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家族ー2(フェデリコ目線・本編52話省略分ー12)
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「別にずっと黙っていなくても良いだろう、フェーデ?」
「ええ、兄上。あまり大きく動いたりしなければ、雑談でも何でも好きにしていてください」
と答えると、姿勢をピンと正していた皆の身体から緊張が抜けていったのが見て取れた。
今日は下書き無しに、直接キャンバスに絵具を置いていく。
「さて、どこから描いていこうか……」
迷って皆の顔を見渡した。
雛壇脇に立っている黒の巨人に目が止まる。
「よし、ではドルフから描くぞ。少しのあいだ黙っていてくれ」
「ああ、大公閣下」
黒の肌、逆立った銀の髪。
鋭い狼のような琥珀色の瞳に、大きな鰐口。
約2mの背丈に、『力の王』・『力の王弟』と呼ばれる私たち兄弟が、華奢に映ってしまうほど筋骨隆々の身体。
これほどに容貌魁偉の男を、私は未だに他に見たことがない。
強いて言えばその次男坊のジルベルト――ジルだが、まだ8つの子供で――やはり小さくないが――まだ小さい。
「なぁ……ドルフ」
黙っていてくれと言ったのに、話し掛けてしまった。
ドルフが口の代わりに、瞬きで返事をした。
「いや、済まない。ただふと、今のこの光景……この大家族は、おまえがあってのものだと改めて思ってな」
「本当にな」
と兄上がドルフの方へと顔を向けた。
「おまえが仲間になってくれていなかったら、この国はプリームラ貴族に支配されていたかもしれないからな」
兄上と私が「ありがとう」と言うと、ドルフが小さく首を横に振りながら微笑した。
本人は大したことをしていないと思っているのだろう。
でも本当に、ドルフには感謝しかなかった。
まだオルキデーア国とプリームラ国の二国に分かれていたあの時代――24年前、敵国だったうちの国に寝返ってくれただけでなく、その力を以て兄上と私をずっと傍で支えてくれた。
ドルフは本当に、兄上と私の掛けがえの無い親友だ。
「ちょっとぉ、ワタシも忘れないでくれる?」
と雛壇に上り、ドルフの隣に立っているその妻ベラドンナ――ベラに口を挟まれた。
私も、きっと兄上も、つい噴き出してしまった。
「だーれがドルフを味方に引き入れたと思ってるのよ?」
そう、忘れてはいけない。
あの日ドルフを味方に抱き込んでくれたのは、他の誰でもないこの絶世の美女ベラであることを。
『天使軍の問題児』と名高いこの天使番号1番が、子供の頃からお転婆娘で、尚且つあまりあれこれと思考を巡らせない頭と、大きな度胸を持っていてくれたお陰で今がある。
あのときベラは馬に乗って、ひとりでプリームラ国に乗り込んで噂の『敵将アドルフォ・ガリバルディ』を会いに行った。
そしてその美貌で見事ドルフの心を射止め、宮廷オルキデーア城まで連れてきてくれた――
「ワタシ、この男と結婚するからよろしくねー」
今でこそこうして笑い話になっているが、当時は兄上と私、亡くなった義姉上――ヴィットーリア王妃陛下は腰を抜かしそうになったものだった。
「ああ、本当に君には感謝しているベラ。ありがとう。では、描かせていただくぞ」
「ええ、フェーデ。綺麗に描いてね」
要望通り、そのままを描こう。
絶世の美女となれば、手を加えずともそれが一番美しい。
義姉上と同じ艶めく黒茶色の髪が、いつも通り頭の上で纏められているのは「邪魔だから」という理由から来るものだろう。
理由がちょっとアレではあるが、結果的にその方がベラの美しさを強調させている。
髪の生え際から眉、眉から鼻、鼻から顎先までの長さがぴたりと一致し、さらに目の横幅と、目と目のあいだの幅も揃っている。
綺麗な形をした鼻だって、低すぎず高過ぎず、いつだったかベルが「真下から見ると正三角形だった」と言っていた。
この顔はきっと、神が物差しで正確に測りながら作ったに違いない。
「ねぇ、フェーデ。アンタ子供の頃、ワタシのこと絶世の美女なのは分かるけど、天使かと言われると「なんか違う」って言ったわよね」
聞こえなかった振りをした。
こんなに美しくとも、ほぼ一日三食表面を軽く焼いただけのビーフステーキにかぶり付き、その都度口の端から赤い血を滴る様は、正直私の目には天使には映らない。
大人になって礼儀というものを身に着けた現在、そんなことはもう口に出して言うことは出来ないが、子供の頃だけでなく今でもそうだ。
狩りが趣味というところもなんか違うし、手慣れた様子で捕えた獲物の息の根を止める様は、さらになんか違う。
いや、狩りをする上で捕えた獲物がそれ以上苦しまぬよう、手早くトドメを刺してやることは重要なことではあるが、涎を垂らしながら鳥の首を捻ったり、鹿の腹を裂いて心臓を握り潰す様は、やはりなんか違う。
というか、違う。激烈に違う。
そんな私とは違い、ベラを天使だと褒め称えることの出来る寛大な酒池肉林王を、私は心底尊敬して止まない。
またドルフの目には女神に映ると言うのだから、舌を巻く。
「ちょっとー? フェーデー? 聞いてるのー? 返事しなさーい?」
くっ…誰か……――
「おかんは笑顔が世界一美しい女性でござるよ」
「えっ、本当っ? ありがとう、ムサシ!」
ああ、ありがとう助け舟。
きっと私の心境を読んでくれたのだろう。
「ムサシ、描くぞ」
「スィー。お願いしまする、大公閣下」
長年子供を授からなかったドルフとベラの長男――養子のムサシは、本当に素晴らしい男だ。
レオーネ国の第四王子、つまりムネ陛下と王妃スミレ陛下の四男坊でもあり、その糸目と八重歯顔はムネ陛下と瓜二つだが、中身の方は似ても似つかない。
正直私は、ムネ陛下の時に人の心に鈍感なところや、口が過ぎるところなどが好きではないのだが、逆に人の気持ちを汲み取り、言葉を慎み、誠実で礼儀正しく、真面目で勇敢なムサシにとても親愛の情を抱いている。
レオーネ人が全体的にそうであるように、身体は小柄で華奢な方だが、この国の将兵の中で随一の弓矢の腕を持ち、18歳となった現在は立派な将軍だ。
彼が11歳で、私の長女ビアンカが4つのとき、ティーナの元夫のアクアーリオ王太子にビアンカが暴力を振るわれそうになったことがあった。
それを彼が身体を張ってビアンカを守ってくれたと知ったとき、私は彼だけだと思った。
「ムサシ、私は君にならば大切な愛娘を安心して任せられる。将来、ビアンカをよろしくな」
「スィー、大公閣下――義父上。拙者の方こそよろしくお願い致しまする」
「結婚したってビアンカは宮廷にいるんだから、父上泣いちゃ駄目よ?」
「ああ、分かったビアンカ。あまり我儘を言ってムサシを困らせてはいけないぞ?」
「何を言ってるの、父上? ビアンカ、我儘なんて言ったことないわ」
苦笑してしまいながら、ムサシの隣にいる愛娘――天使番号6番ビアンカも描いていく。
自覚が無いとは、我が娘ながら質が悪い。
生まれた頃から現在までを振り返ってみると、ビアンカは言葉を覚えたのが早く、兎に角おしゃべりで、2歳にはもうませた子になっていた。
またその頃には、母アリーチェやお姉さん天使たちを真似して化粧を始めた記憶がある。
私たち男は小さな天使が可愛いあまりに叱ることが出来ず、甘やかしてばかりで、その結果大変な我儘娘に育ってしまった……。
「いや、本当に申し訳ないなムサシ……」
「何がでござりまするか?」
「ああ、いやいや……」
苦労を掛けること必須のムサシには悪いが、親馬鹿で悪いが、問題がある子だと分かっていても私の娘は可愛い。
無理のある我儘を言われても、どうにか叶えてやりたくなってしまう。
そう、私も兄上もドルフも息子たちも、未だに甘やかしている。
ビアンカは私の愛する妻アリーと瓜二つで、とても可愛い顔立ちをしているのだから尚更だ。
それにしても……
「ビアンカ」
「なぁに、父上?」
「大人の女性のつもりか?」
「当たり前でしょう? ビアンカ、もう11歳なのよ」
『もう』というか、『まだ』11歳と言った方が良いような気もするのだが、本日は当然のように化粧をしている。
そりゃ幼児の頃から化粧を始めたことを思えば当然かもしれないし、もう結婚も決まっているわけだが……なんだか、いよいよ親離れを感じて少し寂しさを感じる。
「拙者はビアンカ殿を大切にしまする。幸せにすることを約束しまする、義父上」
顔にしんみりとした心境が出てしまったか。
人の心に敏感なムサシを焦らせてしまったようだった。
何を思ったのか、糸目の奥の誠実な瞳が動揺している。
「ああ、分かっているムサシ。ビアンカを頼んだぞ」
そうだ。
寂しいが、それが娘の幸せのためというものだ。
「さて、ジル」
気を取り直して、ガリバルディ家の最後となる次男坊ジルベルト――ジルを描くとしよう。
ムサシの後ろに暇そうに立っていると思ったら、父親と同じ鰐口で大きな欠伸をした。
「なぁ、まだ終わらねーの?」
「ああ、待っていろ。今描く」
ここもまた、改めて親子そっくりだな。
父親が真面目なのに対し、ジルは不良気味――母親譲りか?――なのが困ったところではあるが……その父親譲りの力は本物だ。
それどころか皆の期待を上回り、将来は父親を超えるだろうと推測している。
「ほら、欠伸していないでこっちを見ろ、未来のプリームラ軍元帥」
「おう」
眠たそうにしていたジルの目が開いた。
オオカミを彷彿とさせる琥珀色の瞳が、私の顔を捉える。
一瞬、肌の粟立ちを感じながら、悦びが込み上げる。
そこにあるのは、8つながらすでに最強の戦士の風格。
「未来のカプリコルノを頼んだぞ、ジル。コニッリョを仲間に引き入れたって、国を守るために武力が必要なところは変わらない」
「おう、任せろ。なぁ、おとん? オレが成人したら引退していいからな? おとんもうオッサンだけど、それまでどうにか頑張ってくれ」
「ん? いや、しばらくは案ずるなジル。俺はまだ成長期だ」
「は? オレいつ元帥になるって?」
と訊かれると分からんな。
実際ドルフの身体はデカくなり続けていて、衰えるどころか力が増している状態だ。
そもそも……
「ドルフって死を迎えられるのか?」
「俺も最近、不安なんだ。この銀の髪と黒の肌を持って生まれたプリームラ貴族は皆強靭だったらしいが、中でも俺が圧倒的に化け物じみているようだからな。最期は寿命で眠るように亡くなっていくらしいが……俺の寿命っていつなんだ。200年以内には死ねるのか?」
本人にとっては真剣な悩みなのかもしれないが、私を含め皆が噴き出した。
流石は『人間卒業生』、悩みもまた常軌を逸している。
「父上」
ジルの隣に立っているレオナルド――レオに呼ばれた。
「あの……父上は、いつオルキデーア軍元帥を引退するのですか?」
その不安げな顔はなんだ、未来のオルキデーア軍元帥。
おまえもジルと同様、元帥は確実だ、レオ。
おまえはそれだけの力を持って生まれた。
兄上や私を上回っているかもしれないと思うほどにだ。
おまえの道はもう、決まっている。
「いい加減に勇気を持て、レオ」
申し訳ない。
この話をするたびにおまえを泣かせている。
「そろそろ戦場に出てもらうからな」
申し訳ない。
アリーに似て、虫一匹殺すことの出来ない優しい心を持つおまえを傷付ける。
「弱い者を守るためにだ。そのためにおまえは戦わなければならない」
申し訳ない。
そのためにおまえを犠牲にする。
「いい、オレがレオの分も戦う」
おまえが最強でも、それでは足りなるときがあるんだジル。
「拙者もいるから何とかなるでござりまする」
おまえを加えても、まだ足りないんだムサシ。
「僕がレオ兄上の代わりにオルキデーア軍元帥になります! 魔法だってあるし、大丈夫です!」
おまえを侮っているわけではないが、レオの力はそんなものではないんだアレックス。
「トーレだっているよ! レオ兄上をいじめないで、フェーデ叔父上!」
おまえは戦場に出るんじゃない、おまえは下手したら2秒でやられるんだぞトーレ。
大体、虐めているのではない。
レオもそういう風に感じているのかもしれないが、そうではないんだ。
「父上、僕のこと好きですか?」
「当たり前だ、レオ。私はおまえを嫌っているから戦えと言っているのではない。おまえは私の大切な四男坊で、私はおまえを愛している。それはいつ何時も忘れるな」
素直なレオが「スィー」と返事をして涙を拭った。
でも、絵画に残された兄上と私に一見してそっくりな顔は、薄い笑顔になってしまった。
「やっぱ厨房が気になるからよ、ちょっと俺を先に描いてくれねぇ?」
と雛壇の最後列に立っている料理長フィコ。
その隣にいる家政婦長ピエトラと執事ファウストも仕事が気になっているようなので、ここらで3人を描いていこう。
「ええ、兄上。あまり大きく動いたりしなければ、雑談でも何でも好きにしていてください」
と答えると、姿勢をピンと正していた皆の身体から緊張が抜けていったのが見て取れた。
今日は下書き無しに、直接キャンバスに絵具を置いていく。
「さて、どこから描いていこうか……」
迷って皆の顔を見渡した。
雛壇脇に立っている黒の巨人に目が止まる。
「よし、ではドルフから描くぞ。少しのあいだ黙っていてくれ」
「ああ、大公閣下」
黒の肌、逆立った銀の髪。
鋭い狼のような琥珀色の瞳に、大きな鰐口。
約2mの背丈に、『力の王』・『力の王弟』と呼ばれる私たち兄弟が、華奢に映ってしまうほど筋骨隆々の身体。
これほどに容貌魁偉の男を、私は未だに他に見たことがない。
強いて言えばその次男坊のジルベルト――ジルだが、まだ8つの子供で――やはり小さくないが――まだ小さい。
「なぁ……ドルフ」
黙っていてくれと言ったのに、話し掛けてしまった。
ドルフが口の代わりに、瞬きで返事をした。
「いや、済まない。ただふと、今のこの光景……この大家族は、おまえがあってのものだと改めて思ってな」
「本当にな」
と兄上がドルフの方へと顔を向けた。
「おまえが仲間になってくれていなかったら、この国はプリームラ貴族に支配されていたかもしれないからな」
兄上と私が「ありがとう」と言うと、ドルフが小さく首を横に振りながら微笑した。
本人は大したことをしていないと思っているのだろう。
でも本当に、ドルフには感謝しかなかった。
まだオルキデーア国とプリームラ国の二国に分かれていたあの時代――24年前、敵国だったうちの国に寝返ってくれただけでなく、その力を以て兄上と私をずっと傍で支えてくれた。
ドルフは本当に、兄上と私の掛けがえの無い親友だ。
「ちょっとぉ、ワタシも忘れないでくれる?」
と雛壇に上り、ドルフの隣に立っているその妻ベラドンナ――ベラに口を挟まれた。
私も、きっと兄上も、つい噴き出してしまった。
「だーれがドルフを味方に引き入れたと思ってるのよ?」
そう、忘れてはいけない。
あの日ドルフを味方に抱き込んでくれたのは、他の誰でもないこの絶世の美女ベラであることを。
『天使軍の問題児』と名高いこの天使番号1番が、子供の頃からお転婆娘で、尚且つあまりあれこれと思考を巡らせない頭と、大きな度胸を持っていてくれたお陰で今がある。
あのときベラは馬に乗って、ひとりでプリームラ国に乗り込んで噂の『敵将アドルフォ・ガリバルディ』を会いに行った。
そしてその美貌で見事ドルフの心を射止め、宮廷オルキデーア城まで連れてきてくれた――
「ワタシ、この男と結婚するからよろしくねー」
今でこそこうして笑い話になっているが、当時は兄上と私、亡くなった義姉上――ヴィットーリア王妃陛下は腰を抜かしそうになったものだった。
「ああ、本当に君には感謝しているベラ。ありがとう。では、描かせていただくぞ」
「ええ、フェーデ。綺麗に描いてね」
要望通り、そのままを描こう。
絶世の美女となれば、手を加えずともそれが一番美しい。
義姉上と同じ艶めく黒茶色の髪が、いつも通り頭の上で纏められているのは「邪魔だから」という理由から来るものだろう。
理由がちょっとアレではあるが、結果的にその方がベラの美しさを強調させている。
髪の生え際から眉、眉から鼻、鼻から顎先までの長さがぴたりと一致し、さらに目の横幅と、目と目のあいだの幅も揃っている。
綺麗な形をした鼻だって、低すぎず高過ぎず、いつだったかベルが「真下から見ると正三角形だった」と言っていた。
この顔はきっと、神が物差しで正確に測りながら作ったに違いない。
「ねぇ、フェーデ。アンタ子供の頃、ワタシのこと絶世の美女なのは分かるけど、天使かと言われると「なんか違う」って言ったわよね」
聞こえなかった振りをした。
こんなに美しくとも、ほぼ一日三食表面を軽く焼いただけのビーフステーキにかぶり付き、その都度口の端から赤い血を滴る様は、正直私の目には天使には映らない。
大人になって礼儀というものを身に着けた現在、そんなことはもう口に出して言うことは出来ないが、子供の頃だけでなく今でもそうだ。
狩りが趣味というところもなんか違うし、手慣れた様子で捕えた獲物の息の根を止める様は、さらになんか違う。
いや、狩りをする上で捕えた獲物がそれ以上苦しまぬよう、手早くトドメを刺してやることは重要なことではあるが、涎を垂らしながら鳥の首を捻ったり、鹿の腹を裂いて心臓を握り潰す様は、やはりなんか違う。
というか、違う。激烈に違う。
そんな私とは違い、ベラを天使だと褒め称えることの出来る寛大な酒池肉林王を、私は心底尊敬して止まない。
またドルフの目には女神に映ると言うのだから、舌を巻く。
「ちょっとー? フェーデー? 聞いてるのー? 返事しなさーい?」
くっ…誰か……――
「おかんは笑顔が世界一美しい女性でござるよ」
「えっ、本当っ? ありがとう、ムサシ!」
ああ、ありがとう助け舟。
きっと私の心境を読んでくれたのだろう。
「ムサシ、描くぞ」
「スィー。お願いしまする、大公閣下」
長年子供を授からなかったドルフとベラの長男――養子のムサシは、本当に素晴らしい男だ。
レオーネ国の第四王子、つまりムネ陛下と王妃スミレ陛下の四男坊でもあり、その糸目と八重歯顔はムネ陛下と瓜二つだが、中身の方は似ても似つかない。
正直私は、ムネ陛下の時に人の心に鈍感なところや、口が過ぎるところなどが好きではないのだが、逆に人の気持ちを汲み取り、言葉を慎み、誠実で礼儀正しく、真面目で勇敢なムサシにとても親愛の情を抱いている。
レオーネ人が全体的にそうであるように、身体は小柄で華奢な方だが、この国の将兵の中で随一の弓矢の腕を持ち、18歳となった現在は立派な将軍だ。
彼が11歳で、私の長女ビアンカが4つのとき、ティーナの元夫のアクアーリオ王太子にビアンカが暴力を振るわれそうになったことがあった。
それを彼が身体を張ってビアンカを守ってくれたと知ったとき、私は彼だけだと思った。
「ムサシ、私は君にならば大切な愛娘を安心して任せられる。将来、ビアンカをよろしくな」
「スィー、大公閣下――義父上。拙者の方こそよろしくお願い致しまする」
「結婚したってビアンカは宮廷にいるんだから、父上泣いちゃ駄目よ?」
「ああ、分かったビアンカ。あまり我儘を言ってムサシを困らせてはいけないぞ?」
「何を言ってるの、父上? ビアンカ、我儘なんて言ったことないわ」
苦笑してしまいながら、ムサシの隣にいる愛娘――天使番号6番ビアンカも描いていく。
自覚が無いとは、我が娘ながら質が悪い。
生まれた頃から現在までを振り返ってみると、ビアンカは言葉を覚えたのが早く、兎に角おしゃべりで、2歳にはもうませた子になっていた。
またその頃には、母アリーチェやお姉さん天使たちを真似して化粧を始めた記憶がある。
私たち男は小さな天使が可愛いあまりに叱ることが出来ず、甘やかしてばかりで、その結果大変な我儘娘に育ってしまった……。
「いや、本当に申し訳ないなムサシ……」
「何がでござりまするか?」
「ああ、いやいや……」
苦労を掛けること必須のムサシには悪いが、親馬鹿で悪いが、問題がある子だと分かっていても私の娘は可愛い。
無理のある我儘を言われても、どうにか叶えてやりたくなってしまう。
そう、私も兄上もドルフも息子たちも、未だに甘やかしている。
ビアンカは私の愛する妻アリーと瓜二つで、とても可愛い顔立ちをしているのだから尚更だ。
それにしても……
「ビアンカ」
「なぁに、父上?」
「大人の女性のつもりか?」
「当たり前でしょう? ビアンカ、もう11歳なのよ」
『もう』というか、『まだ』11歳と言った方が良いような気もするのだが、本日は当然のように化粧をしている。
そりゃ幼児の頃から化粧を始めたことを思えば当然かもしれないし、もう結婚も決まっているわけだが……なんだか、いよいよ親離れを感じて少し寂しさを感じる。
「拙者はビアンカ殿を大切にしまする。幸せにすることを約束しまする、義父上」
顔にしんみりとした心境が出てしまったか。
人の心に敏感なムサシを焦らせてしまったようだった。
何を思ったのか、糸目の奥の誠実な瞳が動揺している。
「ああ、分かっているムサシ。ビアンカを頼んだぞ」
そうだ。
寂しいが、それが娘の幸せのためというものだ。
「さて、ジル」
気を取り直して、ガリバルディ家の最後となる次男坊ジルベルト――ジルを描くとしよう。
ムサシの後ろに暇そうに立っていると思ったら、父親と同じ鰐口で大きな欠伸をした。
「なぁ、まだ終わらねーの?」
「ああ、待っていろ。今描く」
ここもまた、改めて親子そっくりだな。
父親が真面目なのに対し、ジルは不良気味――母親譲りか?――なのが困ったところではあるが……その父親譲りの力は本物だ。
それどころか皆の期待を上回り、将来は父親を超えるだろうと推測している。
「ほら、欠伸していないでこっちを見ろ、未来のプリームラ軍元帥」
「おう」
眠たそうにしていたジルの目が開いた。
オオカミを彷彿とさせる琥珀色の瞳が、私の顔を捉える。
一瞬、肌の粟立ちを感じながら、悦びが込み上げる。
そこにあるのは、8つながらすでに最強の戦士の風格。
「未来のカプリコルノを頼んだぞ、ジル。コニッリョを仲間に引き入れたって、国を守るために武力が必要なところは変わらない」
「おう、任せろ。なぁ、おとん? オレが成人したら引退していいからな? おとんもうオッサンだけど、それまでどうにか頑張ってくれ」
「ん? いや、しばらくは案ずるなジル。俺はまだ成長期だ」
「は? オレいつ元帥になるって?」
と訊かれると分からんな。
実際ドルフの身体はデカくなり続けていて、衰えるどころか力が増している状態だ。
そもそも……
「ドルフって死を迎えられるのか?」
「俺も最近、不安なんだ。この銀の髪と黒の肌を持って生まれたプリームラ貴族は皆強靭だったらしいが、中でも俺が圧倒的に化け物じみているようだからな。最期は寿命で眠るように亡くなっていくらしいが……俺の寿命っていつなんだ。200年以内には死ねるのか?」
本人にとっては真剣な悩みなのかもしれないが、私を含め皆が噴き出した。
流石は『人間卒業生』、悩みもまた常軌を逸している。
「父上」
ジルの隣に立っているレオナルド――レオに呼ばれた。
「あの……父上は、いつオルキデーア軍元帥を引退するのですか?」
その不安げな顔はなんだ、未来のオルキデーア軍元帥。
おまえもジルと同様、元帥は確実だ、レオ。
おまえはそれだけの力を持って生まれた。
兄上や私を上回っているかもしれないと思うほどにだ。
おまえの道はもう、決まっている。
「いい加減に勇気を持て、レオ」
申し訳ない。
この話をするたびにおまえを泣かせている。
「そろそろ戦場に出てもらうからな」
申し訳ない。
アリーに似て、虫一匹殺すことの出来ない優しい心を持つおまえを傷付ける。
「弱い者を守るためにだ。そのためにおまえは戦わなければならない」
申し訳ない。
そのためにおまえを犠牲にする。
「いい、オレがレオの分も戦う」
おまえが最強でも、それでは足りなるときがあるんだジル。
「拙者もいるから何とかなるでござりまする」
おまえを加えても、まだ足りないんだムサシ。
「僕がレオ兄上の代わりにオルキデーア軍元帥になります! 魔法だってあるし、大丈夫です!」
おまえを侮っているわけではないが、レオの力はそんなものではないんだアレックス。
「トーレだっているよ! レオ兄上をいじめないで、フェーデ叔父上!」
おまえは戦場に出るんじゃない、おまえは下手したら2秒でやられるんだぞトーレ。
大体、虐めているのではない。
レオもそういう風に感じているのかもしれないが、そうではないんだ。
「父上、僕のこと好きですか?」
「当たり前だ、レオ。私はおまえを嫌っているから戦えと言っているのではない。おまえは私の大切な四男坊で、私はおまえを愛している。それはいつ何時も忘れるな」
素直なレオが「スィー」と返事をして涙を拭った。
でも、絵画に残された兄上と私に一見してそっくりな顔は、薄い笑顔になってしまった。
「やっぱ厨房が気になるからよ、ちょっと俺を先に描いてくれねぇ?」
と雛壇の最後列に立っている料理長フィコ。
その隣にいる家政婦長ピエトラと執事ファウストも仕事が気になっているようなので、ここらで3人を描いていこう。
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