華麗に離縁してみせますわ!

白乃いちじく

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おもしろ小話番外編

1、熱烈ラブレター(後編:エイディー視点)

 エイドリアンは思わず身を引き、ギデオンの傍に控えていたヴィスタニアの近衛兵達がずざざと後ろへ下がった。鍛え上げられた精鋭が、である。
 ひ、冷や汗が……
 エイドリアンは生きた心地もしない。

 怒ってる? 怒ってるんだよな? 気のせいじゃない。絶対気のせいじゃない。無表情だけれど陛下から吹き出すオーラが黒い。緑の目がまるで燃えているかのよう。
 まぁ、そ、そうだよな。褒めてはいても、立派なエロだもんな。やっぱり下世話ってことになるのか……。確かにそんなものを娘に見せたい親はいない。
 オーギュストの鋭い視線がエイドリアンに向く。

「お前が書いたのか?」

 その視線がぶっ刺さるよう。
 はうあ! カ、カンベンして!
 エイドリアンは首を横にぶんぶん振った。オーギュストのそれは、まさに鬼のような形相だ。下手な受け答えをしたら命に関わる! そう判断したエイドリアンは必死こいて身の潔白を主張した。

「ち、違います、違います! 流石にそんな文章は書けません!」

 書く気もありませんが! と心の中で付け加える。
 オーギュストの唸るような声が続く。

「……言い回しが、ちまたで流行っている三文芝居の役者の台詞にそっくりだな。それを丸写しか? しかもこの癖のある悪筆……」

 オーギュストの視線が、今度は横手のギデオンに向いた。
 するとギデオンはそっぽを向き、ピーピピピーと口笛を吹くという、わざとらしすぎるとぼけ方をし、ちらりとオーギュストを見る。

「その、お前ならそういった文章を書くだろうと思ってな」

 ぼそりとそう言った。ギデオンの言い分に、オーギュストの目がすうっと半眼になる。まるで獲物を狙い定めた野生の獣のよう。

「ほう? もしかして私が書いた恋文だと偽って、ローザに渡したのか? この卑猥で、品性下劣な、言葉の羅列を、よりにもよって! ローザに見せたと……」

 一言一言区切るその言い方が……こ、怖い、怖い、怖い!  火山噴火、大地震の前触れのよう。ギデオンも流石にまずいと思ったらしい。

「い、偽ってない! むっつりスケベだろう、お前! 絶対ブリュンヒルデにこういった事を言っていたはずだ! 私はそれを代弁しただけ! 嘘偽りの無い真実だ!」

 切羽詰まったか、火に油を注ぐような事を口にする。
 オーギュストの手の中の手紙が、ぐしゃりと握りつぶされた。

「文書偽造に名誉毀損……半年間、入国禁止だ! この馬鹿者が!」

 オーギュストの宣言に、ギデオンが目を剥いた。

「ぬおお! 何でだ! ローザちゃんを喜ばせようとしただけなのにいいいいいい!」

 ギデオンの叫びに、オーギュストは憤怒の形相だ。

「こんなもので誰が喜ぶか! このたわけ! こういうのは性的嫌がらせと言うんだ!」

 オーギュスト同様、ギデオンもまたソファから勢いよく立ち上がる。

「そんなことはない! 女官達はこういったものを喜ぶぞ!」

 ギデオンの叫びにエイドリアンは驚いた。
 え? 自国の女官にこう言ったことを言っている? まずくないか? それ……

「それは権力に対する媚だと何度言えば分かる! いい加減理解しろ!」

 オーギュストの拳が飛ぶ。
 流石戦神、ギデオンは首を捻り、それを間一髪でかわしたように見えたが、オーギュストが放った二発目のボディブローをまともに食らい、顔が沈む。そこをすかさず蹴り上げられ、ギデオンの巨体が後方にぶっ飛んだ。
 怪物陛下と戦神、二大怪獣の組み手である。その迫力たるや、凄まじい。
 周囲を固めていた近衛兵達は誰も近づけず、余波を受けた家具が無残な有様に……。二人の拳や蹴りで木っ端微塵だ。

 被害を受けないよう、エイドリアンはローザと共に部屋の隅に移動するも、ギデオン皇帝の巨体がオーギュストの回し蹴りで窓をぶち破り、外へ飛び出した様を目撃して、ぎょっとなった。
 え? ここ、二階……だ、大丈夫か? あ、テラスがあるか。
 ほっとしたのもつかの間、オーギュストの追撃でギデオン皇帝は、今度こそテラスから見事に落下した。

 オーギュストの蹴りをまともに食らったギデオンの巨体は、一瞬空中に浮かんだように見え、最後のあがきとばかりに、鳥のようにぱたぱたと手を動かすも、あっけなく落下したのである。まぁ、飛べるわけがない。
 側近達が声にならない悲鳴を上げる。

「皇帝陛下ぁああああ!」
「あああ、追え、お前達、追うんだ!」

 ギデオン皇帝の側近と近衛兵達が慌てて彼の後を追い、しんっと静まりかえった室内でエイドリアンは呆然と窓の壊れたテラスを眺め、恐る恐る突っ込んだ。

「え、あの……大丈夫、で、しょうか?」
「……あいつは頑丈だ。あれくらい何てことはない」

 やり合い慣れているのか、オーギュストが憤然とそう言い放つ。
 いいんですかぁ! エイドリアンはそう叫びそうになるも、手紙をビリビリと破って捨てているオーギュストに声など掛けられそうにない。空気が怖い。ひたすら怖い。背中から無言の圧力を感じる。

「それは?」

 振り向いたオーギュストが、ローザが手にしているもう一つの恋文に目を付ける。
 こちらは以前、エイドリアンが書いたものだ。エイドリアンからの恋文を喜んでくれたローザはこうして持ち歩き、時折目にして楽しんでいたのである。

「こ、これは、エイディーがわたくしにくれたものですわ!」

 ローザが慌てて言った。

「お前からの手紙?」

 オーギュストの鋭い視線がエイドリアンに向き、再び及び腰だ。

「え、ええっと、はい、そう、です……」
「とても素敵な恋文ですのよ、お父様。見てみますか?」

 ローザが手にした文を広げてみせる。
 その文を目にしたオーギュストがぽつりと言った。

「……文才があるな」

 ぽつりとそう口にし、エイドリアンは驚いた。え? もしかして褒められた? オーギュストの台詞に、ローザがぱっと顔を輝かせた。

「まぁ、お父様もそう思いました? わたくしもですのよ。詩的な響きがとても素敵ですわよね」

 ローザもベタ褒めである。
 何だろう、照れ臭い。照れ臭いけど嬉しい。オーギュスト陛下から先程までの険悪な空気が綺麗さっぱり消えている。よほど気に入ってくれたと言うことか……
 書いて良かったとエイドリアンはほっと胸をなで下ろす。
 その夜、催された晩餐会に、本当にかすり傷で済んだギデオンが何食わぬ顔で出席し、彼のタフさを証明してくれた。

「どうして父からの恋文だなんて、嘘をついたんですの?」

 晩餐の席でローザにそう問い詰められて、ギデオンは身を縮めた。

「その……本物は随分昔に燃やしてしまったから、その代わりに……」
「はい?」
「いや、その……あいつが書き綴った美辞麗句なんて見たくも無かったので、そのまま暖炉にぽいっと……ローザちゃんが見たがるなんて思わなくて……」

 ローザが目を剥いた。

「まぁ! 母がもらった手紙を、勝手に捨てたんですの?」
「いや、だから、その……悪かった! 怒らないで、ローザちゃあああああん!」
「知りません!」

 ギデオンが泣きつくも、ローザにそっぽを向かれてしまう。踏んだり蹴ったりなギデオンであった。

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