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おもしろ小話番外編
5、思い出をもう一度(後編:ローザ視点)
「お父様、今日はどちらへ?」
ローザもまた微笑んだ。今日は二人っきりで出かけるとそう告げられていたので、残念ながらエイドリアンはウォレンと留守番だ。いじけていないと良いけれど。そんなことを思って、ローザは笑う。
「思い出の場所へ」
オーギュストが眩しそうに目を細める。
「その花は?」
「ブリュンヒルデに」
「お母様に?」
「ああ」
護衛された馬車に乗って辿り着いた先は、岩山がそびえ立つ絶壁の真下だ。オーギュストから手にしたバスケットとかすみ草を渡されたローザは、その場で抱きかかえられてびっくりした。お姫様のような横抱きだ。
「お父様?」
「目的地はこの上だからな。しっかり掴まっていろ」
オーギュストの黒髪が風に翻る。ローザが見上げる先には、そびえ立つ岩山があった。この上? どうしてもローザの視線が、訝しげなものになってしまう。
「お前達はここで待機だ」
付いてきていた護衛の者達にそう告げると、オーギュストはローザを抱えたまま崖にも等しい岩山を軽々登り始めた。まるでカモシカである。ふわりふわりと空を飛ぶような感覚にローザは声を上げて笑った。
「まぁ、ふふ。わたくし、自分で登れますわ」
ローザの脚力はやはり父親譲りだ。遅れずついていける自信がある。そう告げると、オーギュストに笑われてしまう。
「ドレスだろう?」
「言って下されば、男装してきましたのに」
「いいんだ。ブリュンヒルデの時は、いつもこうやって頂上まで連れて行っていた」
「あら、もしかしてお母様とのデートの場所でしたの?」
「そうだ」
上から見下ろす眼下の景色は美しかった。遠くに輝いて見える海がこれまた素晴らしい。母親のお気に入りの場所だと聞かされ、ローザは喜んだ。両手を広げて、清々しい空気を胸いっぱいに吸い込む。
「綺麗ですわ」
「気に入ったか?」
「ええ、とても」
オーギュストの手がローザの金の髪を軽くすいた。
「碧いその眼差しは、まるで多くの命を慈しみ育てる海のよう。きらめく波間のように美しい」
父親の賞賛がくすぐったい。
「まぁ、どうなさったんですの? いきなり……」
「母親に送った恋文を見たいと、お前がそう言った」
オーギュストが笑い、ローザは目を見張った。以前自分が言った言葉を覚えていたのだと、ローザは気が付く。それで、こうしてその内容を口にしてくれたのだと……
その後も父親の口から切々と語られる言葉は、愛に溢れていて胸を突く。言葉の一つ一つがきらめく星のように美しく、一瞬にして溶け消える雪のように儚げで、木漏れ日のように温かく、赤々と燃える炎のように熱く激しい。
思わず涙が零れてしまった。
「お母様を愛していたんですのね?」
「この上もなく」
額に接吻だ。そのまま父親に抱きしめられて、ローザは笑う。
ふふ、こんな日がくるなんて思いませんでしたわね。
他人よりも余所余所しかった日々を思い出し、ローザは口元をほころばせた。
「……お父様がこんなに情熱家だったなんて知りませんでしたわ」
「誰にでも、というわけではないからな」
抱きしめられたまま、オーギュストに笑われた気がした。
ええ、そうですわね、ローザもまた笑って同意する。
お父様は人を寄せ付けませんもの。孤高の狼……その呼称通り、身にまとう空気に気圧されて、誰も近づけない。近寄らせない。懐深くまで入れた者にだけ、こうした一面を見せてくれるのでしょう。赤い薔薇に喩えられるような熱情を。
ローザはオーギュストの背に腕を回し、そっと抱きしめ返した。
バスケットの中にはワインと軽食が入っていて、それを岩の上に広げると、オーギュストにチーズを塗ったバゲットを口に入れられ、ローザはくすぐったい気持ちになった。前回のピクニックとは逆の立場である。親鳥に餌を運ばれる雛のよう。
「お父様もあの本を読んだんですの?」
口の中のバゲットを咀嚼して飲み込み、ローザがそう問うた。「親交を深める百の方法」という本の中に、仲良くなりたい相手と物を食べさせ合うというものがあったのだ。
オーギュストが首を傾げた。緑の瞳の中に浮かぶのは困惑である。
「本? いや? ブリュンヒルデがやりたいと言っていた事を、私が代わってやっているだけだ」
「お母様が?」
「ああ。頭の中にリストがあるぞ。こうしてやりたい、ああしてやりたいって、いろんな事を楽しそうに話していた。今回のは出先で見かけた仲の良い親子を見て、ブリュンヒルデはそれを真似したがったんだ。あんな風な親子になりたいと……」
ふっと言葉が途切れて、オーギュストが顔を背けた。
思い出が鮮やかすぎたのだろう、ローザは深追いせず、黙って父親の背に自分の背を預けた。泣きたいときは泣いた方が良い。特に父は、滅多にこうした感情を表に出さないのだから……
「愛していますわ、お父様」
「ああ、私もだ」
オーギュストはそう答えた。声が震えていたことには、気が付かないふりをする。自分の背に父親の背の温もりを感じながら、ローザは目を閉じた。
ローザもまた微笑んだ。今日は二人っきりで出かけるとそう告げられていたので、残念ながらエイドリアンはウォレンと留守番だ。いじけていないと良いけれど。そんなことを思って、ローザは笑う。
「思い出の場所へ」
オーギュストが眩しそうに目を細める。
「その花は?」
「ブリュンヒルデに」
「お母様に?」
「ああ」
護衛された馬車に乗って辿り着いた先は、岩山がそびえ立つ絶壁の真下だ。オーギュストから手にしたバスケットとかすみ草を渡されたローザは、その場で抱きかかえられてびっくりした。お姫様のような横抱きだ。
「お父様?」
「目的地はこの上だからな。しっかり掴まっていろ」
オーギュストの黒髪が風に翻る。ローザが見上げる先には、そびえ立つ岩山があった。この上? どうしてもローザの視線が、訝しげなものになってしまう。
「お前達はここで待機だ」
付いてきていた護衛の者達にそう告げると、オーギュストはローザを抱えたまま崖にも等しい岩山を軽々登り始めた。まるでカモシカである。ふわりふわりと空を飛ぶような感覚にローザは声を上げて笑った。
「まぁ、ふふ。わたくし、自分で登れますわ」
ローザの脚力はやはり父親譲りだ。遅れずついていける自信がある。そう告げると、オーギュストに笑われてしまう。
「ドレスだろう?」
「言って下されば、男装してきましたのに」
「いいんだ。ブリュンヒルデの時は、いつもこうやって頂上まで連れて行っていた」
「あら、もしかしてお母様とのデートの場所でしたの?」
「そうだ」
上から見下ろす眼下の景色は美しかった。遠くに輝いて見える海がこれまた素晴らしい。母親のお気に入りの場所だと聞かされ、ローザは喜んだ。両手を広げて、清々しい空気を胸いっぱいに吸い込む。
「綺麗ですわ」
「気に入ったか?」
「ええ、とても」
オーギュストの手がローザの金の髪を軽くすいた。
「碧いその眼差しは、まるで多くの命を慈しみ育てる海のよう。きらめく波間のように美しい」
父親の賞賛がくすぐったい。
「まぁ、どうなさったんですの? いきなり……」
「母親に送った恋文を見たいと、お前がそう言った」
オーギュストが笑い、ローザは目を見張った。以前自分が言った言葉を覚えていたのだと、ローザは気が付く。それで、こうしてその内容を口にしてくれたのだと……
その後も父親の口から切々と語られる言葉は、愛に溢れていて胸を突く。言葉の一つ一つがきらめく星のように美しく、一瞬にして溶け消える雪のように儚げで、木漏れ日のように温かく、赤々と燃える炎のように熱く激しい。
思わず涙が零れてしまった。
「お母様を愛していたんですのね?」
「この上もなく」
額に接吻だ。そのまま父親に抱きしめられて、ローザは笑う。
ふふ、こんな日がくるなんて思いませんでしたわね。
他人よりも余所余所しかった日々を思い出し、ローザは口元をほころばせた。
「……お父様がこんなに情熱家だったなんて知りませんでしたわ」
「誰にでも、というわけではないからな」
抱きしめられたまま、オーギュストに笑われた気がした。
ええ、そうですわね、ローザもまた笑って同意する。
お父様は人を寄せ付けませんもの。孤高の狼……その呼称通り、身にまとう空気に気圧されて、誰も近づけない。近寄らせない。懐深くまで入れた者にだけ、こうした一面を見せてくれるのでしょう。赤い薔薇に喩えられるような熱情を。
ローザはオーギュストの背に腕を回し、そっと抱きしめ返した。
バスケットの中にはワインと軽食が入っていて、それを岩の上に広げると、オーギュストにチーズを塗ったバゲットを口に入れられ、ローザはくすぐったい気持ちになった。前回のピクニックとは逆の立場である。親鳥に餌を運ばれる雛のよう。
「お父様もあの本を読んだんですの?」
口の中のバゲットを咀嚼して飲み込み、ローザがそう問うた。「親交を深める百の方法」という本の中に、仲良くなりたい相手と物を食べさせ合うというものがあったのだ。
オーギュストが首を傾げた。緑の瞳の中に浮かぶのは困惑である。
「本? いや? ブリュンヒルデがやりたいと言っていた事を、私が代わってやっているだけだ」
「お母様が?」
「ああ。頭の中にリストがあるぞ。こうしてやりたい、ああしてやりたいって、いろんな事を楽しそうに話していた。今回のは出先で見かけた仲の良い親子を見て、ブリュンヒルデはそれを真似したがったんだ。あんな風な親子になりたいと……」
ふっと言葉が途切れて、オーギュストが顔を背けた。
思い出が鮮やかすぎたのだろう、ローザは深追いせず、黙って父親の背に自分の背を預けた。泣きたいときは泣いた方が良い。特に父は、滅多にこうした感情を表に出さないのだから……
「愛していますわ、お父様」
「ああ、私もだ」
オーギュストはそう答えた。声が震えていたことには、気が付かないふりをする。自分の背に父親の背の温もりを感じながら、ローザは目を閉じた。
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