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初めての弟ー2(本編52話省略分ー5)
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――宮廷と王都オルキデーアを繋ぐ坂を下りながら、ヴァレンティーナがちらりとガルテリオを見ると、それは欣然として馬を操縦している。
(男の人みたい……)
子供の頃の面影がほとんど無く、改めてそう思う。
ガルテリオが生まれた当時のことまでは覚えていないのだが、『初めての弟』を相当喜んだらしく、その頃からとても可愛がっていたと亡くなった母ヴィットーリアが言っていた記憶がある。
ヴァレンティーナが4つくらいになってからの記憶はしっかり残っていて、よちよち歩きをするガルテリオと手を繋いで歩いていたし、おんぶや抱っこもしたし、離乳食をあげたりもしていた。
成長が早くて日に日に大きく、ゴツく、ムキムキしてきて、見た目の可愛い期間は大変短かったが、それでも可愛くて仕方ない『初めての弟』だった。
(もう違うの……?)
そう思うとちょっと悲しくなる一方で、鼓動が少し上がる。
「きょ…今日は護衛ありがとう、ガルテリオ……」
「いいえ、お誘いいただきありがとうございます」
こうして共に騎乗しているといつもより顔の位置が近くて、その声が耳のすぐ傍で響く。
もうすっかり低音の声になった。
「今日は学校や教会、病院を周ったら、村にも行ってくれる?」
「スィー。村の皆さんも心配していますからね」
「それから、コニッリョの山の方もお願い。もうグワリーレを出来る子もいれば、言葉が分かる子もいるから、私が臥せっていたのが耳に入っていたら心配していると思うの」
「そのようです。昨日も一昨日も、宮廷の裏庭にコニッリョが現れたそうですよ」
「大変っ……なるべく急いで、ガルテリオ」
「仰せのままに」
と馬の足を早めようとしたガルテリオが、小声で「あ」と言って馬を止めた。
現在ちょうど王都に入る直前のところで、ひとりの女と鉢合わせになった。
「ヴァレンティーナ殿下! もうお身体の具合はよろしいのですか?」
オルキデーア貴族だった。
ヴァレンティーナが笑顔で「スィー」と答えると、それはほっと安堵の溜め息を吐いた。
「それはよろしゅうございました。病がぶり返したりしませんよう、ご自愛くださいね。では、また後ほど……ガルテリオ様」
とスカートの裾を持ち上げてお辞儀をした貴婦人が、ガルテリオに微笑みかけてから宮廷へと続く坂を上って行く。
振り返ってその背を見送るガルテリオの呟きが、ヴァレンティーナの耳に聞こえた。
「そういえば今日だったか……」
小首を傾げてなんのことかと考えたヴァレンティーナが、はっと息を呑んだ。
(――もしかして、ガルテリオのお見合い相手?)
ヴァレンティーナの視線を感じて振り返ったガルテリオの榛色の瞳が、急に動揺する。
「あ、ああ……今の女性は、新しい家庭教師です。トーレ殿下たち小さい子の」
「あ、そうなのね……でも、さっきガルテリオに『後ほど』って――」
「ときどきチェスの相手をしていただいているもので」
と、ガルテリオが上ずった声で返した。
はぐらかされた感じがしながらも、信じることにしたヴァレンティーナが「そう」と返す。
ガルテリオは胸を撫で下ろすと、馬を進めて王都に入り、中央通りを南下していった。
ヴァレンティーナがあちこちから駆け寄ってくる民衆に手を振り、笑顔を返していくと、それまで憂慮に包まれていた町に安堵の笑顔が咲いていく。
町の北側を占めている貴族の住宅区域を通り過ぎたところで、本日は左手側――東側へと曲がる。
すると、木と土壁で出来た庶民の邸宅に囲まれた石造りの大きな建物――学校が見えてくる。
教会や病院もそうだが、ベルがカンクロ女王になってから修復しているので、以前よりも頑丈な作りになっていた。
学校の敷地内に入り、校舎の周りを回って壁に異常が無いか2人で確認していく。
「大丈夫そうね」
「そうですね」
「ねぇ、ガルテリオ。民家もこれくらい頑丈にした方が安心しない? サジッターリオ国みたいに。火事も減るでしょうし」
「それはそうですが、民家すべてを石造りとなると大変な重労働です。宮廷や城壁、市壁、避難所、貴族の邸宅などの修復だけでも大変ですから」
「そうなのよね。カンクロ国から石材はいくらでも手に入るけれど、とにかく重いし、カンクロからテレトラスポルトで石材を運んできてくれるタロウ君たちにも悪いし。コニッリョの皆が手伝ってくれるようになってからの夢ね」
頷いたガルテリオが学校から出て、また南下していく。
「うちはサジッターリオのように焦ることは無いので、それでいいかと」
「そうよね。サジッターリオのピピストレッロと違って、コニッリョの皆が民家を燃やすなんてことは無いものね。とりあえず避難所だけ石造りなら大丈夫かしら」
少しして教会と病院が見えて来た頃、ヴァレンティーナが「あれ?」とガルテリオを見た。
「ピピストレッロって飛行型のモストロなのだから、こっちまで飛んで来たりしないの? だって、サジッターリオは船で7時間前後の距離なのよ? ピピストレッロはクロスボウのような速度でも飛ぶってベルが言ってたの聞いたことあるし、ここまですぐ来てしまいそうだわ」
「それが、ピピストレッロに詳しいレオいわく、彼らはサジッターリオ国から出たことが無いそうなんです」
「そうなの? 飛べるのに?」
「炎属性だからなんでしょうが、海や湖といった大きな水が苦手ことが原因のようです。だから彼らに襲われた場合、サジッターリオ国民は船で海に逃げればいい。もう国には戻れないかもしれないけど、うちの国に逃げて来れば皆助かる」
「そうだけど……もし彼らが付いて来ちゃったら?」
とヴァレンティーナが不安げな表情を見せると、ガルテリオが微笑した。
「大丈夫です。あなたを守らない者はカプリコルノにはいなく、またそのときは必ず僕が傍にいます」
「ええ……ありがとう、ガルテリオ。もうすっかり頼りになるのね」
教会と病院は、中央通りと市壁の東門を繋ぐ通りの一角にある。
道路を挟んで対峙していて、中央通りからやって来た場合、左手側に教会、右手側に病院があった。
元プリームラ国は昔、聖職者が国を支配していた時代があり、プリームラ町に行くと大変立派な教会がある。
しかしこちらのオルキデーア国にそういった時代は無かったため、比較するとこちらの教会はとても小さく出来ていた。
「常に病人・怪我人がいる病院にも言えることだけど、セレーナさんのパン屋よりも人が入らないわよね、たぶん。セレーナさんのパネッテリーアは2階、3階、4階まで人が入れるもの」
「病院と教会は、あくまでも臨時の避難所ですからね。学校とパネッテリーアに入れなかったり、すぐそこまで敵が迫って来ていたときは便利かと」
ガルテリオは教会の外壁に異常が無いことを確認すると、道を横断して病院の周りを回り始めた。
ふと病院の玄関前にルフィーナがテレトラスポルトで現れて、「あ」と馬を止める。
それは2人の目線の先、急いだ様子で病院の中に入っていく。
「ルフィーナ王妃陛下、治癒の仕事に来たのだわ。きっと重傷者が出たって宮廷に連絡が入ったのよ。私は心の底から彼女を尊敬するわ」
「僕もです。治癒しても礼ひとつ言わない人が多いらしいのに」
「何て強くて優しい人なのかしら。この国は本当に彼女に助けられているわ。彼女は絶対に失ってはいけない人よ」
「そうですね、コニッリョが仲間になるまでは失ってはいけないお人です」
とガルテリオが「でも」とヴァレンティーナの顔を見た。
「この国が最も失っていけないのは、ティーナ殿下、あなたです。あなたが居なければコニッリョとの融和は不可能に近く、もうモストロ無しに国を守れる時代では無くなってきている今、カプリコルノの未来はあなたに掛かっていると言っても過言ではありませんから」
「が、頑張るわっ…! 女王は無理って思うけど、コニッリョの皆を仲間にするだけなら出来ると思うからっ……!」
「それから」とガルテリオが思案顔で続ける。
「ティーナ殿下の次に失っていけないと感じるのが……ベルナデッタ女王陛下でしょうか」
「父上や叔父上たちは?」
「もちろん『力の王』や『力の王弟』、『人間卒業生』を失うのは痛手ですが、レオやジル、アレックス殿下、ムサシ殿下など、その力の代わりになれる者たちが生まれて来ていますから、そこまで危惧するようなことでも無い気がします。世界一の強国レオーネも付いていてくれますし」
「そ、そうかしら……」
ガルテリオが頷いて「それに」と続ける。
「この国は、あのベルナデッタ女王陛下が誰よりも愛し、忠誠を尽くしたフラヴィオ・マストランジェロ陛下のものです。それをあのお方が守らないわけがなく、また血族以外に譲るわけもない」
「そうね。ベルが生きている以上、この国は血の雨が降り続けるのね……じゃなかった、守られ続けるのね」
とヴァレンティーナが、続けて「じゃあ」と逆のことを訊く。
「この国がベルを失ったら?」
ガルテリオが苦笑した。
「想像してみてください」
「父上があっさり衰弱死したわ」
ガルテリオが頷く。
「もう伯母上――ヴィットーリア王妃陛下を失ったときのようなことはしないでしょう。でも、もう一度最愛の女性を失ってしまったら、僕は伯父上が今度こそ生きて行けなくなる気がしてならない」
「本当にね」
と続いて苦笑したヴァレンティーナの目線の先、「でも」とガルテリオが真顔になった。
「大丈夫……とても繊細な心を持って生まれた分、とても強い力を持って生まれて来たのが『力の王』です。あのとき味わった苦しみや悲しみ、過ちを二度と繰り返さないために魔法使いも手に入れてみせたし、いざとなったら、その武を以て守り抜くでしょう」
病院の外壁にも異常が無いことを確認すると、ガルテリオはさらに南下していった。
すると町の南東にある食材市場に出る。
露店に山盛りに並ぶ魚介類や、牛・豚・鶏などの肉類、季節の野菜・果物を眺めながら、西方向――中央通り方面へと向かって行く。
「そろそろお昼ですね。村に行く前に、昼餉にしましょう。『飯通り』と『姫通り』、どちらがいいですか?」
「『飯通り』かしら。『姫通り』だと、また北上しないといけないから」
「そうですね」
ガルテリオは食材市場を抜けた先にある中央通りにやって来ると、そのまま真っ直ぐ横断して『飯通り』ことヴィーア・ブオニッシモに入っていった。
その名の通り、飯屋が建ち並ぶこの通りのこの時間帯は、いつ来ても老若男女で賑わっている。
「何料理にしましょう?」
「心配性のベルと父上が、病み上がりだから消化に良いものにしなさいって。油っこいものは駄目だって言われたわ」
「では、レオーネ料理でいいですか?」
「私、レオーネ料理は大好きだけれど……駄目よ。だって、ガルテリオの好きなものはお肉だもの。レオーネ食はお肉料理が少ないから、カプリコルノ食のお店にしましょう?」
ガルテリオが首を横に振って、レオーネ料理の飯屋の前に止まる。
先に馬から降りて、次にヴァレンティーナを腕に抱いて降ろす。
「ガルテリオ、カプリコルノ食のお店に――」
ヴァレンティーナの言葉を遮るように首を横に振ったガルテリオが、店の扉を開いて中に入るよう催促する。
意地でもヴァレンティーナが食べたいものを食べる気らしい。
「分かったわ、ガルテリオ。ありがとう」
「スィー」と、ガルテリオが嬉しそうに微笑した。
店内に入ると、ちょうど2人用の席が一席だけ空いていた。
そこへ向かって行ったら、ガルテリオが椅子を引いてヴァレンティーナを先に座らせる。
「ありがとう、ガルテリオ」
「スィー」
とヴァレンティーナの正面に着くと、ガルテリオはメニューも見ないで店員を呼ぶ。
身体作りのため食べることも仕事のマストランジェロ一族の男の中で、特に大食いに分類される者はこういう頼み方をすることも多い。
「すべての料理を持って来てください」
とガルテリオが、慌てて「あ!」と言った。
店員に耳打ちする。
「な…納豆料理以外のすべての料理を……」
「え? ガルテリオ様、納豆嫌いじゃなかっただろう?」
「に…臭うから……」
店員はヴァレンティーナを一瞥した後、おかしそうに笑って承知すると、厨房へと向かって行った。
「どうしたの?」
「な、なんでもありません」
「そう」
と返した後、ヴァレンティーナが少し寂しそうな微笑を見せた。
「もう私に秘密とかあるのね」
「え?」
「子供の頃からガルテリオは口数が少なかったけど、私が聞けばなんでも教えてくれたでしょう? でも、そうよね。その年で何も秘密が無い方がおかしいわよね。さっきもちょっとおかしかったし」
「さっきとは?」
「宮廷を出たばかりのとき、オルキデーア貴族の女性と会ったでしょう? あのとき――」
ガルテリオが急に動揺して、「納豆です」とヴァレンティーナの言葉を遮った。
「さ、さっき店員の方に、納豆料理はいりませんと言っていました。それだけです」
「納豆?」
「ティーナ殿下が召し上がるのなら、注文しますが」
「んー、そうね……」
と少しのあいだ迷った素振りを見せたヴァレンティーナが、はっとして顔を赤くする。
「え、遠慮するわ、今日はっ……!」
「遠慮は無用です。ティーナ殿下が召し上がるなら、僕も食べる」
「い、いいの、本当にいらないのっ……!」
「そうですか」
とガルテリオが手に取り掛けたメヌを元に戻すと、ほっとしたヴァレンティーナ。
「ところで」と話を切り替えたガルテリオに適当に相槌を打って会話をしているうちに、少し胸が痛んでいく。
やっぱり少しその様子をおかしく思う。
(さっきの貴族の女性って、本当はお見合い相手なの、ガルテリオ……?)
(男の人みたい……)
子供の頃の面影がほとんど無く、改めてそう思う。
ガルテリオが生まれた当時のことまでは覚えていないのだが、『初めての弟』を相当喜んだらしく、その頃からとても可愛がっていたと亡くなった母ヴィットーリアが言っていた記憶がある。
ヴァレンティーナが4つくらいになってからの記憶はしっかり残っていて、よちよち歩きをするガルテリオと手を繋いで歩いていたし、おんぶや抱っこもしたし、離乳食をあげたりもしていた。
成長が早くて日に日に大きく、ゴツく、ムキムキしてきて、見た目の可愛い期間は大変短かったが、それでも可愛くて仕方ない『初めての弟』だった。
(もう違うの……?)
そう思うとちょっと悲しくなる一方で、鼓動が少し上がる。
「きょ…今日は護衛ありがとう、ガルテリオ……」
「いいえ、お誘いいただきありがとうございます」
こうして共に騎乗しているといつもより顔の位置が近くて、その声が耳のすぐ傍で響く。
もうすっかり低音の声になった。
「今日は学校や教会、病院を周ったら、村にも行ってくれる?」
「スィー。村の皆さんも心配していますからね」
「それから、コニッリョの山の方もお願い。もうグワリーレを出来る子もいれば、言葉が分かる子もいるから、私が臥せっていたのが耳に入っていたら心配していると思うの」
「そのようです。昨日も一昨日も、宮廷の裏庭にコニッリョが現れたそうですよ」
「大変っ……なるべく急いで、ガルテリオ」
「仰せのままに」
と馬の足を早めようとしたガルテリオが、小声で「あ」と言って馬を止めた。
現在ちょうど王都に入る直前のところで、ひとりの女と鉢合わせになった。
「ヴァレンティーナ殿下! もうお身体の具合はよろしいのですか?」
オルキデーア貴族だった。
ヴァレンティーナが笑顔で「スィー」と答えると、それはほっと安堵の溜め息を吐いた。
「それはよろしゅうございました。病がぶり返したりしませんよう、ご自愛くださいね。では、また後ほど……ガルテリオ様」
とスカートの裾を持ち上げてお辞儀をした貴婦人が、ガルテリオに微笑みかけてから宮廷へと続く坂を上って行く。
振り返ってその背を見送るガルテリオの呟きが、ヴァレンティーナの耳に聞こえた。
「そういえば今日だったか……」
小首を傾げてなんのことかと考えたヴァレンティーナが、はっと息を呑んだ。
(――もしかして、ガルテリオのお見合い相手?)
ヴァレンティーナの視線を感じて振り返ったガルテリオの榛色の瞳が、急に動揺する。
「あ、ああ……今の女性は、新しい家庭教師です。トーレ殿下たち小さい子の」
「あ、そうなのね……でも、さっきガルテリオに『後ほど』って――」
「ときどきチェスの相手をしていただいているもので」
と、ガルテリオが上ずった声で返した。
はぐらかされた感じがしながらも、信じることにしたヴァレンティーナが「そう」と返す。
ガルテリオは胸を撫で下ろすと、馬を進めて王都に入り、中央通りを南下していった。
ヴァレンティーナがあちこちから駆け寄ってくる民衆に手を振り、笑顔を返していくと、それまで憂慮に包まれていた町に安堵の笑顔が咲いていく。
町の北側を占めている貴族の住宅区域を通り過ぎたところで、本日は左手側――東側へと曲がる。
すると、木と土壁で出来た庶民の邸宅に囲まれた石造りの大きな建物――学校が見えてくる。
教会や病院もそうだが、ベルがカンクロ女王になってから修復しているので、以前よりも頑丈な作りになっていた。
学校の敷地内に入り、校舎の周りを回って壁に異常が無いか2人で確認していく。
「大丈夫そうね」
「そうですね」
「ねぇ、ガルテリオ。民家もこれくらい頑丈にした方が安心しない? サジッターリオ国みたいに。火事も減るでしょうし」
「それはそうですが、民家すべてを石造りとなると大変な重労働です。宮廷や城壁、市壁、避難所、貴族の邸宅などの修復だけでも大変ですから」
「そうなのよね。カンクロ国から石材はいくらでも手に入るけれど、とにかく重いし、カンクロからテレトラスポルトで石材を運んできてくれるタロウ君たちにも悪いし。コニッリョの皆が手伝ってくれるようになってからの夢ね」
頷いたガルテリオが学校から出て、また南下していく。
「うちはサジッターリオのように焦ることは無いので、それでいいかと」
「そうよね。サジッターリオのピピストレッロと違って、コニッリョの皆が民家を燃やすなんてことは無いものね。とりあえず避難所だけ石造りなら大丈夫かしら」
少しして教会と病院が見えて来た頃、ヴァレンティーナが「あれ?」とガルテリオを見た。
「ピピストレッロって飛行型のモストロなのだから、こっちまで飛んで来たりしないの? だって、サジッターリオは船で7時間前後の距離なのよ? ピピストレッロはクロスボウのような速度でも飛ぶってベルが言ってたの聞いたことあるし、ここまですぐ来てしまいそうだわ」
「それが、ピピストレッロに詳しいレオいわく、彼らはサジッターリオ国から出たことが無いそうなんです」
「そうなの? 飛べるのに?」
「炎属性だからなんでしょうが、海や湖といった大きな水が苦手ことが原因のようです。だから彼らに襲われた場合、サジッターリオ国民は船で海に逃げればいい。もう国には戻れないかもしれないけど、うちの国に逃げて来れば皆助かる」
「そうだけど……もし彼らが付いて来ちゃったら?」
とヴァレンティーナが不安げな表情を見せると、ガルテリオが微笑した。
「大丈夫です。あなたを守らない者はカプリコルノにはいなく、またそのときは必ず僕が傍にいます」
「ええ……ありがとう、ガルテリオ。もうすっかり頼りになるのね」
教会と病院は、中央通りと市壁の東門を繋ぐ通りの一角にある。
道路を挟んで対峙していて、中央通りからやって来た場合、左手側に教会、右手側に病院があった。
元プリームラ国は昔、聖職者が国を支配していた時代があり、プリームラ町に行くと大変立派な教会がある。
しかしこちらのオルキデーア国にそういった時代は無かったため、比較するとこちらの教会はとても小さく出来ていた。
「常に病人・怪我人がいる病院にも言えることだけど、セレーナさんのパン屋よりも人が入らないわよね、たぶん。セレーナさんのパネッテリーアは2階、3階、4階まで人が入れるもの」
「病院と教会は、あくまでも臨時の避難所ですからね。学校とパネッテリーアに入れなかったり、すぐそこまで敵が迫って来ていたときは便利かと」
ガルテリオは教会の外壁に異常が無いことを確認すると、道を横断して病院の周りを回り始めた。
ふと病院の玄関前にルフィーナがテレトラスポルトで現れて、「あ」と馬を止める。
それは2人の目線の先、急いだ様子で病院の中に入っていく。
「ルフィーナ王妃陛下、治癒の仕事に来たのだわ。きっと重傷者が出たって宮廷に連絡が入ったのよ。私は心の底から彼女を尊敬するわ」
「僕もです。治癒しても礼ひとつ言わない人が多いらしいのに」
「何て強くて優しい人なのかしら。この国は本当に彼女に助けられているわ。彼女は絶対に失ってはいけない人よ」
「そうですね、コニッリョが仲間になるまでは失ってはいけないお人です」
とガルテリオが「でも」とヴァレンティーナの顔を見た。
「この国が最も失っていけないのは、ティーナ殿下、あなたです。あなたが居なければコニッリョとの融和は不可能に近く、もうモストロ無しに国を守れる時代では無くなってきている今、カプリコルノの未来はあなたに掛かっていると言っても過言ではありませんから」
「が、頑張るわっ…! 女王は無理って思うけど、コニッリョの皆を仲間にするだけなら出来ると思うからっ……!」
「それから」とガルテリオが思案顔で続ける。
「ティーナ殿下の次に失っていけないと感じるのが……ベルナデッタ女王陛下でしょうか」
「父上や叔父上たちは?」
「もちろん『力の王』や『力の王弟』、『人間卒業生』を失うのは痛手ですが、レオやジル、アレックス殿下、ムサシ殿下など、その力の代わりになれる者たちが生まれて来ていますから、そこまで危惧するようなことでも無い気がします。世界一の強国レオーネも付いていてくれますし」
「そ、そうかしら……」
ガルテリオが頷いて「それに」と続ける。
「この国は、あのベルナデッタ女王陛下が誰よりも愛し、忠誠を尽くしたフラヴィオ・マストランジェロ陛下のものです。それをあのお方が守らないわけがなく、また血族以外に譲るわけもない」
「そうね。ベルが生きている以上、この国は血の雨が降り続けるのね……じゃなかった、守られ続けるのね」
とヴァレンティーナが、続けて「じゃあ」と逆のことを訊く。
「この国がベルを失ったら?」
ガルテリオが苦笑した。
「想像してみてください」
「父上があっさり衰弱死したわ」
ガルテリオが頷く。
「もう伯母上――ヴィットーリア王妃陛下を失ったときのようなことはしないでしょう。でも、もう一度最愛の女性を失ってしまったら、僕は伯父上が今度こそ生きて行けなくなる気がしてならない」
「本当にね」
と続いて苦笑したヴァレンティーナの目線の先、「でも」とガルテリオが真顔になった。
「大丈夫……とても繊細な心を持って生まれた分、とても強い力を持って生まれて来たのが『力の王』です。あのとき味わった苦しみや悲しみ、過ちを二度と繰り返さないために魔法使いも手に入れてみせたし、いざとなったら、その武を以て守り抜くでしょう」
病院の外壁にも異常が無いことを確認すると、ガルテリオはさらに南下していった。
すると町の南東にある食材市場に出る。
露店に山盛りに並ぶ魚介類や、牛・豚・鶏などの肉類、季節の野菜・果物を眺めながら、西方向――中央通り方面へと向かって行く。
「そろそろお昼ですね。村に行く前に、昼餉にしましょう。『飯通り』と『姫通り』、どちらがいいですか?」
「『飯通り』かしら。『姫通り』だと、また北上しないといけないから」
「そうですね」
ガルテリオは食材市場を抜けた先にある中央通りにやって来ると、そのまま真っ直ぐ横断して『飯通り』ことヴィーア・ブオニッシモに入っていった。
その名の通り、飯屋が建ち並ぶこの通りのこの時間帯は、いつ来ても老若男女で賑わっている。
「何料理にしましょう?」
「心配性のベルと父上が、病み上がりだから消化に良いものにしなさいって。油っこいものは駄目だって言われたわ」
「では、レオーネ料理でいいですか?」
「私、レオーネ料理は大好きだけれど……駄目よ。だって、ガルテリオの好きなものはお肉だもの。レオーネ食はお肉料理が少ないから、カプリコルノ食のお店にしましょう?」
ガルテリオが首を横に振って、レオーネ料理の飯屋の前に止まる。
先に馬から降りて、次にヴァレンティーナを腕に抱いて降ろす。
「ガルテリオ、カプリコルノ食のお店に――」
ヴァレンティーナの言葉を遮るように首を横に振ったガルテリオが、店の扉を開いて中に入るよう催促する。
意地でもヴァレンティーナが食べたいものを食べる気らしい。
「分かったわ、ガルテリオ。ありがとう」
「スィー」と、ガルテリオが嬉しそうに微笑した。
店内に入ると、ちょうど2人用の席が一席だけ空いていた。
そこへ向かって行ったら、ガルテリオが椅子を引いてヴァレンティーナを先に座らせる。
「ありがとう、ガルテリオ」
「スィー」
とヴァレンティーナの正面に着くと、ガルテリオはメニューも見ないで店員を呼ぶ。
身体作りのため食べることも仕事のマストランジェロ一族の男の中で、特に大食いに分類される者はこういう頼み方をすることも多い。
「すべての料理を持って来てください」
とガルテリオが、慌てて「あ!」と言った。
店員に耳打ちする。
「な…納豆料理以外のすべての料理を……」
「え? ガルテリオ様、納豆嫌いじゃなかっただろう?」
「に…臭うから……」
店員はヴァレンティーナを一瞥した後、おかしそうに笑って承知すると、厨房へと向かって行った。
「どうしたの?」
「な、なんでもありません」
「そう」
と返した後、ヴァレンティーナが少し寂しそうな微笑を見せた。
「もう私に秘密とかあるのね」
「え?」
「子供の頃からガルテリオは口数が少なかったけど、私が聞けばなんでも教えてくれたでしょう? でも、そうよね。その年で何も秘密が無い方がおかしいわよね。さっきもちょっとおかしかったし」
「さっきとは?」
「宮廷を出たばかりのとき、オルキデーア貴族の女性と会ったでしょう? あのとき――」
ガルテリオが急に動揺して、「納豆です」とヴァレンティーナの言葉を遮った。
「さ、さっき店員の方に、納豆料理はいりませんと言っていました。それだけです」
「納豆?」
「ティーナ殿下が召し上がるのなら、注文しますが」
「んー、そうね……」
と少しのあいだ迷った素振りを見せたヴァレンティーナが、はっとして顔を赤くする。
「え、遠慮するわ、今日はっ……!」
「遠慮は無用です。ティーナ殿下が召し上がるなら、僕も食べる」
「い、いいの、本当にいらないのっ……!」
「そうですか」
とガルテリオが手に取り掛けたメヌを元に戻すと、ほっとしたヴァレンティーナ。
「ところで」と話を切り替えたガルテリオに適当に相槌を打って会話をしているうちに、少し胸が痛んでいく。
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「わかりました。あなたには、がっかりです」
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