酒池肉林王と7番目の天使~番外編集~

日向かなた

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新婚旅行ー5

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 ――レオーネ国の宮廷。時刻は午後6時。

 治癒魔法で怪我は治ったが、気を失ったままでいるオルランドが畳に敷いた布団に寝かされていた。

「オルランド殿下に、12年前とほとんど同じことを言われました」

 と、オルランドの傍らにアヤメと並んで正座しているノールが、おもむろに口を開いた。

「「私の妻になることを望んでくれて本当にありがとう、嬉しいよ。でも、ごめんね。私の大切な妻が泣いているんだ」……って」

 アヤメの他にも、オルランドを心配して集まったフラヴィオとベル、マサムネ、猫4匹も耳を傾けている。

 アヤメが一呼吸おいて「12年前は?」と問うた。

「『大切な妻』の部分が『大切な女の子』だっただけで、ほぼ変わりません。あの後オルランド殿下は、泣きながら走って行ってしまわれたアヤメ殿下を、すぐに追い駆けて行きました。今日みたいに」

 アヤメは、ふと思い出す。

 あのときも、オルランドは別の女の子と結婚してしまうのではないかと思って泣きじゃくっていた。

 当時からオルランドのことがとても好きだったのに、どうやってそんな苦い思い出を忘れたのだろうと考える――

「――大丈夫だよ、アヤメ」

 幼い頃のオルランドの声が脳裏に蘇った。

 泣いて、とろい足で逃げて、すぐに追い付かれて、抱き締められるなりの台詞だった。

 オルランドは当時から鈍感だったものだから、アヤメの気持ちには気付いていなかったし、恋のお相手は妹のヴァレンティーナだった。

 でも『大切な女の子』が泣いていたから、安心させようと思って出てきた言葉なのだろう。

(せや、ウチそれですっかり安心して、泣き止んで……)

 そして、忘れることが出来たらしい。

「羨ましいです、アヤメ殿下。オルランド殿下とお幸せに」

 と、また純粋な笑顔を見せるノールに、アヤメが言葉を詰まらせる。

 やっとの想いで、小さく「ありがとう」と返した。

「ほんま、すまんなノール。すまんな」

 と、鼻を啜っているのはアヤメの父マサムネ。

「ランドはアヤメだけの男でおって欲しいわ。今日ちょっとでもアヤメを泣かせたら、いてこましたろって気で尾行しとったのに、やっぱワイの見込んだ男やな。ほんまにほんま、か弱いのにようアヤメを守ってくれたな」

「いや、ランドがか弱く見えるのは、あくまでもフラビーたちと比較したときだけだから」

 と突っ込んだハナが、「それに」とアヤメに顔を向ける。

「ランドだけじゃなくアヤメのバッリエーラも無くなってたことも考えると、2人で助け合ったってところじゃないか? よりによって最強モストロ相手じゃ、ひたすら怖かっただろうに。逃げずに頑張ったんだ、アヤメも」

 フラヴィオとマサムネが「えっ」と驚愕した。

「あかんあかん! それはあかんで、アヤメ! そういうときは夫に任せて、妻子は逃げるもんや!」

「そうだぞ、アヤメ! ランドはあくまでも余の息子だ、心配するんじゃない! そんな、愛する男を身体を張って守るだなんて、天使軍の問題児その3になる気か!?」

 天使軍の問題児その2ことベルが、物言いたげにフラヴィオを見る傍ら、アヤメが「ごめんなさい」と言った。

「怖かったよ? 怖かったけど、ランドが危ないって思ったら、逃げるどころやなくなって……」

 と、アヤメが涙声になった。

「ほんま、ランドが死んでしまったらどうしようと思った…! 置いていかれるくらいなら、一緒に死んだ方がマシやって思ったん……!」

「そうですね、アヤメ殿下」

 とベルが微笑した。

「私の現在の最大の仕事は『生きること』ですが、本音を言えば私も同じです。フラヴィオ様が亡くなったとき、すぐに一緒に付いて行きたいのが本音です」

 フラヴィオが少し狼狽した様子でベルに何か言おうとしたが、すぐに口を閉ざした。

 亡き妻の後を追おうとした自身を思い出した故に。

「そうだな……アヤメ」

 と小さく同意した。

「そなたは本当に心からランドを愛してくれているのだな、ありがとう。でもやはり、そなたはか弱いのだから無茶をしては駄目だ。これは命令だ」

「はい、フラビー陛下……」

 とアヤメが承知したとき、オルランドがゆっくりと瞼を開けていった。

「ランド! 大丈夫っ……!?」

 と真っ先に正面に来たアヤメの顔を見て、オルランドが優しく微笑する。

「大丈夫だよ、アヤメ……怪我、してないよね?」

「うんっ……ランドが守ってくれたから」

「そっか、良かった。君も私を守ってくれたね、ありがとう。でも、もう危ないことをしたら駄目だよ?」

「うんっ……ごめん。生きててくれて、ほんま良かった……!」

 とアヤメが身を屈めてオルランドにバーチョすると、父は気まずそうに咳払いをする。

「おとんの前ではそういうことせえへんの、アヤメっ」

 とアヤメが引き剥がされると、オルランドがそこにいた一同の顔を見回した。

 それぞれに大丈夫かと声を掛けられながら、「いたんだ……」と呟き、ベルのところで目を留める。

 はっと飛び起きて、布団の上に正座し、深々と頭を下げた。

「あのっ、宰相閣下、僭越ながらお願いがっ…! その…私は、アヤメ以外の妻を迎えるつもりは無くっ……!」

 オルランドが何を願い出るつもりなのか察したアヤメも、慌ててそれに続く。

「ヴィルジネと政略結婚せなあかんことになっても、ランドに第二夫人を押し付けんといてくださいっ…! ウチ、やっぱりランドのたったひとりの妻でいたいんですっ…! それは我儘で、欲張りなことやって、分かってるけどっ……けど、ウチ――」

「あの」

 とベルがアヤメの言葉を遮った。

 2人がおそるおそる顔を上げると、そこに天使の肩書きに相応しい微笑があった。

「私は天使軍元帥です。フラヴィオ様の大切な天使たちの幸せを守ることも、仕事のひとつだと存じております。進んでアヤメ殿下とオルランド様の幸せを壊すようなことは考えておりません」

「宰相閣下……」

 胸を撫で下ろし、安堵の笑みを浮かべた2人の手前、ベルの言葉は「それに」と続く。

「たとえヴィルジネ国と政略結婚することになりましても、別にオルランド様を使わずとも私の駒はまだ余っているのですから」

「ああ、なるほど」

 と声を揃えた2人が、顔を見合わせて囁き合う。

「え、つまり何、ランド? 次の駒――犠牲者って誰? 王子は第三まで使ったから、第四のティートあたり?」

「それかまだ使ってないフェーデ叔父上の息子――私の従兄弟の残り3人のうちのどれかだろうなぁ」

 2人を見つめていたノールが、ふと立ち上がった。

「オルランド殿下の無事を確認できて安心しました。わたくしはこれで失礼いたします。オルランド殿下、アヤメ殿下、今日は本当にありがとうございました。どうぞ末永くお幸せに」

 と、最後の最後までその純粋な笑顔を2人に向けたノール。

 2人とあと少しだけ言葉を交わした後、「それでは」と一礼して部屋を後にした。

 このあと宮廷に泊まるのではなく、ナナ・ネネのテレトラスポルトで帰国するようだった。

「それで、この後どうする?」

 とタロウが、オルランドとアヤメを交互に見て問うた。

「貸し切りにしておいた旅館にテレトラスポルトしようか? それとも、このまま宮廷に泊ってく?」

「うーんと……」

 とアヤメが迷ってオルランドを見ると、それはまだあまり良くない顔色をしながらもデレた。

「旅館に連れてってくれるー?」

「おま」と、マサムネがオルランドの腹をどつく。

「どんなに真面目でも、へばっとっても、しっかりマストランジェロ一族のオスやなっ……!」

「すみません、義父上。しかし私は、毎度きちんと優しくしています」

「当たり前や、ボケ」

 とオルランドがもう一発腹にマサムネのどつきを食らう一方、ハナがフラヴィオとベルに顔を向けた。

「これからカプリコルノに帰るか? なら、あたいがテレトラスポルトで送るけど」

 フラヴィオは「うん」と答えた後に、「でも」と続けた。

「その前に、温泉に入って行くのだ。で、その後、ちょっとあそこに連れて行ってくれ――」







 ――オルランド・アヤメが泊まる温泉旅館は貸し切りだったが、フラヴィオ・ベルが帰国前にそこの温泉に入りたいとのことで、男湯には親子で、女湯にはベルとアヤメで入浴した。

 その後フラヴィオ・ベルが旅館を後にし、オルランドとアヤメは最上級の部屋へと案内された。

 正直2人で使うには広すぎで、豪奢で、また天井には照明として魔法で作った光の玉が浮かべられている。

 夏の温泉の後はなかなか汗が引かず、2人浴衣姿で窓辺で涼んでいるあいだに、旅館の仲居が食卓にご馳走を並べていった。

 流石にここレオーネ国の王女として生まれ育ったアヤメは食べ慣れた味だったが、オルランドの方はその味に感動したようで、何を食べても美味しそうに笑顔を咲かせていた。

 それを見た途端、レオーネ国に新婚旅行なんてただの里帰りだと不服だったアヤメの気が変わった。

 新婚旅行先に、レオーネ国を選んで良かったと。

「ねぇ、アヤメ。聞いて」

 夕食後、そう言ったオルランドは承知の返事も聞かず、布団の上に組み敷いているアヤメの唇を塞ぐ。

 明るい光の玉はもう消してもらい、代わりに行燈に火を灯してもらった。

「私は今日一日、とても幸せだったよ」

 やわらかな灯りの下に、その言葉通りの表情が浮かんだ。

「あんな危ない目にあったのに?」

「うん。久々に君の口から愛の言葉が聞けたし、初めて君からバーチョしてもらったし、あと君がどれだけ私を愛してくれているのかよく分かったから。あ、しつこいようだけど、もう危ないことはしないでね。私は寿命が50年縮まった気分だ」

「うん、ごめん……」

 アヤメが胸元を腕で押さえる。

 脱がされるとき、未だに少し恥ずかしい。

 でも手はすぐに外されしまう。

 今日は浴衣なものだから、腰紐を解かれた後はほぼ一瞬で肌が露わになった。

 あまり豊かではない胸元をまた思わず隠してしまいたくなるが、耳や首、鎖骨、胸元とオルランドの唇が下がって来るうちに、抵抗は薄れていく。

「あと」

 とオルランドが、アヤメの顔を見た。

「やっぱり少し思ったのは、思ってることを正直に口に出して言って欲しいってことかな。一瞬本気で分からなくて焦ったよ、君がネーロの生息地で急に怒り出したとき」

 アヤメが口を尖らせて「鈍感」と文句を言うと、「ごめん」と返ってきた。

「私もレオーネ人の以心伝心を会得する努力をするよ」

「ええねん、ウチが変わるから。ウチも本当はちょっと言おうと思ったんよ。けど、言ったらあかんって思ったん。だって、ランドにウチだけの夫でおって欲しいなんて言ったら、それはウチの我儘で、欲張りで、ランドを困らせることになるやんっ……」

「困らないよ。むしろちゃんと愛されてる実感が湧いて嬉しいよ。それに私は君以上だ。だって私は、私以外の男が君に触れることすら嫌なんだから」

「言われてみれば……ランドってそうやんな? コラードほど露骨ちゃうけど。特に、フラビー陛下相手やとよう怒っとる」

「当然だよ。父上は自分の天使だからって、ベタベタし過ぎだ」

 と、オルランドがむっとした顔をしながら、自身の浴衣を脱いでいく。

 これも未だに見慣れなくて、アヤメの鼓動が急激に高鳴ってしまう。

 自称華奢なオルランドの身体は、あくまでも自称に過ぎない

 年下で、16歳の身体にはとても見えなくて、直視出来ずに目を逸らす。

「だってこれは、私のものなんだ」

 と、オルランドがアヤメの腰の下まである黒髪を手に取ってバーチョした。

「これも」

 と、ふっくらとして指の短い子供のような手にもする。

 さらにムチムチの二の腕や太腿、幼い爪先にも、これもこれもと言って愛おしそうに口付ける。

 それらに自信があるならともかく、気にしているところばかりでは「いやや」となってしまうアヤメだったが、ふとオルランドの顔を見れば絶世の美女でも目前にしているかの如く恍惚としている。

「私の妻の愛らしさは天下一だ」

 アヤメが突っ込もうとして、口を閉ざす。

 どんなに突っ込みを入れても、たとえ医者に行かせても、その頭は治らないように見えて。

 でも、呆れて「もう」と言ってしまう口の一方で、胸は小躍りする。

 オルランドがそう言ってくれたというだけで、自分に少し自信が持てる瞬間だ。

「――って、あっ……」

 無駄なことは分かっていながら、オルランドの落ち着いた茶色の頭を手で押す。

「いややっ……!」

 顔を通り越して、耳まで火照る。

 脚のあいだを愛撫されることが、一番慣れないし、一番恥ずかしい。

 手だけでも充分恥ずかしいのに、オルランドが唇と舌を使わない日は無い。

 このときのアヤメの「いやや」がオルランドの目に本音に映ったのなら止めてくれるのかもしれないが、それが一度も無いから止めてくれない。

 すぐに「いやや」が言えなくなって、されるがままになり、間もなく身体を震わせて、恍惚とする。

 そんなアヤメの姿を、いつも3回は繰り返して見るオルランドだが、今日は急いた様子だった。

「ごめん」

 と言うなり、アヤメの身中に入っていく。

 いつもは優しく入ってくるのに、今日はちょっと強く押し込まれて来て、アヤメから「あっ」と声が上がる。

「ラ…ランドっ……?」

「痛かった?」

「へ…平気やけ……ど?」

 アヤメの鼓動が尚のこと上がる。

 オルランドの様子がいつもと違う。

「辛かったら無理しないで言ってね」

 いつもはその優しい声と言葉通りに抱いてくれるのに、今日は裏腹だった。

 理性の無い動物みたいに激しくて、いつもは堪えてあまり出さない声も出さずにはいられない。

「好きだよ、アヤメ。好きで好きで、どうかしそう。本当に、愛してる」

 いつもよりも興奮した声。

 耳に拭きかかる荒い呼吸。

 呼吸すらまともにさせてくれない貪り食うようなバーチョ。

(あかん)

 アヤメの胸の中が、焼けるように熱かった。

(ウチ、めっちゃ愛されとる)

 これまでもその実感があって、女として幸せを感じていた。

 でも今、骨の髄まで愛されているような感覚を知る。

 涙が出そうになった。

「ランドっ…ウチもやでっ……めっちゃめっちゃ好きやで、愛してるで」

 その言葉と愛らしい笑顔に、ふとオルランドの方も涙が出そうになる。

 胸が痛いほどに嬉しくて、愛しくて、より感情のままにアヤメを揺さぶってしまう。

 でもアヤメの声が叫び声に近くなってくると心配になり、ふと戻ってきた理性で身体を制止した。

「ごめん、大丈夫じゃないよね」

「平気や、ランド」

「あと優しくしないと義父上に怒られる」

「大丈夫や、ランド」

「君が好きすぎて本当にどうかしてた、ごめん」

「ちゃうねん、ランド」

 と、アヤメがオルランドの首に抱き付いた。

「ちゃうねん、いややねんっ…! 止めたらあかんのっ…! もっとしてくれな、いややねんっ……!」

 とアヤメが初めての『おねだり』をしたら、一瞬耳を疑ったオルランド。

 その直後、胸が矢に射貫かれたかのような衝撃を食らった。

「――Ohhhhhh!」

「フラビー陛下みたいやな」

「そ、そうなのアヤメ!? 止めたら駄目なの!? もっとしてくれなきゃ嫌なの!? そうなの!?」

「なっ、何度も言わせんといて、恥ずかしいっ!」

「ごめんごめん、私は役立たずの夫にならないよう頑張るよ」

 と、オルランドが奮励努力してアヤメの『おねだり』に応えている頃――


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