華麗に離縁してみせますわ!

白乃いちじく

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おもしろ小話番外編2

6、白い妖精が運ぶもの(前編)

「あなた、お茶が入りましたわ」

 ローザの侍女であったアンバーが、夫であるザイン・ノークスの端正な顔に目を向けた。銀髪に眼鏡を掛けた顔は相変わらず上品で端正だ。年は陛下より二つ上の四十五才。表情があまり変わらず、ぱっと見は冷たそうに見えるけれど、アンバーは優しい人だと知っている。

「ああ、ありがとう」

 ザインが嬉しそうに笑う。
 ここは城にほど近い、高級官僚達が集う特別区域にある一軒家だ。アンバーは子育ての為にと侍女としての職を辞し、ここでこうしてのんびりすごしている。周囲には同じような奥様達が集まっていて過ごしやすい。つまり、爵位のない元貴族達の集まりである。

 テーブルの上には白いデイジーの花が飾られている。夫となったザインがお土産にと手渡してくれたものだが、彼の一番最初の贈り物もこれだった。
 アンバーの口元に微笑みが浮かぶ。

 ――君と一緒にいるとほっとするんだ。

 アンバーはそんなザインの言葉を思い出す。
 自分なんかのどこがいいのか、好意を示されても訳が分からず、どうしても一歩も二歩も引いてしまう自分に対して、ザインが言った言葉がこれだ。

 ――君が入れてくれるお茶をずっと飲みたい。

 あの時の彼はそう言った。自分が入れたお茶を飲む彼の姿に、アンバーは微笑んだ。


◇◇◇


「ね、父さん。母さんとの出会いはどんな風だったの?」

 食卓の場で十一才になった息子のリオンが言う。アンバーにそっくりな大きな鳶色の瞳が、好奇心いっぱいに輝いている。ザインは少々困ったようだ。

「どんな風って……使用人同士の挨拶から?」
「あ、そうか。今の父さんは外交官だけど、ドルシア子爵邸にいた頃は執事だったよね? で、母さんの熱心な仕事ぶりを見て、この人なら! って思ったの?」
「熱心な仕事ぶり……そうだな、それもあるが……」

 息子に促され、ザインはお茶の給仕をしているアンバーをじっと眺める。
 結婚して十三年目か……
 四十一才になっても彼女の愛らしさ、素直さは相変わらずである。ふわっふわの茶の髪に、多少ふくよかになった彼女は、いつだってひまわりのように元気一杯で温かい。

 彼女を選んだ理由は、やっぱり傍にいてほっとするからだろうな……
 ザインはそんな風に思う。
 彼女といると妙に癒される。裏表がなくて明るくて、人の幸せを喜ぶことの出来る彼女の人柄に惹かれた。そう、人柄だ。美しいだけの女など掃いて捨てるほど見てきたから、なおさら彼女の温かさ素直さが際立って見えた。

 男の好みを聞けば、仕事を続けてもいいという方なら、と、なんとも自分としては好ましい答えが返ってくる。主人に忠義を尽くすのは自分としてはあたりまえだったから、彼女の気持ちは理解出来た。彼女のような女性なら、自分の仕事にも理解を示してくれるだろう、そう思い、言い寄ったのだけれど……

 ――駄目です駄目です! ザインさんは素敵すぎて目が潰れ……ではなくて! 私では似合いませんよぅ! もっと良い方がいます!

 いえ、貴方がいいんですが……
 顔を真っ赤にして、アンバーに首を横に振られる。不似合い、と言いたいらしいが、十分可愛いのにとザインは腑に落ちない。

 ――私が嫌いですか?
 ――ちがちがちが! いえ、あの、ですから!

 つい、職業柄、相手を追い詰めてしまう癖がついているせいか、気が付けば彼女を壁際まで追い詰めていた。そして逃げられないように、壁に手をそえる。気持ちを伝えるために、少々強引だとは思ったが、彼女の唇を奪った。

 本当に軽いもの、のはずだったのだが、驚いたのはその後だ。アンバーからくたっと力が抜けたと思えば、気絶……慌てて彼女が倒れないように支えたけれど、困惑しきりだ。

 はぁ? 気絶? 何故?
 くったりとなった彼女を見て、ザインはぽかんとなった。たかがキスで気絶されたのは初めてで、本当に訳が分からなかった。と、そこでふと思う。

 まさか、気絶するほど嫌だった?
 ザインは自分の思考に青ざめた。アンバーが自然に目が覚めるまで待っていられず、ふんっとアンバーの体に活を入れ、蘇生させる。彼女が目を覚ますやいなや、ザインが押し迫った。

 ――気絶するほど嫌でしたか!
 ――ちがちがちがいますぅ!

 アンバーは涙目だ。

 ――ファーストキスです! 初めてです! 思考回路がぶち切れました! キスするなら事前に言って下さいぃ! びっくりしましたぁ!
 ――事前に言う……

 ぽつりとザインが繰り返す。
 え? そんなの聞いた事ありませんが……。キスしますよって言うんですか? 女性に? 普通はそういう流れでやる、もの……ああ、はい、その流れが分からないんですね?

 必死で見上げるアンバーの眼差しに、ぶうっと吹きそうになった。
 か、可愛い……まるでパニックを起こしておろおろするモモンガ……いえ、駄目ですね。ここで笑っては……

 ――なら、今からキスをしますね?
 ――は、はひ!

 先程より深く長く口づけたところ、今度は彼女がぷるぷる震え始め、口を離すと、ぶっはぁーと呼吸が荒い。過呼吸気味のアンバーをまじまじ見つめてしまう。
 は? え? もしかして、今まで息を止めて……え、ちょ……
 流石にこらえきれず笑ってしまった。何故こうも彼女の行動は予想の斜め上を行くのか……

 ――あのう?

 肩をふるわせるザインを見て、アンバーが不思議そうに言う。

 ――いえ、その、キスの時は、鼻、鼻で呼吸して下さい。無呼吸は流石に苦しいかと……

 ザインは一応説明してみた。
 その後、そうっと彼女を引き寄せ、もう一度。半開きになったアンバーの口に舌を差し入れる。彼女の体がぴくりと反応したが、ザインはがっしりと体を引き寄せたまま逃がさない。笑みを浮かべた顔はやはり策士のそれである。
 悪いですが、こういったことは私の方が慣れているのであしからず。嫌でないのなら、ええ、逃がしません、絶対に。

 もちろん手練手管に長けたザインから逃れるすべはないのであった。二人の婚姻届が受理されたのは、これから三ヶ月後の事である。


◇◇◇


「ほーっほっほっほっ! 悪人は成敗ですわぁあああ!」

 ある日の事。ザインが家に帰ってみれば、軽快な笑い声が聞こえてきた。覆面で顔を隠していても、ザインには誰だか丸わかりである。もちろん白薔薇の騎士に扮したローザだ。ザインの息子であるリオンと手合わせの真っ最中である。

「……王太子殿下がどうしてここに?」

 ひっそりとザインがアンバーに耳打ちすると、うふふと彼女が笑う。

「リオンが城の学び舎で、白薔薇の騎士に会いたいと言ったそうですわ。それを聞きつけたローザ王太子殿下が、エイドリアン王子殿下と一緒に、こうして遊びに来て下さったんですの」

 アンバーの言葉で、ああ成る程とザインは納得する。
 ローザは白い覆面をした白薔薇の騎士の格好で、エイドリアンは黒い覆面をした黒騎士の姿である。黒騎士に扮したエイドリアンは、流星のあるエンペラーに乗って颯爽と現れ、白薔薇の騎士の逃亡を手助けする。市井でも人気のコンビだ。

「リオンはニコルと同じように騎士になりたいのか?」

 黒騎士姿のエイドリアンが問うと、リオンが俄然張り切った。

「いいえ! 僕がなりたいのは、やっぱり外交官ですね! 父のようになりたいです!」

 表向きザインは自分の仕事を外交官と言っているが、彼の本職は王家の影だ。諜報員である。
 アンバーがぽつりと言う。

「そろそろあなたの本職、話した方がいいのかしら?」
「陛下に許可をいただかないと……」

 ザインが答えた。ここが影の難しいところだ。自分の身分を家族に明かすにも王の許可がいる。

「せいびゃい、せいびゃい! たあたあたあ!」

 そう言って、手にした棒をぶんぶん振り回しているのは三才になったばかりのアンバーの娘、エバである。やっぱりふわっふわの茶色の髪をした可愛らしい女の子だ。
 それを目にしたローザは破顔し、両手を広げた。

「エバ、元気いいでしゅねー。ほーら、お姉さんのところへ来ますかぁ?」

 白薔薇の騎士に扮したローザがエバを抱き上げると、アンバーの頬が緩む。

「ふふ、懐かしいですわね。ローザ王太子殿下は、こんな風にドルシア子爵邸にやってきた子供のお世話をしていて、子供達もローザ王太子殿下に本当によく懐きましたわ」

 エイドリアンが不思議そうに口を挟んだ。

「ああ、そう言えば……私もそう聞いているけど、なんでローザが子供達の世話をしたんだ? 使用人はたくさんいたんだろ? もしかして子供好きだったから任されたのか?」

 黒騎士の格好をしたエイドリアンは、すらりと背が高く見栄えがするので、黙って立っていればやはり格好いい。黙って立っていれば……
 ローザがエバをあやしつつ、ため息交じりに答えた。

「いいえ、違いますわ。ドルシア子爵だった時の父は、金の亡者でしたから。子供達の世話代をけちって、子供達の世話をわたくしに押しつけんですのよ。本当、金金金って……がめつすぎるのも大概にして欲しいものですわ」

 アンバーがきょとんとなる。多少ふくよかになった彼女は、すっかり母親の顔だ。

「はい? あの……子供達の世話代をけちったって……いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいいえぇ! 違います違います違います! ああああああ! 何故かような勘違いを?」

 ローザが目を丸くする。

「勘違い? 別の理由が?」

 アンバーがそろりと言う。

「ええ、その……オーギュスト陛下は、ローザ王太子殿下の笑顔を見たかっただけですわ……」
「……はい?」

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