華麗に離縁してみせますわ!

白乃いちじく

文字の大きさ
64 / 93
おもしろ小話番外編

5、思い出をもう一度(後編:ローザ視点)

しおりを挟む
「お父様、今日はどちらへ?」

 ローザもまた微笑んだ。今日は二人っきりで出かけるとそう告げられていたので、残念ながらエイドリアンはウォレンと留守番だ。いじけていないと良いけれど。そんなことを思って、ローザは笑う。

「思い出の場所へ」

 オーギュストが眩しそうに目を細める。

「その花は?」
「ブリュンヒルデに」
「お母様に?」
「ああ」

 護衛された馬車に乗って辿り着いた先は、岩山がそびえ立つ絶壁の真下だ。オーギュストから手にしたバスケットとかすみ草を渡されたローザは、その場で抱きかかえられてびっくりした。お姫様のような横抱きだ。

「お父様?」
「目的地はこの上だからな。しっかり掴まっていろ」

 オーギュストの黒髪が風に翻る。ローザが見上げる先には、そびえ立つ岩山があった。この上? どうしてもローザの視線が、訝しげなものになってしまう。

「お前達はここで待機だ」

 付いてきていた護衛の者達にそう告げると、オーギュストはローザを抱えたまま崖にも等しい岩山を軽々登り始めた。まるでカモシカである。ふわりふわりと空を飛ぶような感覚にローザは声を上げて笑った。

「まぁ、ふふ。わたくし、自分で登れますわ」

 ローザの脚力はやはり父親譲りだ。遅れずついていける自信がある。そう告げると、オーギュストに笑われてしまう。

「ドレスだろう?」
「言って下されば、男装してきましたのに」
「いいんだ。ブリュンヒルデの時は、いつもこうやって頂上まで連れて行っていた」
「あら、もしかしてお母様とのデートの場所でしたの?」
「そうだ」

 上から見下ろす眼下の景色は美しかった。遠くに輝いて見える海がこれまた素晴らしい。母親のお気に入りの場所だと聞かされ、ローザは喜んだ。両手を広げて、清々しい空気を胸いっぱいに吸い込む。

「綺麗ですわ」
「気に入ったか?」
「ええ、とても」

 オーギュストの手がローザの金の髪を軽くすいた。

「碧いその眼差しは、まるで多くの命を慈しみ育てる海のよう。きらめく波間のように美しい」

 父親の賞賛がくすぐったい。

「まぁ、どうなさったんですの? いきなり……」
「母親に送った恋文を見たいと、お前がそう言った」

 オーギュストが笑い、ローザは目を見張った。以前自分が言った言葉を覚えていたのだと、ローザは気が付く。それで、こうしてその内容を口にしてくれたのだと……

 その後も父親の口から切々と語られる言葉は、愛に溢れていて胸を突く。言葉の一つ一つがきらめく星のように美しく、一瞬にして溶け消える雪のように儚げで、木漏れ日のように温かく、赤々と燃える炎のように熱く激しい。
 思わず涙が零れてしまった。

「お母様を愛していたんですのね?」
「この上もなく」

 額に接吻だ。そのまま父親に抱きしめられて、ローザは笑う。
 ふふ、こんな日がくるなんて思いませんでしたわね。
 他人よりも余所余所しかった日々を思い出し、ローザは口元をほころばせた。

「……お父様がこんなに情熱家だったなんて知りませんでしたわ」
「誰にでも、というわけではないからな」

 抱きしめられたまま、オーギュストに笑われた気がした。
 ええ、そうですわね、ローザもまた笑って同意する。

 お父様は人を寄せ付けませんもの。孤高の狼……その呼称通り、身にまとう空気に気圧されて、誰も近づけない。近寄らせない。懐深くまで入れた者にだけ、こうした一面を見せてくれるのでしょう。赤い薔薇に喩えられるような熱情を。

 ローザはオーギュストの背に腕を回し、そっと抱きしめ返した。
 バスケットの中にはワインと軽食が入っていて、それを岩の上に広げると、オーギュストにチーズを塗ったバゲットを口に入れられ、ローザはくすぐったい気持ちになった。前回のピクニックとは逆の立場である。親鳥に餌を運ばれる雛のよう。

「お父様もあの本を読んだんですの?」

 口の中のバゲットを咀嚼して飲み込み、ローザがそう問うた。「親交を深める百の方法」という本の中に、仲良くなりたい相手と物を食べさせ合うというものがあったのだ。
 オーギュストが首を傾げた。緑の瞳の中に浮かぶのは困惑である。

「本? いや? ブリュンヒルデがやりたいと言っていた事を、私が代わってやっているだけだ」
「お母様が?」
「ああ。頭の中にリストがあるぞ。こうしてやりたい、ああしてやりたいって、いろんな事を楽しそうに話していた。今回のは出先で見かけた仲の良い親子を見て、ブリュンヒルデはそれを真似したがったんだ。あんな風な親子になりたいと……」

 ふっと言葉が途切れて、オーギュストが顔を背けた。
 思い出が鮮やかすぎたのだろう、ローザは深追いせず、黙って父親の背に自分の背を預けた。泣きたいときは泣いた方が良い。特に父は、滅多にこうした感情を表に出さないのだから……

「愛していますわ、お父様」
「ああ、私もだ」

 オーギュストはそう答えた。声が震えていたことには、気が付かないふりをする。自分の背に父親の背の温もりを感じながら、ローザは目を閉じた。

しおりを挟む
感想 1,157

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。