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貴女が盗んだものは
盗賊王(おれさま)には
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ガシャーン!!
窓ガラスが割れる音。そして。
「きゃああああああああ!!」
ミーティアの叫び声。スカイプは振り返るも、その先は闇であった。この家の明かりは陣を用いた白雷球。消えているということは、停陣したということか。
「お嬢様!!」
名を呼んだ。手探りで明かりを探す。この家にはサブとして、黒砂炎を利用した、砂台も設置されている。それさえ見つけて、鉄棒で中をかき混ぜさえすれば、最低限の明かりは――
パッチン。
そんな時、音とともに明かりがついた。音で風を操り、砂台の黒砂炎をかき混ぜたのである。簡単そうに見えて、S級魔術師にだけできる、高等魔術だ。
戻った視界には、怯えるミーティアと、現場を調べる守衛隊長。ヒョウはいなかった。少なくとも、目の見える範囲には。
割られた窓ガラスから吹き付ける強風が、魔物の叫び声ような音を上げている。
「ふむ。針先の餌に食らいつくと思いきや、食らいつかれたのは竿を持っている人間の方でしたか。何ともまあ、下らないオチがつきましたな」
「これは……一体」
「どうぞ。全ての答えはそこに」
守衛隊長が、持っていた大きめの石を放ってきた。足元に転がったそれを、スカイプは拾った。石には紙が貼りつけられていた。
内容は――
『妹は預かった。無事に帰してほしければ、ウエストエリア、〇〇―××まで来られたし』
「これは……?」
「どうやら彼は彼で厄介事を抱えていたようですな。あの性格ですからな。そこかしこで火種を抱えていてもおかしくはない。いずれにせよ、彼の計画は失敗です。スカイプさん。申し訳ありませんが、ミーティアさんを自室にまで連れて行ってもらってよろしいでしょうか? さすがにここに待機させるのは、危険極まりないのでね」
「は……はい。わかりました」
スカイプが先導して、ミーティアを連れていく。
守衛隊長は、そんな二人を見送ってから、天井を見上げた。
黒い刃が天井に描かれた陣の上に突き刺さっている。それが魔力の流れを堰魔し、この家を停陣に至らしめている要因のようだ。
「ふっ。抜け目ない狼などと。悪い冗談だ」
守衛隊長は静かにつぶやき、笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「足元に気を付けて下さい、お嬢様」
先頭を歩き、スカイプが言った。手に持った明かりは、黒砂炎を皿に乗せたもの。砂台から少し拝借した。
『今後猫娘の身に何かあったら俺は真っ先にお前を死界に落とす。犯人でないなら何事もないことを祈れ。犯人なら思いとどまれ。以上だ』
ヒョウの言葉。スカイプは恐怖のあまり、トイレで吐いた。その時、怯えも一緒に流した。皮肉にも、留まるとは逆の決意を、スカイプは抱いたのだった。
死界に落ちるのは構わなかった。生きていることに、未練はなかったからだ。本当に恐れているのは、何事もなさぬまま、死ぬこと。
「お嬢様」
「なに?」
「精神鑑定プログラム、というものを、ご存じでしょうか?」
振り返って、スカイプが尋ねた。
「ううん? 知らない?」
ミーティアが答えた。魔力量十位、|滅紫の瞳が、暗闇の中で光っている。
スカイプはニコリと笑ってから、また歩みを再開する。
「精神鑑定プログラムとは、高魔力魔術師と、先天性魔術師、そして一部の精神疾患の方に作られた法律でしてね。例えば私のような先天性魔術師、お嬢様のような高魔力魔術師には、死幻、死聴がございましょう?」
死幻とは、高魔力、先天性魔術師が見る、悪意ある幻のこと。
例えば、赤子を抱いた主婦を見る。その刹那、自分の目に赤子を殴りつけている自分が映る。それが死幻。死聴もまた、それに類する。
「んもーっ!! 失礼だなー。ボクはそんなの聴いたことないよー」
「ははは。そうですね。確かに、そうかもしれません」
余談だが、女性は死幻、死聴を視ない聴かないとするのが、魔術界のマナーだ。
「話を戻しますが、高魔力、先天性魔術師は、死幻、死聴がある。薬はあっても、精神を病むものも多い。そういった魔術師に対し、酌量の余地を与えようというのが、精神鑑定プログラムの本質です」
「へー」
「昔、このようなことがありました。ある男が女性に恋をした」
それは自分の娘の話だった。
「男は、女性が欲しいとねだるものを、ただただ貢いだ。男はそれが、愛の形であると、思っていたようです。女は年頃でありました。男は利用したもの勝ちだと、そう思っていたようです」
思い出す。そして後悔する。止めることは、いつでもできたと。いや実際止めた。しかし『世の中こんなもん』という言葉に押されて退いた。
実際そんなものなのかもと思った。何より、注意すると娘に嫌われるかもという、バカバカしい理由で退いた。
あまりにもバカバカしいので、この恨みを誰かに口にしたことはない。
いや、お前の娘のせいだろと、そう思われることを、恐れた。
「やがて、女に手紙が送られました。文面はこうです。そろそろお金がなくなりそうなので、いただきにまいろうと思います。女はその手紙にいたく恐怖を感じ、即警務隊に連絡しました。男は警務隊に厳重注意され、解放。その後、女を刺しました。男は殺人罪で捕まりましたが、その一年後不起訴、つまり釈放が決定しました。何故なら男は、先天性魔術師であったからです」
ミーティアは、無言だった。ただ足音は、聞こえていた。振り返った時、いっそいなければいいと、思った。
「当時この事件は大層話題になりました。多くの新聞社が記事にした。女性に同情したというよりも、脱魔推進派にとって、美味しいネタだと思ったからでしょう。世論もまた、その男を飛び越えて、魔術師と、魔術師を優遇するような法に向かって、口撃した。そんな中、グリーンポストに勤める一人の男が、とある記事を書いた」
足を止める。ミーティアの足も、止まっていた。
「非常に痛ましい事件であり、どちらが悪いと論じるのは今更である。しかし死幻、死聴は、先天性、高魔力魔術師が確かにかかる病であり、望んでどうこうできるものではない。だから仕方ないのだと、無視できる問題でもないが、しかし、脱魔の声が一際強く上がる中、法の下の平等という理念に則って、この判決を下した裁判官を、私は評価したいと思っている。――ふっふっふっふ」
思わず、嗤っていた。
この男を否定できるものはいない。正論だからだ。
自分の苦しみを、真に語ることもできやしない。わかっている。皆まで言うな。
自業自得だろと、皆が心の奥底で、思っていることは知っている。
ただただ酒を重ねた。ふつふつと、怒りだけが、心の奥底に沈んでいく。
明かりを、床に落とす。カチャンという音をぶち殺すように、スカイプはミーティアの首を絞め上げ、壁に叩きつけていた。
床に落ちた黒砂炎が、砂だけを燃やし続け、微かな明かりを灯している。
「以前にも言ったと思いますが、私も先天性魔術師でしてね。せいぜい利用させてもらうとしますよ。精神鑑定プログラムを」
首。メキメキと音を立てている。
重ねて、ミーティアの喘ぎ声が聞こえてくる。
しかしそれ以上に聞こえてくる。殺せ。滅ぼせ。死聴《しちょう》だった。
割れそうだった頭の痛みが、手の先から抜けていく。
代わりに入り込んでくるのは、怒りと殺意。止められない。止める気もない。死聴のせいにもしない。娘のせいにもしない。
ただ、知りたいだけだ。全てを失っても。人の道に反しても。
あの時のあれが、仕方なかったというのなら、ならば――
「その時そのペンで、あの時と同じことが言えたなら、私も認めよう!! あの事件に確かに悪はいなかった!! 仕方なかったのだと!! それができるから、あの言葉はついて出たのでしょうが!!」
ミーティアのぽっかりと空いた口。ふと、笑った。
「かもな」
スカイプが目を見開く。首をつかんだ両手。逆につかまれた。
風。巻き起こる。練魔。ミーティアのかけている眼鏡が、ピシピシとひび割れていく。鉱石は風と同じく、魔力に反発する。
こいつ!! いやバカな!! ありえない!!
あいつの瞳はアヤメ色。すなわち八位。ミーティアの瞳は滅紫色。すなわち十位。
魔力容量は産まれつき決まっていて、努力でどうこうすることはできないはず。神合薬を用いて魔力容量を下げることはできても、上げることは――
いや、まさか!!
「練魔で魔力の階級を繰りあげていたとでもいうのか!? そんなバカな!! 百倍近く引き上げる練魔など――!!」
闇。包まれる。
恐怖なく。
走馬灯なく。
愛した者の影もない。
これが死かと、思うことすらなく。
スカイプは、全てが夢幻であったかのように、その場に倒れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
スカイプが足元に倒れている。外傷は加えていない。容量以上の魔力を対象に注ぎ込んで昏倒させる青魔術、覆魔伏をかけただけだ。
「皮下注射と薬品で姿と声を変えていたのだろうが、相手が悪かったな。俺様は――」
ミーティアの姿をした何者かが、手を顔にかける。そしてそれを下に引き抜いた。
ビリビリビリ。
ミーティアの顔が、桃色のカツラごと、破れる。眼鏡、耳、髪、顔と、丸ごと引きちぎって、その下から現れたのは――
黒髪に不敵な笑みを宿した男、ヒョウ。
「一度聞いた声を、老若男女問わず、完全にコピーすることができるんだ。俺がコピーできない声は、生身じゃない、お前みたいな声だけだ。盗賊王に、一切の変装術は通用しない」
パッチン。
指を鳴らして、周囲の砂台の中をかき混ぜ、明かりをつけた。
割れたミーティアの眼鏡をその辺にポイ捨てし、ポケットに入れていた自分の眼鏡ケースを手に取った。中を見る。同じく割れていた。
「やれやれ。最後の一個だったってのによ……」
それもその辺に放った。首に手を当てる。やや痛みが走った。鏡がないので見えないが、多分クビに痣がついているだろう。
それでもヒョウは、やはり、笑った。
「まあこんなもんか?」
スカイプを気絶させることはいつでもできた。そしてヒョウは、誰かに同情することも、同情されることも、嫌いな男だ。
だが――
「人の悪意《こころ》を盗む代償としては」
ヒョウはポケットから『封筒』を取り出し、白目を剥いたスカイプの背中へと放る。
「でもま、こっちもブランクあっからよ。半分ぐらいは、自分《てめえ》でもてよな」
踵を返す。
ヒョウは誰かに同情することは嫌いだ。だが――誰かに同情しない、わけではない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
全てを片付けたヒョウは、リビングに戻ってきた。
立ち上がったミーティアが、目を見開く。そして、シュンとした顔で、腰を下ろした。ヒョウはソッと、痛みが残る首に手をやった。
サービスが裏目に出たかな……。
「どうでしたか?」
ソファーに腰掛け、パラパラと伝書をめくっていた守衛隊長の男が尋ねた。多分その伝書には、何かしろの情報アドレスが登録されているのだろう。
「やっぱりあいつだったみたいだな。そこの廊下に手足縛って転がしてるから、後は頼むわ」
「わかりました」
シュンと落ち込むミーティアを素通りして、ヒョウが割れた窓に向かう。リンを迎えに行かなければならないし、何よりヒョウは、誰かに同情することが嫌いなのだ。
「あのさ」
「んー?」
「いや、その……」
待てど暮らせど、続きはこなかった。ヒョウは密かに足をパタパタと動かしていた。ヒョウは待つのが嫌いなのだった。
とはいえ、こっちの落ち度も少しはあるかもしれない。やはりとっとと『たたんで』おくべきだったのだ。
やろうと思えば、いつでもできた。それでもあんなことを許したのは、スカイプが、死聴を聴いている可能性が高いと思ったからだ。
皮下注射も薬品も、本来の自分を殺す尋常じゃない行為。ミーティアが大人になるまで待つこともだ。
どうしてそんなことができたのか。恨みじゃない。ミーティアを殺そうと思っている間だけ、死聴、すなわち頭痛が止んだからだろう。
死聴は薬を飲むか、声に従うかすれば、戻る。
後者の方が効くのは言うまでもあるまい。
「ありがとうと、ごめんなさいなんだろ?」
いい加減待っていられなくなり、ヒョウが先に切り出した。
「え?」
「お前が相手に伝えたい言葉は。あいつがお前にしたことは、お前が喜びそうな物を渡した。それだけさ。後はお前が判断すればいい」
手で自分の首を隠しながら、ヒョウが言った。
「――うん!!」
ミーティアが立ち上がる。
ヒョウが笑って、この場を去ろうとしたとき。
「あ、そういえばさ!!」
またかよと、ヒョウはやや面倒くさそうに、目を向ける。
「ボクの眼鏡は――」
言われて、ギクッとした。
「あれは、処分した」
「え?」
ヒョウが笑って、振り返る。
「まあお互い、眼鏡がない方が似合うと思ってな。じゃあな」
二本の指を立て、ヒョウが消える。
音も匂いもない、神速の飛脚法。
赤い顔をして、その様を見送るミーティア。
パタンと、守衛隊長が読んでいた伝書を閉じた。
「お供しますよ。何かあったら大変だ。もっとも――やや手遅れ。そのような気もいたしますが」
ポーっとしたまま固まるミーティアを見て、守衛隊長は首を左右に振って、笑った。
窓ガラスが割れる音。そして。
「きゃああああああああ!!」
ミーティアの叫び声。スカイプは振り返るも、その先は闇であった。この家の明かりは陣を用いた白雷球。消えているということは、停陣したということか。
「お嬢様!!」
名を呼んだ。手探りで明かりを探す。この家にはサブとして、黒砂炎を利用した、砂台も設置されている。それさえ見つけて、鉄棒で中をかき混ぜさえすれば、最低限の明かりは――
パッチン。
そんな時、音とともに明かりがついた。音で風を操り、砂台の黒砂炎をかき混ぜたのである。簡単そうに見えて、S級魔術師にだけできる、高等魔術だ。
戻った視界には、怯えるミーティアと、現場を調べる守衛隊長。ヒョウはいなかった。少なくとも、目の見える範囲には。
割られた窓ガラスから吹き付ける強風が、魔物の叫び声ような音を上げている。
「ふむ。針先の餌に食らいつくと思いきや、食らいつかれたのは竿を持っている人間の方でしたか。何ともまあ、下らないオチがつきましたな」
「これは……一体」
「どうぞ。全ての答えはそこに」
守衛隊長が、持っていた大きめの石を放ってきた。足元に転がったそれを、スカイプは拾った。石には紙が貼りつけられていた。
内容は――
『妹は預かった。無事に帰してほしければ、ウエストエリア、〇〇―××まで来られたし』
「これは……?」
「どうやら彼は彼で厄介事を抱えていたようですな。あの性格ですからな。そこかしこで火種を抱えていてもおかしくはない。いずれにせよ、彼の計画は失敗です。スカイプさん。申し訳ありませんが、ミーティアさんを自室にまで連れて行ってもらってよろしいでしょうか? さすがにここに待機させるのは、危険極まりないのでね」
「は……はい。わかりました」
スカイプが先導して、ミーティアを連れていく。
守衛隊長は、そんな二人を見送ってから、天井を見上げた。
黒い刃が天井に描かれた陣の上に突き刺さっている。それが魔力の流れを堰魔し、この家を停陣に至らしめている要因のようだ。
「ふっ。抜け目ない狼などと。悪い冗談だ」
守衛隊長は静かにつぶやき、笑った。
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「足元に気を付けて下さい、お嬢様」
先頭を歩き、スカイプが言った。手に持った明かりは、黒砂炎を皿に乗せたもの。砂台から少し拝借した。
『今後猫娘の身に何かあったら俺は真っ先にお前を死界に落とす。犯人でないなら何事もないことを祈れ。犯人なら思いとどまれ。以上だ』
ヒョウの言葉。スカイプは恐怖のあまり、トイレで吐いた。その時、怯えも一緒に流した。皮肉にも、留まるとは逆の決意を、スカイプは抱いたのだった。
死界に落ちるのは構わなかった。生きていることに、未練はなかったからだ。本当に恐れているのは、何事もなさぬまま、死ぬこと。
「お嬢様」
「なに?」
「精神鑑定プログラム、というものを、ご存じでしょうか?」
振り返って、スカイプが尋ねた。
「ううん? 知らない?」
ミーティアが答えた。魔力量十位、|滅紫の瞳が、暗闇の中で光っている。
スカイプはニコリと笑ってから、また歩みを再開する。
「精神鑑定プログラムとは、高魔力魔術師と、先天性魔術師、そして一部の精神疾患の方に作られた法律でしてね。例えば私のような先天性魔術師、お嬢様のような高魔力魔術師には、死幻、死聴がございましょう?」
死幻とは、高魔力、先天性魔術師が見る、悪意ある幻のこと。
例えば、赤子を抱いた主婦を見る。その刹那、自分の目に赤子を殴りつけている自分が映る。それが死幻。死聴もまた、それに類する。
「んもーっ!! 失礼だなー。ボクはそんなの聴いたことないよー」
「ははは。そうですね。確かに、そうかもしれません」
余談だが、女性は死幻、死聴を視ない聴かないとするのが、魔術界のマナーだ。
「話を戻しますが、高魔力、先天性魔術師は、死幻、死聴がある。薬はあっても、精神を病むものも多い。そういった魔術師に対し、酌量の余地を与えようというのが、精神鑑定プログラムの本質です」
「へー」
「昔、このようなことがありました。ある男が女性に恋をした」
それは自分の娘の話だった。
「男は、女性が欲しいとねだるものを、ただただ貢いだ。男はそれが、愛の形であると、思っていたようです。女は年頃でありました。男は利用したもの勝ちだと、そう思っていたようです」
思い出す。そして後悔する。止めることは、いつでもできたと。いや実際止めた。しかし『世の中こんなもん』という言葉に押されて退いた。
実際そんなものなのかもと思った。何より、注意すると娘に嫌われるかもという、バカバカしい理由で退いた。
あまりにもバカバカしいので、この恨みを誰かに口にしたことはない。
いや、お前の娘のせいだろと、そう思われることを、恐れた。
「やがて、女に手紙が送られました。文面はこうです。そろそろお金がなくなりそうなので、いただきにまいろうと思います。女はその手紙にいたく恐怖を感じ、即警務隊に連絡しました。男は警務隊に厳重注意され、解放。その後、女を刺しました。男は殺人罪で捕まりましたが、その一年後不起訴、つまり釈放が決定しました。何故なら男は、先天性魔術師であったからです」
ミーティアは、無言だった。ただ足音は、聞こえていた。振り返った時、いっそいなければいいと、思った。
「当時この事件は大層話題になりました。多くの新聞社が記事にした。女性に同情したというよりも、脱魔推進派にとって、美味しいネタだと思ったからでしょう。世論もまた、その男を飛び越えて、魔術師と、魔術師を優遇するような法に向かって、口撃した。そんな中、グリーンポストに勤める一人の男が、とある記事を書いた」
足を止める。ミーティアの足も、止まっていた。
「非常に痛ましい事件であり、どちらが悪いと論じるのは今更である。しかし死幻、死聴は、先天性、高魔力魔術師が確かにかかる病であり、望んでどうこうできるものではない。だから仕方ないのだと、無視できる問題でもないが、しかし、脱魔の声が一際強く上がる中、法の下の平等という理念に則って、この判決を下した裁判官を、私は評価したいと思っている。――ふっふっふっふ」
思わず、嗤っていた。
この男を否定できるものはいない。正論だからだ。
自分の苦しみを、真に語ることもできやしない。わかっている。皆まで言うな。
自業自得だろと、皆が心の奥底で、思っていることは知っている。
ただただ酒を重ねた。ふつふつと、怒りだけが、心の奥底に沈んでいく。
明かりを、床に落とす。カチャンという音をぶち殺すように、スカイプはミーティアの首を絞め上げ、壁に叩きつけていた。
床に落ちた黒砂炎が、砂だけを燃やし続け、微かな明かりを灯している。
「以前にも言ったと思いますが、私も先天性魔術師でしてね。せいぜい利用させてもらうとしますよ。精神鑑定プログラムを」
首。メキメキと音を立てている。
重ねて、ミーティアの喘ぎ声が聞こえてくる。
しかしそれ以上に聞こえてくる。殺せ。滅ぼせ。死聴《しちょう》だった。
割れそうだった頭の痛みが、手の先から抜けていく。
代わりに入り込んでくるのは、怒りと殺意。止められない。止める気もない。死聴のせいにもしない。娘のせいにもしない。
ただ、知りたいだけだ。全てを失っても。人の道に反しても。
あの時のあれが、仕方なかったというのなら、ならば――
「その時そのペンで、あの時と同じことが言えたなら、私も認めよう!! あの事件に確かに悪はいなかった!! 仕方なかったのだと!! それができるから、あの言葉はついて出たのでしょうが!!」
ミーティアのぽっかりと空いた口。ふと、笑った。
「かもな」
スカイプが目を見開く。首をつかんだ両手。逆につかまれた。
風。巻き起こる。練魔。ミーティアのかけている眼鏡が、ピシピシとひび割れていく。鉱石は風と同じく、魔力に反発する。
こいつ!! いやバカな!! ありえない!!
あいつの瞳はアヤメ色。すなわち八位。ミーティアの瞳は滅紫色。すなわち十位。
魔力容量は産まれつき決まっていて、努力でどうこうすることはできないはず。神合薬を用いて魔力容量を下げることはできても、上げることは――
いや、まさか!!
「練魔で魔力の階級を繰りあげていたとでもいうのか!? そんなバカな!! 百倍近く引き上げる練魔など――!!」
闇。包まれる。
恐怖なく。
走馬灯なく。
愛した者の影もない。
これが死かと、思うことすらなく。
スカイプは、全てが夢幻であったかのように、その場に倒れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
スカイプが足元に倒れている。外傷は加えていない。容量以上の魔力を対象に注ぎ込んで昏倒させる青魔術、覆魔伏をかけただけだ。
「皮下注射と薬品で姿と声を変えていたのだろうが、相手が悪かったな。俺様は――」
ミーティアの姿をした何者かが、手を顔にかける。そしてそれを下に引き抜いた。
ビリビリビリ。
ミーティアの顔が、桃色のカツラごと、破れる。眼鏡、耳、髪、顔と、丸ごと引きちぎって、その下から現れたのは――
黒髪に不敵な笑みを宿した男、ヒョウ。
「一度聞いた声を、老若男女問わず、完全にコピーすることができるんだ。俺がコピーできない声は、生身じゃない、お前みたいな声だけだ。盗賊王に、一切の変装術は通用しない」
パッチン。
指を鳴らして、周囲の砂台の中をかき混ぜ、明かりをつけた。
割れたミーティアの眼鏡をその辺にポイ捨てし、ポケットに入れていた自分の眼鏡ケースを手に取った。中を見る。同じく割れていた。
「やれやれ。最後の一個だったってのによ……」
それもその辺に放った。首に手を当てる。やや痛みが走った。鏡がないので見えないが、多分クビに痣がついているだろう。
それでもヒョウは、やはり、笑った。
「まあこんなもんか?」
スカイプを気絶させることはいつでもできた。そしてヒョウは、誰かに同情することも、同情されることも、嫌いな男だ。
だが――
「人の悪意《こころ》を盗む代償としては」
ヒョウはポケットから『封筒』を取り出し、白目を剥いたスカイプの背中へと放る。
「でもま、こっちもブランクあっからよ。半分ぐらいは、自分《てめえ》でもてよな」
踵を返す。
ヒョウは誰かに同情することは嫌いだ。だが――誰かに同情しない、わけではない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
全てを片付けたヒョウは、リビングに戻ってきた。
立ち上がったミーティアが、目を見開く。そして、シュンとした顔で、腰を下ろした。ヒョウはソッと、痛みが残る首に手をやった。
サービスが裏目に出たかな……。
「どうでしたか?」
ソファーに腰掛け、パラパラと伝書をめくっていた守衛隊長の男が尋ねた。多分その伝書には、何かしろの情報アドレスが登録されているのだろう。
「やっぱりあいつだったみたいだな。そこの廊下に手足縛って転がしてるから、後は頼むわ」
「わかりました」
シュンと落ち込むミーティアを素通りして、ヒョウが割れた窓に向かう。リンを迎えに行かなければならないし、何よりヒョウは、誰かに同情することが嫌いなのだ。
「あのさ」
「んー?」
「いや、その……」
待てど暮らせど、続きはこなかった。ヒョウは密かに足をパタパタと動かしていた。ヒョウは待つのが嫌いなのだった。
とはいえ、こっちの落ち度も少しはあるかもしれない。やはりとっとと『たたんで』おくべきだったのだ。
やろうと思えば、いつでもできた。それでもあんなことを許したのは、スカイプが、死聴を聴いている可能性が高いと思ったからだ。
皮下注射も薬品も、本来の自分を殺す尋常じゃない行為。ミーティアが大人になるまで待つこともだ。
どうしてそんなことができたのか。恨みじゃない。ミーティアを殺そうと思っている間だけ、死聴、すなわち頭痛が止んだからだろう。
死聴は薬を飲むか、声に従うかすれば、戻る。
後者の方が効くのは言うまでもあるまい。
「ありがとうと、ごめんなさいなんだろ?」
いい加減待っていられなくなり、ヒョウが先に切り出した。
「え?」
「お前が相手に伝えたい言葉は。あいつがお前にしたことは、お前が喜びそうな物を渡した。それだけさ。後はお前が判断すればいい」
手で自分の首を隠しながら、ヒョウが言った。
「――うん!!」
ミーティアが立ち上がる。
ヒョウが笑って、この場を去ろうとしたとき。
「あ、そういえばさ!!」
またかよと、ヒョウはやや面倒くさそうに、目を向ける。
「ボクの眼鏡は――」
言われて、ギクッとした。
「あれは、処分した」
「え?」
ヒョウが笑って、振り返る。
「まあお互い、眼鏡がない方が似合うと思ってな。じゃあな」
二本の指を立て、ヒョウが消える。
音も匂いもない、神速の飛脚法。
赤い顔をして、その様を見送るミーティア。
パタンと、守衛隊長が読んでいた伝書を閉じた。
「お供しますよ。何かあったら大変だ。もっとも――やや手遅れ。そのような気もいたしますが」
ポーっとしたまま固まるミーティアを見て、守衛隊長は首を左右に振って、笑った。
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