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仮面卿外伝【第一章 太陽と月が出会う時】
第三話 バカップルを真似てみた
翌朝、従者の手によって、オーギュストから、かすみ草の花束が届けられた。今日はブリュンヒルデの十六才の誕生である。腕一杯のかすみ草を抱えて、アンバーが喜びに顔を輝かせた。
「姫様、見てください! かすみ草をこんなにたくさん! 姫様がお好きな花ですね?」
アンバーからかすみ草の花束を受け取り、ブリュンヒルデは顔をほころばせる。アンバーが感心したように言った。
「オーギュスト殿下は本当にマメですよね。贈り物はこうして何度も届けられますし、手紙もそう。ギデオン皇太子殿下も見習ったらよろしいのに……。姫様の恋路の邪魔ばかりして、御自分がライード公爵令嬢に振られたら笑えませんよ。ああ、そういえば、ピンクダイヤの髪飾りもいただいたんですね? 今日おつけになりますか?」
「ええ、お願い」
ブリュンヒルデが楽しそうに笑う。なんとも素敵な一日の始まりだった。
「ご機嫌よう、ブリュンヒルデ皇女殿下」
朝食後、アンバーと共に書庫を訪れたブリュンヒルデの元へやってきたのは、従姉妹のアナベルだ。リトア公国へ嫁いだ皇妹が母親なので、身分は公女である。キャラメルブロンドの美女で、ブリュンヒルデより一つ年上だが、随分と大人びて見える。
「ご機嫌よう、アナベル公女殿下」
ブリュンヒルデが挨拶を返すと、アナベルが笑った。
「一応、ご婚約おめでとう。でも、これで勝ったなんて思わないでね?」
意図を図りかね、ブリュンヒルデが眉をひそめると、アナベルが再び艶やかに笑う。
「あら、だって。正妃の座は逃しても、側室という手がありますもの。国へ帰ったら、オーギュスト殿下に正式に申し込む予定よ」
え……。面と向かってアナベルにそう言われ、ブリュンヒルデは絶句してしまう。どう言えばいいのか分からない。結婚もまだである。
婚約段階で側室……
ブリュンヒルデの反応を見て、アナベルが面白そうに笑った。
「あらぁ? 王室に嫁ぐ以上、これくらいは当然じゃない。それとも……女の一人や二人、囲うのも嫌だと裁量の狭いことをおっしゃる気ですの? 王妃としては少々不適格かもしれませんわね? いっそ、正妃の座を他の方に譲った方がよろしいかもしれませんわ?」
嫌みたっぷりのアナベルの台詞に、ブリュンヒルデよりも、主人を慕うアンバーの方が憤慨する。なんって失礼な! アンバーはそう思ったが、侍女の身分では文句を言うことも出来ない。口をぱくぱくさせ、無音で罵った。
「……決定権はオーギュにありますわ」
ブリュンヒルデがぽつりと言う。悲しいけれど、これは事実だ。反対したとしても、彼がその気になれば止められない。アナベルが勝ち誇ったように言う。
「ええ、当然、そうでしょうね。ふふ、楽しみですわ」
アナベルが余裕の足取りでその場を立ち去ると、アンバーがこらえていた怒りを爆発させる。
「何ですか! 何なんですか、あの失礼な物言いは!」
そして案の定、オーギュストと帝都の観光に行こうとすると、狙い澄ましたようにアナベルがやって来た。どこから聞きつけたのか知らないが、帝都の街並みを歩けるよう、きちんと質素な服を身につけている。
アナベルがにっこりと笑った。
「オーギュスト殿下、帝都の観光をなさるのなら、是非、ご一緒させてください。せっかくですもの。わたくしも帝都の街並みを見てみたいですわ」
「出来れば遠慮して欲しいんだが……」
オーギュストが難色を示すと、アナベルがたたみかけた。
「あら、そんな悲しいことおっしゃらないで? はるばる帝都までやってきたんですもの。皇女殿下の従姉妹として仲良くしていただきたいわ」
ブリュンヒルデの従姉妹という部分をやけに強調する。
「……ヒルデ?」
意見を聞かれて、ブリュンヒルデは迷った。アナベルはオーギュストに懸想している。出来るなら、オーギュストの言う通り遠慮してもらいたい。けれど、国同士の付き合いというものもある。単なる私情で邪険にしていいものかどうか……
ブリュンヒルデが迷っていると、オーギュストがため息交じりに言った。
「……分かった、一緒に行こう」
「良かった、嬉しいわ」
アナベルは喜び、はしゃいだ声を上げる。一緒の馬車に乗り込めば、アナベルがブリュンヒルデの髪飾りに目をとめた。
「あら、素敵。ピンクダイヤですの?」
「え、ええ」
「そう、私からの贈り物だ。ああ、よく似合っている」
すかさずオーギュストがブリュンヒルデの唇にちゅっと接吻し、そのままぐいっと引き寄せた。ブリュンヒルデは驚いた。こんな真似をされたことは一度もない。
オーギュ? ちょ、ちょっとひっつきすぎでは?
ブリュンヒルデは戸惑うも、腰から手を離してもらえない。馬車に揺られている間中、オーギュストにべったりである。どうしたって頬が熱を持つ。
それを目にしたアナベルの口元が引きつった。
「な、仲がよろしいんですのね?」
「ああ、見ての通りだ」
オーギュストがさらっと肯定する。いつもこんな感じですと言わんばかりだが、ブリュンヒルデは心中ぐるぐるだ。心の中で首を横にぶんぶん振る。
い、いえ、違うわよ? いつもはこんなにべったりひっついていません。オーギュ? 一体、ど、どうしちゃったの?
ブリュンヒルデは戸惑うばかりだ。
馬車から降りる段になると、アナベルはオーギュストに向かって手を差し出すも、すかさずその手を取ったのは、リンドルン王国の護衛騎士であるレアンドルである。
レアンドルはがっしりとした体格の偉丈夫だ。真面目な性格をそのまま体現したような男で、その表情はいつだって厳めしい。今もまた口を引き結んだまま、お手をどうぞとやっている。
アナベルが憤慨した。
「ちょ、ちょっとお! わたくしはオーギュスト殿下に!」
「その殿下からのご命令です」
きっぱりとレアンドルが言い、アナベルが目を剥いた。
「ま、待って! わたくは招待されてヴィスタニアに来たのよ? エスコートくらいしてくれても……」
オーギュストが冷ややかに言う。
「そうだな? だが、私も招待客だ。接待する義務がどこにある?」
ずばっと切り返され、アナベルが言葉に詰まった。確かにその通りである。直訳するなら、我が儘言っているのはお前だ、といったところか……
オーギュ、もしかして怒ってる?
ブリュンヒルデがそろりと見上げても、オーギュストの表情に変化は見られず、心中は分からない。とはいえ、貴族は大抵、こんな風に表情を取り繕うものだが……
オーギュストが笑った。それこそ見惚れるほど艶やかに。
「もしこれが気に入らないというのでしたら、アナベル公女殿下? このまま馬車で宮殿までお帰りください。帝都の散策は後日あらためてということで……」
「こ、このままでいいわよ!」
アナベルが憤然と言う。馬車を降りれば、先を歩く護衛の近衛兵達が皇族の為に道を作り、人を近づけることはない。近付くなという警告を無視すれば、やはり不敬罪で罰せられる。なので物見遊山の人だかりは、ずらりと並ぶ近衛兵達の向こう側だ。
「ね、見て……」
「凄い素敵……」
周囲を固めている近衛兵達の向こうから、ひそひそと囁く女達がの声が聞こえてくる。こうして街中を歩けば、どうしたってオーギュストに視線が集まる。なのに……
「ヒルデ? ほら……」
オーギュストに、街中で購入した苺のスイーツを差し出され、ブリュンヒルデは内心目を白黒させる。周囲に注目されまくってる最中でこれ……。ブリュンヒルデがそろりと見れば、オーギュストがふわりと笑う。輝くばかりの笑顔だ。
もう、何が何やら……食べろってことよね? どうしたの? 本当にどうしちゃったの、オーギュ? 恋愛劇の男主人公みたいな行動になってるわよ?
口元までもってこられ、食べないわけにも行かず、ブリュンヒルデは恐る恐るそれを口にする。一口大の苺のシュークリームだ。オーギュストの手からパクリと頬張れば、生クリームに絡まる苺の甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。
とても美味しい、けど……
きゃあっという声が周囲から上がった。いやーん、羨ましい、等々という声が聞こえてくる。どう見ても、この光景を見た女性が反応している。
アナベルが顔を引きつらせた。
「ほんっとーに仲がよろしいんですのね?」
「……それはもう」
オーギュストが笑う。再び周囲がきゃあと反応だ。
その後も、ずっとこんな感じで、ブリュンヒルデはヒヤヒヤしっぱなしだった。とにかくオーギュストの行動が逐一甘ったるい。甘ったるすぎる。
手に口づけ、綺麗だと囁く。腰を引き寄せる。肩を抱く。二人で見つめ合うこと幾たびか……。その度事に周囲がざわめくから、もう、嬉しいやら恥ずかしいやら。美男美女でお似合いね、とう声はちょっぴり、いえ、大分嬉しかったけれど……
「本日はお付き合い下さり、ありがとうございました!」
馬車で宮殿まで帰ってくると、何だか叩きつけるように礼を口にし、アナベルが立ち去った。どうみても怒っている。
「……オーギュ、あの、何かありましたか?」
本当になんと言っていいか分からない。
「いや、別に? ああ……迷惑だったか?」
「いえ、そんなことは……」
ありませんと、ブリュンヒルデは恥らった。
いつものオーギュストと違って戸惑ったけれど、嫌だったわけではない。少し恥ずかしかったけれど……甘ったるいオーギュも悪くないと思ってしまう自分がいる。
オーギュストがやれやれというように息を吐き出した。
「なら、よかった。加減が分からず、やりすぎたかと」
「加減?」
「アナベル公女殿下に自分から帰ると言わせたかったんだ。けど、べったりしすぎて君に嫌われては元も子もないから、とりあえず、同じように街中を歩く恋人達を参考にしたんだが……どこまで大丈夫か手探りだった。かなり粘ってくれたが、これで次から無理矢理ついてこようなんてしなくなるだろう」
もしかして……
「アナベル公女殿下を怒らせたかったんですの?」
ブリュンヒルデが驚き、オーギュストの眉間に皺が寄る。
「迷惑だったんだ。君との時間を邪魔されるのも言い寄られるのも。仕事が忙しくてヴィスタニア訪問もままならない。こうしてヒルデとゆっくり出来るなんて随分と久しぶりだった。なのにあれ……。かといって、ずばっと言うと角が立つので、やんわりと?」
そこで、ブリュンヒルデは、はたと気が付く。自分がアナベルの対応を迷ったので、オーギュストはこういう手段をとってくれたのだと。
でなければ彼の事だ。付いてこないよう対応していた可能性が高い。オーギュストは優しいけれど、施政者としての厳しい一面も持つ。人を動かす立場にいるのだから、当然と言えば当然なのだけれど……
「あのう……」
「従姉妹と喧嘩したくなかったんだろう?」
オーギュストが言う。やっぱり見抜かれていたようだ。
「そうね、ありがとう」
ブリュンヒルデが笑う。甘えるように身を寄せれば、額にキスをしてくれた。嬉しくて笑ってしまう。本当に優しいわ。
「姫様、見てください! かすみ草をこんなにたくさん! 姫様がお好きな花ですね?」
アンバーからかすみ草の花束を受け取り、ブリュンヒルデは顔をほころばせる。アンバーが感心したように言った。
「オーギュスト殿下は本当にマメですよね。贈り物はこうして何度も届けられますし、手紙もそう。ギデオン皇太子殿下も見習ったらよろしいのに……。姫様の恋路の邪魔ばかりして、御自分がライード公爵令嬢に振られたら笑えませんよ。ああ、そういえば、ピンクダイヤの髪飾りもいただいたんですね? 今日おつけになりますか?」
「ええ、お願い」
ブリュンヒルデが楽しそうに笑う。なんとも素敵な一日の始まりだった。
「ご機嫌よう、ブリュンヒルデ皇女殿下」
朝食後、アンバーと共に書庫を訪れたブリュンヒルデの元へやってきたのは、従姉妹のアナベルだ。リトア公国へ嫁いだ皇妹が母親なので、身分は公女である。キャラメルブロンドの美女で、ブリュンヒルデより一つ年上だが、随分と大人びて見える。
「ご機嫌よう、アナベル公女殿下」
ブリュンヒルデが挨拶を返すと、アナベルが笑った。
「一応、ご婚約おめでとう。でも、これで勝ったなんて思わないでね?」
意図を図りかね、ブリュンヒルデが眉をひそめると、アナベルが再び艶やかに笑う。
「あら、だって。正妃の座は逃しても、側室という手がありますもの。国へ帰ったら、オーギュスト殿下に正式に申し込む予定よ」
え……。面と向かってアナベルにそう言われ、ブリュンヒルデは絶句してしまう。どう言えばいいのか分からない。結婚もまだである。
婚約段階で側室……
ブリュンヒルデの反応を見て、アナベルが面白そうに笑った。
「あらぁ? 王室に嫁ぐ以上、これくらいは当然じゃない。それとも……女の一人や二人、囲うのも嫌だと裁量の狭いことをおっしゃる気ですの? 王妃としては少々不適格かもしれませんわね? いっそ、正妃の座を他の方に譲った方がよろしいかもしれませんわ?」
嫌みたっぷりのアナベルの台詞に、ブリュンヒルデよりも、主人を慕うアンバーの方が憤慨する。なんって失礼な! アンバーはそう思ったが、侍女の身分では文句を言うことも出来ない。口をぱくぱくさせ、無音で罵った。
「……決定権はオーギュにありますわ」
ブリュンヒルデがぽつりと言う。悲しいけれど、これは事実だ。反対したとしても、彼がその気になれば止められない。アナベルが勝ち誇ったように言う。
「ええ、当然、そうでしょうね。ふふ、楽しみですわ」
アナベルが余裕の足取りでその場を立ち去ると、アンバーがこらえていた怒りを爆発させる。
「何ですか! 何なんですか、あの失礼な物言いは!」
そして案の定、オーギュストと帝都の観光に行こうとすると、狙い澄ましたようにアナベルがやって来た。どこから聞きつけたのか知らないが、帝都の街並みを歩けるよう、きちんと質素な服を身につけている。
アナベルがにっこりと笑った。
「オーギュスト殿下、帝都の観光をなさるのなら、是非、ご一緒させてください。せっかくですもの。わたくしも帝都の街並みを見てみたいですわ」
「出来れば遠慮して欲しいんだが……」
オーギュストが難色を示すと、アナベルがたたみかけた。
「あら、そんな悲しいことおっしゃらないで? はるばる帝都までやってきたんですもの。皇女殿下の従姉妹として仲良くしていただきたいわ」
ブリュンヒルデの従姉妹という部分をやけに強調する。
「……ヒルデ?」
意見を聞かれて、ブリュンヒルデは迷った。アナベルはオーギュストに懸想している。出来るなら、オーギュストの言う通り遠慮してもらいたい。けれど、国同士の付き合いというものもある。単なる私情で邪険にしていいものかどうか……
ブリュンヒルデが迷っていると、オーギュストがため息交じりに言った。
「……分かった、一緒に行こう」
「良かった、嬉しいわ」
アナベルは喜び、はしゃいだ声を上げる。一緒の馬車に乗り込めば、アナベルがブリュンヒルデの髪飾りに目をとめた。
「あら、素敵。ピンクダイヤですの?」
「え、ええ」
「そう、私からの贈り物だ。ああ、よく似合っている」
すかさずオーギュストがブリュンヒルデの唇にちゅっと接吻し、そのままぐいっと引き寄せた。ブリュンヒルデは驚いた。こんな真似をされたことは一度もない。
オーギュ? ちょ、ちょっとひっつきすぎでは?
ブリュンヒルデは戸惑うも、腰から手を離してもらえない。馬車に揺られている間中、オーギュストにべったりである。どうしたって頬が熱を持つ。
それを目にしたアナベルの口元が引きつった。
「な、仲がよろしいんですのね?」
「ああ、見ての通りだ」
オーギュストがさらっと肯定する。いつもこんな感じですと言わんばかりだが、ブリュンヒルデは心中ぐるぐるだ。心の中で首を横にぶんぶん振る。
い、いえ、違うわよ? いつもはこんなにべったりひっついていません。オーギュ? 一体、ど、どうしちゃったの?
ブリュンヒルデは戸惑うばかりだ。
馬車から降りる段になると、アナベルはオーギュストに向かって手を差し出すも、すかさずその手を取ったのは、リンドルン王国の護衛騎士であるレアンドルである。
レアンドルはがっしりとした体格の偉丈夫だ。真面目な性格をそのまま体現したような男で、その表情はいつだって厳めしい。今もまた口を引き結んだまま、お手をどうぞとやっている。
アナベルが憤慨した。
「ちょ、ちょっとお! わたくしはオーギュスト殿下に!」
「その殿下からのご命令です」
きっぱりとレアンドルが言い、アナベルが目を剥いた。
「ま、待って! わたくは招待されてヴィスタニアに来たのよ? エスコートくらいしてくれても……」
オーギュストが冷ややかに言う。
「そうだな? だが、私も招待客だ。接待する義務がどこにある?」
ずばっと切り返され、アナベルが言葉に詰まった。確かにその通りである。直訳するなら、我が儘言っているのはお前だ、といったところか……
オーギュ、もしかして怒ってる?
ブリュンヒルデがそろりと見上げても、オーギュストの表情に変化は見られず、心中は分からない。とはいえ、貴族は大抵、こんな風に表情を取り繕うものだが……
オーギュストが笑った。それこそ見惚れるほど艶やかに。
「もしこれが気に入らないというのでしたら、アナベル公女殿下? このまま馬車で宮殿までお帰りください。帝都の散策は後日あらためてということで……」
「こ、このままでいいわよ!」
アナベルが憤然と言う。馬車を降りれば、先を歩く護衛の近衛兵達が皇族の為に道を作り、人を近づけることはない。近付くなという警告を無視すれば、やはり不敬罪で罰せられる。なので物見遊山の人だかりは、ずらりと並ぶ近衛兵達の向こう側だ。
「ね、見て……」
「凄い素敵……」
周囲を固めている近衛兵達の向こうから、ひそひそと囁く女達がの声が聞こえてくる。こうして街中を歩けば、どうしたってオーギュストに視線が集まる。なのに……
「ヒルデ? ほら……」
オーギュストに、街中で購入した苺のスイーツを差し出され、ブリュンヒルデは内心目を白黒させる。周囲に注目されまくってる最中でこれ……。ブリュンヒルデがそろりと見れば、オーギュストがふわりと笑う。輝くばかりの笑顔だ。
もう、何が何やら……食べろってことよね? どうしたの? 本当にどうしちゃったの、オーギュ? 恋愛劇の男主人公みたいな行動になってるわよ?
口元までもってこられ、食べないわけにも行かず、ブリュンヒルデは恐る恐るそれを口にする。一口大の苺のシュークリームだ。オーギュストの手からパクリと頬張れば、生クリームに絡まる苺の甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。
とても美味しい、けど……
きゃあっという声が周囲から上がった。いやーん、羨ましい、等々という声が聞こえてくる。どう見ても、この光景を見た女性が反応している。
アナベルが顔を引きつらせた。
「ほんっとーに仲がよろしいんですのね?」
「……それはもう」
オーギュストが笑う。再び周囲がきゃあと反応だ。
その後も、ずっとこんな感じで、ブリュンヒルデはヒヤヒヤしっぱなしだった。とにかくオーギュストの行動が逐一甘ったるい。甘ったるすぎる。
手に口づけ、綺麗だと囁く。腰を引き寄せる。肩を抱く。二人で見つめ合うこと幾たびか……。その度事に周囲がざわめくから、もう、嬉しいやら恥ずかしいやら。美男美女でお似合いね、とう声はちょっぴり、いえ、大分嬉しかったけれど……
「本日はお付き合い下さり、ありがとうございました!」
馬車で宮殿まで帰ってくると、何だか叩きつけるように礼を口にし、アナベルが立ち去った。どうみても怒っている。
「……オーギュ、あの、何かありましたか?」
本当になんと言っていいか分からない。
「いや、別に? ああ……迷惑だったか?」
「いえ、そんなことは……」
ありませんと、ブリュンヒルデは恥らった。
いつものオーギュストと違って戸惑ったけれど、嫌だったわけではない。少し恥ずかしかったけれど……甘ったるいオーギュも悪くないと思ってしまう自分がいる。
オーギュストがやれやれというように息を吐き出した。
「なら、よかった。加減が分からず、やりすぎたかと」
「加減?」
「アナベル公女殿下に自分から帰ると言わせたかったんだ。けど、べったりしすぎて君に嫌われては元も子もないから、とりあえず、同じように街中を歩く恋人達を参考にしたんだが……どこまで大丈夫か手探りだった。かなり粘ってくれたが、これで次から無理矢理ついてこようなんてしなくなるだろう」
もしかして……
「アナベル公女殿下を怒らせたかったんですの?」
ブリュンヒルデが驚き、オーギュストの眉間に皺が寄る。
「迷惑だったんだ。君との時間を邪魔されるのも言い寄られるのも。仕事が忙しくてヴィスタニア訪問もままならない。こうしてヒルデとゆっくり出来るなんて随分と久しぶりだった。なのにあれ……。かといって、ずばっと言うと角が立つので、やんわりと?」
そこで、ブリュンヒルデは、はたと気が付く。自分がアナベルの対応を迷ったので、オーギュストはこういう手段をとってくれたのだと。
でなければ彼の事だ。付いてこないよう対応していた可能性が高い。オーギュストは優しいけれど、施政者としての厳しい一面も持つ。人を動かす立場にいるのだから、当然と言えば当然なのだけれど……
「あのう……」
「従姉妹と喧嘩したくなかったんだろう?」
オーギュストが言う。やっぱり見抜かれていたようだ。
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