラドンナの顔を見た。

 この国の成人女性の中で、並ぶ者が居ないほど美しい顔がある。

 身体の方も並ではなく、胸や臀部がはち切れんばかりで、どちらも小振りのベルは羨望の眼差しで見てしまう。

(しかし、言われてみればたしかに……)

 ベラドンナの腹部が、以前よりも大きくなっているような気がしなくもない。

 でもこの胸や臀部のあいだにある腰はちゃんと括れて見えて、何ら太っている印象を抱かない。

 しかし、思い出したことがある。

(初代・天使軍元帥閣下は、おやつには美容に良く太り辛いナッツノーチェなどを食べるよう仰って、ベラ様がケーキトルタなどの甘いものを食べることを、一切お許しにならなかった)

 しかしやはり、ベラドンナは太っていない。

 国王フラヴィオを始めとするマストランジェロ一族の男は女の容姿を貶すことはしないし、ベラドンナの夫・クエルチア侯アドルフォも、何も文句を言っていない様子。

(私は天使軍元帥として、一体どうすれば……)

 と悩んでいると、ピエトラが、耳元で「どうしたんだい?」と問うてきた。

 胸中を耳打ちすると、ピエトラがベラドンナを見たあと天使一同の顔を見回した。

「ここは明日、天使軍も身体測定しておいたらどうだい?」

「――え!?」

 と衝撃の声を上げたのは、ベラドンナの他にも数名いた。測定されたら困る身体をしているというよりは、単純に女心から来るものだろう。

「天使は基本的に、一般民衆の女性より美しい容姿を保たなければならないだろう? だったらそのためにも、自身の身体の変化を知っておくべきだと、私は思うけどね。腹がでかくなったらコルセットブスティーノである程度は隠せるけど、限度ってものがあるしね」

 その言葉に「たしかに」と納得した天使軍元帥から、指令が下された。

「日時は、明日の朝餉前かつフラヴィオ様たちの身体測定後です。私たち天使も、身体測定と参ります――」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

処理中です...