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誰がための呪

好きな女と守りたい女

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 質が悪いことに、クジャの言ってることは全て正論であり、事実である。

 
 例えば魔眼所持者の話。


『あたしはハルのことを愛しておる。できた娘ぞ。健気で眩しい。しかしだからこそ、壊したくなるのだ。お前と同じように、あたしの精神の半分は死界に依っているでな。殺せ殺せと、頭の中で呪詛が渦巻く』


 これは、クジャ、ではなく、魔眼所持者、と置くなら 百パーセント正しい。俺も元魔眼所持者だからよくわかるのだ。


 魔眼所持者は、色々な意味で人を愛せないのである。高い確率で、死聴(ずつう)がそれを許さないからだ。


 魔眼所持者は、人を育むためではなく、物質を滅ぼすために生誕した、半ば神に近い側面がある。それでも誰かを愛せば、脳の血管が切れて、魔眼所持者の役目を終える。


 つまりは絶命するということだ。
 

 これだけ聞くと、クジャが不憫に思える。
 だが先も言った通り、これは、クジャ、ではなく、魔眼所持者の話だ。
 

 クジャが本当にそう考えているかと言えば、そんなことはないだろう。


 つまり、嘘ではないが本当のことは言っていない。俺を飼い慣らすための方便である可能性が極めて高い。しかしそれを証明する言葉がないのなら、クジャの言葉は嘘でも全てが正論となる。


 ……いや、本当にそうか?
 逃げていないか?


 クジャを悪党にすることで、パミュを選ぶ、という道から、逃げてはいないだろうか?


 これは、八百年生きた、チートの俺だから言えることなのだが――




 多分パミュは、俺のことを好きなんだと思う。




 我ながら自信過剰な台詞だ。自分が言うことも、他人が言うことも、本来なら嫌いな台詞。
 八百年魔法使いを続けた、情けない男の妄言という可能性も十二分に考えられた。


 だが今の俺の能力(ちから)は、否応なしに人を惹きつける。


 命がけで助けたからな。
 十五歳のパミュが、運命的な何かを俺に感じても、不思議じゃない。
 ロゼッタやペレのような大人なら、自制できただろうがよ。


 薄汚い話さ。


 パミュを助けた力も、チートで得たもので、必ず助けられるという確信と自信がどこかにあった。
 ここで死に、時の楔から解き放たれるなら本望、と思う反面、絶対に死なないと、心のどこかで思っていたのだ。
 八百年生きている俺にしたら、四十代二十代の群れとやり合うことは、赤子の群れを相手にするに等しい。
 戦歴があまりに違いすぎる。


 それらを皆殺しにしてヒーロー気取りか?
 日本にいた頃の俺ならきっと……。


 頭を振る。
 いや考えないのは、卑怯だろうか?


 日本にいた頃の俺ならきっと、お前のことを……


 見捨ててた。

 
 許しを請うように、面を上げた。
 パミュを見つめる。
 パミュは、糸で釣られた人形のように、力なく俯いていた。


 何一つ興味がない。
 というより、全てに決定権がない。
 だから、この場の全てに無関心。


 すぐに泣く。
 口を開けばわがままばかり。
 何でもかんでも口を出す。  


 十五歳とは思えぬほどパミュは子供だった。
 どうしてエルメルリアでああだったのか。
 今のパミュを見れば、よくわかる。

 
 多分パミュは、そういう経験をほとんどしたことがなかったのだろう。


 泣いたことがないから、愛されているかもわからない。
 わがままを言ったことがないから、生きている意味もわからない。
 何も口に出せないから、考える意味もない。 


『人生楽しくてしょうがない』
『そう顔が語っている』


 以前、水浸しの橋の上で、パミュと話していた時、俺はそんなことを考えた。


『この容姿でこの若さ』
『そりゃ、楽しいだろうな』


 無責任にも。


 それは、今のこの状況だけを見れば、大外れもいいところだ。
 しかし、あの状況だけを切り取って見れば、やはり正しかったと思える。


 パミュは、エルメルリアですごすあの時間だけが、楽しくて仕方なかったのだ。


 ここでもし、俺がパミュの手をつかまなかったとしたら、パミュの人生はまた、魔王クジャ=ロキフェラトゥという闇一色に染まる。


 俺がエルメルリアの代わりになるとは思えない。
 だが、一筋の光にはなるんじゃないのか?
 ほんの少しの支えには、なるんじゃないのか?


 振り返る。

 
 ティアラナも、俺を見つめていた。


 不謹慎を承知で思う。


 やっぱりなと。


 やっぱり、嬉しく思うのだ。
 これが好きだってことの証明だとも思う。
 でもきっとそれは、誰もが思ってんだ。


 だってお前は……完璧だから。


 誰でも選べる。見つけられる。選んでもらえる。


 容姿でも術でも頭でも恋愛(じんせい)でも。
 敗北なしの光一色。 


 それが白亜のティアラナという女。
 

 そう。
 パミュとティアラナは、違う。

 
 あまりにも、状況と立場(あいて)が、違いすぎる。


 正面。


 パミュの隣で玉座につく、クジャを見据えた。
 紅い瞳。
 九尾の魔装。
 顎を持ち上げ、口の端を吊り上げ、俺の魔装を見下ろしている。


 確かに……最強だろう。


 魔術師としても破格だが、舌だけで相手を望みの場所に引きずり込む技術がある。力に関しては言うまでもない。


 腕を振るえば国が飛ぶ。
 鶴の一声で国が滅ぶ。


 交鳥暦が生んだ化物だ。パミュの手に負えるわけがない。
 交鳥暦最強(こいつ)とぶつかれるのは、虹玉暦末期最強(チート)である、俺だけだ。


 だが……。


 唇が震える。
 本能がその考え方を拒否している。
 永く生きているが、こういう時、本能が言っていることは、ほぼほぼ正しい。


「……即答はできぬか?」


 迷っている俺の心を見透かすように、クジャが声をかけてきた。


「当然よな。白亜のは美しいからのう」


 言われるとカチンときた。
 この状況で、色恋に没頭したがるバカ。
 そう言われている気がした。


 事実その通りなのだった。


「時をくれてやってもいいぞ? 自分の一生を左右する、大事な決断じゃからのう。じっくり考えたくなる気持ちはよくわかる」 


 しかしである。
 今一度よく考えてみろ俺。


 本当にこれが正しい選択なのか?  
 何か大事なことを、俺は見落としていないか?


 言葉に甘えたわけでも、従ったわけでもなかった。
 ただ思考が堂々巡りに駆け回っていた。


「まあ……今でなければ伝わらぬもの、というのも、あるかもしれぬがの。タイミング一つで結ばれるものが結ばれなくなり、あまつさえ解けてしまうこともある。逆もしかり。女心とは複雑怪奇なものじゃからのう。くっくっく……」


 こいつ……っ。


 だが言っていることは間違ってなかった。正論だ。
 悩めば悩むほど、きっとあいつを傷つける。悟られる。


 シンプルに言って、俺の気持ちに沿うか、パミュを救うか。
 この二択でしかないんだ。
 だったら答えは、一つしかない。


 というより、俺にはこれしか選べない。
 これ以外の選択肢を選ぶなんて、俺にはとても、できそうにない……。


 答えは――


 
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