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誰がための呪

あたしはそこで待つ

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「お前が、クジャ……だと?」
「お初にお目にかかる。正確には、二回目かな?」


 二回目。
 やはり、あの時のフクロウと同じ魔術師。
 あれが、あの時のフクロウが、クジャ?
 ということは、まさかこいつ……。


『まさか、裏切るつもりか!? お前のためでもあるんだぞ!?』
『ク――』


 ジャ……?
 

 パミュを、売った……? 何故? 講和? だったら嫁がせるなり、方法は幾らだってあるはずなのに……。
 

 何故あんな、凄惨なやり方を……。
 

 クジャが口元に手をやり、パミュの顔で、笑う。
 パミュの『紺色』の瞳が、深く色味を増した。
 

 初手見鬼。
 魔術師の基本にして定石。
 だがこいつ……。
 

 握った拳が、メキメキと音を鳴らす。
 

 パミュの身体で……この野郎……っ。


「口に出してもらって構わんぞ?」


 目を向けた。
 鏡を見たわけじゃない。
 だが、自分が今にも人を殺しそうな面をしているってことは、わかった。
 クジャがせせら嗤った。先日何十人と殺してきている俺を見ての話である。


「見えている言葉にいちいち反応していてもきりがない。表に出された言葉に反応するとも限らない。が、今回は特別よな。褒賞の前金。表に出す気があるなら、答えてやるが?」

「てめぇか?」

「ん?」

「パミュを売っ――」

「あぁー大丈夫です大丈夫です。褒賞の前金は全て、お金でもらいますんで。彼のことは気にしないでください。せいぜい機嫌悪そうな彫像とでも思っていただければ」
 

 言ったのはティアラナだった。両手は俺の口を塞いでいる。その顔には、いつもの分厚い笑顔が張り付いていた。
 パミュ、というよりクジャは、目を点にしていた。そして大口を開けて笑った。


「相変わらずよな、白亜のは。あたしは白亜ののそういうところが好きだ。金銭を第一に置いているわりに権力には媚びない。また腐らせることもせず、自分と周りの投資に惜しみなく使う。お手本のような魔術師の生き方よな。素晴らしい。魔術に生涯を捧げていなければ、こうはならぬ」

「お褒めに預かり、光栄の極みでございます」

「ビュウ=フェナリス」
 

 呼ばれたものの、現在返事のできない俺は、目だけを向けた。心なしか、俺の口を押さえるティアラナの指の締め付けが、強くなった気がした。


「その状況では何も言えぬな。あたしも俗物の目と耳を借りていては、これ以上の真贋見極めること能わぬ。褒賞の件もある。ここから先は――
 互いに正対して呪を語る領域よ」
 

 呪を語る。魔術師として話そう、向き合おうという意味だが、親しい人間とそうでない人間とでは、多少意味合いが違ってくる。
 親しくない人間に向ける、呪を語ろうという意味は――


 双方の力(しゅ)を見せ合おうってことだ。
 この俺様を、ルビィ様を試そうってか。

 
 ガキが……っ。


「ふふふ。セレン」
「は、はい!!」
「二人を謁見の間まで案内せよ。あたしはそこで待つ。お前たちがどのような呪を奏でてくれるのか、今から楽しみにしているぞ。ビュウ=フェナリス。そして白亜の」
 

 パミュが音を立てて消えた。
 ティアラナの手が俺の口から離される。


「どうして割って入ってきたんだよ」
「え? お金がほしいから」


 チッ。 


 舌打ちした。
 ティアラナの冗談すら満足に聞き流せないほど、今の俺は気が立っていた。


『俗物の声は聞くに及ばぬ。俗物の醜態は見るに堪えぬ』
『俗物の目と耳を借りていては、これ以上の真贋見極めること能わぬ』


 あのやろー……っ。


 足の横で握った拳が、軋むような音を立てる。

 
 あるいはそれは、この街でかぶっていた、ビュウ=フェナリスの仮面が軋む音だったのかもしれないと思いつつも、止めることはできなかった。


「くそっ!!」
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