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初めての弟ー1(本編52話省略分ー4)
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――1498年5月。
アクアーリオ王太子とは3年前に離婚していたらしい、カプリコルノ国の第一王女こと5番目の天使ヴァレンティーナ。
悲惨な状況でいたところ、父であるカプリコルノ・カンクロ両国国王フラヴィオや、姉のように慕っている侍女・カンクロ国女王ベル、2番目の兄サジッターリオ国王コラード、ベタベタに仲良しの友好国――レオーネ国の国王マサムネらに連れ戻され、カプリコルノ国に出戻った。
そのとき病を患っていたが、久々のあたたかいふかふかレットで眠り、ベルを始めとする皆に看病されていたら2日で完治した。
「でも、本日はレットで安静になさっていてくださいね」
「大丈夫よ、ベル。もうすっかり治ったもの」
「念のためです。体調管理は大切ですよ、未来のアクアーリオ女王陛下」
「だ、だから私なんかに女王なんて無理よっ……」
「いいえ、自信をお持ちくださいティーナ様」
とベルが、続け様に「朝餉をお持ち致します」と言ってヴァレンティーナの部屋を後にした。
ヴァレンティーナは「無理なのに」と呟いて溜め息を吐くと、レットから出て窓辺へと歩いていった。
窓を開けて下を見下ろすと『中の中庭』があり、そこでは1時間前――早朝6時から、父や叔父、兄弟・従兄弟などの男たちが朝餉前の軽い走り込みをしている。
それらはヴァレンティーナが声を大きくして「おはよう」と言うと、立ち止まってこちらを見上げた。
「ティーナ! もう起きて大丈夫なのか?」
「ええ、父上。念のため今日も寝てるようベルに言われたけど、もう熱も無いしすっかり大丈夫よ」
男たちが安堵の笑顔を見せた。
その中のガルテリオと目が合うなりドキッとして、ヴァレンティーナが一瞬目を逸らす。
(去年のガルテリオの誕生日のときのアレ、なんだったのかしら……)
病気のときはこっちに来られなかったこともあり、去年のガルテリオの誕生日以降2人で話す機会がないまま1年以上が経った。
(あのときガルテリオは冗談を言ったとか、酔っ払ってたとか、そういうことよね……?)
そう思うや否やに、自身に突っ込みたくなる。
ガルテリオは冗談を言う性格では無いし、あのときの真っ直ぐで真剣な眼差しは酔っ払いでもなんでも無かった。
(でも、もう私のこと好きじゃないはず)
そう思いたかった。
ヴァレンティーナは来月で20歳で、ガルテリオは現在17歳。
今はまだしも、子供の頃の3歳差は大きく、また宮廷の中で一緒に育ったことから、ガルテリオをずっと幼い弟のように思っていた。
また、ガルテリオは第三王子レンツォよりも1年早く生まれていて、ヴァレンティーナにとっては『初めての弟』という感覚もあった。
それは本当の弟のレンツォ・ティートと同じようで、どこか少し違う特別な存在だった。
それが去年、女として愛されているのだと分かり戸惑いを覚えてしまった。
ガルテリオは去年よりもまた目に見えて大きくなり、フラヴィオ・フェデリコの身長を超えて身長は185cmになり、体格もそんなに劣らない。
顔もいつの間にか丸みが無くなり、骨がしっかりしてきて幼さが抜け、また寡黙なこともあって落ち着いた雰囲気をしている。
(もう男の子じゃなくて、男の人って感じ……)
そう思ったら少し動悸がした。
「お待たせいたしました」
と後方――戸口からベルの声が聞こえて、はっとしてレットに戻る。
「ご、ごめんなさい、ベル。ちゃんとレットに入ってるわ」
配膳台車を押しながらレットまでやって来たベルが、手を伸ばしてヴァレンティーナの額に触れた。
「ベル? 私もう、熱は無いわよ?」
「お顔が少し赤く見えたもので」
「き、気のせいよ」
「なら良いのですが」
とベルは、ヴァレンティーナの膝の上に朝餉の乗せたトレイを置くと、窓が開いていることに気付いてそちらへ向かって行った。
『中の中庭』を見下ろしながら、「ふむ……」と呟く。
「左様でございますか、ティーナ様」
「え? 何か言った?」
「ガルテリオ様が気になるようで」
とベルが振り返ると、ヴァレンティーナが「へ?」と声を裏返し、スプーンをヴァッソイオの上に落とした。
「図星ですか?」
恥ずかしくなって否定しようとして、口を閉ざす。
否定したところでバレているのは分かるので、頷いておく。
「去年のガルテリオの誕生日のこと、交換日記に書いたでしょ? アレ、なんだったのかしら」
「ガルテリオ様の正直なお気持ちかと」
「で、でも、もう私のこと好きじゃないわよねっ?」
「何故そのように思われるのですか? 今年のガルテリオ様のお誕生日はティーナ様がいらっしゃらなかったので、とても寂しそうに見えましたよ。その上ティーナ様が冬のあいだに顔を見せてくださったのは年始に一度だけでしたし、ガルテリオ様はさぞティーナ様が恋しかったかと」
ヴァレンティーナが「止めてよ」と頬を染めて俯いた。
その顔をベルが覗き込む。
「ガルテリオ様のお気持ちにお応え出来ないようでしたら、はっきりそうお伝えした方がよろしいかと。そうでないと、ガルテリオ様も次へ進めませんから」
「つ、次って……?」
「ガルテリオ様ももう17になりましたから、ご両親――フェーデ様とアリー様が、近頃真剣にお見合い相手を探し始めましたよ」
蒼の瞳が動揺を見せた。
「そ…そうよね……貴族のご令嬢とそういう話が出て来る年齢よね」
「お断りされるのですか?」
ヴァレンティーナが一瞬の戸惑いを見せた後、「だって」と肯定の返事をした。
「私、ガルテリオのことレンツォやティートと同じで、弟みたいに思っていたのよ。だ、だから、嫌とかそういうんじゃないけど……」
「そうですね、それは戸惑ってしまっても仕方が無いですね」
とベルが、窓の外を見下ろしながら「しかし」と続ける。
「少し残念ですね。ガルテリオ様はフェーデ様のご子息ですから、どう考えてもどこかの汚物よりよっぽどティーナ様の王配、もしくは国王陛下に相応しいですし。また、ジル様も」
「わ、私アクアーリオ女王になんてなれないってばっ……!」
「もう決まりです」
と一蹴したベルが、レットの傍へ寄って来た。
「ガルテリオ様のお見合いについてはもう少し待っていただけるよう、私の方からフェーデ様とアリー様に申しておきますから、少しご検討されてみては?」
「え…ええ……?」
と困惑したヴァレンティーナの視線の先で、ベルが優しく微笑した。
「私はずっとこう思っておりました。私はマストランジェロ一族の男性――フラヴィオ様と結ばれ、女性としてとても幸せですから、それをティーナ様にもご存知いただきたいと。これまでの汚物相手では、知る由もなかったことでしょうが」
「あんまり汚物、汚物言わなくてもいいわ」
「では排泄物」
「意味同じよ、それ……」
と苦笑したヴァレンティーナの手に、ベルの手が重なる。
「あの排泄物とマストランジェロ一族の男性――ガルテリオ様では、こうしてティーナ様に触れるだけでも、大きな差がありますよ」
「ええ……そうね、ベル」
去年のガルテリオの誕生日のことを思い出す。
いつの間にかヴァレンティーナの手をすっぽり包み込むようになっていたガルテリオの手は、大きくて骨っぽい見た目に反して、とても優しいものだった。
「時にティーナ様、国民がティーナ様を酷く心配しております」
「大変! 町に行って、元気になった姿を見せなきゃ! ねぇベル、お願い――」
「今日のところは駄目です」
とヴァレンティーナの言葉を遮ったベルが、「でも」と続けた。
「明日ならよろしいでしょう。明日はちょうどガルテリオ様の休日ですから、護衛としてご同行いただいては?」
――翌日の朝餉後。
宮廷の『下の中庭』にある厩舎へと、フェデリコ・ガルテリオ親子が入っていく。
「もう以前の馬は駄目だ、ガルテリオ。おまえはすっかり大きくなったから、馬がしんどくなってしまう。今日はティーナも乗せることだし、私の馬を使うと良い」
とその愛馬――大型の白馬――を引っ張って来てくれた父に、「ありがとうございます」と返したガルテリオ。
「よろしく」と馬の首を撫で、その背に鞍を乗せていると、父が「それから」と話を続けた。
「ドルフとベラから伝言だ。ジルはまだ8つだから仕方ないし気にするな、だそうだ」
ガルテリオが少しのあいだ黙ってから父の顔を見た。
「何のことです」
「おまえ、ティーナのことが未だに好きなんだろう?」
「そうですが」
「それで今日、ティーナとデートなんだろう?」
「僕はそういう気分ですが、ティーナ殿下はそのつもりは無いかと。それに、今後のことを決めるのはティーナ殿下です。僕はそれに従い、応援します」
フェデリコがふと苦笑した。
「おまえ、紛れもなく私の子だな。昔を思い出してしまう。自分のことなら気にならないが、親目線で見るとちょっと可哀想な子に見えてしまう」
「『昔』とは?」
とガルテリオが問うと、フェデリコが辺りを気にしてから「言うなよ」と口元に人差し指を持っていった。
「私の初恋は義姉上――ヴィットーリア王妃陛下だったんだ。で、義姉上は兄上が好きで、兄上は3番目の天使セレーナが好きだった」
「母上とベラさんは、父上が好きだったと聞いたことがあります」
「そうなんだ、ややこしかったんだ。それで私は、義姉上の気持ちを知っていたから、その願いを叶え、王太子妃に――兄上の妻にして差し上げたいと思っていた。だから兄上がセレーナに振られた後に義姉上を好きになってくれたとき、悲しい気持ちにはなったが、それ以上に喜んだ。兄上に好きだと、愛していると言われたときの義姉上の顔が今でも忘れられん」
そう言って感慨深そうに微笑を浮かべた後、フェデリコはガルテリオを見て「な?」と再び苦笑した。
「おまえと似ているだろう?」
「まぁ、たしかに」
と納得したガルテリオが、少しして「でも」と続けた。
「父上の場合、それは兄上だから――フラヴィオ伯父上だから譲ったというのも多少あるのでは」
「まぁな、それはあるな。兄上は惚れた女は絶対に譲らないし、喧嘩になり兼ねないからな」
「ならば僕はそこまで父上にそっくりというわけでもありません」
フェデリコが「そうか?」と返すと、ガルテリオが頷いた。
「僕はティーナ殿下の気持ちは尊重しますが、兄弟や従兄弟たちだからって譲ろうとは思いません。ジルはまだ8つだから仕方ないし気にするな? そんなのは無論です」
フェデリコ少し心配そうにガルテリオの顔を覗き込む。
「おまえたち兄弟や従兄弟って――ジルとムサシは従兄弟の従兄弟だが――実は仲悪いのか?」
「父上と伯父上が仲良すぎるんです。よく40過ぎた兄弟がお揃いの頭やヒゲにする気になりますね」
赤面したフェデリコは「うるさい」と突っ込むと、「行くぞ」と馬を厩舎から引っ張っていった。
下の中庭にある宮廷の戸口まで行き、ヴァレンティーナがやって来るのを待つ。
間もなくするとそれは、テンテンのテレトラスポルトで見送りのフラヴィオ・ベルと一緒に廊下に現れた。
本日は水色のドレスで、少し緊張した様子の顔には薄っすらと化粧もしていた。
それまで表情に乏しかったガルテリオの顔が、はっきりと綻んでいく。
「澄んだ空のような色のヴェスティートがとてもお似合いです、ティーナ殿下」
「あ、ありがとう、ガルテリオっ……」
ガルテリオがヴァレンティーナを抱き上げて、馬の背に横にして乗せる。
続いて自身もその後ろに騎乗すると、ベルが「ふふ」と笑った。
「乙女が夢に描きそうな図ですね」
「たしかにな。白馬に乗った王子・王女って感じか。本当は貴公子と王女だが……いや、アクアーリオ国王と女王か?」
とフラヴィオが言うと、ヴァレンティーナが恥ずかしそうに俯いた。
フラヴィオがガルテリオを見て続ける。
「ティーナは病み上がりだから、夕餉前には帰って来い」
「スィー」
「それから今日はパラータなどではないのだし、中央通りから外れても良い。ちょっと学校や教会、病院の外壁に異常が無いか見て来てくれないか?」
「避難所ですね」
「ああ。特に学校は、男子が武術の授業中に壁に傷付けてしまったなんてことも少なくないからな」
ガルテリオが承知すると、恥ずかしそうにしているヴァレンティーナが小さく「いってきます」と言った。
ガルテリオも続いて「いってきます」と言うと、馬を発進させて大手門へと向かって行った。
アクアーリオ王太子とは3年前に離婚していたらしい、カプリコルノ国の第一王女こと5番目の天使ヴァレンティーナ。
悲惨な状況でいたところ、父であるカプリコルノ・カンクロ両国国王フラヴィオや、姉のように慕っている侍女・カンクロ国女王ベル、2番目の兄サジッターリオ国王コラード、ベタベタに仲良しの友好国――レオーネ国の国王マサムネらに連れ戻され、カプリコルノ国に出戻った。
そのとき病を患っていたが、久々のあたたかいふかふかレットで眠り、ベルを始めとする皆に看病されていたら2日で完治した。
「でも、本日はレットで安静になさっていてくださいね」
「大丈夫よ、ベル。もうすっかり治ったもの」
「念のためです。体調管理は大切ですよ、未来のアクアーリオ女王陛下」
「だ、だから私なんかに女王なんて無理よっ……」
「いいえ、自信をお持ちくださいティーナ様」
とベルが、続け様に「朝餉をお持ち致します」と言ってヴァレンティーナの部屋を後にした。
ヴァレンティーナは「無理なのに」と呟いて溜め息を吐くと、レットから出て窓辺へと歩いていった。
窓を開けて下を見下ろすと『中の中庭』があり、そこでは1時間前――早朝6時から、父や叔父、兄弟・従兄弟などの男たちが朝餉前の軽い走り込みをしている。
それらはヴァレンティーナが声を大きくして「おはよう」と言うと、立ち止まってこちらを見上げた。
「ティーナ! もう起きて大丈夫なのか?」
「ええ、父上。念のため今日も寝てるようベルに言われたけど、もう熱も無いしすっかり大丈夫よ」
男たちが安堵の笑顔を見せた。
その中のガルテリオと目が合うなりドキッとして、ヴァレンティーナが一瞬目を逸らす。
(去年のガルテリオの誕生日のときのアレ、なんだったのかしら……)
病気のときはこっちに来られなかったこともあり、去年のガルテリオの誕生日以降2人で話す機会がないまま1年以上が経った。
(あのときガルテリオは冗談を言ったとか、酔っ払ってたとか、そういうことよね……?)
そう思うや否やに、自身に突っ込みたくなる。
ガルテリオは冗談を言う性格では無いし、あのときの真っ直ぐで真剣な眼差しは酔っ払いでもなんでも無かった。
(でも、もう私のこと好きじゃないはず)
そう思いたかった。
ヴァレンティーナは来月で20歳で、ガルテリオは現在17歳。
今はまだしも、子供の頃の3歳差は大きく、また宮廷の中で一緒に育ったことから、ガルテリオをずっと幼い弟のように思っていた。
また、ガルテリオは第三王子レンツォよりも1年早く生まれていて、ヴァレンティーナにとっては『初めての弟』という感覚もあった。
それは本当の弟のレンツォ・ティートと同じようで、どこか少し違う特別な存在だった。
それが去年、女として愛されているのだと分かり戸惑いを覚えてしまった。
ガルテリオは去年よりもまた目に見えて大きくなり、フラヴィオ・フェデリコの身長を超えて身長は185cmになり、体格もそんなに劣らない。
顔もいつの間にか丸みが無くなり、骨がしっかりしてきて幼さが抜け、また寡黙なこともあって落ち着いた雰囲気をしている。
(もう男の子じゃなくて、男の人って感じ……)
そう思ったら少し動悸がした。
「お待たせいたしました」
と後方――戸口からベルの声が聞こえて、はっとしてレットに戻る。
「ご、ごめんなさい、ベル。ちゃんとレットに入ってるわ」
配膳台車を押しながらレットまでやって来たベルが、手を伸ばしてヴァレンティーナの額に触れた。
「ベル? 私もう、熱は無いわよ?」
「お顔が少し赤く見えたもので」
「き、気のせいよ」
「なら良いのですが」
とベルは、ヴァレンティーナの膝の上に朝餉の乗せたトレイを置くと、窓が開いていることに気付いてそちらへ向かって行った。
『中の中庭』を見下ろしながら、「ふむ……」と呟く。
「左様でございますか、ティーナ様」
「え? 何か言った?」
「ガルテリオ様が気になるようで」
とベルが振り返ると、ヴァレンティーナが「へ?」と声を裏返し、スプーンをヴァッソイオの上に落とした。
「図星ですか?」
恥ずかしくなって否定しようとして、口を閉ざす。
否定したところでバレているのは分かるので、頷いておく。
「去年のガルテリオの誕生日のこと、交換日記に書いたでしょ? アレ、なんだったのかしら」
「ガルテリオ様の正直なお気持ちかと」
「で、でも、もう私のこと好きじゃないわよねっ?」
「何故そのように思われるのですか? 今年のガルテリオ様のお誕生日はティーナ様がいらっしゃらなかったので、とても寂しそうに見えましたよ。その上ティーナ様が冬のあいだに顔を見せてくださったのは年始に一度だけでしたし、ガルテリオ様はさぞティーナ様が恋しかったかと」
ヴァレンティーナが「止めてよ」と頬を染めて俯いた。
その顔をベルが覗き込む。
「ガルテリオ様のお気持ちにお応え出来ないようでしたら、はっきりそうお伝えした方がよろしいかと。そうでないと、ガルテリオ様も次へ進めませんから」
「つ、次って……?」
「ガルテリオ様ももう17になりましたから、ご両親――フェーデ様とアリー様が、近頃真剣にお見合い相手を探し始めましたよ」
蒼の瞳が動揺を見せた。
「そ…そうよね……貴族のご令嬢とそういう話が出て来る年齢よね」
「お断りされるのですか?」
ヴァレンティーナが一瞬の戸惑いを見せた後、「だって」と肯定の返事をした。
「私、ガルテリオのことレンツォやティートと同じで、弟みたいに思っていたのよ。だ、だから、嫌とかそういうんじゃないけど……」
「そうですね、それは戸惑ってしまっても仕方が無いですね」
とベルが、窓の外を見下ろしながら「しかし」と続ける。
「少し残念ですね。ガルテリオ様はフェーデ様のご子息ですから、どう考えてもどこかの汚物よりよっぽどティーナ様の王配、もしくは国王陛下に相応しいですし。また、ジル様も」
「わ、私アクアーリオ女王になんてなれないってばっ……!」
「もう決まりです」
と一蹴したベルが、レットの傍へ寄って来た。
「ガルテリオ様のお見合いについてはもう少し待っていただけるよう、私の方からフェーデ様とアリー様に申しておきますから、少しご検討されてみては?」
「え…ええ……?」
と困惑したヴァレンティーナの視線の先で、ベルが優しく微笑した。
「私はずっとこう思っておりました。私はマストランジェロ一族の男性――フラヴィオ様と結ばれ、女性としてとても幸せですから、それをティーナ様にもご存知いただきたいと。これまでの汚物相手では、知る由もなかったことでしょうが」
「あんまり汚物、汚物言わなくてもいいわ」
「では排泄物」
「意味同じよ、それ……」
と苦笑したヴァレンティーナの手に、ベルの手が重なる。
「あの排泄物とマストランジェロ一族の男性――ガルテリオ様では、こうしてティーナ様に触れるだけでも、大きな差がありますよ」
「ええ……そうね、ベル」
去年のガルテリオの誕生日のことを思い出す。
いつの間にかヴァレンティーナの手をすっぽり包み込むようになっていたガルテリオの手は、大きくて骨っぽい見た目に反して、とても優しいものだった。
「時にティーナ様、国民がティーナ様を酷く心配しております」
「大変! 町に行って、元気になった姿を見せなきゃ! ねぇベル、お願い――」
「今日のところは駄目です」
とヴァレンティーナの言葉を遮ったベルが、「でも」と続けた。
「明日ならよろしいでしょう。明日はちょうどガルテリオ様の休日ですから、護衛としてご同行いただいては?」
――翌日の朝餉後。
宮廷の『下の中庭』にある厩舎へと、フェデリコ・ガルテリオ親子が入っていく。
「もう以前の馬は駄目だ、ガルテリオ。おまえはすっかり大きくなったから、馬がしんどくなってしまう。今日はティーナも乗せることだし、私の馬を使うと良い」
とその愛馬――大型の白馬――を引っ張って来てくれた父に、「ありがとうございます」と返したガルテリオ。
「よろしく」と馬の首を撫で、その背に鞍を乗せていると、父が「それから」と話を続けた。
「ドルフとベラから伝言だ。ジルはまだ8つだから仕方ないし気にするな、だそうだ」
ガルテリオが少しのあいだ黙ってから父の顔を見た。
「何のことです」
「おまえ、ティーナのことが未だに好きなんだろう?」
「そうですが」
「それで今日、ティーナとデートなんだろう?」
「僕はそういう気分ですが、ティーナ殿下はそのつもりは無いかと。それに、今後のことを決めるのはティーナ殿下です。僕はそれに従い、応援します」
フェデリコがふと苦笑した。
「おまえ、紛れもなく私の子だな。昔を思い出してしまう。自分のことなら気にならないが、親目線で見るとちょっと可哀想な子に見えてしまう」
「『昔』とは?」
とガルテリオが問うと、フェデリコが辺りを気にしてから「言うなよ」と口元に人差し指を持っていった。
「私の初恋は義姉上――ヴィットーリア王妃陛下だったんだ。で、義姉上は兄上が好きで、兄上は3番目の天使セレーナが好きだった」
「母上とベラさんは、父上が好きだったと聞いたことがあります」
「そうなんだ、ややこしかったんだ。それで私は、義姉上の気持ちを知っていたから、その願いを叶え、王太子妃に――兄上の妻にして差し上げたいと思っていた。だから兄上がセレーナに振られた後に義姉上を好きになってくれたとき、悲しい気持ちにはなったが、それ以上に喜んだ。兄上に好きだと、愛していると言われたときの義姉上の顔が今でも忘れられん」
そう言って感慨深そうに微笑を浮かべた後、フェデリコはガルテリオを見て「な?」と再び苦笑した。
「おまえと似ているだろう?」
「まぁ、たしかに」
と納得したガルテリオが、少しして「でも」と続けた。
「父上の場合、それは兄上だから――フラヴィオ伯父上だから譲ったというのも多少あるのでは」
「まぁな、それはあるな。兄上は惚れた女は絶対に譲らないし、喧嘩になり兼ねないからな」
「ならば僕はそこまで父上にそっくりというわけでもありません」
フェデリコが「そうか?」と返すと、ガルテリオが頷いた。
「僕はティーナ殿下の気持ちは尊重しますが、兄弟や従兄弟たちだからって譲ろうとは思いません。ジルはまだ8つだから仕方ないし気にするな? そんなのは無論です」
フェデリコ少し心配そうにガルテリオの顔を覗き込む。
「おまえたち兄弟や従兄弟って――ジルとムサシは従兄弟の従兄弟だが――実は仲悪いのか?」
「父上と伯父上が仲良すぎるんです。よく40過ぎた兄弟がお揃いの頭やヒゲにする気になりますね」
赤面したフェデリコは「うるさい」と突っ込むと、「行くぞ」と馬を厩舎から引っ張っていった。
下の中庭にある宮廷の戸口まで行き、ヴァレンティーナがやって来るのを待つ。
間もなくするとそれは、テンテンのテレトラスポルトで見送りのフラヴィオ・ベルと一緒に廊下に現れた。
本日は水色のドレスで、少し緊張した様子の顔には薄っすらと化粧もしていた。
それまで表情に乏しかったガルテリオの顔が、はっきりと綻んでいく。
「澄んだ空のような色のヴェスティートがとてもお似合いです、ティーナ殿下」
「あ、ありがとう、ガルテリオっ……」
ガルテリオがヴァレンティーナを抱き上げて、馬の背に横にして乗せる。
続いて自身もその後ろに騎乗すると、ベルが「ふふ」と笑った。
「乙女が夢に描きそうな図ですね」
「たしかにな。白馬に乗った王子・王女って感じか。本当は貴公子と王女だが……いや、アクアーリオ国王と女王か?」
とフラヴィオが言うと、ヴァレンティーナが恥ずかしそうに俯いた。
フラヴィオがガルテリオを見て続ける。
「ティーナは病み上がりだから、夕餉前には帰って来い」
「スィー」
「それから今日はパラータなどではないのだし、中央通りから外れても良い。ちょっと学校や教会、病院の外壁に異常が無いか見て来てくれないか?」
「避難所ですね」
「ああ。特に学校は、男子が武術の授業中に壁に傷付けてしまったなんてことも少なくないからな」
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