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魔王

帰り道

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 十七時。
 全員が主張していた組み合わせを試していると、なんやかんやでこの時刻になった。


 診療所に関しては、客引きなどしなくても、噂が噂を呼び、中々の繁盛となった。


 その中の多くが怪我などしていない、あるいは既に治っているもので、奇しくもマリオンの言う通り、中年オヤジばかりになってしまったが、パミュはそんなこと一切気にしていないようなので、まあこれでいいのだろう。どちらかというと、無関係の俺が一番気にした。


 パミュに無遠慮に触れているオヤジ共を見ると、何故か無性に腹が立つ。苛立ちで、何回か音を外した。


 多分、プライドの欠片もない連中を見ているせいだろう。きっとそうだ。そうに違いない。


「あ、雨降ってる」
 

 外に出てパミュが言った。
 当たり前だが、服装はいつものショートパンツ、へそ出しトップス姿に戻っている。


「あー。傘だったら予備のがある――」
 

 サンドラが言い終える前に、俺は指を鳴らしていた。
 俺の手元の雨水が、棒状に凍っていき、先端で横に広がる。
 

 遠隔式魔力誘導。
 

 俺は落ちてくる代替の傘をつかむ。
 右手のパミュを見て、左手のマリオンを見た。
 パミュは呆然と口を開けながら。
 マリオンは何かを期待するような目で。
 どちらも俺を見上げている。
 傘はどっちも持っていない。
 どっちに先に渡すか迷った。
 

 迷った結果。  
 

 俺は掌を上向けて、触れた雨水を順々に凍らせていく。
 必要分だけ縦に伸ばし、先端で横に伸ばしていく。
 

 接手式魔力誘導。
 

 精錬させた傘を、パミュとマリオンに同時に渡した。
 それを見たロゼが、大きなため息を零す。


「ありがと……」
「わー!! すごいすごい!! ありがとう!! お兄さん!!」
 

 パミュが視線を外しながらそれを受け取る。
 マリオンは好意がたっぷり詰まった笑顔を俺に向けながら、俺の手を触るようにして、傘を受け取った。


 お互い一本あれば十分か……。
 

 思ったが、今日のロゼの言葉を思い出した。


『あわよくば。そう思ってるんじゃないんですか?』
 

 俺は頭を振って、指を鳴らす。
 更に二本の傘を精錬し、一本をロゼに、もう一本を自分の肩に置くようにして、持った。


「じゃーねー!! また連弾しようねーー!! お兄さーん!!」
「あんたは! 先に仕事先に挨拶! すいません。お疲れ様です。またよろしくお願いします」
「いやーおかげさまで、仕事とは思えないほど楽しい一日になったよー。このお返しはまたどこかでするからー」
「いえいえそんなお気になさらずに」
「あ、じゃあマリオン焼肉で! マリオン狼だから、時々草食動物を無性に食べたくなっちゃうんだよねー。ガオー」
「このバカ娘はもう!!」
「あはは。じゃあ今度焼肉行こうか。五人で」
「やったー!! ……パミュ?」
「……え? あ、うん。そうだね。今度行こう!! 五人で、焼き肉! 楽しみにしてるね!」
 

 小首を傾げて、パミュが笑う。
 マリオンは、そんなパミュを見鬼で見据えていた。
 しかし、特に何もないと思ったようで、手を振り合ってお互い別れた。
 パミュと二人。
 並びあって歩く。
 パミュは何も言わなかった。
 しとしとと降る雨音だけが、二人の沈黙を埋めていた。


「ビュウってさー」
 

 目を向ける。


「好きな人とかいるの?」
「ブッ!!」


 唾を吐いて、むせ返る。
 するとパミュは、身体ごと向き直り、目の前で手をパタパタと振った。


「ち、違うんだからね!? 別にあたしがビュウのことを好きとか、そんなんじゃないんだから!! ただその、友達が、ビュウのことを好きかもしれないなーって感じだから、だからその、ちょっと、聞いてみただけ」
 

 ツンツンと指を突き合わせながら、パミュが言う。
 俺はその様を、文字通りの涙目で見ていた。咳はもう止まっている。


「いないけど。それが何か?」
「へー」
「……」
「そういう時ってさー」
「なに?」
「そういう時って、その子にとったら、脈ありってことになるのかな?」
「うーん」
 

 曇天を見上げながら、四歩歩いた。


「もう!!」
「いや考えてたんだよ。ってか、四歩分ぐらい考えさせろや。本当せっかちだなお前は」
「むーっ。で、結論は?」
「どうだろうなー」
「なにそれー。散々考えといてなにそれー」
「あのなー。じゃあお前だったらどうなんだよ?」
「え?」
「お前に好きな人がいないとする。そういう時、お前にとってそれは脈ありなのか?」
「そ、そんなの……わからないもん。だって……あたし」
「いや『もん』とか言われても」
「わからないの!!」
 

 地面を強く踏みつけて、パミュが言った。
 俺はカラカラと笑いながら、足を踏み出す。その背中を、パミュがペチペチと叩いてくる。猫パンチだった。叩くというより撫でるような叩き方で、痛いというよりむしろ心地いい。だからというわけでは断じてないが、俺はパミュの行動を笑い飛ばして、足を回した。


「ビュウってさー」
「んー?」
 

 背中から話しかけてくるパミュに、俺は目も向けずに答えた。
 

 すると。


 パミュの顔が、ピョコンと、腕のところから生えてきた。腕を抱くようにして、真下から、丸々とした瞳を向けてくる。
 俺は、手に当たる柔らかさを気にしないようにしつつ、その瞳を見つめ返した。
 吸い込まれるように。


「どうしてまたこのコート着るようになったの? 寒いから? それとも、雨降ってるから?」


 人の袖をつまみ、パタパタと振ってくる。
 お前を守るためだよ、とは、言えない。


「俺も一つ聞きたいことがあったんだけどよ」
 

 振り返って、俺は言った。
 氷の傘のつゆ先から、雨がポタポタと落ちている。


「お前――」


 お前は本当は……。
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