囚われた娘を助け出してから惚れられている。しかし相手は十一歳だ。

松岡夜空

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ほらな

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「語学留学~?」


 カポン。


 東尾とうびにある三番隊本邸の庭から、春起こしの音がする。


 春起こしというのは、東尾とうびの文化の一つで、音で春を知らせる道具である。


 東尾とうびの冬は厳しく水さえ凍る。つまり、落水で竹を動かせたなら、外に出ても安心だ、ということである。


 カポン。


 また音。


 目の前の男、十狼刀決死組《じゅうろうとうけっしぐみ》三番隊組長カルロ=惣一郎は、両手で湯呑を持って、ズズズと茶を楽しでいる。


「あのっさー、一個聞かせていただいてもよろしいですかね~?」


 呆れながら、俺は言った。


「なんだ?」


「あんたら十狼刀決死組三番隊は、|東尾が誇る諜報員。厳密に言えば、外交兼外攻部隊なんだよねー?」


「だったらなんだ?」


「なんで諜報員が、語学留学するんだよ。もっと隠密に動いたりするのが普通なんじゃないんかい!」


「俺たちは普通じゃないからな」


「おい」


「いや、冗談で言っているわけじゃない。相手を殺すこと。脅すこと。情報を引き出すこと。知られていても全てできる。
 それが俺たち三番隊だ。それはお前にだってできることだろ?」


 まあそりゃそうだけどもさ。


「後、語学研修とは言ったが、それは表向きで、半分以上は実地調査だ。お前は知らないかもしれないが、北頭ほくとうアイスビニッツ第二王室王女フィリア=ルク=マキュベアリと、北翼ほくよくの無頼、ファルコ=ルドルフの結婚がほぼ確定した」


「ほー」


 カポン。


 また、春起こしの音がする。


「驚いたな。あそこの血筋は千年は続いてたろ。千年王国とか言って。それを半分、北頭ほくとうの血を継いでるとはいえ、他国の血を入れるとは。中々思いきったことをしたもんだ」


「思い切りすぎたな」


「ははは。やっぱ何か問題起きてるのか?」


「いや? 現状何もない。貴賤結婚であるのは間違いないが、ファルコは文武両道品行方正、優秀な魔術師で、国民も受け入れているという報道事態は、王宮管理室の対外用アドレスから流れている」


「そりゃ嘘だな、さすがに」


「いや、ファルコが優秀かどうか、国民が怒っているかどうかというのは、この場合大した問題じゃない。問題なのは、ファルコの素性だ」


 ズズズ。


 俺は茶を一口すすった。


「これが本当にただの貴賤結婚なら、その汚点は十年でそそげる。仮に親子三代に渡ってたかられたとしても、まともな国家ならそれで揺らぐことはない。が、もしもファルコのバックに|北翼のどこかの国が付いている、すなわち工作員だった場合、向こう百年この問題は解決するまい。どれだけ御託を並べようとも、フィリアは北頭ほくとうの王族だからな。この事実は消えない。というより、消させない。無限に金を引き出す打出の小槌として使うのは当然として、法、税、経済、防衛など、マキュベアリ家を楔にして北翼ほくよくが、汚水の如く侵食してくるのはほぼ確実だろうよ。特に北頭ほくとうは、位置的に西の防波堤になっている側面もあるしな。西を攻略するには必ず潰さなければならない。言うなら急所だ」


「まあ言わんとしてることはわかるけど、所詮ただの陰謀論だろ。北頭ほくとうの探査能力は七大陸一だ。ファルコの素性を何も調べてないならバカってレベルじゃない。調べて何もなかったから結婚する。それだけのことだろ? 祝福してやりゃいいんじゃねえの? 俺は辛気臭いのは嫌いだぜ」


「俺も好きでやってるわけじゃないんだよ。後、あそこの探査能力を支えているのは、べらぼうに広い網の広さだ。網の広さと足を利用して初めて七大陸一の探査能力となる。つまり、足を怠ったなら、北頭ほくとうの探査能力はザル同然だ」


「それはない。国の根幹に関わることだぜ? ここを疎かにするのは、いくらなんでも常識から外れすぎてる。何でもかんでも穿うがってみすぎだろ」


「可能性はある。だから調べるのさ。足と目を使ってな」


「……なるほどな。で? リンのサポートには誰をつけるつもりだ?」


 指をクルクルと回しながら、俺は尋ねた。特に深い意味はない。ないが、俺はやや、やましいことがあるかのように、顔を俯けながら、組長を見据えた。


「そんなものつけるつもりはないが?」


 俯け気味にしていた顔を、俺は大きく持ち上げた。


「はぁ? 正気か? 間違いなくあいつ一人の手に負える話じゃないだろ。リンはまだ十歳だぞ」


「だからリンの仕事は語学研修と実地調査と言ったろ? 何を深読みしているんだ? お前。あいつにそこまでしてもらうつもりはない。現状は見《けん》と言ったつもりだが?」


「だからあいつは十歳だって言ってるだろ。リンの年でその二つを一人でこなすなんざ不可能だ」


「俺は九歳で三番隊の副長だったぞ。仲間殺しで財務に回されたが。それぐらいのこと普通できるだろ」


「そりゃ俺とお前が先天性魔術師だからだ。それにあいつは|北翼の人間に狙われてる。相手も目的も明確にはわかっちゃいない。わかっているのは、狙われているってことだけだ。その状況で、リンを異国に一人で配置するのは危険すぎる」


 カポン。


 春起こしの音が、響く。


 ズズズと組長が茶を飲み、それを唇から離した。


「ふっ、お前は本当にリンに甘いな。あいつのこととなると、すぐに熱くなりやがる」


「というかあんたの差配が雑すぎるんだよ。特に教育に関してはひどすぎる」


 カポン。


「そこまで言うなら、ヒョウ。お前がついていくか? お前は決死組じゃない。うちの組の周りをうろつく北翼ほくよくの野良犬だ。お前の動きを直接どうのこうの言う権限は、俺にはないからな」


「はあ」


 ため息一つ。


「不満か?」

 
 組長が尋ねた。


「不満と言えば、お前の掌の上で操られているのがただただ不満だ」


 湯呑を手にして、俺は言った。


「何だ。俺が狙ってやってるとでも思っているのか? 心外だな」


「よく言うぜ……」


「いいだろう。不愉快だ。そこまで言うなら、別の誰かをあてがってやってもいいぞ」


「誰よ?」


「それをお前に話す義理はない。ただこれだけは言っておこう。入れるとしたら男であると」


「あーたさー。もしかして、それで俺が嫉妬するとでも思ってる?」


「しないのか?」


「あったりまえでしょ。リンはまだ十歳だぞ? まあとはいえ、ここの隊の男は副長とあんた以外クソ雑魚だからな。不安と言えば不安ではあるけどな」


「そうだな。加えて言えば、その男とリンは、一年間同じ部屋で暮らすことになるわけだからな」


「ぶっ!!」


 飲んでいた茶を吹き出した。


 組長は淡々と巻物に目をやっている。


 多分そこには、手が空いている人材(男)が書き連ねられているのだろう。


「一応言っておくが、これは当てつけではない。リンが|北翼の連中に狙われているのなら、これは当然の措置だ。反論があるなら聞いてやる」


「……ゴリ姉と雪女は?」


「あの二人をたかだか雑兵の練兵につき合わせるわけないだろう。アホかお前。鬼の副長かざやを穏便に止められるのは、あの二人だけだからな」


「はあ」


 また溜息一つ。


「しかしあれだな。ガキはできずとも、恋仲ぐらいにはなるかもな。人間は心理からは逃げられない。頼れる相手を好きになるのは一種の防衛本能のようなものだ。加えて、本当に頼りたい相手が、自分を無視して、本国で寝てるようでは――」


「お前さ――」


「なんだ? 勘に障ったなら、この話は切り上げるか? 忙しいところ(笑)悪かったな」


「やっぱりお前、最初からこのために俺を呼んだろ?」


 茶を口に含む。


「ふっ。話し相手欲しさに茶を出すほど、俺が老いていると思ったか?」


「ちっ。だったら次回からは来ないようにするぜ。リンが呼んでるって言うから来てみりゃこれだ」


 置いていた刀、虎牙を手に取り、俺は立ち上がった。


 茶は全部飲み干している。


 ボキボキと首を鳴らす。


 何やかんや、俺は寝起きなのだった。


「で? どうする? やるのか? やらないのか?」


「語学研修と実地調査。それ以上のことは俺もやらねえからな? 何回も言って悪いけど、俺は辛気臭いのは嫌いなんだよ」


 組長の話を聞きながら、刀を腰に差し、黄赤の髪を後ろで縛った。


「心配するな。お前の動きは全て計算ずくだ。野良犬は野良犬らしく、自由に振る舞えばいい。それがこっちのためになる」


「どうなってもしらねぇぞ……」


 襖の引き手に手をかけながら、俺は言った。


「ただ一つだけ、お前には制約をつける」


「ほらでた。なんだよ」


 振り返って、俺は尋ねた。


「新月布の存在を対象に悟られるなよ」


「……」


 新月布は決死組の代名詞のような銀具で、|纏った存在を透過、つまり、傍目に見て消すことができる。


 見鬼けんきを用いて、組長を見据えた。


 組長は、魔力を乱すことなく、茶を飲んでいる。相変わらず、見事な魔装だ。

 
「リンには?」


「無論言っている。ただ、リンには刀を隠す以外で新月布を『使うな』と命じている。ただし、それもお前の権限で外してくれていい。
 ――ま、新月布は噂では広まってはいても、本来門外不出。一応な」


 ふすまを開く。


 カコン。


 また春起こしの音。


 襖を開いている分、より鮮明に聞こえた。


 風にさらされて、|東尾にだけ咲く華、桜が、花弁を吹雪のように散らしている。


 廊下を飾る花弁の一枚を踏みつけながら、俺は口を開いた。


「了解」
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