2 / 9
第一章 愛しの姫君
第二話 気が付けば大人(ケイン編)
しおりを挟む
翌日、煉瓦の家が立ち並ぶ町並みをずんずん歩けば、注目の的だ。いつもは別の意味で注目を浴びる。むさ苦しい大男という意味で人目を引くのだが、今回は別だ。愛くるしい子供の姿に誰もが興味を示す。
さっそく酒飲み仲間の一人が俺を見つけ、興味津々近づいてきた。シーラの愛らしい顔を覗き込み、にんまりと笑う。
「ケイン、その子供はどうした? お前さんの子か?」
ジムはやせっぽちで体重など俺の半分以下だろう、にやにやと笑う顔にしまりはない。まさか、と俺は笑って答えた。
「違う。森で拾ったんだ。養い手を探してる。子供が欲しい奴らを集めてくれ」
よしきたとジムは安請け合いし、町の中心にある広場に大勢の人間が集まった。そこには立派な教会もある。たくさんの人間に取り囲まれて、シーラはさあっと俺の後ろに隠れた。どうやら人見知りをするタイプらしい。
町の食堂を切り盛りしているソフィが、人の良い丸顔をほころばせた。
恰幅のいい中年女性で、とかく威勢が良い。酔った大の男も彼女の手にかかれば形無しだ。世話好きで近所の子供達をたいそう可愛がっていたが、自分の子供はまだいない。
「まぁ、まぁ、何て可愛らしい……」
シーラを見るソフィの目が、とろけるように甘い。
俺はそうした周囲の反応を喜んだが、予想外の出来事に頭を抱えた。引き取り手があまたで、逆に中々話がまとまらないのだ。こういった事態は考えていなかった。シーラの両親が盗賊に殺されたという話は同情を引き、彼女の可憐な容姿と相まって、俺が、いやわたしがと引っ張り合う始末である。
結局、その場を収めたのはソフィだった。
彼女がシーラを一時的に預かることになり、俺はほっと胸をなで下ろす。まぁ、これが一番妥当だろう、そう思ったが、シーラをいざ手放す段階になって、不思議な感情がわき上がる。シーラの何とも心細そうな表情に胸をつかれたのだ。けれど、この俺がソフィ以上の養い親になれるはずもない。
俺は自分の胸にわき上がった感情にあえてふたをし、
「ソフィがお前の面倒を見てくれる。俺のとこよりずっといい」
そう言って彼女を手放した。そう、俺の所よりはずっと良いはずだ、そう自分に言い聞かせて……
問題が勃発したのはそのわずか数日後だ。
シーラが人買いにさらわれたと聞かされ、俺は肝を冷やす羽目となる。広場で見せびらかしたのがまずかったようで、ソフィが泣きながら俺の所へ駆け込んできたのだ。
「ケイン! 助けておくれ! あの子が、あの子が……」
話を聞き、舌打ちが漏れる。
町中でほんの少し目を離した隙にさらわれたらしい。
人間というのは本当に厄介だ。同種族を売り買いするのは人間だけだ。俺達は他の者が生んだ子供でも大事にする。ぽこぽこ子供を産める人間とは違い、俺達は滅多に子供を授からない。まさしく子供は宝なのである。
泣き崩れるソフィを家に帰し、俺は人買いが集まる場所に単身乗り込んだ。
言うまでも無く全員ぼこぼこだ。シーラが檻に入れられている様を見て、さらに蹴りを追加した。この扱いは酷い。なんちゅう無体な真似を。
泣きべそをかいていたシーラは俺を目にするなり、顔を輝かせて飛びついてきた。抱き上げてやれば、天使の笑顔だ。人さらい達にはもう二度とやりませんと土下座させたが、信用など出来るものか。
結局、シーラは俺の家に置くことになった。俺の家には人さらいどころか、熊も狼も近寄らない。で、毎日キノコのスープを食べさせていたら、ソフィに叱られてしまった。栄養失調になると小言を言われ、仕方なくソフィが経営する料理屋で料理を習うことにする。
数年もたつと、あっという間にシーラが俺の腕前を追い越してしまったが。
「はい、ケイン。たくさん食べてね」
輝くばかりのシーラの笑顔に、俺は目を細めた。
十数年も経つとシーラはすっかり女らしくなり、こうして家事全般を引き受けてくれるようになった。実にありがたい。
うん、うまい。そう言えば、シーラが嬉しそうに笑う。
美しく成長した彼女には求婚者が殺到していた。無論、全員追い返していたが……。親バカと言われても構わない。シーラは俺の娘も同然だ。滅多な男に渡すものかと思う。
第一、どいつもこいつも彼女の本当の良さを分かっていない。
俺と一緒になって森を駆け回る彼女は本当に素晴らしく、妖精のようなのだ。はしゃいだり笑ったり、ころころ変わる表情もまた愛らしい。そんな彼女を見て、はしたないと言う方がどうかしている。こんなにも美しい生き物はいないのに、と俺は思う。
そもそも町で見かける女達はどれもこれも面白味がない。つんとすまして着飾り、おほほあははと笑う。何が楽しいのかこっちにはさっぱりだ。
まぁ、俺が近寄れば大概は嫌な顔をされるので、お互い様かも知れないが。
気っ風のいい中年女性には好かれるが、おしとやかな年頃の女性には嫌われる。そういう質らしいので、こればかりはどうしようもない。
「ケイン、あんた結婚はしないのかい?」
ある時、世話好きのソフィがそんな事を言うも、結婚は相手がいなければどうしようもない。同種族は既に絶えているので結婚など夢の又夢だ。俺が最後の生き残り……そう考えると、何だか寂しい気持ちに襲われる。
俺が死ねば俺の種族はきっと伝説になるんだろうな……。架空の生き物として扱われ、本当に存在したかどうかも危ぶまれるようになる。
青空の眩しさに目を細めた。
あの大空を飛んだのはいつ以来だったろうか……。
ぼんやりしていると、ソフィが疑わしそうに俺の顔を覗き込んでくる。
「まさかあんた、シーラちゃんを狙ってるんじゃないだろうね?」
流石にそれはありえない。俺は苦笑する。
「シーラが相手にしないよ」
俺だって人間の女からどう見られているかくらいは分かる。色男ではないのは確実だ。何より種族が違うから……はて、奇跡が起こっても、子供なんか出来るのか? 人間と交わった奴なんか聞いたことがないから分からない。
この姿は仮初めのものだ。ずっと一人でいることが寂しくて、人里に出る為にこんな風に姿形を変えた。だから、子供は無理だろう。出来たら嬉しいが……
さっそく酒飲み仲間の一人が俺を見つけ、興味津々近づいてきた。シーラの愛らしい顔を覗き込み、にんまりと笑う。
「ケイン、その子供はどうした? お前さんの子か?」
ジムはやせっぽちで体重など俺の半分以下だろう、にやにやと笑う顔にしまりはない。まさか、と俺は笑って答えた。
「違う。森で拾ったんだ。養い手を探してる。子供が欲しい奴らを集めてくれ」
よしきたとジムは安請け合いし、町の中心にある広場に大勢の人間が集まった。そこには立派な教会もある。たくさんの人間に取り囲まれて、シーラはさあっと俺の後ろに隠れた。どうやら人見知りをするタイプらしい。
町の食堂を切り盛りしているソフィが、人の良い丸顔をほころばせた。
恰幅のいい中年女性で、とかく威勢が良い。酔った大の男も彼女の手にかかれば形無しだ。世話好きで近所の子供達をたいそう可愛がっていたが、自分の子供はまだいない。
「まぁ、まぁ、何て可愛らしい……」
シーラを見るソフィの目が、とろけるように甘い。
俺はそうした周囲の反応を喜んだが、予想外の出来事に頭を抱えた。引き取り手があまたで、逆に中々話がまとまらないのだ。こういった事態は考えていなかった。シーラの両親が盗賊に殺されたという話は同情を引き、彼女の可憐な容姿と相まって、俺が、いやわたしがと引っ張り合う始末である。
結局、その場を収めたのはソフィだった。
彼女がシーラを一時的に預かることになり、俺はほっと胸をなで下ろす。まぁ、これが一番妥当だろう、そう思ったが、シーラをいざ手放す段階になって、不思議な感情がわき上がる。シーラの何とも心細そうな表情に胸をつかれたのだ。けれど、この俺がソフィ以上の養い親になれるはずもない。
俺は自分の胸にわき上がった感情にあえてふたをし、
「ソフィがお前の面倒を見てくれる。俺のとこよりずっといい」
そう言って彼女を手放した。そう、俺の所よりはずっと良いはずだ、そう自分に言い聞かせて……
問題が勃発したのはそのわずか数日後だ。
シーラが人買いにさらわれたと聞かされ、俺は肝を冷やす羽目となる。広場で見せびらかしたのがまずかったようで、ソフィが泣きながら俺の所へ駆け込んできたのだ。
「ケイン! 助けておくれ! あの子が、あの子が……」
話を聞き、舌打ちが漏れる。
町中でほんの少し目を離した隙にさらわれたらしい。
人間というのは本当に厄介だ。同種族を売り買いするのは人間だけだ。俺達は他の者が生んだ子供でも大事にする。ぽこぽこ子供を産める人間とは違い、俺達は滅多に子供を授からない。まさしく子供は宝なのである。
泣き崩れるソフィを家に帰し、俺は人買いが集まる場所に単身乗り込んだ。
言うまでも無く全員ぼこぼこだ。シーラが檻に入れられている様を見て、さらに蹴りを追加した。この扱いは酷い。なんちゅう無体な真似を。
泣きべそをかいていたシーラは俺を目にするなり、顔を輝かせて飛びついてきた。抱き上げてやれば、天使の笑顔だ。人さらい達にはもう二度とやりませんと土下座させたが、信用など出来るものか。
結局、シーラは俺の家に置くことになった。俺の家には人さらいどころか、熊も狼も近寄らない。で、毎日キノコのスープを食べさせていたら、ソフィに叱られてしまった。栄養失調になると小言を言われ、仕方なくソフィが経営する料理屋で料理を習うことにする。
数年もたつと、あっという間にシーラが俺の腕前を追い越してしまったが。
「はい、ケイン。たくさん食べてね」
輝くばかりのシーラの笑顔に、俺は目を細めた。
十数年も経つとシーラはすっかり女らしくなり、こうして家事全般を引き受けてくれるようになった。実にありがたい。
うん、うまい。そう言えば、シーラが嬉しそうに笑う。
美しく成長した彼女には求婚者が殺到していた。無論、全員追い返していたが……。親バカと言われても構わない。シーラは俺の娘も同然だ。滅多な男に渡すものかと思う。
第一、どいつもこいつも彼女の本当の良さを分かっていない。
俺と一緒になって森を駆け回る彼女は本当に素晴らしく、妖精のようなのだ。はしゃいだり笑ったり、ころころ変わる表情もまた愛らしい。そんな彼女を見て、はしたないと言う方がどうかしている。こんなにも美しい生き物はいないのに、と俺は思う。
そもそも町で見かける女達はどれもこれも面白味がない。つんとすまして着飾り、おほほあははと笑う。何が楽しいのかこっちにはさっぱりだ。
まぁ、俺が近寄れば大概は嫌な顔をされるので、お互い様かも知れないが。
気っ風のいい中年女性には好かれるが、おしとやかな年頃の女性には嫌われる。そういう質らしいので、こればかりはどうしようもない。
「ケイン、あんた結婚はしないのかい?」
ある時、世話好きのソフィがそんな事を言うも、結婚は相手がいなければどうしようもない。同種族は既に絶えているので結婚など夢の又夢だ。俺が最後の生き残り……そう考えると、何だか寂しい気持ちに襲われる。
俺が死ねば俺の種族はきっと伝説になるんだろうな……。架空の生き物として扱われ、本当に存在したかどうかも危ぶまれるようになる。
青空の眩しさに目を細めた。
あの大空を飛んだのはいつ以来だったろうか……。
ぼんやりしていると、ソフィが疑わしそうに俺の顔を覗き込んでくる。
「まさかあんた、シーラちゃんを狙ってるんじゃないだろうね?」
流石にそれはありえない。俺は苦笑する。
「シーラが相手にしないよ」
俺だって人間の女からどう見られているかくらいは分かる。色男ではないのは確実だ。何より種族が違うから……はて、奇跡が起こっても、子供なんか出来るのか? 人間と交わった奴なんか聞いたことがないから分からない。
この姿は仮初めのものだ。ずっと一人でいることが寂しくて、人里に出る為にこんな風に姿形を変えた。だから、子供は無理だろう。出来たら嬉しいが……
51
あなたにおすすめの小説
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。
さら
恋愛
私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。
そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。
王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。
私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。
――でも、それは間違いだった。
辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。
やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。
王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。
無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。
裏切りから始まる癒しの恋。
厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる