八百年生きた俺が十代の女に恋をするのはやはり罪ですか?

松岡夜空

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魔王

黒い滝

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 なるほどな。
 俺はバカだから、気づかなかったよ。
 眩術は感情を乗算させる術。
 初めからないものにはかけられない。
 つまり。
 お前が恐れていたのは、あの状況に、ではなく……
   

 !!
 

 反射的に俺は、守るべきパミュをほったらかしにして、後ろに大きく下がった。指と膝を地面に噛ませ、面を上げる。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
 

 パミュの前には、先程はなかった槍が突き立っている。俺の周りにも、計七本。天上から投擲してきた槍(ジャベリン)だった。
 風が暴れ回っている。何匹もの装甲機竜が、翼をはためかせながら、降りてきた。下地(竜から下りること)した騎兵が、俺を囲むように槍を突きつけてくる。
 眼前では、パミュを遮るようにして、一際豪奢な黒竜が、翼を広げていた。下地した黒騎士が、腰の剣を抜き放つ。


「大丈夫、ハルモニカ!! 今、布を――」
「ぜぇ、ぜっ、バッ――」
 

 止めようとした矢先、石突きの一撃を後頭部にお見舞いされる。
 このガキ……っ。 


「黙れ。次に許可無く発言したらその足を落とす」
 

 振り返った俺の顔は、相当引きつっていたことだろう。頭に血が上るとはこのことだ。
 ビリビリビリ。
 布を斬る音がした。
 それで俺は我に返った。


「このバカが!!」
 

 周囲に巨大な竜巻を発生させてから、俺は言った。槍を突き付けていた騎兵らが、雲を突き抜ける勢いですっ飛んでいく。本来は相手をバラバラにした上ですっ飛ばす術だが、その辺は手加減しておいた。全員竜騎兵のところに飛ばしたはずだし、まず死んではおるまいよ。


「うわーっ!! 一人がそのまま落ちていったぞ!!」
「仕方がない。あいつだけあんなに遠くに飛ばされてしまってはな。しかしなんて魔術師だ。まるで軍人時代(わかきころの)のクジャ国王陛下を見ているようだ。迂闊に近づけん」
 

 ま、一人だけミスっちまったみたいだけど、そんなことはどうでもいい。運がよければ木がクッションになって助かってるだろ。問題はこっちだ。
 黒騎士はパミュの本名を連呼しながら、パミュの肩を揺すっていた。パミュの目からはもう、光が消えている。
 トラップだ。
 布に綴られていた呪が、今はパミュの龍壺、つまりは魂に移動している。
 死んだわけではない。血が流れていないわけでもない。ただ魂が静止している。例えるなら、五感を塞がれた状態で転がされているようなものだった。もって数分。十分も経てば精神に多大な障害を負うことは間違いない。
 とにかく言えるのは、急を要するということだ。こいつを面罵している暇すらない。


「アッハッハッハ」
 

 火急の事態で響く笑い声。振り返ると、先程、俺が風玉ぶち当ててふっ飛ばした男が、窪んだ眼と口端から血をドバドバと零し、笑っていた。


「強兵が弱兵に引っ張られる。軍じゃよくあることだが、見事に――ゴホッ、ハマったな」
「貴様~……っ」
 

 黒騎士が迂闊に近づこうとしたので、俺はそれを片手で制した。


「よせ……。ヴァルドロンドも風玉も、とっさに魔力で外に流したんだろうが、それにしたって限界はある。こいつはもう虫の息だ。それより今は、パミュのことをゲホッ……最優先に考えろ」
「そうだな。どうせ死ぬ。そこの娘もだ。く、ははは。バカな奴だ。裏切るからだ。どうせ見ているんだろう? 聞いているんだろう? 人の皮を被った化物が。だが俺にはわかっているぞ、気づいているぞ、お前は、お前は……」


 ふいごのような音。兵隊の口から漏れていた。


「組長……志、遂げること叶いませんでした。後……これ、言……いや。
 後は……託したからな!! お前に!!」
 

 頭が落ちる。口と破裂した目玉から、血がドロリと落ちていた。
 

「……いいか。お前はギルドフルーレに行って、ティアラナがいたらこっちに連れて来い。パミュは俺が見ている。間違っても上の竜騎兵を下地させるなよ。殺したくないならな。お前らがいたところで邪魔にしかならねえ」
「何ですっ――」
 

 俺は黒騎士に言うべきことだけ告げるや、腰を下ろし、パミュの衣服を上衣だけ、無理やりはだけさせた。止めようとする黒騎士を無視して、黒騎士が切り裂いた魔布(現在ただの布)で、その上半身をくるむ。
 この布は呪にとって古巣のようなもの。またこの布も魔力を吸収しやすいように編まれているはず。気休めだが、少しはマシになるはずだ。
 

 柏手を打った。解呪の方法はいくつか思いつく。
 

 印を結んで、悪意を巻き取るというのが一つ。
 魔力の伸縮性を利用して、呪を魔布の側まで引っ張り上げるというのが一つ。
 魔糸を体内に潜りこませ、呪を釣り上げるというのが一つ。
 蟲式(多分)が生きているという性質を利用して、どこか望みの場所に誘導するというのが一つ。
 

 残り数分。いやボカした言い方をしたが、実際二分あるかどうかだろう。印は遅すぎる。伸縮性を利用しての方法も右に同じ。糸で引き抜くには技量が乏しい。蟲式の性質を利用するには知識が足りない。そもそも蟲式かどうかも怪しい。とすれば――
 

 目蓋を開く。黒騎士はいつの間にか、どこぞへと消えていた。
 

 不本意だが、これしかあるまい。
 

 パミュの胸に両掌を押し込んだ。全身から魔力を放出する。叩き込んだ。ありったけを。
 

 パミュの身体が電気でも流されたように、ピクピクと動く。注ぎこみすぎて、パミュの身体が変獣しようとしているのだ。
 

 本来、脳の回路を遮断されている人間は、変獣しない。もしくはしづらい。悪意の果てにあるのが変獣であり、脳がないと、その悪意をまず認識することができないからだ。にもかかわらず、パミュが変獣しかけているということは、やはりこのやり方は、間違っていないということだ。しかし……。
 

 一分経った。
 二分経った。
 

 血と交じり合った汗が、ポタリと手の甲に落ちた。
 

 やっぱり、足りないな。圧倒的に。魔力量が。
 

 パミュに放り込む魔力と、傷口を縫い合わせる魔力。この二つを両立できず、全身から血が浴びたように流れ落ちてくる。
 

 昔のようには、いかねえか……。
 

 俺は魔術師だが、竜頭蛇尾という神も宿している。こういった神器を宿した存在のことを、神仙と呼ぶ。
 

 神仙になっちまうと、莫大な神意をその身に宿すことになる。神意と死念は相殺関係にあるが、神仙に対しては、そもそも死念が寄ってこない、という現象が起こる。恐らく、死念が死界に引きずり込みたいのは人間であって、神ではないからだろう。
 

 俺の今の魔力量は最下位の一位。先述の通り、神仙でこれはありえない。最下位とかそういう次元ではなく、神仙は魔力を纏えない、すなわち、魔力量がゼロ位になるはずだからだ。
 

 どうして俺が、最下位の一位とはいえ、魔力を持っているのか。
 それは、俺が元いた世界で使っていた肉体が、その世界で四散していて、今使っている俺の肉体からは、莫大な死念が放出されているからだ。


 騙し騙しやってきた。
 

 あたかも人間のように振る舞い。
 あたかも魔術師のように振る舞った。


 しかし、魔法が溶けたということだ。
 

 パミュが恐れていたのは俺だった。わかっている。状況が引き起こしたものだって。俺の弦術が、心の底に小さく溜まっていたものを、膨らませただけだって。


 許してやれよっていや、その通りだ。何だったらこれは、俺のせいでもある。だから怒ってるんじゃない。


 単に、これは答えなんだ。
 いずれたどり着く万人の答えに、一足先にたどり着いただけなんだ。


 どうして愛されるだろう?
 どうして隣に立ってくれるだろう?

 
 何も語れねぇ。
 故郷も年も経緯も全てを。
 語ったら、何もかもが終わってしまうから。
 俺が隠しているのは、八百年生きている、なんて、ちょっとした愛があれば乗り越えられるような、小さな真実だけじゃない。


 本当は……。


 消えて然るべきだ。
 精一杯やった。
 精一杯やったよ、俺は。
 誰も褒めなくても俺が褒めるよ。
 誰ができる?


 言語もなかった。
 圧倒的な魔力量は扱い方もわからなかった。


 ずっと一人でやってきた。
 この世界だけじゃない。
 元いた世界でも、ずっと一人でやってきたんだよ、俺は……っ!!


 ふと。パミュの顔。浮かんだ。
 笑っていた。泣いていた。怒っていた。落ち込んでいた。喜んでいた。
 そして。
 

 ――。


 知らず知らず見上げていた頭上。
 見つめて、笑った。
 唇を噛みしめる。
 手に力を込めた。


 絶対に助けてやるからな、パミュ……っ!!


 虫の声。
 木々のざわめき。
 森の夜音。
 それを貫くようにして。
 

 暴風が、正面から通り過ぎて、俺の背後に。
 物音と魔力の波動に敏感な俺だが、何の反応もできない。
 これが敵なら、完全に詰みだ。


 スタスタと、背中から迫ってくる足音。


 ヌッと、後ろから顔が飛び出してきた。
 誰なのか。
 確認する力もなかった。
 もたれかかりそうになって、それは堪える。
 息が切れる。
 ふと。
 足元に目をやった。
 血の池ができている。
 

 なるほど。
 なるほどなるほど。

 
 死んだな、これは。
 喜びで嗤った。


 しがみつくようにして、ずっと握っていた意識。
 フッと放した。


 特に何も感じなかった。
 そうすべき時だと、不思議にわかった。


 しかし。


 突然だった。
 いきなり口を封じられた。
 

 黒髪が滝のように流れ落ちて、唇の上に、柔らかい感触が、重ねられている。


 これは……え……?
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