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貴女が盗んだものは
相対
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リンは急ぎペンをとる。
そして、サラサラと伝書に書き記した。
『も、申し訳ありません、兄様。気づくのが遅れてしまって。今はマルコさんと、お話ししています。場所は、ウエストエリアの裏の遊戯施設なのですが、申し訳ありません、店名と明確な場所は、ちょっとわかりません。今からでも見てきた方がよいでしょうか?』
伝書にそうメッセージを書き記した。
「ふぅ」
書物を閉じてリンが一息つく。しかし。
ガタンガタン。ガタンガタン。
また伝書が暴れだす。慌てて、リンが伝書を開いた。
『アホかてめえは!! 意味深なこと言うなら返信ぐらいとっととしろ!! 無駄に心配するだろうが!!』
「は!!」
『わ』と言う前に、手で口元を隠す。また独り言を言うところであった。
指先で、伝書に綴られた文面をなぞる。
怒らせてしまったと思って、シュンとする。しかしその後、心配してくれたんだと思って、笑った。
羽ペンを手に取り、インクにつけて、ペン先を伝書につけた。
『申し訳ありません、兄様。ご心配してくださって、ありがとうございます。こちらは特に危険なことはありません』
引き続き任務をお続け下さい。そう綴《つづ》るか悩んで、手を止めた。
少し悩んでから、今一度ペン先を伝書につける。
『兄様の仕事は、順調ですか?』
綴ったのは、別の言葉だった。伝書を閉じて、インクを転移させる。何となく、伝書を抱き締める。
ガタンガタン。
胸の中で伝書が暴れて、それを開いた。
『順調っちゃ順調だな。多分今日中に終わる。ところで、お前が話してるマルコってのは、あのハゲか?』
今日中という言葉を見て、リンの顔が自然と綻ぶ。
ヒョウが口に出した言葉を外すことはそうはない。つまり、長く見積もっても、今日の夜には会えるということだ。
『だとすれば良かったです。兄様と会えるのを、楽しみにしております。多分兄様の思われている方で間違いないかと。頭を剃り上げられている方です』
『あいつに俺のことを話したか?』
リンは少し顔を曇らせた。ペン先にインクをつける。
『申し訳ありません。少し仕事の内容を話してしまいました』
『猫娘のことも?』
『はい。ミーティアさんのことも、付け加えてしまいました。申し訳ありません』
『あいつは俺がどこにいるか聞いてこなかったか?』
『はい、そうですね。あたしが一人でいたので、心配してくれたようで』
『なるほどな。ハゲに伝言しといてくれ。手薄なのは、西側だとな。そしてお前はそこにいろ。片付いたら迎えにいく。絶対にそこにいろよ』
ガチャ。
扉が開いた。
マルコだった。リンは思わず伝書を閉じた。不思議と、密会の現場を見られたような、そんな気持ちになって、背筋がブルリと震えた。
「どうしたんだよ?」
「いえ、今兄様とお話ししていたのですが」
「眼鏡野郎と?」
「伝言を頼まれました。手薄なのは、西側だそうです」
マルコが目を見開き、こめかみに青筋を浮かべた。しかしすぐに、笑って怒りを消した。
「ふん。とことん舐めてくれるぜ、お前の兄貴はよ」
部屋に入ってきたマルコが、リンの正面に腰掛け、鞄から伝書を取り出した。
ペン先にインクをつけ、伝書にサラサラとペンを走らせる。
「兄様が言いたいことが、お分かりになられたのですか?」
「ああ、わかったよ」
「差し支えなければその……教えていただいても、よろしいでしょうか?」
目を伏せながら、リンは尋ねた。
情けなかった。二年間ヒョウを見てきた。口に出したことはないが、誰よりもヒョウのことを理解していると思っていた。
なのに、こんなこともわからない。それどころか、部外者にさえわかる言葉の裏も読み取れないとは……。
「あいつは、俺に、というか、俺の仲間に、自分を襲撃させたいんだよ」
「えぇ!? そ、そのようなことは……!!」
「西が手薄ってのは多分そういうことだろ。ミーティアの家の西側が手薄なんだ。そこを襲えってことさ。俺はこう見えても族のヘッドだったからな。そういう仲間も多い」
「あの、失礼ですが、どうしてそのように思われたのでしょうか? 西が手薄という一言だけでは、その解には至らないと思います。今一度、考え直された方がよろしいのではないでしょうか? 間違っていた場合、その、皆さんに迷惑がかかってしまいます」
「いや、合ってるよ。絶対に」
「何故そう言い切れるのですか?」
「それは――俺が、極悪人だからよ」
マルコが親指で自分を指して言った。
その言葉を聞いて、リンは始め、両手で口元を隠し、その後にシュンとした。
「ふっ。悲しませちまったか? まあ俺は優しさあふれるムーブばかりするから、勘違いさせちまうのも無理はねえ。あっはっは」
「いえ、その、はい……」
自分のことを極悪人と称する。それはリンが聞いた、ヒョウの初めての言葉である。
(他の誰からも聞きたくなかったな……)
マルコの大笑は、今も響いている。何がそんなにおかしいのだろうと、マルコを見る。
はっとした。頭を振る。ちょっと自分が怒っているような、そんな気がしたからだ。
落ち着こう。このようなことは、これから何度でも起きる。その度にこのような感情になっていてはキリがない。
(早く兄様に会いたいな……。というか、本当にマルコさんの考えは当たっているのだろうか。一度確認した方が――)
伝書に目を向ける。
マルコは未だ大笑していた。
その時。
バタン!!
扉が開かれた。
「やっぱここにいたんすか、兄貴!! 大変っすよ!! 兄貴の家に警務隊が集まってて、ネイファ姉さんが――」
言葉が締めくくられる、その前に、マルコは立ち上がった。
『ネイファはな、最強なんだよ』
『報いを受ける? あいつがその気になれば、報いなんて簡単に払えるよ』
先の言葉をかなぐり捨てて、マルコが部屋から姿を消した。
一人部屋に取り残されたリン。予想外すぎて、目をパチパチとしていた。
「あれ? あんた誰?」
部屋の前にいた男に話しかけられた。この男は鼻を怪我している。
リンがゆっくりと、目蓋を下ろす。
『お前はそこにいろ。片付いたら迎えにいく。絶対にそこにいろよ』
ヒョウの言葉。リンにとって、ヒョウの言葉は絶対だった。だが――
いつの間にか下ろしていた目蓋。開いた。
立ち上がり、鞄を背負う。出ようとしたその前に、一度立ち止まって、テーブルの上に置かれた、水の入ったコップに目をやった。
手に取り、一口で飲み干す。それをテーブルの上に戻して、部屋から飛び出る。
「クシムさん。お水、ありがとうございました!!」
店の中を突っ切りながら、礼を言った。
「え? あ、ああ」
クシムの空返事が、鈴の音と混じって消えた。
店を出て、手摺りに手をかける。
マルコ。真っ暗な路地裏を駆けていた。
遅い。リンは手摺りに足を駆け、跳躍した。
足をつけ、駆ける。飛脚法は用いなかった。飛脚法は性質上、ペースを落とす方が難しい。その代わり、正面からくる風を、魔力誘導で殺しながら駆けていた。この歩法のことを、烈脚法と呼ぶ。
瞬く間にマルコと並んだ。
「どこですか?」
「はぁはぁ、あぁ!? って、ええ!?」
自分の最高速に悠々と並ばれ、マルコが驚愕の声を上げる。何よりリンが走っている場所は、隣の塀の上だった。
リンは無表情で、息さえ切らすことなく、口を開いた。
「先行します。場所を教えてください」
「だ、誰が、ぜぇぜぇ、お、お前なん――うお!!」
無駄に口を割らないマルコ。リンは塀から飛び降り、マルコの足を躊躇なく払った。転げそうになるマルコを、リンが抱き抱え、跳躍した。
飛脚法。リンは本来縦の飛脚法が苦手である。前回競技として飛べた高さ五メートル三十。それが自己の最高記録でもある。しかしそれはあくまで競技の中での話。実践ならば話は変わる。
リンは家の塀を蹴り飛ばし、もう一方の家の壁も蹴り飛ばし、前回飛んだ高跳び棒の高さを遥かに超える飛脚法を見せていた。
「場所を。あたしの方が早いので」
「――お前は、あの兄貴の妹なのかそうじゃないのか、よくわからねえ奴だぜ……」
状況も忘れて笑い、マルコが言った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夕日が沈むころ、ネイファは家に帰ってきた。特にどこで何かをしていた、というわけではなかった。ただ河原でボーっとしていただけだった。
「やっと帰ってきたね、ネイファちゃん」
ネイファが振り返る。そこにいたのは、アイクだった。手を後ろに回している。
ネイファは目を細め、そんなアイクを静かに見据えた。
そして、サラサラと伝書に書き記した。
『も、申し訳ありません、兄様。気づくのが遅れてしまって。今はマルコさんと、お話ししています。場所は、ウエストエリアの裏の遊戯施設なのですが、申し訳ありません、店名と明確な場所は、ちょっとわかりません。今からでも見てきた方がよいでしょうか?』
伝書にそうメッセージを書き記した。
「ふぅ」
書物を閉じてリンが一息つく。しかし。
ガタンガタン。ガタンガタン。
また伝書が暴れだす。慌てて、リンが伝書を開いた。
『アホかてめえは!! 意味深なこと言うなら返信ぐらいとっととしろ!! 無駄に心配するだろうが!!』
「は!!」
『わ』と言う前に、手で口元を隠す。また独り言を言うところであった。
指先で、伝書に綴られた文面をなぞる。
怒らせてしまったと思って、シュンとする。しかしその後、心配してくれたんだと思って、笑った。
羽ペンを手に取り、インクにつけて、ペン先を伝書につけた。
『申し訳ありません、兄様。ご心配してくださって、ありがとうございます。こちらは特に危険なことはありません』
引き続き任務をお続け下さい。そう綴《つづ》るか悩んで、手を止めた。
少し悩んでから、今一度ペン先を伝書につける。
『兄様の仕事は、順調ですか?』
綴ったのは、別の言葉だった。伝書を閉じて、インクを転移させる。何となく、伝書を抱き締める。
ガタンガタン。
胸の中で伝書が暴れて、それを開いた。
『順調っちゃ順調だな。多分今日中に終わる。ところで、お前が話してるマルコってのは、あのハゲか?』
今日中という言葉を見て、リンの顔が自然と綻ぶ。
ヒョウが口に出した言葉を外すことはそうはない。つまり、長く見積もっても、今日の夜には会えるということだ。
『だとすれば良かったです。兄様と会えるのを、楽しみにしております。多分兄様の思われている方で間違いないかと。頭を剃り上げられている方です』
『あいつに俺のことを話したか?』
リンは少し顔を曇らせた。ペン先にインクをつける。
『申し訳ありません。少し仕事の内容を話してしまいました』
『猫娘のことも?』
『はい。ミーティアさんのことも、付け加えてしまいました。申し訳ありません』
『あいつは俺がどこにいるか聞いてこなかったか?』
『はい、そうですね。あたしが一人でいたので、心配してくれたようで』
『なるほどな。ハゲに伝言しといてくれ。手薄なのは、西側だとな。そしてお前はそこにいろ。片付いたら迎えにいく。絶対にそこにいろよ』
ガチャ。
扉が開いた。
マルコだった。リンは思わず伝書を閉じた。不思議と、密会の現場を見られたような、そんな気持ちになって、背筋がブルリと震えた。
「どうしたんだよ?」
「いえ、今兄様とお話ししていたのですが」
「眼鏡野郎と?」
「伝言を頼まれました。手薄なのは、西側だそうです」
マルコが目を見開き、こめかみに青筋を浮かべた。しかしすぐに、笑って怒りを消した。
「ふん。とことん舐めてくれるぜ、お前の兄貴はよ」
部屋に入ってきたマルコが、リンの正面に腰掛け、鞄から伝書を取り出した。
ペン先にインクをつけ、伝書にサラサラとペンを走らせる。
「兄様が言いたいことが、お分かりになられたのですか?」
「ああ、わかったよ」
「差し支えなければその……教えていただいても、よろしいでしょうか?」
目を伏せながら、リンは尋ねた。
情けなかった。二年間ヒョウを見てきた。口に出したことはないが、誰よりもヒョウのことを理解していると思っていた。
なのに、こんなこともわからない。それどころか、部外者にさえわかる言葉の裏も読み取れないとは……。
「あいつは、俺に、というか、俺の仲間に、自分を襲撃させたいんだよ」
「えぇ!? そ、そのようなことは……!!」
「西が手薄ってのは多分そういうことだろ。ミーティアの家の西側が手薄なんだ。そこを襲えってことさ。俺はこう見えても族のヘッドだったからな。そういう仲間も多い」
「あの、失礼ですが、どうしてそのように思われたのでしょうか? 西が手薄という一言だけでは、その解には至らないと思います。今一度、考え直された方がよろしいのではないでしょうか? 間違っていた場合、その、皆さんに迷惑がかかってしまいます」
「いや、合ってるよ。絶対に」
「何故そう言い切れるのですか?」
「それは――俺が、極悪人だからよ」
マルコが親指で自分を指して言った。
その言葉を聞いて、リンは始め、両手で口元を隠し、その後にシュンとした。
「ふっ。悲しませちまったか? まあ俺は優しさあふれるムーブばかりするから、勘違いさせちまうのも無理はねえ。あっはっは」
「いえ、その、はい……」
自分のことを極悪人と称する。それはリンが聞いた、ヒョウの初めての言葉である。
(他の誰からも聞きたくなかったな……)
マルコの大笑は、今も響いている。何がそんなにおかしいのだろうと、マルコを見る。
はっとした。頭を振る。ちょっと自分が怒っているような、そんな気がしたからだ。
落ち着こう。このようなことは、これから何度でも起きる。その度にこのような感情になっていてはキリがない。
(早く兄様に会いたいな……。というか、本当にマルコさんの考えは当たっているのだろうか。一度確認した方が――)
伝書に目を向ける。
マルコは未だ大笑していた。
その時。
バタン!!
扉が開かれた。
「やっぱここにいたんすか、兄貴!! 大変っすよ!! 兄貴の家に警務隊が集まってて、ネイファ姉さんが――」
言葉が締めくくられる、その前に、マルコは立ち上がった。
『ネイファはな、最強なんだよ』
『報いを受ける? あいつがその気になれば、報いなんて簡単に払えるよ』
先の言葉をかなぐり捨てて、マルコが部屋から姿を消した。
一人部屋に取り残されたリン。予想外すぎて、目をパチパチとしていた。
「あれ? あんた誰?」
部屋の前にいた男に話しかけられた。この男は鼻を怪我している。
リンがゆっくりと、目蓋を下ろす。
『お前はそこにいろ。片付いたら迎えにいく。絶対にそこにいろよ』
ヒョウの言葉。リンにとって、ヒョウの言葉は絶対だった。だが――
いつの間にか下ろしていた目蓋。開いた。
立ち上がり、鞄を背負う。出ようとしたその前に、一度立ち止まって、テーブルの上に置かれた、水の入ったコップに目をやった。
手に取り、一口で飲み干す。それをテーブルの上に戻して、部屋から飛び出る。
「クシムさん。お水、ありがとうございました!!」
店の中を突っ切りながら、礼を言った。
「え? あ、ああ」
クシムの空返事が、鈴の音と混じって消えた。
店を出て、手摺りに手をかける。
マルコ。真っ暗な路地裏を駆けていた。
遅い。リンは手摺りに足を駆け、跳躍した。
足をつけ、駆ける。飛脚法は用いなかった。飛脚法は性質上、ペースを落とす方が難しい。その代わり、正面からくる風を、魔力誘導で殺しながら駆けていた。この歩法のことを、烈脚法と呼ぶ。
瞬く間にマルコと並んだ。
「どこですか?」
「はぁはぁ、あぁ!? って、ええ!?」
自分の最高速に悠々と並ばれ、マルコが驚愕の声を上げる。何よりリンが走っている場所は、隣の塀の上だった。
リンは無表情で、息さえ切らすことなく、口を開いた。
「先行します。場所を教えてください」
「だ、誰が、ぜぇぜぇ、お、お前なん――うお!!」
無駄に口を割らないマルコ。リンは塀から飛び降り、マルコの足を躊躇なく払った。転げそうになるマルコを、リンが抱き抱え、跳躍した。
飛脚法。リンは本来縦の飛脚法が苦手である。前回競技として飛べた高さ五メートル三十。それが自己の最高記録でもある。しかしそれはあくまで競技の中での話。実践ならば話は変わる。
リンは家の塀を蹴り飛ばし、もう一方の家の壁も蹴り飛ばし、前回飛んだ高跳び棒の高さを遥かに超える飛脚法を見せていた。
「場所を。あたしの方が早いので」
「――お前は、あの兄貴の妹なのかそうじゃないのか、よくわからねえ奴だぜ……」
状況も忘れて笑い、マルコが言った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夕日が沈むころ、ネイファは家に帰ってきた。特にどこで何かをしていた、というわけではなかった。ただ河原でボーっとしていただけだった。
「やっと帰ってきたね、ネイファちゃん」
ネイファが振り返る。そこにいたのは、アイクだった。手を後ろに回している。
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