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新婚旅行ー3
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猫耳でオルランド・アヤメの会話を聞き取ったタロウ・ハナ兄妹の口からは、ホヤの炭火焼が飛んでいく。
「僕、ランドは賢いと思ってたんだけど気のせいだったかな……」
「大丈夫、マストランジェロ一族のランドは夢見がちなだけであって、ちゃんと賢い。それにフラビーの若い頃よりマシだろ。フラビーなんて新婚の頃、ヴィットーリアさんの膀胱破裂させるところだったっていうし」
「ヴィットーリアさんは本気で厠へ行かないと思ってたらしいからねぇ……」
と、タロウが苦笑しながら近くにいるフラヴィオを見る。
先ほどベルからもらった小遣いで玩具――けん玉を買い、「ほっ」だの「よっ」だの言いながら夢中で遊んでいる。
下手だ。
ちなみにベルと共に黒髪のかつらを被り、レオーネ服を着て変装し、オルランドたちを尾行していたが、本人たちにはバレバレのようだった。
「フラビーおま、ヘッタクソやなーけん玉。ワイに貸してみぃ」
とフラヴィオからけん玉を奪ったマサムネが、「ええか」と手本を見せる。が、こっちも下手だった。
玩具を取られたフラヴィオが今度はコマを買おうとしたのを見て、ハナが「待った」と言った。
「今あれこれ買わない方がいいんじゃないか? だってフラビーとベルも、来月にはここに新婚旅行もどきに来るんだから」
「うん? ああ……今色々買ってしまったら、来月土産に買うもの無くなってしまうか? それはなんだかちょっとつまらないな」
とフラヴィオがコマから手を引っ込めた一方、ベルが「ところで」と話を切り替えた。
「オルランド様とアヤメ殿下は大丈夫なのでしょうか。ノール殿下は帰国されずに本日もう一日だけこちらにいらっしゃるみたいですし、なんだか心配になってしまって」
「さぁなぁ。一時はアヤメとノール殿下でランドを引っ張り合って、喧嘩すんのかと思ったけど。その後なんか3人仲良くキナコ餅食べてたし……」
「なんちゅーか、ノールの方にアヤメと争う気が無いんやろな」
と、マサムネ。
「ヴィルジネの女は、相手の男が王侯貴族やったり裕福やったりすると、ほぼ一夫一妻の夢は見られへんから。第二夫人や第三夫人どころか、第二十夫人・三十夫人くらいまでは普通っていう感覚なんちゃうかな」
「なるほど。しかし、アヤメ殿下の方は気を揉まれているのでは」
とベルが言うと、「うん」と頷いたアヤメの父は、やきもきとした様子でフラヴィオを見る。
「なぁ、妻が2人いるワイが言うのもなんやけど、ランド側室迎えたりせんよな?」
「本当におまえが文句言うなよ、マサムネ?」
とハナが眉を吊り上げた。
「フラビーに何年も側室、側室ってうるさく言ってたの誰だよ」
「そ、それは仕方ないやん。フラビーにカプリコルノの命運が掛かっとったんやから。けど、ランドはそんなデカいもん背負ってへんやん。まぁ、ワイが第二夫人にヴィルジネの王女迎えなあかんかったように、カプリコルノも政のためにランドがそうせなあかんのならアレやけど……」
とマサムネがおそるおそる見たのは、カプリコルノの国王ではなく宰相の方。
フラヴィオも気になっている様子でベルを見ていて、「どうするのだ?」と問うた。
「それは――」
とベルの言葉を遮るように、ナナ・ネネが「あ」と声を揃える。
「ランドたちがガットのテレトラスポルトで消えた」
「ランドたちがあちきら撒いた」
それを聞いたマサムネが「あかん!」と狼狽して辺りを見回すが、その姿は見えなかった。
「このままやったら、ワイの愛娘がランドに泣かされるかもしれん! あかんあかん、皆はよ探してや! おとんが守ったるからな、アヤメーっ!」
「――何のつもりやねん、おとん」
フラヴィオたちの気配がする度に近くのガットを捕まえ、テレトラスポルトを頼んで逃げ回った3人。
その数、ウン十回。
「ウチらは逃亡犯か……」
とアヤメの顔に疲労が浮かぶは、夕暮れ時の砂浜。
前方に、紅に染まった空と海。
振り返れば、本日最後のレオーネ国観光地――野生ガット・ネーロの生息地。
そして隣には、げんなりとした顔をしているオルランドがいる。
それは「ありがとう」と、テレトラスポルトを頼んだ見知らぬガット・ネーロに代金を支払った。
テレトラスポルトは上級魔法なだけあってガット皆が使いこなせるわけでないし、距離が近かろうが人数が少なかろうが大幅に力を使わせるしで、1回頼むにつき結構な代金を取られる。
ウン十回とテレトラスポルトをした本日だけで、カプリコルノの皆への土産代の三分の一を使ってしまった。
「どうしよう。フェーデ叔父上とドルフ叔父上はもともといらないって言ってたから別にいいし、父上や弟たち、従兄弟たちにはけん玉とかコマとか玩具やっとけばいいけど、天使たちにはそういうわけにはいかないよ」
「せやな。ウチも天使の皆には、綺麗な櫛とかかんざしとか着物とかをお土産に買うてくつもりやったし……」
とアヤメが、ふと足元に貝殻があるのを見つけて「せや!」と指を鳴らした。
「ベルちゃんのお土産を貝殻にすれば何とかなるやろ! 貝の中身が入っとったらエサ持ってくなってネーロが怒るけど、貝殻だけなら怒らんし」
「ちょっと待ってアヤメ、私は偉大なる宰相閣下に対してそんなものを土産にする勇気がない。宰相閣下には、一番高価なものを買って帰らなきゃいけない気がしているんだ」
「何言ってんねん、ランド。この辺にしかない珍しくて綺麗な巻貝を1個でも拾って帰れば、後日宮廷にベルちゃんの高笑いが響くで。ベルちゃん絶対カメオにして、商人にぼったくり価格で売りつけるもん」
「なるほどね。よし、じゃー日が暮れる前に手分けして探そう」
とオルランドが言うと、ノールが「はい!」と張り切った。
「綺麗な巻貝の貝殻ですね、分かりました!」
互いの声が聞こえる程度に3人散らばって、貝殻探しを始める。
「ノール殿下、疲れてないん?」
「はい、アヤメ殿下。今日はありがとうございました。とても楽しかったです。素晴らしい国ですね、レオーネ国。また遊びに来たいです」
と、本日何度も見た笑顔が咲いた。
「うん……また来てな」
と返したアヤメの笑顔は、あまり自然には咲かなかった。
テレトラスポルトで飛んでばかりだったが、それでも何度も見た。
ノールの負の感情の無い純粋な心。
オルランドに純粋に恋する瞳。
本来は恋敵であるはずのアヤメにさえ向けられる、その純粋な笑顔。
正直、恋敵らしく敵意を持ってくれた方がまだマシだった。
ノールと比べると、自身はとても我儘で、欲張りな子供に思えた。
昨日に続いて、劣等感に苛まれずにはいられなかった。
どうやら初めてだったらしいレオーネ国観光ではしゃぎ、時間が経てば経つほどオルランドと談笑で盛り上がっていたノールに対し、アヤメの方は笑顔が薄れ、口数が少なくなっていった。
(ウチは何かひとつでも、ノール殿下に敵うものはあるやろか)
考えてみる。
美人な顔立ち、大人っぽいところ。
オルランドと吊り合う背丈。
出るべきところがしっかりと出ていて、凹むところはしっかりと凹んでいる非の打ちどころのない身体。
さらに時たま見せる賢さや、知識の豊富さ。
そしてとても素直で、妬むことを知らない穢れなき純粋な性格。
(なーにひとつ、敵わへん)
思わず、短く失笑した。
貝殻を探して歩いているうちにノールと距離が近くなって来て、思わず逃げるように離れてしまう。
感じの悪いことをしてしまったが、オルランドが見ている前でノールと並びたくなかった。
「……あ、この貝殻ええかも」
と、しゃがんで足元にあった巻貝の貝殻を拾う。
カプリコルノ国では見なく、そこそこ綺麗なものだった。
これで良いかとオルランドに問おうかとき、背の方からノールの明るい声が聞こえて来た。
「オルランド殿下、わたくしやっぱりオルランド殿下が好きです」
アヤメが固まる。
オルランドの「え?」という声が聞こえた。
「だからわたくしを、オルランド殿下の第二夫人にしてくださいませんか?」
このとき、オルランドはきっと少しのあいだだけ黙っていた。せいぜい3秒間だった。
でもアヤメには5分、10分もの時間に感じた。
(我儘を言ったらあかん)
自身の破裂しそうな鼓動が聞こえた。
(欲張ったらあかん)
胸が締め付けられて、呼吸困難になりそうだった。
(ランドが側室を迎えることを決めても、ちゃんと受け入れるんや……!)
貝殻をぎゅっと握り締めて、そう誓った。
その直後、聞こえたオルランドの返答――
「ありがとう、嬉しいよ」
(やっぱ嘘)
前言撤回は約3秒。
「ランドのどあほぉぉぉう!」
と泣き叫びながら振り返る否や、手に持っていた貝殻をぶん投げる。
「――アヤメっ?」
ぎょっとしたオルランドに向かって、さらに3回連続「どあほ!」と叫ぶ。
「ま、待って待って、何が!?」
「嫌いやっ……ランドなんか、大嫌いやあぁぁぁあ!」
「ちょ……ちょっと待ってアヤメ」
と、『大嫌い』の言葉に大衝撃を受けたオルランドがよろける。
「私は意味が分からないよ、アヤメ。大嫌いって……いや、突然なんで? 君は今朝、私に愛を伝えてくれたばかりじゃないか。何がどうなって、いきなりそうなったの? 嘘だったってこと? ねぇ?」
質問に答えず泣きじゃくるアヤメが、帰路に向かって駆けて行く。
「あっ、アヤメ! 待ってよ!」
と、その背を追い駆けようとしたオルランドの腕を、ノールが抱き締める。
顔を見たら、感無量の面持ちがあった。
「嬉しいです、オルランド殿下…! わたくしを…わたくしを、第二夫人にしてくださるのですねっ……!」
「――へ?」
と間の抜けた声を出したオルランドが、小さくなったアヤメの背に顔を向ける。
(そういうことか……!)
と理解して、ノールの正面に向き直った。
「私の妻になることを望んでくれて本当にありがとう、嬉しいよ――」
12年前の記憶が、ノールの脳裏に蘇った。
瞼を手で擦りながら慟哭し、生まれ育った宮廷への帰路を駆けていくアヤメ。
自分でも子供みたいだと思うが、胸が悲しみと痛みで一杯で、涙も声も止まらない。
「ランドのどあほ!」
それ以上に、
「ウチのどあほ! どあほ! どあほ!」
オルランドが側室を迎えることを決めても受け入れるという誓いを、約3秒という束の間に破ってしまった。
さらに大嫌いと暴言を吐き、その理由を訊かれたのに、また答えずに逃げて来た。
(――って、何しとんの、ウチ…! これじゃ何の解決にもならんのやってば……!)
と、踵を返そうと振り返ったが、すぐに止まった。
だって今度は昨日の喧嘩とはちょっと違う。
我儘で、欲張りな本音を言ってしまったら、解決どころか逆にオルランドを困らせることになるからだ。
(せやったらもう、やっぱりウチが我慢すればええのや。ウチは、ランドが好きなんやから。妻でいたいんやから。どあほ)
と袖で涙を拭い、また拭い、さらに拭い、またさらに拭って何とか涙を止め、今度こそ踵を返した。
その時、はっと気付く。
「――び…びっくりしたぁっ……!」
前方に、一匹のオスのガット・ネーロが立っていた。
「どうしたん? お腹空いてるん?」
そんな感じでは無かった。
それは小さいが鋭い牙を見せ、唸り声を上げていた――威嚇されていた。
「えっ……なんで?」
と動揺しながら、後退る。
答えは間もなく出た。
ガット・ネーロの片手に、ベルへの土産――アヤメが先ほど投げた巻貝が持たれていた。
アヤメがオルランドに向かって投げたつもりだったそれは、あらぬ方向へと飛び、このガット・ネーロに当たってしまったようだった。
「ご、ごめん……ワザと、ちゃう……よ?」
アヤメの顔から血の気が引いていく。
相手は野生のネーロだ。言葉が通じるわけがない。
どこに当たったのか知らないが、巻貝に棘があったせいか結構痛かったらしく、攻撃されたと――敵だと認識されている。
人間界で共存しているガット相手なら兎も角、野生下でそうなった場合、何が待っているかといったら答えはひとつだった。
アヤメにマサムネの猫4匹によるバッリエーラ――魔法の盾が5枚掛かっているが、このガットの力量が分からないから、どれくらい持つかのか分からない。
30発持つかもしれないし、1発で破られるかもしれない。
30発分あったのなら逃げ切れるように思うが、ガットは機敏で攻撃も素早く、決して俊足ではないアヤメの足ではまず無理だろう。
ていうかもう、足が竦んで動かない。
だから確信した。
(ばいばい、ランド)
ガット・ネーロがアヤメに飛び掛かった。
「僕、ランドは賢いと思ってたんだけど気のせいだったかな……」
「大丈夫、マストランジェロ一族のランドは夢見がちなだけであって、ちゃんと賢い。それにフラビーの若い頃よりマシだろ。フラビーなんて新婚の頃、ヴィットーリアさんの膀胱破裂させるところだったっていうし」
「ヴィットーリアさんは本気で厠へ行かないと思ってたらしいからねぇ……」
と、タロウが苦笑しながら近くにいるフラヴィオを見る。
先ほどベルからもらった小遣いで玩具――けん玉を買い、「ほっ」だの「よっ」だの言いながら夢中で遊んでいる。
下手だ。
ちなみにベルと共に黒髪のかつらを被り、レオーネ服を着て変装し、オルランドたちを尾行していたが、本人たちにはバレバレのようだった。
「フラビーおま、ヘッタクソやなーけん玉。ワイに貸してみぃ」
とフラヴィオからけん玉を奪ったマサムネが、「ええか」と手本を見せる。が、こっちも下手だった。
玩具を取られたフラヴィオが今度はコマを買おうとしたのを見て、ハナが「待った」と言った。
「今あれこれ買わない方がいいんじゃないか? だってフラビーとベルも、来月にはここに新婚旅行もどきに来るんだから」
「うん? ああ……今色々買ってしまったら、来月土産に買うもの無くなってしまうか? それはなんだかちょっとつまらないな」
とフラヴィオがコマから手を引っ込めた一方、ベルが「ところで」と話を切り替えた。
「オルランド様とアヤメ殿下は大丈夫なのでしょうか。ノール殿下は帰国されずに本日もう一日だけこちらにいらっしゃるみたいですし、なんだか心配になってしまって」
「さぁなぁ。一時はアヤメとノール殿下でランドを引っ張り合って、喧嘩すんのかと思ったけど。その後なんか3人仲良くキナコ餅食べてたし……」
「なんちゅーか、ノールの方にアヤメと争う気が無いんやろな」
と、マサムネ。
「ヴィルジネの女は、相手の男が王侯貴族やったり裕福やったりすると、ほぼ一夫一妻の夢は見られへんから。第二夫人や第三夫人どころか、第二十夫人・三十夫人くらいまでは普通っていう感覚なんちゃうかな」
「なるほど。しかし、アヤメ殿下の方は気を揉まれているのでは」
とベルが言うと、「うん」と頷いたアヤメの父は、やきもきとした様子でフラヴィオを見る。
「なぁ、妻が2人いるワイが言うのもなんやけど、ランド側室迎えたりせんよな?」
「本当におまえが文句言うなよ、マサムネ?」
とハナが眉を吊り上げた。
「フラビーに何年も側室、側室ってうるさく言ってたの誰だよ」
「そ、それは仕方ないやん。フラビーにカプリコルノの命運が掛かっとったんやから。けど、ランドはそんなデカいもん背負ってへんやん。まぁ、ワイが第二夫人にヴィルジネの王女迎えなあかんかったように、カプリコルノも政のためにランドがそうせなあかんのならアレやけど……」
とマサムネがおそるおそる見たのは、カプリコルノの国王ではなく宰相の方。
フラヴィオも気になっている様子でベルを見ていて、「どうするのだ?」と問うた。
「それは――」
とベルの言葉を遮るように、ナナ・ネネが「あ」と声を揃える。
「ランドたちがガットのテレトラスポルトで消えた」
「ランドたちがあちきら撒いた」
それを聞いたマサムネが「あかん!」と狼狽して辺りを見回すが、その姿は見えなかった。
「このままやったら、ワイの愛娘がランドに泣かされるかもしれん! あかんあかん、皆はよ探してや! おとんが守ったるからな、アヤメーっ!」
「――何のつもりやねん、おとん」
フラヴィオたちの気配がする度に近くのガットを捕まえ、テレトラスポルトを頼んで逃げ回った3人。
その数、ウン十回。
「ウチらは逃亡犯か……」
とアヤメの顔に疲労が浮かぶは、夕暮れ時の砂浜。
前方に、紅に染まった空と海。
振り返れば、本日最後のレオーネ国観光地――野生ガット・ネーロの生息地。
そして隣には、げんなりとした顔をしているオルランドがいる。
それは「ありがとう」と、テレトラスポルトを頼んだ見知らぬガット・ネーロに代金を支払った。
テレトラスポルトは上級魔法なだけあってガット皆が使いこなせるわけでないし、距離が近かろうが人数が少なかろうが大幅に力を使わせるしで、1回頼むにつき結構な代金を取られる。
ウン十回とテレトラスポルトをした本日だけで、カプリコルノの皆への土産代の三分の一を使ってしまった。
「どうしよう。フェーデ叔父上とドルフ叔父上はもともといらないって言ってたから別にいいし、父上や弟たち、従兄弟たちにはけん玉とかコマとか玩具やっとけばいいけど、天使たちにはそういうわけにはいかないよ」
「せやな。ウチも天使の皆には、綺麗な櫛とかかんざしとか着物とかをお土産に買うてくつもりやったし……」
とアヤメが、ふと足元に貝殻があるのを見つけて「せや!」と指を鳴らした。
「ベルちゃんのお土産を貝殻にすれば何とかなるやろ! 貝の中身が入っとったらエサ持ってくなってネーロが怒るけど、貝殻だけなら怒らんし」
「ちょっと待ってアヤメ、私は偉大なる宰相閣下に対してそんなものを土産にする勇気がない。宰相閣下には、一番高価なものを買って帰らなきゃいけない気がしているんだ」
「何言ってんねん、ランド。この辺にしかない珍しくて綺麗な巻貝を1個でも拾って帰れば、後日宮廷にベルちゃんの高笑いが響くで。ベルちゃん絶対カメオにして、商人にぼったくり価格で売りつけるもん」
「なるほどね。よし、じゃー日が暮れる前に手分けして探そう」
とオルランドが言うと、ノールが「はい!」と張り切った。
「綺麗な巻貝の貝殻ですね、分かりました!」
互いの声が聞こえる程度に3人散らばって、貝殻探しを始める。
「ノール殿下、疲れてないん?」
「はい、アヤメ殿下。今日はありがとうございました。とても楽しかったです。素晴らしい国ですね、レオーネ国。また遊びに来たいです」
と、本日何度も見た笑顔が咲いた。
「うん……また来てな」
と返したアヤメの笑顔は、あまり自然には咲かなかった。
テレトラスポルトで飛んでばかりだったが、それでも何度も見た。
ノールの負の感情の無い純粋な心。
オルランドに純粋に恋する瞳。
本来は恋敵であるはずのアヤメにさえ向けられる、その純粋な笑顔。
正直、恋敵らしく敵意を持ってくれた方がまだマシだった。
ノールと比べると、自身はとても我儘で、欲張りな子供に思えた。
昨日に続いて、劣等感に苛まれずにはいられなかった。
どうやら初めてだったらしいレオーネ国観光ではしゃぎ、時間が経てば経つほどオルランドと談笑で盛り上がっていたノールに対し、アヤメの方は笑顔が薄れ、口数が少なくなっていった。
(ウチは何かひとつでも、ノール殿下に敵うものはあるやろか)
考えてみる。
美人な顔立ち、大人っぽいところ。
オルランドと吊り合う背丈。
出るべきところがしっかりと出ていて、凹むところはしっかりと凹んでいる非の打ちどころのない身体。
さらに時たま見せる賢さや、知識の豊富さ。
そしてとても素直で、妬むことを知らない穢れなき純粋な性格。
(なーにひとつ、敵わへん)
思わず、短く失笑した。
貝殻を探して歩いているうちにノールと距離が近くなって来て、思わず逃げるように離れてしまう。
感じの悪いことをしてしまったが、オルランドが見ている前でノールと並びたくなかった。
「……あ、この貝殻ええかも」
と、しゃがんで足元にあった巻貝の貝殻を拾う。
カプリコルノ国では見なく、そこそこ綺麗なものだった。
これで良いかとオルランドに問おうかとき、背の方からノールの明るい声が聞こえて来た。
「オルランド殿下、わたくしやっぱりオルランド殿下が好きです」
アヤメが固まる。
オルランドの「え?」という声が聞こえた。
「だからわたくしを、オルランド殿下の第二夫人にしてくださいませんか?」
このとき、オルランドはきっと少しのあいだだけ黙っていた。せいぜい3秒間だった。
でもアヤメには5分、10分もの時間に感じた。
(我儘を言ったらあかん)
自身の破裂しそうな鼓動が聞こえた。
(欲張ったらあかん)
胸が締め付けられて、呼吸困難になりそうだった。
(ランドが側室を迎えることを決めても、ちゃんと受け入れるんや……!)
貝殻をぎゅっと握り締めて、そう誓った。
その直後、聞こえたオルランドの返答――
「ありがとう、嬉しいよ」
(やっぱ嘘)
前言撤回は約3秒。
「ランドのどあほぉぉぉう!」
と泣き叫びながら振り返る否や、手に持っていた貝殻をぶん投げる。
「――アヤメっ?」
ぎょっとしたオルランドに向かって、さらに3回連続「どあほ!」と叫ぶ。
「ま、待って待って、何が!?」
「嫌いやっ……ランドなんか、大嫌いやあぁぁぁあ!」
「ちょ……ちょっと待ってアヤメ」
と、『大嫌い』の言葉に大衝撃を受けたオルランドがよろける。
「私は意味が分からないよ、アヤメ。大嫌いって……いや、突然なんで? 君は今朝、私に愛を伝えてくれたばかりじゃないか。何がどうなって、いきなりそうなったの? 嘘だったってこと? ねぇ?」
質問に答えず泣きじゃくるアヤメが、帰路に向かって駆けて行く。
「あっ、アヤメ! 待ってよ!」
と、その背を追い駆けようとしたオルランドの腕を、ノールが抱き締める。
顔を見たら、感無量の面持ちがあった。
「嬉しいです、オルランド殿下…! わたくしを…わたくしを、第二夫人にしてくださるのですねっ……!」
「――へ?」
と間の抜けた声を出したオルランドが、小さくなったアヤメの背に顔を向ける。
(そういうことか……!)
と理解して、ノールの正面に向き直った。
「私の妻になることを望んでくれて本当にありがとう、嬉しいよ――」
12年前の記憶が、ノールの脳裏に蘇った。
瞼を手で擦りながら慟哭し、生まれ育った宮廷への帰路を駆けていくアヤメ。
自分でも子供みたいだと思うが、胸が悲しみと痛みで一杯で、涙も声も止まらない。
「ランドのどあほ!」
それ以上に、
「ウチのどあほ! どあほ! どあほ!」
オルランドが側室を迎えることを決めても受け入れるという誓いを、約3秒という束の間に破ってしまった。
さらに大嫌いと暴言を吐き、その理由を訊かれたのに、また答えずに逃げて来た。
(――って、何しとんの、ウチ…! これじゃ何の解決にもならんのやってば……!)
と、踵を返そうと振り返ったが、すぐに止まった。
だって今度は昨日の喧嘩とはちょっと違う。
我儘で、欲張りな本音を言ってしまったら、解決どころか逆にオルランドを困らせることになるからだ。
(せやったらもう、やっぱりウチが我慢すればええのや。ウチは、ランドが好きなんやから。妻でいたいんやから。どあほ)
と袖で涙を拭い、また拭い、さらに拭い、またさらに拭って何とか涙を止め、今度こそ踵を返した。
その時、はっと気付く。
「――び…びっくりしたぁっ……!」
前方に、一匹のオスのガット・ネーロが立っていた。
「どうしたん? お腹空いてるん?」
そんな感じでは無かった。
それは小さいが鋭い牙を見せ、唸り声を上げていた――威嚇されていた。
「えっ……なんで?」
と動揺しながら、後退る。
答えは間もなく出た。
ガット・ネーロの片手に、ベルへの土産――アヤメが先ほど投げた巻貝が持たれていた。
アヤメがオルランドに向かって投げたつもりだったそれは、あらぬ方向へと飛び、このガット・ネーロに当たってしまったようだった。
「ご、ごめん……ワザと、ちゃう……よ?」
アヤメの顔から血の気が引いていく。
相手は野生のネーロだ。言葉が通じるわけがない。
どこに当たったのか知らないが、巻貝に棘があったせいか結構痛かったらしく、攻撃されたと――敵だと認識されている。
人間界で共存しているガット相手なら兎も角、野生下でそうなった場合、何が待っているかといったら答えはひとつだった。
アヤメにマサムネの猫4匹によるバッリエーラ――魔法の盾が5枚掛かっているが、このガットの力量が分からないから、どれくらい持つかのか分からない。
30発持つかもしれないし、1発で破られるかもしれない。
30発分あったのなら逃げ切れるように思うが、ガットは機敏で攻撃も素早く、決して俊足ではないアヤメの足ではまず無理だろう。
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