最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第三章 愛と欲望の狭間

第百四十二話 大人のブランデーケーキ

 翌日、セレスティナはお気に入りの温室で、シリウスに膝抱っこされたままチョコレートを口にしていた。
 大きな銀の皿の上には、丁寧に作られた美しいトリュフチョコの数々がずらりと並び、それら一つ一つが、シリウスの手でセレスティナの口まで運ばれる。

 用意された飲み物はエスプレッソとココアだ。シリウスに抱きしめられているので、ミントの香りが鼻をくすぐり、彼が動けば、肩からこぼれ落ちている白銀の髪がさらりと揺れる。

「美味しいか?」
「え? ええ、とっても」

 セレスティナを見つめるシリウスの眼差しが、糖蜜のように甘ったるい。シリウスに髪を撫でられ、唇にちゅっとキスをされる。自分を甘やかすのはいつもの事だが、今回のこれはさらに蕩けそうな程甘い。
 どうしたのかしら? セレスティナが不思議に思っても、彼は理由を口にしようとしない。いつもの事だとそう言いたげだ。

 学園を休んでまでやること、じゃないわよね?
 そろりと目を向けても、シリウスの態度はかわらない。優しく微笑まれるだけである。そう、セレスティナは本日休学していた。そして、シャーロットとイザークを送り出した後、ずっとこの調子である。
 セレスティナが自分でチョコレートを食べようとすると、やんわりとだがそれを止められ、どれが食べたい? と聞かれる。甘ったるい恋人同士のやりとりそのものだ。チョコレートボンボンに目が行くと、シリウスが苦笑した。

「これは成人後に」

 再び唇にキスだ。チョコレートより甘いかも。

「お酒が入っているから?」
「ん……君を食べたくなる」

 食べたくなる……その意味に気が付いて、どうしても顔が赤くなる。

「君はもう、十分大人だとは思うが……」

 そんなシリウスの呟きにセレスティナが顔を上げれば、彼の青い瞳と目が合った。青い瞳はいつだって蠱惑的でどきどきする。

「そら、君は私の暴走を止めてくれただろう? シャルとイザークの誕生会の事は本当に感謝している」

 あれ、は……
 セレスティナが恥ずかしそうに俯いた。

「その、大したことじゃない、わ?」
「ふふ……ああ、いやいや、あのまま決行していたら、恐らく失敗に終わっただろう。二人を悲しませるところだった。君は私が思っているよりも、ずっと成長しているようで驚いたよ。それが今回の件でよく分かった。私がどれほど君を必要としているかも……」

 シリウスの大きな手が、栗色の髪をさらりとすいた。

「ティナ、愛してる。誰よりも君が愛おしい……」

 覆い被さるようにしてもたらされたのは、やはり熱い大人の口づけだ。
 するりと入り込んだシリウスの舌は、セレスティナのそれをあっという間に絡め取る。二人っきりなので邪魔をする者はいない。シリウスの独断場だ。


◇◇◇


 愛撫にも似たシリウスの口づけは執拗だった。拙い動きでセレスティナがそれに応えれば、シリウスが満足げに笑う。
 そうだ、ティナ……私が欲しいとそう言ってくれ……もっとだ、もっと……
 拙い動きを繰り返す、彼女の反応が何とも可愛らしい。シリウスが思わず乳房を掴めば、セレスティナの体がびくりと震えた。ゆっくりと乳房を刺激すると可愛い声が……ああ、これは駄目だ。自分の欲望に火が付く。

 シリウスはセレスティナの唇を塞ぎ直し、声を封じた。響くのは淫靡な水音だ。ひとしきりセレスティナの柔らかな唇と舌を味わった後、ようやくシリウスは満足し、力の抜けたセレスティナを解放した。
 セレスティナの紅色に染まった頬は官能の為か、羞恥のためか……。どちらにせよ、男心をそそるには十分である。可愛くて仕方がない。

 シリウスは目を細めた。
 いっそこのまま……
 そんな思いがシリウスの胸をかすめるも、まだだ、まだ、あと少し……そう思い直す。セレスティナの顔にかかった栗色の髪をシリウスはそっと手ではらい、その額に口づけた。


◇◇◇


 シャーロットとイザークの成人の二度目の誕生会は、夏たけなわの頃に行われた。歌劇団に曲芸師が大勢呼ばれ、催し物はさらに華やかになり、料理を手がけたのは言わずもがななロラン・マレである。芸術品のような料理の数々に、招待客達は大絶賛だ。

「なんか、こうなってくると、ママありがとう、なんて言いたくなっちゃうわ」

 シャーロットはほくほく顔だ。

「現金な奴」

 イザークが呆れたように言う。シャーロットは今回の盛大なパーティーに大喜びだ。ドレスも装飾品も以前よりも豪華になるようシリウスが手配したので、今回のドレスもため息が出るほど美しい。災厄様々といった所か。

「ま、それもこれも、今が幸せだから言えるんだけどぉ。一時はどうなるかと思ったわ」

 カクテルを口にしつつ、シャーロットが言う。ジャネット同様、シャーロットも酒に強そうだ。イザークが同意する。

「だな……俺もあれには参った。母上を恨みたくないのに恨みそうになって……」
「あら、わたくしは許してないわよ?」

 つんっとシャーロットがすまして言う。

「さっき、ありがとうって……」
「ここだけよ、こ、こ、だ、け。ママに対する恨み辛みなんか山ほどあるんだから。簡単になんか許してあげるもんですか」
「……母上、かなり泣いたらしいぜ?」

 イザークは竜王アルゴンからこっそりサマンサの様子を聞いたらしい。めっきり塞ぎ込んでいるとか。住処である洞窟にこもったまま外へ出ようとしないらしい。シリウスの自分への愛は、絶対に揺るがないと思い込んでいたのか、シリウスに愛想を尽かされたことが、相当ショックだったようである。
 シャーロットが鼻の付け根に皺を寄せた。

「ふんだ。馬鹿みたい。自業自得よ。というか、あれだけのことをやらかして、愛されたままでいられるなんて思うママがどうかしているわ。パパが相手じゃなかったら、とっくのとうに愛想尽かされてるわよ」
「まあな……父上は惚れた相手には、とことん弱いところがあるから……」
「にしても、あのマシンガントークは凄かったわ」

 シャーロットが言う。

「ああ、あの嫌い嫌い?」
「そそ。パパったら舌噛まずに良く言い切ったわね」

 シャーロットが満足げに鼻をぷっくり膨らませる。

「つーか……よく言えたよな?」

 イザークが感慨深げに言えば、シャーロットがきょとんとなる。何を言いたいのか分からなかったようだ。

「ほら、母上に向かって嫌い、なんて、よく言えたなって。以前の父上なら絶対口にしなかった言葉だろ?」

 シャーロットがああというように肩をすくめた。

「あら、当然でしょ? あれだけの事を仕出かしたのよ? 普通は嫌いに……」
「……父上は母上を心底嫌ってはいなかったと思うけど」

 イザークがぽつりとそう口にする。そう、イザークはあの時、「幸せに」と、そう言ったシリウスの言葉を拾っていた。幻のような囁きだったのに、不思議と心に残っている。

「……は?」

 目をかっぴらいたシャーロットを目にしたイザークが、ふっと笑う。

「ああ、こういうところだけはお子ちゃまか?」

 男心の機微にはまだまだうといんだな、なんてイザークが口にし、それを耳にしたシャーロットが顔を真っ赤にさせた。

「な、なによそれぇ! むかつくぅ! この馬鹿兄!」
「いてぇ! だから髪を引っ張るなっつうの! 少しはおしとやかになれ!」
「余計なお世話よ! ハゲろ!」
「だから、この年でハゲてたまるかぁああああああ!」
「相変わらず仲いいのね?」

 そう言って二人の間に割って入ったのはアンジェラだ。くすくす笑いながら、綺麗にラッピングしたケーキを差し出した。

「今日はね、大人のケーキを焼いてみたの。良かったらどうぞ?」
「今回はプレゼント不要だって招待状に書いておいたのに……」

 シャーロットが目を丸くする。
 そう、以前の誕生日パーティーで、招待客達からプレゼントは既に受け取っている。なのでプレゼント不要と、全員の招待状に記入しておいたのだ。
 アンジェラが笑った。ふんわりと柔らかい彼女の笑みは、いつだって温かい。皆を幸せな気持ちにしてくれる。

「ええ、分かってるわ? でも、ほら、ティナが開発した魔道オーブンを使うのが楽しくて仕方がないの。だからね、今回も腕を振るってみたのよ。良かったら食べてみてね? 美味しいって喜んでくれるのが一番嬉しいわ?」
「ん? ブランデーの香り?」

 イザークが言う。そう、アンジェラから手渡された包装からはブランデーの香りがした。

「ええ、大人仕様のブランデーケーキなの」

 アンジェラが笑う。ピンクの小花で飾った淡い金色のツインテールがふわりと揺れた。

「ブランデー……」
「お酒、よね?」

 イザークとシャーロットが顔を見合わせる。シャーロットは急ぎケーキを口にし、嫌な予感を覚えた。きっちりアルコールが入っている。ティナのように酒に弱ければ、ほろ酔いに……

「これ、ティナにも?」
「ええ、上げたわ? 駄目だったかしら?」

 アンジェラの答えを耳にしたイザークとシャーロットは、ほぼ同時に走り始めた。大丈夫だと思いたい、が……

「シリュウ、しゅき……」

 そんなセレスティナの声が聞こえ、既に遅かったことを知る。二人が目にしたのは、急ぎセレスティナを抱きかかえ、走り去るシリウスの後ろ姿だ。
 このまま帰ってこないだろうと予想し、二人はため息をつく。ほろ酔いになった可愛いセレスティナをシリウスが招待客の目に晒すわけがない。絶対どこかにこもるに決まっている。この先の進行役はスチュワートがこなすのだろう。

「……ティナと一緒に花火を見たかったのに」

 あーあとシャーロットが残念がった。

「夜までには酔いがさめるんじゃね?」

 まだ日は高いとイザークが言う。確かにパーティーは始まったばかりだ。今はまさに曲芸師達が楽しい技を披露してくれている真っ最中である。招待客達は拍手喝采だ。それを目にしたシャーロットはふっと笑った。

「そうね、気長に待ちましょうか」

 シャーロットがそう口にする。
 一方、セレスティナを抱えて寝室に駆け込んだシリウスは大変だった。なにせ、酔っ払ったセレスティナが抱きつき、可愛くキスのおねだりである。

「シリュウ、しゅき……」

 ベッドの上で瞳を潤ませて甘えるセレスティナには、既に大人の色香があった。シャーロットのリクエスト通りの紺碧のドレスは、体の膨らみがはっきりと分かる。身を飾るのは大粒のダイヤモンドだ。それがよりいっそう彼女の美しさを引き立てている。

 シリウスの心がぐらりと揺れる。
 ティナはあとふた月で成人だ。それくらいなら……
 そんな考えがシリウスの脳裏をよぎると、すかさず例の通信だ。

 ――祝福しよう。

 あれの見透かし具合は半端ない。どんな思考も筒抜けである。

「やかまし!」

 自分の欲望に火を付けたいのか、止めたいのかどっちだ!
 シリウスが激高しても、かの存在はどこ吹く風だ。

 ――選択は自由だ。

 だろう? そう答えて笑った。自分で選べ、そう口にする。自由意志があるのだからと……
 自分の意志で……
 諦めにも似た気持ちで、シリウスはセレスティナを見下ろした。
 なら、答えは既に決まっている。自分は待つと、そう決めたのだから。そっと指先で彼女の唇を撫でれば、愛おしさが込み上げる。

 ティナ、ティナ、私のティナ……
 愛している、永久の愛を君に……
 唇の動きでそう告げたシリウスは、そのまま身をかがめ、優しくセレスティナに口づけた。慈しみを込めて。

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