酒池肉林王と7番目の天使~番外編集~

日向かなた

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身体測定ー10

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「おや、本当だったかい、ハナちゃん」

 とピエトラは言うと、脱いでいたヴェスティートを着て戸口へと向かって行った。扉を開けるとそこには、フラヴィオが立っている。

「ほ、ほらな? 言っただろ? ベルの測定は、フラビーがひとりでするんだって。だから、あたいらは先に朝餉を食べてようよ。な?」

 とハナが、「ほらほら!」と女たちを脱衣所から押し出していく。

 最後に残ったハナが出て行く寸前、ベルに向かって親指を立てる。

(――ああ、ハナっ…! あなたはやはり、私の親友でございますっ……!)

 と感動に包まれたベルの栗色の瞳から、涙が滝のように溢れ出す。

 ハナはフラヴィオの顔を見上げて目で何か伝えると、「じゃ、またあとで」と脱衣所から出て行った。

(大丈夫だ、ハナ。余に任せろ)

 とフラヴィオは脱衣所に入り、誰も入って来られないように鍵を閉めて、ベルの下へと向かって行く。

 辿り着く前に、美しい立ち姿でいたそれが駆け寄って来て、胸にしがみ付いた。

「フラヴィオ様っ……!」

「また気にする必要のないことを気にしていたな?」

 とフラヴィオが頭を撫でると、ベルが「だって」と声高になった。

「私だけなのですっ……私だけ、成人天使の中で胸回りが70cm台なのです! 絶対、私だけ80cmも無いのです! まだ未成年のティーナ様だって80cmだったのに、私だけ! アヤメ殿下にはちょっと期待してたのに、やはり私だけございます! 申し訳ございません、フラヴィオ様! 伝説の酒池肉林王のオンナの胸回りが貧相にも70cm台だったことが後人にバレてしまうやもしれません!」

「意味分からぬことを言って謝るんじゃない。大体、測る前から『絶対』だなんて決め付けたら駄目だろう。最近、乳房がぷくっとして来たではないか」

「そうですが、どうせベルナデッタの乳房はまだ80cmも無いのですっ……!」

 フラヴィオは「大丈夫だ」と言ってもう一度栗色の頭を撫でると、ベルの簡素な黒のヴェスティートを脱がしていった。

 華奢な太腿に装備しているコルテッロ4本と短剣も外していく。

「さ、測定なのだアモーレ」

「胸回りだけ測らないでくださいっ……!」

 フラヴィオはもう一度「大丈夫だ」と言うと、小さな拳で瞼を擦っているベルを抱っこした。

 身長を測る柱の前に連れて行って、か細い右手首を掴み、挙手させる。

「えーと、何番だ? 12?」

「13です」

「13番! 宰相天使ベルナデッタ・アンナローロです」

 とフラヴィオが裏声を出し、ベルに代わってその自己紹介をする。

「天使番号は7番。天使軍の偉大なる元帥です。趣味は、愛しのフラヴィオに愛でてもらうことです!」

「富裕層の商人相手に悪徳商売し、国庫金を稼ぐことでございます」

「コラ」

 と思わず地声になったフラヴィオが、また裏声に戻る。

「特技は、使用人としての全ての仕事と、スカッキ、絵画、楽器演奏、勉強、クロスボウバレストラ、コルテッロ投げ、料理長から習った対敵用の包丁技など数え切れないほどある天才ベルナデッタですが、一番の特技は百戦錬磨の酒池肉林王を泣かせることです!」

「商売相手の手持ちの金品すべて絞り取ることでございます」

「オイ」

 とまた地声になるが、再び裏声で続ける。

「初恋は、フラヴィオです! 好みの男も、当然フラヴィオです! フラヴィオ以外の男は愛せません! フラヴィオのためにベルナデッタは生まれ、ベルナデッタはフラヴィオのために生きるのです!」

「スィー」

「ふふふ」

 と、挙手させていた右手の甲と、濡れた瞼にバーチョする。

 小さな身体を抱き締めて、桜の花弁ような唇にも口付けたら、人形のもののように小さな足が浮いた。

 国王フラヴィオ・マストランジェロの補佐その3――宰相で、天使軍の元帥で、王女の侍女でもある7番目の天使ベルナデッタ・アンナローロ(満17歳)は――

 5歳からの約10年間、とある貴族の家で奴隷にされていた。

 フラヴィオが32歳の誕生日パレードパラータで見つけた際には、着飾った民衆の中でひとり襤褸ぼろを纏い、栗色の髪は散切り。

 立っているのが不思議なくらい痩せており、表情は『無』で、死んだ魚のような目をしていた。

 そのときから、その繊細な顔立ちは酒池肉林王の碧眼には隠し切れていなかったが、自身を奈落の底から救ってくれた主フラヴィオに対して生涯の忠誠を誓った日以降、日に日に美しくなっていった。

 小さな顔の中に、綺麗な二重瞼の目と長い睫毛、生命力の漲った栗色の瞳。

 細い筋の通った繊細な鼻に、桜の花弁のような唇。

 散切りだった頭は、前髪を眉の高さで、後ろ髪を顎の高さで切り揃えた。人形のような顔に、これが良く似合う。

『無』だった表情も、フラヴィオのために生き、フラヴィオと共に過ごし、フラヴィオに愛されているうちに徐々に取り戻し、今も基本の表情は『無』であるものの、すっかり笑顔が上手になった。

 特にフラヴィオといるときは、とてもとても愛らしい笑顔を見せる。

 それは女の笑顔を愛し、また現在この天使を溺愛している酒池肉林王にとって至宝だった。

 その中身は天使軍の中で誰よりもフラヴィオに忠実で、フラヴィオのためなら、たとえ火の中、水の中、槍の中。

 天使はただ『力の王』や『力の王弟』、『人間卒業生』に守られ、いつも笑顔を咲かせてくれていればそれで良かったのに、フラヴィオのために手を血で汚してしまった。

 そして、戦やら罪人の処刑やらで、確実に地獄に行くだろうフラヴィオに付いて来くつもりだ。

 天使は天国に行くべきで、そんなことさせたくないフラヴィオとしては勘弁して欲しかったが、それと同時に深く愛さずにはいられない女だった。

 最愛の女神――妻を亡くしたフラヴィオは今、この強き心を持つ天使に支えられて生きている。

 でも、無茶をされてはフラヴィオの寿命が縮む一方なので、複数ある天使の仕事の中でも、『生きること』がベルの最大の仕事になっている。

 それから『100歳超えの熟女になること』もフラヴィオと約束した。

 また、ベルは故・王妃ヴィットーリアとも約束をしていて、それはヴィットーリアがやり残した自身の仕事――『フラヴィオの最期を膝枕で看取ること』だった。

 ちなみに、フラヴィオに怒られる故に口に出しては言わないが、夢は『フラヴィオが世界征服すること』。

 でもそのフラヴィオは真っ直ぐで、善良で、それが出来る力を持っていながらもする気が無く、あくまでも夢に終わるらしい。

 だから現在、宰相天使ベルは、せめてもとカンクロ国という大国を手に入れようと画策している。

「おっと、身体測定だった」

 とフラヴィオはベルから唇を離すと、その両手を身体の脇にくっ付けて、しゃんと直立させた。

「身長は153.2cmだな」

 ベルの小さな唇が尖る。

「思うように伸びないのです」

「良いのだ、愛らしくて」

 とフラヴィオはベルの栗色の頭を撫でると、抱っこして天秤に運んでいく。

「体重は39kgか。元は30kg無かっただろうから、それを思えばずいぶんと成長したな」

 今度は恥ずかしそうに頬を染めた。

「大人の女性として、40kgは欲しいのです」

「徐々に増やせば良い。無理をしては駄目だぞ?」

 と言いながら巻尺を手にし、ベルの前に膝を突いたフラヴィオ。

(来たか、このときが……)

 ごくり、と喉を鳴らした。

 この酒池肉林王、ぱっと見で女の身体の数値が分かる特技を持っている。

(アモーレの胸回りは78cmだ)

 つまり、まずい。

(なんとかして80cmにせねば、80cmに……!)

 そうでないと、ベルが傷付いて泣いてしまう。

「さーて、測るぞー」

 ベルの胸回りに巻尺を当てるフラヴィオの手が小刻みに震える。

 さっと測って「80cm」と言おうと思ってたのに、ベルが下を向いて巻尺の数値を凝視している。

(き、きっと大丈夫だ、2cmくらい緩く巻いたって……!)

 そう思って、巻尺を80cmのところでピタリ止める。

 するっと落ちた。

(――やばいっ!)

 バレないよう、咄嗟に巻尺を腰へと持っていく。

「やっぱりお楽しみは後回しにしないとなー。先に腰回りと尻周りを測るぞー」

「スィー」

 と答えたベルの顔が正面を向く。

(そのままで居るのだ、そのままで……!)

 腰回り52cm・尻周り82cmだった。

「素晴らしい括れだな、アモーレ」

 と細い腰に口付けて、再び胸回りに巻尺を持っていく。

 ベルの顔が下を向く。

(――オイっ……!)

 金の頭から噴き出した冷や汗が、フラヴィオのこめかみを伝っていった。

「どうされたのですか、フラヴィオ様? 汗が凄いですが、暑いのですか?」

「ああ、すまん。アモーレのぷくぷく乳房に興奮してしまった」

「しかし、やはり80cmは――」

「あるある! あるぞー、80cm! この酒池肉林王が言うのだから間違いないだろう?」

「そう言われてみれば……そうでございましたね。ベルナデッタは、ちゃんと80cmあるのですね」

 と恍惚と煌めいた栗色の瞳が、余計に巻尺を凝視した。

 フラヴィオの笑顔が引き攣っていく。

「だっ……駄目だろう、アモーレ? 真っ直ぐ前を見ていなければ」

「嫌でございます。ベルナデッタは記念すべき瞬間を見るのです」

「ちゃ、ちゃんと前を向いていないと正確に測れないのだぞ?」

「左様でございましたか」

 とベルがやっと正面を向いてくれると、小さく安堵の溜め息を吐いたフラヴィオ。

 ベルの胸回りに巻尺を当てると、酒池肉林王の目に狂いは無く、ぴったり78cmだった。

「ほーら、80cmだったぞー」

 と言い終わるか言い終わらないか、巻尺を外すか外さないかのうちに、煌めく栗色の瞳が辛抱たまらんと下を見てしまった――

「――…ななじゅう……はち?」

「アモモモモモモ」

 ひとり大地震に襲われているかの如く、激しく戦慄するフラヴィオの視線の先。

 栗色の瞳から煌めきが消失し、たちまち大粒の涙が溢れ出す。

 小さな唇が震え、その人形のような顔が絶望に染まっていった。

「な…ななじゅうはち……78! ベルナデッタの胸回りは78cm! 2cm足りていないのでございますか!」

「ち、ちちち、違う! 見間違いだアモーレ! さっき言ったではないか、アモーレの胸回りは――」

 わーんと、ベルの泣き声がフラヴィオの言葉を遮った。

 狼狽したフラヴィオが、「アモーレ!」とその小さな身体を抱っこする。

「ベルナデッタは78ですフラヴィオ様! ベルナデッタは――」

「良いのだアモーレ、78で良い! そなたが78だというなら、余は78が愛おしい! 60になったって、100になったって愛している! 今までも何度も何度もそう言ったではないかっ……!」

 脱衣籠を並べている棚の上にベルを座らせると、視線が同じ高さになった。

 止めどなく溢れている涙を指で拭う。

「それに最近、ちゃんと成長してきたではないか。この調子なら80cmなどすぐに超える。泣いては駄目だ」

 とベルに口付けた唇は、その胸元を愛でに向かって行った。


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