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2.戦士
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魔法が恐ろしいということをジュードに教えたのは戦士のアレックだ。
一度だけ、ジュードはアレックが魔法使いと戦う姿を見たことがある。アレックがまだ湖の番人だったとき、辺りをさまよっていた魔法使いに出くわしたのだ。その日、アレックに付き添っていたジュードは木のかげに隠れてただ眺めることしか出来なかった。
「ジュード、奴らは存在そのものが『まやかし』だ」
魔法使いが逃げ出した後、アレックはジュードの頬についた血を拭きとって言った。アレックのものでも、ジュードのものでもない、魔法使いの返り血だった。
魔法使いに両親を殺されたアレックはその存在自体を強く憎んでいる。それは妹であるジェナも同じだが、アレックはその憎しみを滾らせて戦士になった。
ジュードはときおり、自分が進む道について考えることがある。魔法使いは大嫌いだ。驕りたかぶった彼らから皆を守るアレックの姿には今でも憧れている。
けれども、はたして自分はアレックのようになれるのだろうか。
魔法使い目がけて斧を振り下ろす彼の姿が頭に浮かんだ。
ジュードが帰宅すると、ジェナが夕飯の支度をしている最中だった。
「どうしたの? 顔色が良くないわ」
顔を合わせるなり、心配そうに覗き込んでくる。悟られぬように彼女の兄の居所を聞くと、「家の外にいるわ」と返ってきた。
「ジュード、まきを割るのを手伝ってくれ」
外に出ると、その姿はすぐに目に飛び込んできた。
ジェナとよく似た茶色い髪に青い瞳、上背はジュードよりずっと高い。
切り株に腰を下ろしたアレックは、ジュードに向かって手をこまねいた。その手にはかたく包帯が巻かれている。
「……アレック、本当にここを出ていくのか」
「ああ。だが、薬草を見つけたら必ず戻ってくるさ」
当然のように答えたあと、「さあ、まきをとってくれ」とアレックは続ける。頑固な彼は一度決めたことを絶対に覆さない。
それからしばらくは、斧を振る音とまきが割れる音だけが響き渡っていた。
「ジェナのことはどうするんだ、アレック。魔法使いも相変わらず湖の周りをうろついている」
アレックは手を止めた。
「おまえもジェナも、そろそろ十六になる。今度はおまえが皆を守るんだ」
まきの弾け飛ぶ音が聞こえた。
ジュードの持つ黒い短剣は、首長であるオーサから贈られたものだ。この集落ではたとえ大人であったとしても、武器を勝手に所有することは許されていない。許しをもらうことができるのは、魔法使いと戦う意思のある者だけだ。湖の番人となって短剣を受け取ったときから、ジュードには魔法使いと戦う未来が待っている。もしものときは返り血を浴びながら、集落の皆を守る盾とならなくてはいけない。
「やっぱり帰ってきてから様子がおかしいわ」
背後からジェナが声をかけてくる。夕食を終えた後、ジュードは短剣の手入れをしていた。まだ一度も血の味を覚えたことのない刃は、無垢な光沢を放っている。
「魔法使いと戦うことになるかもしれない」
自分ひとりで、という言葉は必死で飲み込んだ。
何か、よくないことが近づいている気がする。湖、怪しい紙切れ、魔法使い、カゲロウ病……。それら全てが導くものがすべてを滅ぼす厄災になり得るかもしれないという予感をジュードは抱えていた。
気がつくと、ジェナがいつの間にか自分の手を握っている。昼間のときとは正反対な姿にジュードは乾いた笑みをこぼした。
一度だけ、ジュードはアレックが魔法使いと戦う姿を見たことがある。アレックがまだ湖の番人だったとき、辺りをさまよっていた魔法使いに出くわしたのだ。その日、アレックに付き添っていたジュードは木のかげに隠れてただ眺めることしか出来なかった。
「ジュード、奴らは存在そのものが『まやかし』だ」
魔法使いが逃げ出した後、アレックはジュードの頬についた血を拭きとって言った。アレックのものでも、ジュードのものでもない、魔法使いの返り血だった。
魔法使いに両親を殺されたアレックはその存在自体を強く憎んでいる。それは妹であるジェナも同じだが、アレックはその憎しみを滾らせて戦士になった。
ジュードはときおり、自分が進む道について考えることがある。魔法使いは大嫌いだ。驕りたかぶった彼らから皆を守るアレックの姿には今でも憧れている。
けれども、はたして自分はアレックのようになれるのだろうか。
魔法使い目がけて斧を振り下ろす彼の姿が頭に浮かんだ。
ジュードが帰宅すると、ジェナが夕飯の支度をしている最中だった。
「どうしたの? 顔色が良くないわ」
顔を合わせるなり、心配そうに覗き込んでくる。悟られぬように彼女の兄の居所を聞くと、「家の外にいるわ」と返ってきた。
「ジュード、まきを割るのを手伝ってくれ」
外に出ると、その姿はすぐに目に飛び込んできた。
ジェナとよく似た茶色い髪に青い瞳、上背はジュードよりずっと高い。
切り株に腰を下ろしたアレックは、ジュードに向かって手をこまねいた。その手にはかたく包帯が巻かれている。
「……アレック、本当にここを出ていくのか」
「ああ。だが、薬草を見つけたら必ず戻ってくるさ」
当然のように答えたあと、「さあ、まきをとってくれ」とアレックは続ける。頑固な彼は一度決めたことを絶対に覆さない。
それからしばらくは、斧を振る音とまきが割れる音だけが響き渡っていた。
「ジェナのことはどうするんだ、アレック。魔法使いも相変わらず湖の周りをうろついている」
アレックは手を止めた。
「おまえもジェナも、そろそろ十六になる。今度はおまえが皆を守るんだ」
まきの弾け飛ぶ音が聞こえた。
ジュードの持つ黒い短剣は、首長であるオーサから贈られたものだ。この集落ではたとえ大人であったとしても、武器を勝手に所有することは許されていない。許しをもらうことができるのは、魔法使いと戦う意思のある者だけだ。湖の番人となって短剣を受け取ったときから、ジュードには魔法使いと戦う未来が待っている。もしものときは返り血を浴びながら、集落の皆を守る盾とならなくてはいけない。
「やっぱり帰ってきてから様子がおかしいわ」
背後からジェナが声をかけてくる。夕食を終えた後、ジュードは短剣の手入れをしていた。まだ一度も血の味を覚えたことのない刃は、無垢な光沢を放っている。
「魔法使いと戦うことになるかもしれない」
自分ひとりで、という言葉は必死で飲み込んだ。
何か、よくないことが近づいている気がする。湖、怪しい紙切れ、魔法使い、カゲロウ病……。それら全てが導くものがすべてを滅ぼす厄災になり得るかもしれないという予感をジュードは抱えていた。
気がつくと、ジェナがいつの間にか自分の手を握っている。昼間のときとは正反対な姿にジュードは乾いた笑みをこぼした。
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