婚活パーティーで出会ったのは異世界の貴族でした ~知らずにokの返事をしたら一週間後には公爵夫人になっちゃった~

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)

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【前編】

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「分かってるってば!」


 私はお洒落なカフェの片隅で、電話を掛けながら声を荒げていた。
 電話の向こうで何やらゴチャゴチャと言っていたが、私はそんな小言にうんざりとして強制的に終了させることにする。


「もう、切るね! お昼休みが終わっちゃうから……じゃあ!」


 電話を切った直後に漏れる溜め息は重く、今日の晴れ渡る空に似つかわしくない程に私の気分を沈ませていった。
 今の電話の相手は田舎に住む母。

 夜だとなかなか出ない私に痺れを切らし、仕事の合間の昼休みを狙ってこうして度々電話を掛けてくるのである。
 やれ隣の家のサッちゃんが結婚しただの、母の友達の誰々さん所では孫がもう生まれただの……最近の母はそんな事ばかりしか私に言わない。

 要するに、早く結婚しろとせっついてくるのだ。
 とはいっても私はまだ二十五歳で社会人になって数年と浅く、結婚なんてまだまだ遠い先の事だと思っているというのに。


「田舎って、こういうことは早いからやんなっちゃうわ~……。」


 都会に住んでいる身からすると二十五歳の私なんてまだ若く、会社でも新米扱いしか普段されないのでピンとこない。
 でも早いからと反論したところで、母は『あなたと同じ年の頃には私はあなたを産んでいて……』と、コンコンと自分語りが始まってしまうだけ。

 都会と田舎では時間の流れ方が違うとは言うが、まさかこの年齢としで言われるとはと最初ビックリしたものだった。


「あっ! こんな時間!!」


 時計を見れば昼休みが終わる時間の十分前。
 私はもうだいぶ冷めた食後のコーヒーを急いで飲み干し、会計を済ませて職場へと走って帰った。


「セーフっ!」


 ハァハァと息をきらせて小走りで戻ってきた私に、吉川先輩がニコッと笑って話しかけた。


「――って言ってもあと五分近くはあるのだし、そんなに走らなくても大丈夫だったと思うわよ。」

「そう……ですかね。」


 極めて平常心を装って返事を返したつもりだったが、さっきの電話を引き摺っていたのかどうやら暗い顔をしていたらしい私を心配し、吉川先輩はポンと肩を叩いてきた。


「どうしたの? 美咲、何かあった? 話なら――っととと、もう終業後にはなっちゃうけど聞くわよ。今日は空いているし。」

「ありがとうございます。じゃあ……。」

「オッケー!」

 個人的に仲が良いからというのも勿論だが吉川先輩は誰に対しても気さくに話しかけ、こうしてとても面倒見がいい人なので相談事をするのが苦手な身としては嬉しい。
 なので私もこの会社に就職して同じ課に配属されてからずっと、何かと気にかけてくれる吉川先輩には相談をする機会も多く、いつも助けられている。


「さぁ。仕事、仕事。」


 非常にプライベートな問題で話してどうなるものでもない事だが、頼りになる先輩に相談できるからというのが心の支えとなった私はその日、午後の仕事を乗り切ることができたのだった。
 そうして時計の針はカチリと十八時を差し、私はやっと終わったデスクワークに区切りをつけるように椅子に座ったまま伸びをした。


「今日の分は終わったかな?」


 机の上を片付けて帰り支度をし始めていると、吉川先輩がヒョイッと私の背後から顔を出してきた。


「はい。」

「じゃ、どこか行こうか。人に聞かれたくない話だってあるだろうし……個室の所が良いかな?」

「そ――うですね。」


 内容自体は別に大した話ではないのかもしれないとは思いつつも、何か田舎者だとアピールするようなものな気がして恥ずかしくなってきた私はその提案に乗ることにした。


「そうだな~ぁ。じゃ、ル・マリエにでも行こうか。」


 私が気恥ずかしさから俯き加減で返事をしてしまったことに見ないふりをし、そう言って吉川先輩は優しく微笑んで自分の馴染の店へと誘ってくれたのだった。
 店へと着くと壁に掛けられた『本日のメニュー』と書かれた黒板を確認し、丁度空いていたお気に入りの角の席へと座った。

 相談事があるとよくこの店に連れてきてもらっているが、カウンター以外のどの席も半個室に区切られており、ビストロということでお洒落だが落ち着ける雰囲気なので私も気に入っている。


「酔った方がしやすい話なら……ワイン開けちゃう?」

「そうかも――しれない、ですね。」

「じゃあ―――。」


 メニューを見ながら二人で相談し、幾つかのオードブルと黒板に書かれていたトマトのシチューを頼んだ。
 それに加えて互いに量の飲めない私たちにはピッタリな物を見付け、お手頃価格の赤ワインのハーフボトルを一本頼むことにした。
 暫くするとワインと幾つかの料理が机に並んだ。


「さっ、食べよ!」

「あ、ありがとうございますっ!」


 吉川先輩は私のグラスにもワインを注いでくれ、私が話だし易いようにと他愛も無い話をし始めた。
 そうした気遣いもあってか、ホロ酔いになってきた当たりでようやく変な緊張も解けて私は口を緩めることができた。


「あの……ですね。実は最近、度々昼休みの時間になると母から電話がかかってきまして――。」


 私が話し始めるとさっきまでの様子とは打って変わって静かになり、吉川先輩はフンフンと相槌を打って耳を傾けてくれた。


「それでこの年齢でとも思うのですが……早く結婚しろとせっつかれていまして――。私の田舎の方では同級生も、もう結婚している人が半分近くはいて―――。」

「あぁ~! 田舎あるあるだね~。でも、こうして都会にいると全然まだまだだって思うよね~。」

「そうなんですよ~! 分かってくれます~? 私だっていずれはとは思っていますけど……でも、焦るにはまだ早いんじゃないかって。」

「だよね~。私もそう思ってた……。」


 そこで吉川先輩はグラスに注がれていた残りのワインをグイッと飲み干し、グラスをドンっと置いた。


「でもねぇ、そう思っていると――美咲もあっという間に私と同じ年齢としになっちゃうわよ~。」

「えっ!?」


 意外な答えだった。


「私ももうすぐ三十路………。二十代の内に結婚したいと思ってたのに未だ独り身よ。」


 酔っている所為なのか、吉川先輩はフッと窓越しに遠くを見つめながら饒舌に語りだした。


「まだ全然余裕だし~って思ってたのよ。彼氏だって少し前までいたし、それなりの年齢になれば自然とって……。でも、そう思って余裕で構えていたら今では彼氏もおらずにこの年齢としよ?」


 そんなことに悩むことなんてないカッコイイ先輩だと思っていたけれども、こんなに頼れる先輩にも焦りなんてあるのだなとちょっと驚いた。


「そう……なんですね。」

「えぇ。確かに美咲の年齢だと焦るにはまだ早いでしょうけど。結婚したいならしたいで、既にそれなりの行動をもうしてないと難しいわよ~。」

「それなり……ですか?」

「自然と出会いが――な~んて幻想だと思った方が良いわ。うちは社員数も少なくて社内では限りなくゼロに等しいし……そうだ! 今度また婚活パーティーに行くんだけど、美咲も一緒に行かない?」

「婚活パーティー!? それってなんか……ガツガツしてるって感じで………。それに危ない気もするし………。」


 私がモゴモゴと言い淀んでハッキリしないでいると、語気を強めにして吉川先輩が言い放った。


「大丈夫よ! 私も何回か行った事はあるし、これも縁だと思って! お願い! 実は同い年の友達とと二人で行くはずだったんだけどさ、その友達にこの前彼氏ができちゃって一人なのよ~。だから……ねっ。」


 吉川先輩はパンと叩いて手の平を合わせ、拝むような仕草をして私に頼み込んできた。


「一人では行き辛かったし、美咲からそういう話を聞いて渡りに船だとおもったのよね~。そ・れ・に! 今時婚活パーティーヘ行く人なんてごまんといるし、普通の事よ~。」

「普通……ですか。」

「うんうん。結婚したいなら美咲だってそろそろ利用した方が良いだろうし……本格的に活動し始める前に、今回は軽く手始めに婚活パーティーの雰囲気に慣れる為にってことでひとつ……どうかな?」

「私もそんなに知っているわけではないですけど、そんなので良いんですか? 参加している他の方にご迷惑なんじゃ―――。」


 流石に真剣に相手を探しに来ている人の中に、まだそこまででもない私が混じってしまうのは些か気が引け、やんわりと断ろうとする私を吉川先輩は遮った。


「ううん。今度のはそこまでガチガチのやつじゃないから平気よ。参加している人らは皆『ここで結婚相手を~!』って感じじゃなくて、もっとフランクに人脈づくりにとか遊びに来ている人も多いやつだから。ねっ! ねっ!」

「それなら………。」


 こうして私は押しに負け、吉川先輩からの誘いに乗って初の婚活パーティーに出る運びとなったのだ。
 前から多少は『婚活パーティー』というものに興味はあったし、不安はあるけど信頼している吉川先輩と一緒ならば大丈夫かなと決心がついたのだ。

 そして二日後の当日、急ではあったがさして準備のいらない昼過ぎのパーティーだったのでお気に入りの淡い黄色の花柄ワンピースを着て吉川先輩との待ち合わせ場所まで行った。


「お待たせしちゃったみたいで……すみません。」

「ううん。全然。私も今来たところだから。」


 朗らかに笑って出迎えてくれた今日の吉川先輩は普段とは違い、薄い桜色のフワフワと揺れるフェミニンな装いだった。


「ふぇ~……! 春色で素敵な服ですねぇ。」

「そりゃあね。私は美咲よりも時間がないから……それなりに気合、入ってるのよ!」


 胸の前でギュッと拳を握り締め、私にもその気迫が伝わってきた。
 聞けば街コンなども含め、吉川先輩は所謂『婚活パーティー』の類に参加するのはこれで十回目なんだとか。


「やっぱり、婚活パーティーにはそういう女の子らしい服装の方が良いってことなんですか?」

「そうね~ぇ。私が普段着ている服とはだいぶ違うからビックリしちゃったかな? まぁ、男に好かれやすいってのもあるけど……この服を選んだのは三月と言うことで、春だからってのもあるのよ。」

「へ~ぇ……。」


 そんな事を話しながら歩いて行くと、今回の会場となるレストランへと着いた。


「ここよ。」


 手慣れている吉川先輩に手を引かれ、入り口で受付を済ませるとクリップ式のバッジを渡された。


「ここにね……番号が書いてある下にあだ名で良いから呼び名と、年齢と、相手への希望を書くの。」

「希望――ですか?」

「そうそう。『結婚相手募集』ってのは参加者皆の一応の大前提だけど、『年下好き』・『年上好き』や『同じ趣味の人を』とか、『まずは友達から』って感じのをね。」


 吉川先輩からアドバイスを貰い、私はバッジに簡単なプロフィールを書いた。


「え~と……『ミサ・25歳』、う~ん……求めるものは―――『まずは友達から』で良いかな。」


 よしっ、書けたとチラリと横を見る。
 そこには『マイ・28歳・同世代希望』とある。


「――あれっ? 吉川先輩………。」

「言わないでよ? 些細かもしれないけど、この一つの差が大きいんだからねっ!」


 私は真剣な目に気圧けおされ、無言でコクコクと頷いた。
 たった一つ、本当は二十九歳なのを二十八歳とサバを読んだところで何が変わるのかなとも思ったが、気になるお年頃なんだなと私はもう何も言わないことにしたのだった。


「じゃあ――行くわよっ!」


 書き終えたバッジを左の胸元に付け、私は背中を押されて吉川先輩と共に会場の中へと入った。
 緊張の一歩。
 中へと入ればザワザワとした話し声に溢れていた。


「えっと――。」


 見渡すと壁際には軽食と飲み物が置かれた机があり、立食形式で部屋の中ではあちこちで一対一だったり男女数人のグループになって楽しそうに話をしている。


「行こっ!」


 私は会場の雰囲気にのまれて緊張してしまい、キョロキョロと目を動かすばかりで入口から動けないでいるのを吉川先輩はサッと手を引いてくれた。


「初めてで緊張しちゃうのは分かるけど……スマイル、スマイル!」


 私の右頬を吉川先輩はブニッと摘み、ニッと笑っていつもと何も変わらず振舞ってカチコチになっていた私の緊張をほぐしてくれた。
 いつもと違う装いでなんだか別人にも思えていた吉川先輩のいつも通りの行いに、安心感を覚えた私の心はスッと軽くなった。


「最初、慣れるまでは私が傍に居るから安心して。ほらっ、飲み物持って。気になる人には話しかけに行っちゃうわよ!」


 普段以上に積極的な吉川先輩にちょっとビックリしつつも、私たちは数人の男性と話をした。
 こっちが二人ということもあり、二対一では話しづらいのか避ける人もいて、男性側では数少ない二人連れや向こうから話しかけてくれた人とのみだったが……。


「ふ~ぅ……。どう? 少しは慣れた?」

「えぇ……。こっちに話しかけてくれる人も多いですね。」

「そうね~ぇ。でも、ポツンと立って待っているだけじゃあダメよ。そんな壁の花をしていると話しかけられはしないんだからね。美咲はもうちょっと積極的になった方が良いわ。」

「――はい。」


 声を掛け、自己紹介をして、趣味とか仕事の話をして……それを繰り返し、三組目には早々に疲れてしまってか細い声で返事をする私に吉川先輩は少し心配そうに顔を覗き込んできた。


「――大丈夫?」

「ちょっと……疲れちゃっただけです。大丈夫ですよ。」

「本当に?」

「えぇ……。私はちょっとここに座って休んでいるので――吉川先輩はどうぞ行ってきてください。」


 三時間もあるパーティーの長い時間を考え、少し休憩をしようと私は壁際に置かれた椅子に座って吉川先輩を送り出したのだった。
 ちょっと覗きに来た程度の私とは違う吉川先輩を付き合わせるわけにはいかないからと、送り出そうとした私が何度も言う「大丈夫」の言葉にやっと根負けしてパーティーへと戻っていった。


「吉川先輩に彼氏……できるといいな~。」


 日頃お世話になっている先輩には幸せになってほしいと、そんなことを祈りながら私はオレンジジュースを飲み、パーティーの様子を一歩離れたところから眺めて休憩していた。
 初めこそ不安で固まっていたものの、参加する前に思っていたほど婚活パーティーってものに危険も感じられず合コンよりも気軽なんじゃないかって思えるほどで……。


「合コンなんて一夜の相手を探す男が多いし、それよりもずっと良いかもしれないわね。友達とかの繋がりを意識しなくてもいい分、却って気楽で合ってるかも――。」

「お隣、良いですか?」


 壁際の離れた場所で一人、パーティーを遠巻きにまるでそこに存在しないかのように陰も薄くポツンと椅子に座り、独り言を呟いているだけの私に声を掛けてくる人がいた。
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