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私はワクワクしていた。
自分が一度死んだ身であるという事を聞いて驚愕し、谷底に落とされたかの様なショックに打ちひしがれはしたが……。
「そんなことはチャラになる程に私にはこれからハッピーライフが待っている! あのままストレスをため続けながら働いて、たまに猫カフェという言わば皆のアイドルに会いに行くことだけしかできずに、悶々とした時間を過ごしていくことしかできなかった事に比べれば……フッフッフッフッフッ!!」
フレデリクと名乗る白猫宰相が居なくなって一人きりになった部屋で、私はデヘデヘと傍から見れば気持ち悪いと嫌悪されかねない笑い声をあげていた。
実際、数日後にはこの日、夜なのに城の奥から何とも不気味な笑い声の様なものが聞こえてきたと、城に勤めていた従者らの間で噂になっていた……らしいのだ。
お城の皆さん……ごめんなさい。
だって、だって、だってー!
魔王様って呼ばれていたけど、あんなに可愛い三毛猫ちゃんのお世話だけをしなければならない人生を送らなければならないなんて………私にはご褒美以外のなにものでもないわ!
「―――と、そういえばっと……。」
私は喜んでばかりはいられないと、しなければならないことを思い出した。
「そういえば……猫にばかり気を取られててうっかりしていたけど、いつの間に私はこんな服を着たんだろう……?」
喋る猫に興奮していたとはいえ、流石に裸であれば気が付くはずだし、おそらくはこの世界に召喚された時にはこの服を着ていたのだろうと思われるが……。
「着ればサイズ変更も勝手にしてくれる魔法の服だって言っていたし、たぶんその不思議な力で勝手に着せられていたのかな? たぶんそんな所だろう。に、しても―――。」
ベッドから立ち上がり、クルクルとその場で回って自分の着ている服を確認した。
「紺色の何の飾り気もないストンとしたシンプルなただのワンピースとは……可愛くないな。」
私の地位は『下僕』と言っていたし、まぁこんなものなのだろうと受け入れることにした。
「可愛くはないが、愛する猫ちゃんの前に己の可愛さなんて必要なしっ! それに……ボロボロってわけでもなく清潔ではあるし、これで充分よっ!」
とりあえずは―――先程フレデリク宰相から部屋を出ていく前に言われた通りにベッド脇にある机の上を確認し、そこに置かれていたブラシでボサボサであった髪を梳いてキレイにすると、次は爪切りで長く伸びている爪をパチンパチンと短く切って角が無くなる様にヤスリがけをした。
「よしっ! できた!」
自分の全ての手足の爪と頭を目視で確認してスッキリしたなと気分が上がったが、ふと疑問が残る。
「私の爪って、こんなに――魔女みたいに伸びてたっけ?」
疑問には思ったがなんだか怖い気がして、それ以上考えるのは止めることにした。
言われていた通りに支度を整えると、先程案内された廊下を逆に歩き、フレデリク宰相の許へと向かった。
「おっ! 支度は終わったか? どれどれ―――。」
アルマン魔王が座っていた部屋の隣にある部屋で雑務をしていたフレデリク宰相は私が来たのに気付き、私の体を舐めまわす様に上へ下へと頭ごと動かして身なりのチェックをした。
「ふむ……。まぁいいだろう。魔王様に傷一つ付けぬよう、爪だけは細心の注意を払ってその様な状態に常にキレイに整えておけよ。」
「はいっ!」
その後はその部屋の机の上に用意された何冊かの本を使い、この世界とこの国についての簡単な講義をフレデリク宰相から受けることになった。
『知らない』というのは最も隙を作る愚かな行為であり、今は儀式の為に人払いをしているから誰にも会う事がなく大丈夫だけど、この世界に生きる者ならば知っていて当然のルール等ある程度の重要な知識さえも覚えさせないままに人前に私を出すなど危険極まりないのだそうだ。
――で、この講義によって私はこの世界、この国についてある程度の事を知った。
時間や暦の感覚はだいたい地球と似た感じであり、地球で言う月の様にこの世界の夜空に毎日昇ったり落ちたりを規則的に繰り返すリュンヌという星の満ち欠けを基準とし、一年の暦が作られているらしい。
カレンダーを見せてもらったが、まぁほぼ太陰暦みたいな感じかなって事。
この世界は主に二つの派閥が争って領土と資源の所有権を巡って数百年ごとに戦争を繰り返している荒れた世界である事。
その争っている派閥というのが、私を召喚した魔王様率いる魔ニャン派と、神を信仰する聖王国が率いる聖ワン派というのらしい。
「――ニャン? ――ワン? プッ、ププッ、プププププッ……!」
私はニャンだとかワンだとか話すのを聞いて、かなり真面目な話をしているのにも拘わらず、名称のその可愛らしさに笑いをこらえきれず、口を抑えていた手の中で吹いてしまった。
「お前~、私の講義を真面目に受けんか! 何を突然笑っておる。」
怒られた……。
うん、当然の言い分だと思う。
でも―――、どうしても私には笑わずにいられないよ。
「ご、ごめんなさい……。私には、ちょっとおかしくって、その名前が……。」
「まったく……。そんな調子では先が思いやられる……。」
半ば呆れ気味に、フレデリク宰相は胸の奥底から吐き出す様にため息を吐いた。
「多少は待ってやるから早く落ち着かせろ。」
「は、はいぃ……。」
何とも優しい、フレデリク宰相様だ。
私は深呼吸をし、手の平で頬をそれぞれパンパンと軽く叩いて気合を入れた。
「うん! もう大丈夫です。」
「先を続けるぞ。」
そして話は続き―――魔ニャン派と聖ワン派の因縁の歴史について学び、魔王様自身のことについての話に進んだ。
魔王という地位は世襲制ではなく、前世代の魔王が死んだ時にこの国の中で最も力強きオスの中から特別な力を有するとされる三毛猫、あるいはサビ猫が選ばれるという事。
魔王という地位に就いたばかりである当代の魔王、アルマン様には求心力がまだ薄く、三獣士と呼ばれる他の兵らと違って最もアルマン魔王に近き三人の騎士とこのフレデリク宰相以外には信用のおける者はいないという事………。
そして私には、アルマン様が何でも相談できるアルマン様が最も信頼厚い存在にやがてはなってほしいという事。
「それはいったい―――?」
「最後のはまぁ……私からのお願いのようなものだ。今は召喚の儀式によって裏切りを働かぬよう印を刻んで契約し、強制的に信用を結ばれた主従の関係ではあるが―――。アルマン様に必要なのは主従関係に縛られない、真に信頼の築ける者だ。―――親友と言ってもいい……。」
「親友―――。」
私が考えこむ様にその言葉を口にすると、フレデリク宰相は寂しそうに目を細めて「あぁ―――」と、返事をした。
「これも時が経てば解決する部分もあろうが、国民が皆アルマン様を魔王様であると認め、アルマン様も皆が魔王様であると求めていると自信を持てれば……。今はまだ誰が信用でき、誰が信用できない者か分からずにピリピリと警戒心も高い。ストレスで病にでも罹られやしないかと私は心配なのだよ。」
「そっか……。それは良くないね。私も本当に仲良くしたいって思ってたから、少しでもアルマン様が安らげるように頑張るよ。」
「頼んだぞ、人間――。」
「『人間』じゃなくて『ミク』。私はミクって名前なの。」
「そうなのか、ミク。よろしくな――。」
そう言ってフレデリク宰相は椅子に座っていた私の膝を肉球でポンと叩き、微笑んだ。
翌日、朝少し遅くに目が覚めた。
昨晩は講義の後に寝室に戻され、朝に私がしなければならない仕事の説明を簡単に受けた。
深夜ということもありベッドに入ればすぐに眠れるだろうと思っていたが……私の目は冴えまくりだった。
まるで遠足の前の日の子供の様にワクワクして眠りにつくことができず、部屋に時計が無かったのでハッキリはしないが、感覚的には眠れたのも僅か二時間程度であった。
「アルマン様も、この城に居る全員が起きるのがいつも遅いって言ってたし、助かったぁ……。」
私はホッと胸を撫で下ろし、身なりを整えるとまだ数人の使用人しか働きだしていなくて静かな廊下を歩いた。
皆がだいたい私の三分の二弱しかない身長の種族だと昨日講義のおりに聞いたが――。
「にしても……私が歩いても全然苦にならないし、余裕がある高さの建物だな。私みたいなのが来ることを最初から想定して作られているんだろうか……。」
そんなことを想いながら物珍しさからキョロキョロと少し歩くたびに周りに目をやり、アルマン様が起きられたのを自室のドアをノックして声をかけ、確認した。
「おはようございます。アルマン様。」
「あぁ、おはよう。フレデリクではないようだが――誰だ?」
「昨晩こちらに召喚になった人間ですよ。」
「あっ、あぁ……。」
アルマン魔王は私の答えに、「そうだったな」と思い出す様に返した。
「朝餉のお支度を初めてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、頼む。」
その返事に私はキッチンへと向かった。
「えっと……あれっ? フレデリク宰相様?」
キッチンの近くまで来ると、入り口にはフレデリク宰相が立っていた。
「やっと来ましたね。皆にあなたの事を紹介します。それと今は……食事は朝と夜、それに間食も全て三獣士が持ち回りで作っています。明日から急にとは言いませんが、その役目もあなたが近日中に引き継いでください。なるべく早めに三獣士たちを本来の役目に戻したいのです。」
「三獣士がっ!? それはやはり……。」
「ええ。暗殺において食事が最も危険ですからね。この城に入られた日から最も信用のおけた昔からの知り合いを三獣士におき、その者らに毎日用意させていたのです。」
「なるほど……。毒殺とか怖いですもんね。」
「その為に魔王様の傍らに常に立ち、攻撃してくる敵から身を守らなければならない三獣士たちが仕事を満足にできていないのが現状です。ですから、これをできたら一番にお願いしますよ。」
「分かりました! 魔王様の為ならばっ!!」
「では、行きましょう……。」
そうして導かれてキッチンの中に入ると、パッと見は細いのにしっかりとした筋肉質なな体躯をしたヒョウ柄の猫が、薪を使うタイプの古い炊事台の竃で大きな魚を焼いていた。
「ディディ!」
「おうっ! おはようさん、フレデリク宰相様。」
私がいる方に振り返ったこのネコはもう明らかにベンガルネコって感じの見た目で、野性味あふれる顔つきの中からにこやかな表情でフレデリク宰相と挨拶を交わしていた。
「――んっ? それは……。」
「ディディ、こちらは当代の魔王様が召喚された人間であるミクだ。ミク、この者が先程話した三獣士の一人で、名をディディエと言う。どちらも仲良くしていってくれ。」
私はディディエのヒョウ柄の毛皮に見とれ、その美しさから自分の名前を呼びかけられるまでポーっとしてしまっていた。
「ミク?」
「よ、よろしくお願いします!」
「おうっ! よろしくなっ!」
ワタワタと慌てて挨拶をした私の様子を気にも留めず、ディディエは明るく返事を返してくれた。
「で、今日の食事はミクが運ぶのかい?」
「ええ。今日が初日なので仕事も分からないことだらけでまだまだですが、出来ることから始めたいと思います。」
「そっか。お前さんは良い顔をしている。その心がけでいれば、きっとこの先も良いように人生を送れるだろうさ。」
「ありがとうございます。」
私は褒められたことに照れて顔が少し熱くなった。
「じゃあ、お願いするな。今日の朝餉だ。」
「これは……?」
「これはな、さっき俺が釣ってきたばかりのソモンって名前の魚さ。塩焼きにしただけだが、これがめっちゃ美味いんだぜ!」
そう説明して私の前にグイッと出された大きなお皿の上に乗っているのは………どっからどう見ても私が長年見慣れている鮭であった。
「おぉ――。おっきい……。」
その立派な鮭の姿に思わず呟いた私の言葉にニッと牙を見せてディディエは笑い。
「でっぷりとしていてなかなか上手そうな見た目だろう? やっぱソモンは丸焼きに限るよな~。これよりは小さいが、俺たち用にまだあと数匹そこにあるから、ミクも後で食べるといいぜ!」
ディディエは私に対し、まるで旧知の仲間であるかの様な態度で最初から接してくれた。
「ディディエさん、ありがとう。」
「お前なら『ディディ』って呼んでも良いぜ。仲良くしようぜ!」
その陽気に笑う社交性の高いキャラクターに私は胸を鷲掴みにされ、頭を撫で繰り回したい衝動にかられた。
だ、だめよ……こんなことしたら失礼に当たる―――!
衝動を抑えるのに、私の頭の中は理性と欲望がグルグルと交差していた。
自分が一度死んだ身であるという事を聞いて驚愕し、谷底に落とされたかの様なショックに打ちひしがれはしたが……。
「そんなことはチャラになる程に私にはこれからハッピーライフが待っている! あのままストレスをため続けながら働いて、たまに猫カフェという言わば皆のアイドルに会いに行くことだけしかできずに、悶々とした時間を過ごしていくことしかできなかった事に比べれば……フッフッフッフッフッ!!」
フレデリクと名乗る白猫宰相が居なくなって一人きりになった部屋で、私はデヘデヘと傍から見れば気持ち悪いと嫌悪されかねない笑い声をあげていた。
実際、数日後にはこの日、夜なのに城の奥から何とも不気味な笑い声の様なものが聞こえてきたと、城に勤めていた従者らの間で噂になっていた……らしいのだ。
お城の皆さん……ごめんなさい。
だって、だって、だってー!
魔王様って呼ばれていたけど、あんなに可愛い三毛猫ちゃんのお世話だけをしなければならない人生を送らなければならないなんて………私にはご褒美以外のなにものでもないわ!
「―――と、そういえばっと……。」
私は喜んでばかりはいられないと、しなければならないことを思い出した。
「そういえば……猫にばかり気を取られててうっかりしていたけど、いつの間に私はこんな服を着たんだろう……?」
喋る猫に興奮していたとはいえ、流石に裸であれば気が付くはずだし、おそらくはこの世界に召喚された時にはこの服を着ていたのだろうと思われるが……。
「着ればサイズ変更も勝手にしてくれる魔法の服だって言っていたし、たぶんその不思議な力で勝手に着せられていたのかな? たぶんそんな所だろう。に、しても―――。」
ベッドから立ち上がり、クルクルとその場で回って自分の着ている服を確認した。
「紺色の何の飾り気もないストンとしたシンプルなただのワンピースとは……可愛くないな。」
私の地位は『下僕』と言っていたし、まぁこんなものなのだろうと受け入れることにした。
「可愛くはないが、愛する猫ちゃんの前に己の可愛さなんて必要なしっ! それに……ボロボロってわけでもなく清潔ではあるし、これで充分よっ!」
とりあえずは―――先程フレデリク宰相から部屋を出ていく前に言われた通りにベッド脇にある机の上を確認し、そこに置かれていたブラシでボサボサであった髪を梳いてキレイにすると、次は爪切りで長く伸びている爪をパチンパチンと短く切って角が無くなる様にヤスリがけをした。
「よしっ! できた!」
自分の全ての手足の爪と頭を目視で確認してスッキリしたなと気分が上がったが、ふと疑問が残る。
「私の爪って、こんなに――魔女みたいに伸びてたっけ?」
疑問には思ったがなんだか怖い気がして、それ以上考えるのは止めることにした。
言われていた通りに支度を整えると、先程案内された廊下を逆に歩き、フレデリク宰相の許へと向かった。
「おっ! 支度は終わったか? どれどれ―――。」
アルマン魔王が座っていた部屋の隣にある部屋で雑務をしていたフレデリク宰相は私が来たのに気付き、私の体を舐めまわす様に上へ下へと頭ごと動かして身なりのチェックをした。
「ふむ……。まぁいいだろう。魔王様に傷一つ付けぬよう、爪だけは細心の注意を払ってその様な状態に常にキレイに整えておけよ。」
「はいっ!」
その後はその部屋の机の上に用意された何冊かの本を使い、この世界とこの国についての簡単な講義をフレデリク宰相から受けることになった。
『知らない』というのは最も隙を作る愚かな行為であり、今は儀式の為に人払いをしているから誰にも会う事がなく大丈夫だけど、この世界に生きる者ならば知っていて当然のルール等ある程度の重要な知識さえも覚えさせないままに人前に私を出すなど危険極まりないのだそうだ。
――で、この講義によって私はこの世界、この国についてある程度の事を知った。
時間や暦の感覚はだいたい地球と似た感じであり、地球で言う月の様にこの世界の夜空に毎日昇ったり落ちたりを規則的に繰り返すリュンヌという星の満ち欠けを基準とし、一年の暦が作られているらしい。
カレンダーを見せてもらったが、まぁほぼ太陰暦みたいな感じかなって事。
この世界は主に二つの派閥が争って領土と資源の所有権を巡って数百年ごとに戦争を繰り返している荒れた世界である事。
その争っている派閥というのが、私を召喚した魔王様率いる魔ニャン派と、神を信仰する聖王国が率いる聖ワン派というのらしい。
「――ニャン? ――ワン? プッ、ププッ、プププププッ……!」
私はニャンだとかワンだとか話すのを聞いて、かなり真面目な話をしているのにも拘わらず、名称のその可愛らしさに笑いをこらえきれず、口を抑えていた手の中で吹いてしまった。
「お前~、私の講義を真面目に受けんか! 何を突然笑っておる。」
怒られた……。
うん、当然の言い分だと思う。
でも―――、どうしても私には笑わずにいられないよ。
「ご、ごめんなさい……。私には、ちょっとおかしくって、その名前が……。」
「まったく……。そんな調子では先が思いやられる……。」
半ば呆れ気味に、フレデリク宰相は胸の奥底から吐き出す様にため息を吐いた。
「多少は待ってやるから早く落ち着かせろ。」
「は、はいぃ……。」
何とも優しい、フレデリク宰相様だ。
私は深呼吸をし、手の平で頬をそれぞれパンパンと軽く叩いて気合を入れた。
「うん! もう大丈夫です。」
「先を続けるぞ。」
そして話は続き―――魔ニャン派と聖ワン派の因縁の歴史について学び、魔王様自身のことについての話に進んだ。
魔王という地位は世襲制ではなく、前世代の魔王が死んだ時にこの国の中で最も力強きオスの中から特別な力を有するとされる三毛猫、あるいはサビ猫が選ばれるという事。
魔王という地位に就いたばかりである当代の魔王、アルマン様には求心力がまだ薄く、三獣士と呼ばれる他の兵らと違って最もアルマン魔王に近き三人の騎士とこのフレデリク宰相以外には信用のおける者はいないという事………。
そして私には、アルマン様が何でも相談できるアルマン様が最も信頼厚い存在にやがてはなってほしいという事。
「それはいったい―――?」
「最後のはまぁ……私からのお願いのようなものだ。今は召喚の儀式によって裏切りを働かぬよう印を刻んで契約し、強制的に信用を結ばれた主従の関係ではあるが―――。アルマン様に必要なのは主従関係に縛られない、真に信頼の築ける者だ。―――親友と言ってもいい……。」
「親友―――。」
私が考えこむ様にその言葉を口にすると、フレデリク宰相は寂しそうに目を細めて「あぁ―――」と、返事をした。
「これも時が経てば解決する部分もあろうが、国民が皆アルマン様を魔王様であると認め、アルマン様も皆が魔王様であると求めていると自信を持てれば……。今はまだ誰が信用でき、誰が信用できない者か分からずにピリピリと警戒心も高い。ストレスで病にでも罹られやしないかと私は心配なのだよ。」
「そっか……。それは良くないね。私も本当に仲良くしたいって思ってたから、少しでもアルマン様が安らげるように頑張るよ。」
「頼んだぞ、人間――。」
「『人間』じゃなくて『ミク』。私はミクって名前なの。」
「そうなのか、ミク。よろしくな――。」
そう言ってフレデリク宰相は椅子に座っていた私の膝を肉球でポンと叩き、微笑んだ。
翌日、朝少し遅くに目が覚めた。
昨晩は講義の後に寝室に戻され、朝に私がしなければならない仕事の説明を簡単に受けた。
深夜ということもありベッドに入ればすぐに眠れるだろうと思っていたが……私の目は冴えまくりだった。
まるで遠足の前の日の子供の様にワクワクして眠りにつくことができず、部屋に時計が無かったのでハッキリはしないが、感覚的には眠れたのも僅か二時間程度であった。
「アルマン様も、この城に居る全員が起きるのがいつも遅いって言ってたし、助かったぁ……。」
私はホッと胸を撫で下ろし、身なりを整えるとまだ数人の使用人しか働きだしていなくて静かな廊下を歩いた。
皆がだいたい私の三分の二弱しかない身長の種族だと昨日講義のおりに聞いたが――。
「にしても……私が歩いても全然苦にならないし、余裕がある高さの建物だな。私みたいなのが来ることを最初から想定して作られているんだろうか……。」
そんなことを想いながら物珍しさからキョロキョロと少し歩くたびに周りに目をやり、アルマン様が起きられたのを自室のドアをノックして声をかけ、確認した。
「おはようございます。アルマン様。」
「あぁ、おはよう。フレデリクではないようだが――誰だ?」
「昨晩こちらに召喚になった人間ですよ。」
「あっ、あぁ……。」
アルマン魔王は私の答えに、「そうだったな」と思い出す様に返した。
「朝餉のお支度を初めてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、頼む。」
その返事に私はキッチンへと向かった。
「えっと……あれっ? フレデリク宰相様?」
キッチンの近くまで来ると、入り口にはフレデリク宰相が立っていた。
「やっと来ましたね。皆にあなたの事を紹介します。それと今は……食事は朝と夜、それに間食も全て三獣士が持ち回りで作っています。明日から急にとは言いませんが、その役目もあなたが近日中に引き継いでください。なるべく早めに三獣士たちを本来の役目に戻したいのです。」
「三獣士がっ!? それはやはり……。」
「ええ。暗殺において食事が最も危険ですからね。この城に入られた日から最も信用のおけた昔からの知り合いを三獣士におき、その者らに毎日用意させていたのです。」
「なるほど……。毒殺とか怖いですもんね。」
「その為に魔王様の傍らに常に立ち、攻撃してくる敵から身を守らなければならない三獣士たちが仕事を満足にできていないのが現状です。ですから、これをできたら一番にお願いしますよ。」
「分かりました! 魔王様の為ならばっ!!」
「では、行きましょう……。」
そうして導かれてキッチンの中に入ると、パッと見は細いのにしっかりとした筋肉質なな体躯をしたヒョウ柄の猫が、薪を使うタイプの古い炊事台の竃で大きな魚を焼いていた。
「ディディ!」
「おうっ! おはようさん、フレデリク宰相様。」
私がいる方に振り返ったこのネコはもう明らかにベンガルネコって感じの見た目で、野性味あふれる顔つきの中からにこやかな表情でフレデリク宰相と挨拶を交わしていた。
「――んっ? それは……。」
「ディディ、こちらは当代の魔王様が召喚された人間であるミクだ。ミク、この者が先程話した三獣士の一人で、名をディディエと言う。どちらも仲良くしていってくれ。」
私はディディエのヒョウ柄の毛皮に見とれ、その美しさから自分の名前を呼びかけられるまでポーっとしてしまっていた。
「ミク?」
「よ、よろしくお願いします!」
「おうっ! よろしくなっ!」
ワタワタと慌てて挨拶をした私の様子を気にも留めず、ディディエは明るく返事を返してくれた。
「で、今日の食事はミクが運ぶのかい?」
「ええ。今日が初日なので仕事も分からないことだらけでまだまだですが、出来ることから始めたいと思います。」
「そっか。お前さんは良い顔をしている。その心がけでいれば、きっとこの先も良いように人生を送れるだろうさ。」
「ありがとうございます。」
私は褒められたことに照れて顔が少し熱くなった。
「じゃあ、お願いするな。今日の朝餉だ。」
「これは……?」
「これはな、さっき俺が釣ってきたばかりのソモンって名前の魚さ。塩焼きにしただけだが、これがめっちゃ美味いんだぜ!」
そう説明して私の前にグイッと出された大きなお皿の上に乗っているのは………どっからどう見ても私が長年見慣れている鮭であった。
「おぉ――。おっきい……。」
その立派な鮭の姿に思わず呟いた私の言葉にニッと牙を見せてディディエは笑い。
「でっぷりとしていてなかなか上手そうな見た目だろう? やっぱソモンは丸焼きに限るよな~。これよりは小さいが、俺たち用にまだあと数匹そこにあるから、ミクも後で食べるといいぜ!」
ディディエは私に対し、まるで旧知の仲間であるかの様な態度で最初から接してくれた。
「ディディエさん、ありがとう。」
「お前なら『ディディ』って呼んでも良いぜ。仲良くしようぜ!」
その陽気に笑う社交性の高いキャラクターに私は胸を鷲掴みにされ、頭を撫で繰り回したい衝動にかられた。
だ、だめよ……こんなことしたら失礼に当たる―――!
衝動を抑えるのに、私の頭の中は理性と欲望がグルグルと交差していた。
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