囚われた娘を助け出してから惚れられている。しかし相手は十一歳だ。

松岡夜空

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ほらな

しゃあねえな

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「ですが、兄様が一緒に来てくれるとは――その!! 思ってませんでした……」


「ん~?」


 学校の制服なるものに着替えながら、俺は振り返った。


 リンは正座し、俺に背中を向けている。


 デリカシーに欠けたのは間違いないが、ワンルームなのだから仕方ない。どうしても見られたくなきゃ、風呂場ででも着替えるしかない。


 まあー、後でカーテンでも買って帰ろ。俺はともかくリンがあれだし。


「まあ雪女かゴリ姉が来るってんなら行かなかったけどな」


「……そう、ですか」


 リンの気落ちした声が聞こえる。


 リンは背中を向けていたので表情まではわからなかったが、どうせ寂しそうな顔で俯いているんだろうなと思った。


「あ――でもまあ、それ以外だったら俺も来るつもりだったよ」


「そうなのですか?」


「当たり前だろ。仮にも義兄だし、一応その――心配してんだぜ?」
 

 変装用の眼鏡をかけながら、俺は言った。


 ちなみに髪も黒色に染めている。


 少しは凡夫のように見えるだろうということらしいが、眼鏡と黒髪への偏見がひどすぎる話だ。


「そ、そうですか……」


 やはりシュンとした声で、リンが言う。


 こいつじゃあどうやったら納得するんだよ。


 軽くイライラした俺は、着替え終わった後、リンに近づいて行って、リンの耳に両掌を当てた。


「ヒャッ!!」


 リンがビクッとして、うずくまる。両手は耳に当てていた。


 それを見て、俺はカラカラと笑った。


「いきなりそんなことをされたら、ビックリしてしまいます」


 リンが言った。


「ビックリすると思ってやったんだよ」


「ふふっ。何だか兄様、子供みたいです」


 くすぐったそうに笑って、リンが言う。


 俺はちょっとドキリとした。


「そんなことより、お前さっきから何落ち込んだ感じになってんだよ」


 明後日の方向を見ながら、俺は尋ねた。


「え? そうでしょうか?」


 リンがさもそんなことないとばかりの口調で言った。


 こういうのを見ると、こいつも女だなと思う。


 中々に、化ける。


 俺は、そんなリンのそばに腰を下ろして、リンのモチモチしたほっぺをつまみ、引っ張りまわした。


「そんなのいらないからさー、さっさと理由を教えてくださいませんかねー、リンちゃんさーん」


「いひゃいいひゃい、いひゃいです、あひしゃま!」


 俺の手を何度も叩いてくるので、俺はその訴えに応じた。


「で? 何で落ち込んでんだよ。言え」


「その……」


「なんだよ、俺に来てほしくなかったってことか?」


「ち、違います!! 絶対に違います!!」


「じゃあなんなんだよ」


「あの……」


「おう」


「その……」


「お前マジでいい加減にしろよ。そろそろ本気で怒るぞ、俺も。俺は待つのが嫌いなんだよ」


「いや違うんです!! あの!! せっかく兄様に来ていただいたのに、兄様と、同じクラスになれなかったのがその――少し……残念だな、と」


「あー」


 |北頭の魔術学園のクラスは全部で十六。これは学年ではなく、能力と属性で分けられる。属性というのは魔力の質みたいなもんで、別に火属性だから火が得意水が苦手、なんてことはない。便宜的に火水風土とつけているだけである。ちなみに属性は、治癒を主とする白魔術の時に用いる。


 俺とリンは、最初、火のBクラスに在籍するつもりだった。AではなくBを選んだのは、いざ無理が出てもAに繰り上がるだけで済むかもしれないと考えたからだ。まあ、ちょっとした保険ってやつ。


 しかし、今回のクラス分けで、俺はB。リンはAとなった。理由はちょっと考えればわかるだろう。


「それはな~、お前が~」


 俺は今一度、リンのほっぺを、むんずとつまんだ。


「特待Sなんて、一人でとってるからだろがあああああああああああ!!」


「ふええええええ!! だから言いたくなかったんですうううううう!!」


 リンのほっぺを引っ張りまわすと、リンは泣きながら悲鳴を上げた。


「ったく」


「うぅ……ひどいです、兄様」


「ひどかねえ。それに残念でもねえ」


「あたしは……」


「ちょっとの時間だろー? 学校なんてほっときゃ終わってる。またすぐに会うさ」
 

「……はい」


 シュンとした顔でリンが言った。


 ったくこいつは。本当すぐすねる。


 俺は、銀具――魔術補助器具――である指輪を左右に合わせて五つ、バラバラにはめていく。五つ目。最後の一つをはめようとして――


「リン」


「はい」


 ピンと指で弾いて、その指輪をリンに放る。


 リンがそれを慌てて受け止める。


「やる。つけとけ」


「えええええええええ!?」


 リンが両手で口元を隠し、顔を赤くする。


「いや違うって。クラスが別れたからだよ。勝手に消えられると、困るからな」


 腕を組み、目を背けた。


 魔力探索と言って、自分の魔力はある程度までなら追うことができる。俺はそれに自分の魔力を込めて、リンに渡した。 
 

 例えるなら鉱山に行く前にヘルメットを渡したのとまあ同じだ。


 それで『え、プロポーズ!?』みたいな反応をするのが、このリンという女なのである。


 まあ北頭ほくとうには、大事な相手に指輪を送る、という風習があるのも事実なのだが――


「はい!!」


 リンの言葉が聞こえて、目を向けた。


 リンは大層嬉しそうに笑っている。


 伝わっているのかいないのか。


 思わないでもない。


 でもまあ、リンが喜んでいるのなら、それでいいか、とも思う。


 大事だ、という気持ちに嘘偽りはないのだから。






『兄様と同じクラスになれなかったのが、少し、残念だな、と』






 ふと、リンの言葉を思い出した。


 頭の中で一秒ほど、ヴァルハラ魔術師学園校則書を、パラパラとめくった。


 


 ヴァルハラ魔術師学園校則書。昇級について。


 一。クラスごとに年四回ある試験を突破すること。


 二。クラスで一番優秀なもの、クラスリーダーを、三人以上の魔導師立ち合いのもと、打ち倒すこと。
 ただし双方の同意がなければ成立しない。三人以上の魔導師からの推薦があった場合、クラスリーダーはこの申し出を受けなければならない。


 三。在籍しているクラスの魔導師、移籍先の魔導師、導長、学園長の四人の推薦と了承を得ること。
 

 一、二、三、いずれかをクリアした時のみ、当該魔術師の実力がそれに相応しいものと認め、昇級させるものとする。






 笑った。


「それじゃあとっとと行くぞ、リン」


「はい!!」


 リンの声が、後ろから響く。


 ガチャリ。


 扉を開く。


 光が視界を塗りつぶすように溢れてくる。


 どうやら今日は、快晴らしい。

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