17 / 51
新婚旅行ー4
しおりを挟む
覚悟したアヤメが、ぎゅっと瞼を閉じる。
その刹那、辺りに乾いた金属音が鳴り響いた。
(――えっ……?)
バッリエーラのガラスの割れるような破砕音じゃない。
何が起こったのかと、瞼を開ける。
「――ランドっ……!」
そこにガット・ネーロの姿は見えなくて、オルランドの大きな背があった。
本日アヤメと一緒にレオーネ服を着て観光していながらも、腰にはいつも装備している剣を忘れていなかった。
その刃で、ガットの鋭い爪をしかと受け止めている。
「言え」
アヤメが普段聞くことの無い、低く冷然とした声が聞こえた。
「私の妻を攻撃するとは、どういう了見だ。返答によっては灰にする。早く言え」
「ちゃ、ちゃうねんランド――」
「言え!」
とオルランドが激昂するなり刃を振るうと、ガット・ネーロが少しだけよろけた。
その肩が少し切れたのを見て、アヤメが狼狽する。
「傷付けたらあかんよ、ランド! そんなことしたら、人間に対する信頼を欠いてまう! だって、ウチが悪いんやから! ウチが投げた貝殻が、このネーロに当たってしまってたんよ!」
オルランドが「えっ」と背後のアヤメを一瞥して、ガット・ネーロに顔を戻す。
「そういうこと? うわ、ごめん……君、大丈夫? でも私の妻はワザと君を傷付けたんじゃないんだ、許してくれ」
「野生のネーロやから、言葉通じへんのよっ……!」
「ああ、そうか。困ったな」
本当に困った状況に陥った。
剣で傷つけてしまったことで、アヤメだけでなくオルランドも敵だと認識されてしまった。
牙を剥き出しにして唸り、威嚇し、両手の爪を振り回してオルランドを攻撃する。
オルランドはそれらを刃で受け止めてるが、ガットの攻撃はとても素早くて防御し切れず、アヤメ同様5枚掛かっているバッリエーラの破砕音が鳴り渡った。
「うーん……ねぇアヤメ、このネーロを鎮められる方法何か知らない?」
「ええと、ええとっ……!」
とアヤメが、必死に頭を回転させる。
そしてその答えを口にしようかとき、2人を追い駆けて来たらしいノールの悲鳴が聞こえて来た。
「どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」
「来たら駄目だ!」
というオルランドの台詞に間髪入れず、アヤメが絶叫する。
「おとんの猫4匹を呼んで来て!」
「え!? それはタロウさんとハナさん、ナナさん・ネネさんってことですか!?」
「そうや! 一番ええのはレオーネ国王のガットたちやけど、こっから宮廷遠いし! おとんの猫4匹でも、並の魔力のガットは見るだけでチビって逃げるから! はよお願い、ノール殿下!」
ノールが「はい!」と大慌てでマサムネの猫4匹の名を呼びながら疾走していく。
またオルランドのバッリエーラが破砕した。
「ランドっ……! ランド!」
と泣き出すアヤメに「大丈夫だよ」と、冷静な声で返したオルランド。
(これはまずいな……)
それが本音だった。
最強モストロのガットとなれば、当然腕っぷしが強く、剣で爪を受ける度に骨が軋むほどの衝撃を感じる。
腕っぷしにも個体差があるが、どうやら自身より力を持っているガットだと察した。
そして防御するしかないとなったら、剣が破壊されるのは時間の問題だった。
(こんなことになるなら、父上たちを撒いたりするんじゃなかった)
今フラヴィオたちは――マサムネの猫4匹は、どの辺りにいるだろう。
ここが小さなカプリコルノ国だったならまだしも、40倍近く大きなレオーネ国で、遠くに居られたらいくら優秀な猫耳だってノールの声は届かない。
(アヤメだけは、何としてでも助けないと……!)
3枚目のバッリエーラが割れた。
半狂乱になって泣き叫ぶアヤメに、オルランドが冷静な声で語り掛ける。
「聞いて、アヤメ。このネーロの敵意はすっかり私に向いている。君のことはきっともう頭に無いから、今のうちに逃げるんだ」
「いややっ!」
「大丈夫だよ。私は『力の王』や『力の王弟』とかいうバケモノじみた人たちには及ばないってだけで、間違っても柔じゃないんだから」
「いややもんっ!」
4枚目のバッリエーラが割れる。
「頼むよ、アヤメ」
「置いてくくらいなら、一緒に死んだ方がマシやもん!」
「少しもマシじゃないから。早く逃げて」
「いややってば!」
そして5枚目のバッリエーラも割れると、ついに冷静を装っていたオルランドの怒号が轟いだ。
「さっさと逃げろって言ってるだろう!」
「お……怒った!」
「怒るよ!」
「なんやねんっ……なんやねんランドのどあほぉぉぉう!」
と泣き叫んだアヤメは逃げるのではなく、オルランドの背後から前面へと回った。
オルランドの懐に入って、胸にしがみ付く。
今度はアヤメのバッリエーラの破砕音が鳴り響くと、オルランドが半狂乱になる番だった。
「――なっ……何してるんだよ、アヤメ!」
「いやや。こうすればランドには当たらへん。ウチのバッリエーラがすべて割れる前に猫4匹が来てくれる」
「そんなの分からないじゃないか! 早く逃げろ!」
右手に剣の柄、左手に刃の切先を持った両手を前方に伸ばし、必死に爪を防御して懐にいるアヤメを守る。
アヤメの耳には、オルランドの激しい動悸と呼吸が聞こえていた。
最近すっかり暖かくなったが、汗が伝うその首元は極度の緊張で冷たくなっている。
アヤメのバッリエーラがもう一枚割れ、オルランドの「逃げろ!」の怒号が響いた。
(いやや)
首を横に振って、尚のことオルランドの胸にしがみ付く。
(タロウ、ハナ、ナナ・ネネ、どうか間に合って……!)
そう願い続けたのは、3枚目のバッリエーラが割れたときまでだった。
4枚目が割れて残り1枚になったときには、もう駄目だと覚悟が決まった。
そうしたら、後悔が込み上げて来た。
「ごめんね、ランド……ごめんね。幸せやったのは、ウチだけやったね」
防御で必死になっているオルランドが「え?」と、アヤメの顔を見下ろす。
そこには、この状況にそぐわない愛らしい微笑があった。
「アヤメ……?」
「今朝も言ったけどな、ウチほんまにランドのこと好きなんやで。愛してるんやで。今まで恥ずかしくて、ほとんど言えへんかったけど、いつもいつも想ってたよ。めっちゃ好きやで、めっちゃ愛してるで、ランド……――」
と、初めてアヤメから口付けられたオルランド。
少し驚いて、固まった刹那にアヤメの最後のバッリエーラと、剣が破壊された。
大きく息を呑み、咄嗟にアヤメを抱きかかえてガット・ネーロに背を向ける。
胸に抱き付いているアヤメを力尽くで引き剥がし、乱暴になってしまいながら突き飛ばした。
「――あっ……!」
と後方に飛び、草原に尻もちを吐いたアヤメ。
オルランドはあまりにも無反応だったから、このときはまだ気付かなかった。
オルランドが何事も無かったかのように、またガット・ネーロの方を向いたときに――アヤメに背を向けたときに、ようやく気付く。
その背を、10本の爪が交差するように切り裂いていた。
「――ランドっ!」
「大丈夫」
そんなわけないのに、痛みは何も感じなかった。
いよいよ本当に命の危機に晒された今、オルランドに与えられたのは痛みではなく冷静さだった。
(ここで私が死んだら、アヤメも死ぬ)
そう確信した途端、父や叔父のような大きな力が全身に漲った気がした。
それでも折れた剣では到底このガットには勝てないと分かるが、殺傷してはならぬのら、むしろこれくらいでちょうど良い。
先ほどまで目にも留まらぬ速さで振り回されていた爪はゆるゆるとして見え、折れた刃で落ち着いて防御する。
適時を見計らい、右手の爪が振り下ろされてきたときに、その手首のあたりを自身の右手首を使って右に打ち払った。
自らの勢いも相まってガットが体勢を崩し、間髪入れずその右肘を左手で掴む。
すると瞬時に抵抗されたのが分かったが、負けることは無かった。
一歩踏み込んで力任せに向こう側へと押しやり、ガットに背を向けさせる。
その首根っこを左手で押しながら、右手の折れた剣を片脚に引っかけて手前に持ち上げると、ガットが俯せに倒れ込んで「にゃっ」と声を上げた。
すかさずその両手を掴み、背で押さえ込む。
「大丈夫、君を傷付ける気は無いよ」
と言っても言葉が通じない故に、ガットは逃れようと草原の上で大暴れする。
でも今のオルランドに力負けする気配は無く、賢いガットは間もなく敵わないことを悟ったのか、おとなしくなった。
そして観念したように、小さく「にぃ」と鳴いた。
「ラ…ランド……」
アヤメが震え声で呼ぶと、オルランドが振り返って優しく微笑した。
「大丈夫だよ、アヤメ。でも、まだ一応離れててね。念のためにムネ殿下の猫たちが来てからこのガットを離そう」
そんなことは心配していない。
何も大丈夫じゃない。
10本の爪に切り裂かれた大きな背中から、血が止めどなく流れ出ている。
「いややっ……ランド! ランド、いややぁっ!」
オルランドに「駄目だよ」と言われたが、アヤメは言うことを聞かずに駆け寄っていく。
背中の広範囲に渡る傷口を圧迫して止血しようと、これ以上ないくらいの力で抱き付き、身体の前面をオルランドの背に押し付ける。
「いやや、ランド! いやや! ウチを置いて死なんといて!」
「大丈夫だよ、心配しないで。ていうか、そんなに強く締められたら息が出来なくて逆に死んじゃうよ」
と笑ったオルランドが、「それから」と続けた。
「私の妻はひとりだけだよ、アヤメ」
「――えっ……?」
オルランドが押さえ込んでいるガット・ネーロが、急にまた暴れ出した。
「こら、どうしたの」
と目を落とすと、黒猫の尻尾の毛が逆立っている。
そして錯乱した様子で鳴き声を喚き散らし始めたのを見て、アヤメが察した。
「おとんの猫4匹が近くに来てるんや!」
すぐさま絶叫する。
「ここや! タロウ! ハナ! ナナ・ネネ! ランドとウチはここやーっ!」
それから2秒も立たずに、2人の前方にフラヴィオたちが現れた。
「大丈夫ですか、お二人共!」
と、助けを呼びに行ってくれたノール。
オルランドは「うん、ありがとう」と笑顔を向けると、猫4匹に問うた。
「コレ、離しても良い?」
猫4匹が「良し」と声を揃えた刹那、オルランドの手が緩み、ガット・ネーロが大慌てで逃げていく。
「ちょっと待て、血の匂いがする……ってことは怪我してるのかランド!?」
とハナが気付くと、一同が一斉に狼狽し出した。
アヤメが「背中や!」と言いながら身体を離すと、
「あとはよろしく」
と、猫4匹に向かって片手を上げたオルランド。
その直後、失神して草原に倒れ込んでいった。
その刹那、辺りに乾いた金属音が鳴り響いた。
(――えっ……?)
バッリエーラのガラスの割れるような破砕音じゃない。
何が起こったのかと、瞼を開ける。
「――ランドっ……!」
そこにガット・ネーロの姿は見えなくて、オルランドの大きな背があった。
本日アヤメと一緒にレオーネ服を着て観光していながらも、腰にはいつも装備している剣を忘れていなかった。
その刃で、ガットの鋭い爪をしかと受け止めている。
「言え」
アヤメが普段聞くことの無い、低く冷然とした声が聞こえた。
「私の妻を攻撃するとは、どういう了見だ。返答によっては灰にする。早く言え」
「ちゃ、ちゃうねんランド――」
「言え!」
とオルランドが激昂するなり刃を振るうと、ガット・ネーロが少しだけよろけた。
その肩が少し切れたのを見て、アヤメが狼狽する。
「傷付けたらあかんよ、ランド! そんなことしたら、人間に対する信頼を欠いてまう! だって、ウチが悪いんやから! ウチが投げた貝殻が、このネーロに当たってしまってたんよ!」
オルランドが「えっ」と背後のアヤメを一瞥して、ガット・ネーロに顔を戻す。
「そういうこと? うわ、ごめん……君、大丈夫? でも私の妻はワザと君を傷付けたんじゃないんだ、許してくれ」
「野生のネーロやから、言葉通じへんのよっ……!」
「ああ、そうか。困ったな」
本当に困った状況に陥った。
剣で傷つけてしまったことで、アヤメだけでなくオルランドも敵だと認識されてしまった。
牙を剥き出しにして唸り、威嚇し、両手の爪を振り回してオルランドを攻撃する。
オルランドはそれらを刃で受け止めてるが、ガットの攻撃はとても素早くて防御し切れず、アヤメ同様5枚掛かっているバッリエーラの破砕音が鳴り渡った。
「うーん……ねぇアヤメ、このネーロを鎮められる方法何か知らない?」
「ええと、ええとっ……!」
とアヤメが、必死に頭を回転させる。
そしてその答えを口にしようかとき、2人を追い駆けて来たらしいノールの悲鳴が聞こえて来た。
「どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」
「来たら駄目だ!」
というオルランドの台詞に間髪入れず、アヤメが絶叫する。
「おとんの猫4匹を呼んで来て!」
「え!? それはタロウさんとハナさん、ナナさん・ネネさんってことですか!?」
「そうや! 一番ええのはレオーネ国王のガットたちやけど、こっから宮廷遠いし! おとんの猫4匹でも、並の魔力のガットは見るだけでチビって逃げるから! はよお願い、ノール殿下!」
ノールが「はい!」と大慌てでマサムネの猫4匹の名を呼びながら疾走していく。
またオルランドのバッリエーラが破砕した。
「ランドっ……! ランド!」
と泣き出すアヤメに「大丈夫だよ」と、冷静な声で返したオルランド。
(これはまずいな……)
それが本音だった。
最強モストロのガットとなれば、当然腕っぷしが強く、剣で爪を受ける度に骨が軋むほどの衝撃を感じる。
腕っぷしにも個体差があるが、どうやら自身より力を持っているガットだと察した。
そして防御するしかないとなったら、剣が破壊されるのは時間の問題だった。
(こんなことになるなら、父上たちを撒いたりするんじゃなかった)
今フラヴィオたちは――マサムネの猫4匹は、どの辺りにいるだろう。
ここが小さなカプリコルノ国だったならまだしも、40倍近く大きなレオーネ国で、遠くに居られたらいくら優秀な猫耳だってノールの声は届かない。
(アヤメだけは、何としてでも助けないと……!)
3枚目のバッリエーラが割れた。
半狂乱になって泣き叫ぶアヤメに、オルランドが冷静な声で語り掛ける。
「聞いて、アヤメ。このネーロの敵意はすっかり私に向いている。君のことはきっともう頭に無いから、今のうちに逃げるんだ」
「いややっ!」
「大丈夫だよ。私は『力の王』や『力の王弟』とかいうバケモノじみた人たちには及ばないってだけで、間違っても柔じゃないんだから」
「いややもんっ!」
4枚目のバッリエーラが割れる。
「頼むよ、アヤメ」
「置いてくくらいなら、一緒に死んだ方がマシやもん!」
「少しもマシじゃないから。早く逃げて」
「いややってば!」
そして5枚目のバッリエーラも割れると、ついに冷静を装っていたオルランドの怒号が轟いだ。
「さっさと逃げろって言ってるだろう!」
「お……怒った!」
「怒るよ!」
「なんやねんっ……なんやねんランドのどあほぉぉぉう!」
と泣き叫んだアヤメは逃げるのではなく、オルランドの背後から前面へと回った。
オルランドの懐に入って、胸にしがみ付く。
今度はアヤメのバッリエーラの破砕音が鳴り響くと、オルランドが半狂乱になる番だった。
「――なっ……何してるんだよ、アヤメ!」
「いやや。こうすればランドには当たらへん。ウチのバッリエーラがすべて割れる前に猫4匹が来てくれる」
「そんなの分からないじゃないか! 早く逃げろ!」
右手に剣の柄、左手に刃の切先を持った両手を前方に伸ばし、必死に爪を防御して懐にいるアヤメを守る。
アヤメの耳には、オルランドの激しい動悸と呼吸が聞こえていた。
最近すっかり暖かくなったが、汗が伝うその首元は極度の緊張で冷たくなっている。
アヤメのバッリエーラがもう一枚割れ、オルランドの「逃げろ!」の怒号が響いた。
(いやや)
首を横に振って、尚のことオルランドの胸にしがみ付く。
(タロウ、ハナ、ナナ・ネネ、どうか間に合って……!)
そう願い続けたのは、3枚目のバッリエーラが割れたときまでだった。
4枚目が割れて残り1枚になったときには、もう駄目だと覚悟が決まった。
そうしたら、後悔が込み上げて来た。
「ごめんね、ランド……ごめんね。幸せやったのは、ウチだけやったね」
防御で必死になっているオルランドが「え?」と、アヤメの顔を見下ろす。
そこには、この状況にそぐわない愛らしい微笑があった。
「アヤメ……?」
「今朝も言ったけどな、ウチほんまにランドのこと好きなんやで。愛してるんやで。今まで恥ずかしくて、ほとんど言えへんかったけど、いつもいつも想ってたよ。めっちゃ好きやで、めっちゃ愛してるで、ランド……――」
と、初めてアヤメから口付けられたオルランド。
少し驚いて、固まった刹那にアヤメの最後のバッリエーラと、剣が破壊された。
大きく息を呑み、咄嗟にアヤメを抱きかかえてガット・ネーロに背を向ける。
胸に抱き付いているアヤメを力尽くで引き剥がし、乱暴になってしまいながら突き飛ばした。
「――あっ……!」
と後方に飛び、草原に尻もちを吐いたアヤメ。
オルランドはあまりにも無反応だったから、このときはまだ気付かなかった。
オルランドが何事も無かったかのように、またガット・ネーロの方を向いたときに――アヤメに背を向けたときに、ようやく気付く。
その背を、10本の爪が交差するように切り裂いていた。
「――ランドっ!」
「大丈夫」
そんなわけないのに、痛みは何も感じなかった。
いよいよ本当に命の危機に晒された今、オルランドに与えられたのは痛みではなく冷静さだった。
(ここで私が死んだら、アヤメも死ぬ)
そう確信した途端、父や叔父のような大きな力が全身に漲った気がした。
それでも折れた剣では到底このガットには勝てないと分かるが、殺傷してはならぬのら、むしろこれくらいでちょうど良い。
先ほどまで目にも留まらぬ速さで振り回されていた爪はゆるゆるとして見え、折れた刃で落ち着いて防御する。
適時を見計らい、右手の爪が振り下ろされてきたときに、その手首のあたりを自身の右手首を使って右に打ち払った。
自らの勢いも相まってガットが体勢を崩し、間髪入れずその右肘を左手で掴む。
すると瞬時に抵抗されたのが分かったが、負けることは無かった。
一歩踏み込んで力任せに向こう側へと押しやり、ガットに背を向けさせる。
その首根っこを左手で押しながら、右手の折れた剣を片脚に引っかけて手前に持ち上げると、ガットが俯せに倒れ込んで「にゃっ」と声を上げた。
すかさずその両手を掴み、背で押さえ込む。
「大丈夫、君を傷付ける気は無いよ」
と言っても言葉が通じない故に、ガットは逃れようと草原の上で大暴れする。
でも今のオルランドに力負けする気配は無く、賢いガットは間もなく敵わないことを悟ったのか、おとなしくなった。
そして観念したように、小さく「にぃ」と鳴いた。
「ラ…ランド……」
アヤメが震え声で呼ぶと、オルランドが振り返って優しく微笑した。
「大丈夫だよ、アヤメ。でも、まだ一応離れててね。念のためにムネ殿下の猫たちが来てからこのガットを離そう」
そんなことは心配していない。
何も大丈夫じゃない。
10本の爪に切り裂かれた大きな背中から、血が止めどなく流れ出ている。
「いややっ……ランド! ランド、いややぁっ!」
オルランドに「駄目だよ」と言われたが、アヤメは言うことを聞かずに駆け寄っていく。
背中の広範囲に渡る傷口を圧迫して止血しようと、これ以上ないくらいの力で抱き付き、身体の前面をオルランドの背に押し付ける。
「いやや、ランド! いやや! ウチを置いて死なんといて!」
「大丈夫だよ、心配しないで。ていうか、そんなに強く締められたら息が出来なくて逆に死んじゃうよ」
と笑ったオルランドが、「それから」と続けた。
「私の妻はひとりだけだよ、アヤメ」
「――えっ……?」
オルランドが押さえ込んでいるガット・ネーロが、急にまた暴れ出した。
「こら、どうしたの」
と目を落とすと、黒猫の尻尾の毛が逆立っている。
そして錯乱した様子で鳴き声を喚き散らし始めたのを見て、アヤメが察した。
「おとんの猫4匹が近くに来てるんや!」
すぐさま絶叫する。
「ここや! タロウ! ハナ! ナナ・ネネ! ランドとウチはここやーっ!」
それから2秒も立たずに、2人の前方にフラヴィオたちが現れた。
「大丈夫ですか、お二人共!」
と、助けを呼びに行ってくれたノール。
オルランドは「うん、ありがとう」と笑顔を向けると、猫4匹に問うた。
「コレ、離しても良い?」
猫4匹が「良し」と声を揃えた刹那、オルランドの手が緩み、ガット・ネーロが大慌てで逃げていく。
「ちょっと待て、血の匂いがする……ってことは怪我してるのかランド!?」
とハナが気付くと、一同が一斉に狼狽し出した。
アヤメが「背中や!」と言いながら身体を離すと、
「あとはよろしく」
と、猫4匹に向かって片手を上げたオルランド。
その直後、失神して草原に倒れ込んでいった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる