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魔王
だからお別れ
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突然のことすぎて、反応できない。
心地よくて、眠くなる。
目蓋がゆっくりと下りてきた。
終われる。
思ったが――
次第に力がみなぎってくるのを感じた。
目蓋を開いた時。
相手を突き飛ばしていた。
これが火事場の馬鹿力というものか、尻を引きずりながら、おもくそ後退する。
いつものスカート姿じゃない、足と尻のラインがはっきり出る長ズボンに長手袋、腰にレイピアぶら下げた、冒険者ティアラナを見て、ゾッとした。
痴女かよ、この女。
「人を痴女だとか、失礼しちゃうなー」
唇を尖らせて、ティアラナが言った。
長手袋に銀具をはめた手が、パミュの胸元に置かれている。
「整纏(せいてん)めっちゃめちゃ。らしくないよ」
確かにそりゃまあ、そ……!!
瞬間、フラッシュバックした。
ティアラナを、意味もなく刺し殺している自分。
ティアラナを、性欲のまま押し倒している自分。
これは、死幻だ。
魔術師がふとした時に見る、悪意ある幻。そのふとした時というのは、まあ色々あるのだが、今回のケースは、恐らく……。
「血龍丸か」
「そういうこと」
「お前俺の属性知ってたのかよ」
「知らないよ」
「おい」
戦闘中も一粒飲んでいたのだが、血龍丸というのは、魔術で作った血みたいなものである。
人間の身体ってのは面白いもので、九割方思念で作り出した物質でも、混ざり合うと本物の血にしてしまう。
脳内物質(アドレナリン)もアホほど出るため、疲労もある程度回復するが、ざっくり言えば錯覚のため、肉体的な負荷は大きい。
先に待っているのは変獣である。
さて、現在問題にしているのは、人間には血液型、この世界でいうところの属性があるって話。不老の俺でもそれは変わらない。それをティアラナは知らないという。結構危ない処置だってのに、ティアラナはクスクスと笑っている。改めて思った。クレイジーなやつだと。
「ビュウ君はやっぱり、白魔術が苦手なんだね。白魔術の付与が苦手と言い換えてもいいけど」
「は?」
「神仙は、属性関係ないんだよ。異なる属性の血を輸血してはならないのは、血が固まってしまうから。いわゆる魔力結合が原因なんだけれど、神仙には神蝕があるから、魔力結合も解いちゃうんだよね。知らなかった?」
八百年も生きてるくせにと言われそうだが、知らなかった。
基本、神仙の性質、神器の詳細ってのは、上尾の大国、斉のトップシークレットに位置しているし、何よりそういう状況になったとしても、普通に適合したものを飲むに決まっているからだ。
「でもまあ、この処置は良かったと思うよ。やってること無茶苦茶で、ビュウ君にしかまずできない処置だけどね」
「……」
先に、パミュはもって二分ぐらいだろうと言ったが、現在恐らく五分近く経っている。しかし、パミュの容態はそれほど悪化してはいない。
パミュを救おうと考えた時、考えられる手法は四つしか思いつかなかった。
呪の巻取り。釣り上げ。引き剥がし。移動。これらがそうだ。
しかし、俺はそのどれらも選ばなかった。第五の治療法があった。というわけではない。
単に俺は、治療という選択をしなかったのだ。
パミュの今のこの状態が危険なのは、五感を潰されているからで、逆に言えば、内から五感に働きかけることができるなら、パミュの状況は危険ではあっても火急ではなくなる。
俺は、パミュの全身に悪意をありったけ叩き込んだ。
そこから起こりうる現象は変獣である。
しかし、変獣するということは、悪意に囚われるということなので、そこには感情が生まれる。
つまり俺は、悪意を叩き込むことで、制止していたパミュの魂を激しく揺り動かした。
そういうことである。
そしてこの処置は、俺以外の誰にもできまい。押してしまったものを押し続けるのはさして難しくない。逆も同じ。魔装にしてもそうだが、魔力を同位置で安定させるというのは、すこぶる難しいことなのである。
「終わった」
「はぁ?」
バカな。
あれからまだ、二分しか経ってな――うおっ!!
ティアラナの後ろからパミュを見て、びっくらこいた。
パミュを包んだ布の上で、呪が蠢いている。
ティアラナが魔糸で呪を抜き取り、布の上で縛っているのだ。
しかもこいつ、これだけの速さで呪を抜き取りながら、抜いた呪で、切り裂かれたはずの布と布を繋ぎ合わせている。命だけを優先するなら必要ない処置だ。
つまりこいつは、パミュの女の部分に気を使うだけの余裕があった、というわけだ。
力半分でやってこれか。控えめに言っても人間業じゃない。化――いてっ。
小さく苦悶の声を上げた。立ち上がったティアラナが、飛翔するために乗ってきた木の棒で人の尻を叩いてきたのだ。
「終わった」
「え? あーその、ご苦労さん」
頬を膨らますティアラナに、ねぎらいの言葉を返す。
するとティアラナは、子供みたいな顔で、笑った。
「貸し一。帰ったらルナリエでご飯だね。今から楽しみにしとく」
あまりにバカバカしいので、俺は返事をしなかった。そもそも貸しができたのは俺じゃなくてパミュの方ちゃうんかい。
「パミュちゃんにも貸し一。ビュウくんにも貸し一。口移し、してあげたでしょ?」
やな言い方しやがる。
でも、間違ってねぇ。
苦笑しながら、今一度血を拭う。
なんだろうな、この感じ。
空には龍が舞い、そこらには死体が転がっている。
そんな状況下においても、こいつの仕草にブレはない。
『あたしたちって、絶対気が合うと思う』
全くだ。
ほんと、お前はいつもいつも俺の先を読むよな。
八百年生きてる俺よりも、ずっと先を。
ドサリ。
手に冷たい草の感触。
無意識に、俺は腰を落としていた。
頭を俯け、本能の赴くまま、酸素を貪る。
俺は……今確信できた。
絶対に気が合うと思うって。
しかし、だからこそ……。
「大丈夫?」
「あぁ」
「だったらいいけど」
「なぁティアラナ」
「ん?」
「あ――」
その先を言おうとした時。
黒竜が、暴音と暴風を撒き散らしながら降りてきた。
乗っているのは例の黒騎士。
苦笑した。いかにも俺らしい。だがこれでいいと思った。最後を飾る言葉なんて何もなく、自分の想いも、存在も、何一つ残さないまま、ただ消え去るのみ。
それが――交鳥にも、地球にも、どこにも居場所がない、俺の人生だ。
「どういたしまして」
目を見開く。
見ると、ティアラナが背中に手を回して、笑っていた。
俺のイジケタ考えを、真っ白に照らし明かすような、光り輝く笑顔。
泣きそうになるほど、胸が痛む。
拳を震えるほど握り、下ろした。
「ありがとうな」
『一年も同じところで過ごして、こんなにも愉快な連中と過ごして、俺は、ハサミで切るようにスッパリと、この場を切り捨てることが、できるのだろうか……?』
答えはノーだった。
だから俺は――
この街を逃げ出そうって、そう思った。
心地よくて、眠くなる。
目蓋がゆっくりと下りてきた。
終われる。
思ったが――
次第に力がみなぎってくるのを感じた。
目蓋を開いた時。
相手を突き飛ばしていた。
これが火事場の馬鹿力というものか、尻を引きずりながら、おもくそ後退する。
いつものスカート姿じゃない、足と尻のラインがはっきり出る長ズボンに長手袋、腰にレイピアぶら下げた、冒険者ティアラナを見て、ゾッとした。
痴女かよ、この女。
「人を痴女だとか、失礼しちゃうなー」
唇を尖らせて、ティアラナが言った。
長手袋に銀具をはめた手が、パミュの胸元に置かれている。
「整纏(せいてん)めっちゃめちゃ。らしくないよ」
確かにそりゃまあ、そ……!!
瞬間、フラッシュバックした。
ティアラナを、意味もなく刺し殺している自分。
ティアラナを、性欲のまま押し倒している自分。
これは、死幻だ。
魔術師がふとした時に見る、悪意ある幻。そのふとした時というのは、まあ色々あるのだが、今回のケースは、恐らく……。
「血龍丸か」
「そういうこと」
「お前俺の属性知ってたのかよ」
「知らないよ」
「おい」
戦闘中も一粒飲んでいたのだが、血龍丸というのは、魔術で作った血みたいなものである。
人間の身体ってのは面白いもので、九割方思念で作り出した物質でも、混ざり合うと本物の血にしてしまう。
脳内物質(アドレナリン)もアホほど出るため、疲労もある程度回復するが、ざっくり言えば錯覚のため、肉体的な負荷は大きい。
先に待っているのは変獣である。
さて、現在問題にしているのは、人間には血液型、この世界でいうところの属性があるって話。不老の俺でもそれは変わらない。それをティアラナは知らないという。結構危ない処置だってのに、ティアラナはクスクスと笑っている。改めて思った。クレイジーなやつだと。
「ビュウ君はやっぱり、白魔術が苦手なんだね。白魔術の付与が苦手と言い換えてもいいけど」
「は?」
「神仙は、属性関係ないんだよ。異なる属性の血を輸血してはならないのは、血が固まってしまうから。いわゆる魔力結合が原因なんだけれど、神仙には神蝕があるから、魔力結合も解いちゃうんだよね。知らなかった?」
八百年も生きてるくせにと言われそうだが、知らなかった。
基本、神仙の性質、神器の詳細ってのは、上尾の大国、斉のトップシークレットに位置しているし、何よりそういう状況になったとしても、普通に適合したものを飲むに決まっているからだ。
「でもまあ、この処置は良かったと思うよ。やってること無茶苦茶で、ビュウ君にしかまずできない処置だけどね」
「……」
先に、パミュはもって二分ぐらいだろうと言ったが、現在恐らく五分近く経っている。しかし、パミュの容態はそれほど悪化してはいない。
パミュを救おうと考えた時、考えられる手法は四つしか思いつかなかった。
呪の巻取り。釣り上げ。引き剥がし。移動。これらがそうだ。
しかし、俺はそのどれらも選ばなかった。第五の治療法があった。というわけではない。
単に俺は、治療という選択をしなかったのだ。
パミュの今のこの状態が危険なのは、五感を潰されているからで、逆に言えば、内から五感に働きかけることができるなら、パミュの状況は危険ではあっても火急ではなくなる。
俺は、パミュの全身に悪意をありったけ叩き込んだ。
そこから起こりうる現象は変獣である。
しかし、変獣するということは、悪意に囚われるということなので、そこには感情が生まれる。
つまり俺は、悪意を叩き込むことで、制止していたパミュの魂を激しく揺り動かした。
そういうことである。
そしてこの処置は、俺以外の誰にもできまい。押してしまったものを押し続けるのはさして難しくない。逆も同じ。魔装にしてもそうだが、魔力を同位置で安定させるというのは、すこぶる難しいことなのである。
「終わった」
「はぁ?」
バカな。
あれからまだ、二分しか経ってな――うおっ!!
ティアラナの後ろからパミュを見て、びっくらこいた。
パミュを包んだ布の上で、呪が蠢いている。
ティアラナが魔糸で呪を抜き取り、布の上で縛っているのだ。
しかもこいつ、これだけの速さで呪を抜き取りながら、抜いた呪で、切り裂かれたはずの布と布を繋ぎ合わせている。命だけを優先するなら必要ない処置だ。
つまりこいつは、パミュの女の部分に気を使うだけの余裕があった、というわけだ。
力半分でやってこれか。控えめに言っても人間業じゃない。化――いてっ。
小さく苦悶の声を上げた。立ち上がったティアラナが、飛翔するために乗ってきた木の棒で人の尻を叩いてきたのだ。
「終わった」
「え? あーその、ご苦労さん」
頬を膨らますティアラナに、ねぎらいの言葉を返す。
するとティアラナは、子供みたいな顔で、笑った。
「貸し一。帰ったらルナリエでご飯だね。今から楽しみにしとく」
あまりにバカバカしいので、俺は返事をしなかった。そもそも貸しができたのは俺じゃなくてパミュの方ちゃうんかい。
「パミュちゃんにも貸し一。ビュウくんにも貸し一。口移し、してあげたでしょ?」
やな言い方しやがる。
でも、間違ってねぇ。
苦笑しながら、今一度血を拭う。
なんだろうな、この感じ。
空には龍が舞い、そこらには死体が転がっている。
そんな状況下においても、こいつの仕草にブレはない。
『あたしたちって、絶対気が合うと思う』
全くだ。
ほんと、お前はいつもいつも俺の先を読むよな。
八百年生きてる俺よりも、ずっと先を。
ドサリ。
手に冷たい草の感触。
無意識に、俺は腰を落としていた。
頭を俯け、本能の赴くまま、酸素を貪る。
俺は……今確信できた。
絶対に気が合うと思うって。
しかし、だからこそ……。
「大丈夫?」
「あぁ」
「だったらいいけど」
「なぁティアラナ」
「ん?」
「あ――」
その先を言おうとした時。
黒竜が、暴音と暴風を撒き散らしながら降りてきた。
乗っているのは例の黒騎士。
苦笑した。いかにも俺らしい。だがこれでいいと思った。最後を飾る言葉なんて何もなく、自分の想いも、存在も、何一つ残さないまま、ただ消え去るのみ。
それが――交鳥にも、地球にも、どこにも居場所がない、俺の人生だ。
「どういたしまして」
目を見開く。
見ると、ティアラナが背中に手を回して、笑っていた。
俺のイジケタ考えを、真っ白に照らし明かすような、光り輝く笑顔。
泣きそうになるほど、胸が痛む。
拳を震えるほど握り、下ろした。
「ありがとうな」
『一年も同じところで過ごして、こんなにも愉快な連中と過ごして、俺は、ハサミで切るようにスッパリと、この場を切り捨てることが、できるのだろうか……?』
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