やさしい竜と金の姫

白乃いちじく

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第一章 愛しの姫君

第三話 俺の正体は(ケイン編)

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 自分の丸太小屋に帰ればシーラの笑顔が出迎えた。

「ケイン、森へ行かない? とっても素敵な場所を見つけたの」

 シーラに誘われて森へ行き、カモシカのように駆け抜ける彼女の後を追いかけた。
 目にした花畑は素晴らしかった。ごろごろと花畑の中を転がるシーラを真似て、自分も転がってみる。俺の巨体の圧力に負け、花びらが舞った。
 彼女の笑い声が耳に心地良い。

「ねぇ、ケイン……」

 ふと見れば、いつになく真剣な顔のシーラがいて、どきりとなった。ああ、もう子供じゃないんだと、そう思い知らされる。

「わたしアルバートに結婚を申し込まれたの」
「……あんなのは駄目だ」

 俺は即答する。アルバートは気障な奴で、女にはもてるが気にくわない。あんなちゃらちゃらした男のどこがいい。もう少しましな奴を相手にしてくれ。

「ケインはいっつもそう言うのね。わたしに結婚して欲しくないの?」
「自分を安売りするなって事だよ」
「わたしっていい女?」
「ああ、いい女だ。それでいて見る目のない男が多すぎる。あれをするな、これをするな、ドレスを着て女らしくしろって……そんなのは本当のお前じゃない。お前は今のままで十分美しいんだ。そのままでいろ。そのままでいいという男が現れるまで、結婚なんかしなくていい」
「ケインは今のままのわたしが好きなのよね?」
「当たり前だろう?」
「だったら、ケインのお嫁さんにして」

 何を耳にしたのか分からず、絶句する。
 目を向ければシーラは顔を真っ赤にさせて、そっぽを向いた。

「い、嫌なら嫌って、はっきりそう言ってちょうだい。返事を先延ばしなんて絶対許さないんだから」
「それは、その……嫌なわけがない。けど……」
「けど? けど、何よ?」

 むくれる彼女の顔もまた本当に愛らしい。しかし、俺は人ではないのだ。この姿はあくまで仮の……。戸惑いが顔に出たか、シーラは完全にへそを曲げたようだ。

「普段は言わなくていいことまでずばずば言うくせに! こんな時だけ黙りなんて酷いわ! 他に好きな人がいるならそう言えばいいでしょう?」
「いや、その、ま、待て! 違う!」

 慌てて彼女の腕を掴んだ。
 軽く引っ張ったつもりだが、勢い余って彼女の体が俺の上にのしかかる。見れば、青い瞳に涙がたまっていて、ずきりと胸が痛んだ。この時、本当に好きなんだと自覚させられたように思う。吸い寄せられるように唇を重ねれば、良い香りがする。
 俺は柔らかなその感触に夢中になった。人間の営みも悪くない、本気でそう思うも、同時にどうしようもないほどの焦燥を覚えてしまう。

 俺は人間じゃない……その事実をこの時ほど辛く感じたことはなかった。
 俺が真実を口にした時、シーラはどう思うのだろう? やはりこの俺を拒絶するのだろうか? 悲鳴を上げて二度と近寄らなくなるかもしれない。

 俺を見つめるシーラの眼差しに、甘い疼きと痛みを覚えてしまう。彼女の青い瞳が熱を帯びていればいるほどその痛みは激しい。手放したくない。いっそこのまま黙っていれば、と……そんな囁きに屈しそうになる。
 けれどこのままでは確実にシーラを傷つけてしまう。

「シーラ、聞いてくれ……俺は……」

 何かを言いかけては口を閉じる俺の姿に、彼女は困惑を深めたようだ。どうしたの? と無邪気に問うてくる。俺は彼女の顔をまともに見られず、視線をそらした。

「俺は……人間じゃないんだ」

 一瞬の間があった。恐らく理解するのに時間を要したのだろう。

「……どういうこと?」
「俺の正体は……ドラゴンだ。数百年もの昔、人間に駆り立てられて絶滅した。俺が最後の生き残りなんだ」

 静寂が落ち、シーラの戸惑う声が響く。

「で、でも……ケインは人の姿をしているわ」

 たおやかな手が俺の髪を撫で、頬を滑り降りる。存在を確かめるように。

「信じられない?」
「ケインの言うことだから信じたいけれど……」
「元の姿に戻ってもいいけれど、ただ、これだけは知っておいて欲しい。ドラゴンの姿になるのは危険なんだ」
「どうして?」
「人間に駆り立てられて絶滅したと言っただろう? ドラゴンの体は長寿の秘薬になる。生き残りがいることが知られたら、追い回されるに決まっている」

 シーラは息を飲んだ。

「でも、だ、だったら、ケインは人間が憎くはないの?」
「……俺はもともと人間びいきだったんだ。人間の友人もたくさんいて、魔術師に目をつけられた時も、彼らが俺を逃がしてくれた。そんな俺に仲間はあまりいい顔をしなかったけどな。でも俺はどうしても人間を嫌いになれない」
「仲間がいなくなって、寂しくはない?」
「寂しいさ。だからここにいる。人がいる町の傍に……」

 俺はシーラの金の髪を手ですいた。

「……君が望むなら、ドラゴンの姿になるけど、どうか悲鳴は上げないで欲しい。頼めるかな?」

 シーラが笑って頷く様を見て俺は覚悟を決める。
 魔力の流れを変えれば手足が変形し、体が大きくふくれあがった。
 不安を抱えながらもなじみのある感触に俺は生き返ったような喜びを感じ、のびをするように翼を大きく広げる。この上もない開放感を感じて叫びたかったが、それはやめておいた。ドラゴンの雄叫びは必ず注目されてしまう。

 下を見ればシーラの小さな姿が見える。
 俺の目から見れば人間は本当に小さい。
 小さくて脆弱だが、愛おしい。

 恐る恐るシーラに向かって手を伸ばせば、彼女はためらうことなく俺に触れてきた。慈しむような彼女のその仕草に心が震える。この時感じたのはまさしく歓喜だった。
 ああ、愛している、シーラ。俺の全てを君に捧げよう。
 もし人間の姿であったなら騎士のように跪いていたに違いない。

「大空を飛ぶってどんな気持ち?」

 シーラにそう問われて、危険だとは分かっていたが、彼女を背に乗せて空を飛んでみせた。彼女が寒くないようにと、体内に持つ炎炉で周囲の空気を暖めるのも忘れない。上空の大気はとても冷たいのだ。

「リボンがとってもかわいいわ」

 シーラがくすくすと笑う。彼女の体を支えるための紐を首に巻き付けたのだが、それがひらりひらりと風になびき、アクセサリーのように見えるらしい。かわいいと言われても嬉しくはないが、シーラが喜ぶのは嬉しい。
 彼女に乞われるまま大空を自在に飛び回った。
 彼女の笑い声一つで俺の心は幸せ色に染まる。

 百年以上も自分の翼を封印してきたのだ。これくらいは許されるだろう、そう思ったのが甘かったようだ。空を飛ぶドラゴンの噂はあっという間に広がり、隣国の宮廷魔術師の耳に入ってしまったのである。
 魔術師は天敵だ。あいつらに仲間を滅ぼされたと言ってもいい。ドラゴンの鱗は硬く、どんな武器も弾くが、唯一魔術の縛りには弱かった。あれにやられると体の自由がきかない。

 そう、分かっていたはずなのに……。
 シーラと過ごす甘い蜜月のような日々が、俺の警戒心を鈍らせたらしい。
 俺は捕まった。なんともあっけない幕切れである。

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