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誰がための呪
それぞれが選んだ道
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俺は、唇を噛み締めた。
「俺の褒賞の件」
そして、言った。
「ほう。そっちから片すか。よかろう。聞こう。場合によっては先のように跳ね除けるが、最大限聞こうとは思っているのだ。こう見えてもな」
「あぁ。やっと決まった。もっと早くにこの答えに達するべきだったのに、達せなかった。悪かった」
謝った。
方向が定かでない謝罪は、宙をさまよって消えていく。
生んだのは僅かな空白。
息を吸い込む。
唇が震える。
心の揺らぎ。
それがそのまま表れていた。
それでも。
俺は言った。
あいつのところにまで、心にまで、言葉が、気持ちが、届くようにと。
「今あんたがかけている、パミュの口を禁じる呪。それを解いてくれ。それが今一番の俺の願いだ」
クジャが口元だけで、悪どく笑った。
ティアラナが横目で俺を見つめてくる。
俺はあえてその顔を見なかった。
パミュは未だ、俯いたままだった。
足の横で、ギュッと拳を握っている。
当然だ。
こいつは意外と鋭い。
何より良い奴だ。
多分わかってるんだろう。
それが誰のための言葉かってことが。
俺の本当の気持ちが、自分には向いていないってことが。
俺は……。
俺ってやつは、八百年経っても魔法使いのクズ野郎だ。
ここぞという時、いつも自分だけ率先して逃げていて、好きだと、誰かに言ったこともない。言う前に、気づいた時には、みんな死んでいた。あるいは滅ぼしていた。
男らしくないし、男らしくみせかける、技法だってない。
だったら、後、俺にできることは、一つしかない。
ただ正直に在る。
それだけしか、できない。
「パミュ。人の字の一件の時、お前に言った言葉を覚えているか? 絶対に俺が笑顔で終わる結末にしてやるって。絶対に俺がお前を護るって。俺はよー、こう見えて、結構約束を守る男だ。ただお前が思っている通り、結構ビビっちまってるってのも、また事実だ。
俺は、お前に手を差し伸ばすことしかできねぇ。どうにも、つかむことができねぇんだ。悪いけど、お前も手を伸ばしてくれねぇか? はっきり言えば――
隣に立つのが俺で、迷惑じゃないか……?」
いつの間にか、床を見ていた。
クジャのせせら笑いが聞こえて、初めて気がついた。
パミュが、両手で顔を押さえて、泣きじゃくっていること。
涙で床を汚している。
顔を左右に振っていた。
俺は、その様を見て、やっと気がついた。
また間違いを犯したのだと。
「くっくっくっく」
クジャの表情は、娘とは対照的で、芸をする犬を見るようだった。
「決まりよな。歓迎するぞ。ビュ――」
その時。
カンカンカラララララ……。
冷たい金属音が、謁見の間に痛いほど響く。
クジャの頭が、真下に向いていた。
その頭に王冠は、ない。
「バ、ババババ、バカな!! ハルモニカ様!! 一体なにを――」
動揺するタオ。
クジャが片手を上げて、その先を制する。
顔は下を向いたままだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
パミュの荒い呼気。
面を上げたその顔は、涙と鼻水でグチャグチャだったが、心に芯が入っているのが、見てとれる。
しかし……。
「くっくっく……」
地下からせり上がってくるような、クジャの笑い声が、その芯を、揺らし、崩した。
誰もがわかっているんだ。
パミュならもっとわかっていることだろう。
道理を正した。泣いてばかりじゃなく、自分の意見をハッキリ言った。間違いなくこの時間、パミュは大きく成長した。
しかしだからどうしたと一蹴するのが、この女、魔王クジャ=ロキフェラトゥだってことは。
クジャが、面を上げる。玉座に背中をつけ、二人を見据えた。
「よいタオ。聞いたところで口も利けぬ木偶ぞ。利けたところで無意味な言葉をさえずるだけ。なんの意味もない。存在そのもな」
クジャが、玉座に佩いた剣の柄を、黒い指でリズミカルに叩く。
「だがまあ、そうじゃのう。覚悟は買ってやってもいい」
玉座に佩いた剣の柄をつかみ、立ち上がる。
心を裂くような鞘走り音。白刃が、姿を現す。
「もっとも、俗物らしい、迂愚な覚悟じゃがのう」
白刃が振るわれた。
台の上に立ててあったボトルが、頭半分飛んでいく。
紅。
階段の上を流れ落ちていく。
そんな赤い河を一足で飛び越えたのは、近衛のリズだった。
俺たちの前に立ち塞がる。
俺もティアラナも、一歩も動けなかった。構えてすらいないリズの間合いは、目測で六メートルはある。
つまり、一歩でも動けば斬られるということなのだった。
パミュがまっすぐ、クジャを見据えている。
顔は、涙と鼻水でグシャグシャだったが、心を強く持っていた。
「ハルよ」
剣先を、パミュの首に向けた。
首筋を流れ落ちていく紅は、ワインだと思いたい。
「あたしは王でありお前は姫だ。この期に及んで序列云々を言っているわけではない。端的に言えば、お前があたしを殺しても、国は成り立つ、ということよな。
もっとも、その場合――」
「な、なりません!! クジャ様!! それ以上は――」
「タオ!!」
殴りつけるようなクジャの声。紅の瞳を、タオに向けた。
「言うたはずよな!! 呪を交えてから口を挟むことを禁ずると!! これ以上の横槍はお前の死を意味する。
あたしはやると言ったら必ずやる女ぞ。心せよ」
「ぬっ……ぬぅぅぅ……」
タオが、泡吹きそうなほど、しゃがれた声を出す。
無念というより、物言いに腹を立てている、そんな顔。少なくとも、剣を捧げた相手に向ける目じゃない。
元々敵と味方だったそうだが、確執はまだ残っているということか。
「話が逸れたよな、ハル。覚悟のほどを量るには、命をかけるのが手っ取り早い。早い話、あたしの決定が気に食わぬのなら――この場であたしを殺してみせよ」
こいつ……。
「久方ぶりの親子の語らいじゃ、ハル。言うまでもないと思うが、二手三手先を読んで動けよ。お前の才に、カーヤほどとのものは求めぬ。しかし、エルメルリアの町娘程度の輝きもないなら、お前の十五年はまっこと無意味だったということだ。即座に殺してしまうから、覚悟しておけ」
まずいな……。
こいつの心情は、あらゆる意味で読めない。
いざとなったら……っ。
いや。
勝てるのか?
魔眼を失った今の俺が。
こいつに……っ。
「ふふふ……」
肩に剣を置きながら、クジャが笑う。
我が娘に話しかけているとは、思いたくないほど、残酷に。
「俺の褒賞の件」
そして、言った。
「ほう。そっちから片すか。よかろう。聞こう。場合によっては先のように跳ね除けるが、最大限聞こうとは思っているのだ。こう見えてもな」
「あぁ。やっと決まった。もっと早くにこの答えに達するべきだったのに、達せなかった。悪かった」
謝った。
方向が定かでない謝罪は、宙をさまよって消えていく。
生んだのは僅かな空白。
息を吸い込む。
唇が震える。
心の揺らぎ。
それがそのまま表れていた。
それでも。
俺は言った。
あいつのところにまで、心にまで、言葉が、気持ちが、届くようにと。
「今あんたがかけている、パミュの口を禁じる呪。それを解いてくれ。それが今一番の俺の願いだ」
クジャが口元だけで、悪どく笑った。
ティアラナが横目で俺を見つめてくる。
俺はあえてその顔を見なかった。
パミュは未だ、俯いたままだった。
足の横で、ギュッと拳を握っている。
当然だ。
こいつは意外と鋭い。
何より良い奴だ。
多分わかってるんだろう。
それが誰のための言葉かってことが。
俺の本当の気持ちが、自分には向いていないってことが。
俺は……。
俺ってやつは、八百年経っても魔法使いのクズ野郎だ。
ここぞという時、いつも自分だけ率先して逃げていて、好きだと、誰かに言ったこともない。言う前に、気づいた時には、みんな死んでいた。あるいは滅ぼしていた。
男らしくないし、男らしくみせかける、技法だってない。
だったら、後、俺にできることは、一つしかない。
ただ正直に在る。
それだけしか、できない。
「パミュ。人の字の一件の時、お前に言った言葉を覚えているか? 絶対に俺が笑顔で終わる結末にしてやるって。絶対に俺がお前を護るって。俺はよー、こう見えて、結構約束を守る男だ。ただお前が思っている通り、結構ビビっちまってるってのも、また事実だ。
俺は、お前に手を差し伸ばすことしかできねぇ。どうにも、つかむことができねぇんだ。悪いけど、お前も手を伸ばしてくれねぇか? はっきり言えば――
隣に立つのが俺で、迷惑じゃないか……?」
いつの間にか、床を見ていた。
クジャのせせら笑いが聞こえて、初めて気がついた。
パミュが、両手で顔を押さえて、泣きじゃくっていること。
涙で床を汚している。
顔を左右に振っていた。
俺は、その様を見て、やっと気がついた。
また間違いを犯したのだと。
「くっくっくっく」
クジャの表情は、娘とは対照的で、芸をする犬を見るようだった。
「決まりよな。歓迎するぞ。ビュ――」
その時。
カンカンカラララララ……。
冷たい金属音が、謁見の間に痛いほど響く。
クジャの頭が、真下に向いていた。
その頭に王冠は、ない。
「バ、ババババ、バカな!! ハルモニカ様!! 一体なにを――」
動揺するタオ。
クジャが片手を上げて、その先を制する。
顔は下を向いたままだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
パミュの荒い呼気。
面を上げたその顔は、涙と鼻水でグチャグチャだったが、心に芯が入っているのが、見てとれる。
しかし……。
「くっくっく……」
地下からせり上がってくるような、クジャの笑い声が、その芯を、揺らし、崩した。
誰もがわかっているんだ。
パミュならもっとわかっていることだろう。
道理を正した。泣いてばかりじゃなく、自分の意見をハッキリ言った。間違いなくこの時間、パミュは大きく成長した。
しかしだからどうしたと一蹴するのが、この女、魔王クジャ=ロキフェラトゥだってことは。
クジャが、面を上げる。玉座に背中をつけ、二人を見据えた。
「よいタオ。聞いたところで口も利けぬ木偶ぞ。利けたところで無意味な言葉をさえずるだけ。なんの意味もない。存在そのもな」
クジャが、玉座に佩いた剣の柄を、黒い指でリズミカルに叩く。
「だがまあ、そうじゃのう。覚悟は買ってやってもいい」
玉座に佩いた剣の柄をつかみ、立ち上がる。
心を裂くような鞘走り音。白刃が、姿を現す。
「もっとも、俗物らしい、迂愚な覚悟じゃがのう」
白刃が振るわれた。
台の上に立ててあったボトルが、頭半分飛んでいく。
紅。
階段の上を流れ落ちていく。
そんな赤い河を一足で飛び越えたのは、近衛のリズだった。
俺たちの前に立ち塞がる。
俺もティアラナも、一歩も動けなかった。構えてすらいないリズの間合いは、目測で六メートルはある。
つまり、一歩でも動けば斬られるということなのだった。
パミュがまっすぐ、クジャを見据えている。
顔は、涙と鼻水でグシャグシャだったが、心を強く持っていた。
「ハルよ」
剣先を、パミュの首に向けた。
首筋を流れ落ちていく紅は、ワインだと思いたい。
「あたしは王でありお前は姫だ。この期に及んで序列云々を言っているわけではない。端的に言えば、お前があたしを殺しても、国は成り立つ、ということよな。
もっとも、その場合――」
「な、なりません!! クジャ様!! それ以上は――」
「タオ!!」
殴りつけるようなクジャの声。紅の瞳を、タオに向けた。
「言うたはずよな!! 呪を交えてから口を挟むことを禁ずると!! これ以上の横槍はお前の死を意味する。
あたしはやると言ったら必ずやる女ぞ。心せよ」
「ぬっ……ぬぅぅぅ……」
タオが、泡吹きそうなほど、しゃがれた声を出す。
無念というより、物言いに腹を立てている、そんな顔。少なくとも、剣を捧げた相手に向ける目じゃない。
元々敵と味方だったそうだが、確執はまだ残っているということか。
「話が逸れたよな、ハル。覚悟のほどを量るには、命をかけるのが手っ取り早い。早い話、あたしの決定が気に食わぬのなら――この場であたしを殺してみせよ」
こいつ……。
「久方ぶりの親子の語らいじゃ、ハル。言うまでもないと思うが、二手三手先を読んで動けよ。お前の才に、カーヤほどとのものは求めぬ。しかし、エルメルリアの町娘程度の輝きもないなら、お前の十五年はまっこと無意味だったということだ。即座に殺してしまうから、覚悟しておけ」
まずいな……。
こいつの心情は、あらゆる意味で読めない。
いざとなったら……っ。
いや。
勝てるのか?
魔眼を失った今の俺が。
こいつに……っ。
「ふふふ……」
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