最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第五章 コウノトリと受胎告知

第百七十五話 焼き餅はスコールと共に(ハロウィンネタⅥ)

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「では、計算勝負を始めます!」

 エバ・マシュートが声高らかにそう宣言する。エバ・マシュートは濃い茶色の髪をきっちり結い上げ、キビキビと行動する女性教諭だ。

「70982×58923」
「はい! 4,182,472,386です!」

 魔道掲示板に問題が表示されるやいなや、回答をはじき出したセレスティナに周囲がざわりとゆれる。

「39876×45892」
「1,829,989,392!」
「58934×99128」
「5,842,009,552!」

 回答のこと如くをセレスティナが攫う。レイ・グラシアンに答える隙を与えない。会場中がしんっと静まりかえった。嘘だろ? どうやってんだよ、あれ……そんな囁きがそこここから漏れる。もしかして魔道計算機を使うより早いんじゃあ……そんな危惧を覚えるほどだ。

 十回先勝すれば勝負は付く。
 結果はシリウスの予想通りレイ・グラシアン侯爵令息の惨敗だった。計算問題が魔道掲示板に表示された瞬間に、セレスティナが答えをはじき出すからだ。セレスティナの圧勝を担任教師のエバが宣言すると、弾かれたようにわっと会場中が湧いた。拍手の嵐である。

「ティナ、凄いわ!」

 真っ先にシャーロットが飛びつき、ぎゅうぎゅう抱きしめる。

「本当に格好良くて惚れ惚れしちゃう。とっても鼻が高いわ」
「対戦相手はまったく歯が立たなかったわね?」

 アンジェラもエリーゼも興奮しまくりだ。イザークとジャネットもやって来て、やはり褒めまくってくれる。セレスティナはそろりと横手のレイを見た。

「あのう、これで私が不正をしたんじゃないって分かってもらえたかしら?」

 セレスティナが声をかけると、椅子に座ったまま茫然自失状態だった彼の体がびくりと震えた。悔しそうに顔を歪め、何かを言おうとするも言葉にならない、そんな感じである。

「不正? ティナ、そんなこと言われたの?」
「あ、その……」

 セレスティナが言い淀み、シャーロットが憤慨する。

「あー、分かった、それで今回の計算勝負ね? パパがお膳立てしたんでしょう? ね、きっちりティナに謝った方がいいわよ? じゃないと侯爵家が潰されるかも?」

 シャーロットに諭され、レイの体が再びびくりと震える。最狂公爵閣下、そんな渾名を思い出したのかもしれない。

「申し訳……ありませんでした」

 レイが蚊の鳴くような声でそう告げ、立ち去った。相当ショックだったらしい。立ち去る背を見送ったセレスティナはツキリと胸が痛む。
 やり過ぎたかしら? でも、手を抜くというのは逆に相手に失礼よね? 勝負って真剣なものだもの……。けれど、あんな風に落ち込まれると、どうしても気になってしまう。

「ティナ、どうしたの?」

 シャーロットに顔を覗き込まれてはっとなった。

「ん……少しやり過ぎたかしらって……」

 手をもじもじさせると、シャーロットが目を丸くした。

「は? やり過ぎ? やらなさ過ぎだと思うわ? 不正だって言いがかりをつけられたんでしょう? あれじゃ、全然たりないわよ。わたくしだったら土下座させて、百回くらいごめんなさいって言わせてるわ!」

 ほほほと小悪魔的な例の笑いだ。
 そ、それはちょっと……

「パパだったらさらに頭ぐりぐりよ? 靴でぎゅうぎゅう踏んづけてるわ」

 ええ、そうだったわね……
 セレスティナから漏れるのは苦笑いである。

「ティナ、よくやった」

 シリウスがやってきて、いつものように唇にキスだ。若返りの魔道具を解除しているので、今は三十六才のシリウスである。といっても見た目は二十代そこそこなのだが。セレスティナを見つめる青い眼差しは、やはり糖蜜のように甘い。エリーゼが揶揄った。

「あら……青春ごっこはもう止めたのかしら? とても素敵だったけれど」

 そう、十八才のシリウスは目の覚めるような美青年で、女性達の注目を集めていた。

「……ティナが浮気をしていると思われるようなのでやめました」

 シリウスが憮然と言い、エリーゼは納得したようである。

「ああ、そうよね。若返ったオルモード公と今の貴方を同一人物だとはまず考えないわよね。普通は血縁者だと推測するわ」

 エリーゼがころころと笑った。
 パーティーが終盤近くになると、ドンドンッと盛大な音が鳴り響く。皆揃って窓辺に近寄れば、夜空に打ち上げられたカボチャ型の花火を目にすることが出来た。

「あの花火、ティナが開発した魔道具で打ち上げたんでしょう?」
「ええ、花火大会をしたいって要望が出たので貸したのよ。喜んでもらえて嬉しいわ」

 シャーロットの視線にセレスティナが照れ臭そうに笑う。サザリナでのペロのやらかしは恥ずかしかったが、人々に喜ばれるのは純粋に嬉しかった。
 と、夜空に上がったメッセージ花火にセレスティナは目を丸くする。

 セレスティナ様、格好いいです!
 あなたの大ファンです!
 オルモード公爵夫人、最高です!

 等々、セレスティナを賛美する花火がてんこ盛りである。

「あれ……」
「あー、さっきの勝負を見ていた学生達が魔道具の周りに殺到しているみたい」

 窓辺から魔道花火のある方に目をこらしたシャーロットが言う。シャーロットは半竜なので視力がいい。誰が魔道具の周りに集まっているのか見えるようだった。

「ティナのファンがごっそり増えたわね?」
「ファンなんて、そんな……」

 恥ずかしくて照れ臭い。ふと気が付けばシリウスに背後から抱きしめられている。

「シリウス?」

 セレスティナが見上げれば、シリウスの顔は真剣そのものだ。

「この世界には妖精隠しというものがあるらしい」
「妖精隠し?」
「そう、ある日忽然と人が消える。それは異界の扉が開く収穫祭に多いとか……つまり、あそこに群がっている男子学生が今日、ごっそりいなくなっても不自然では……」

 すかさずシャーロットが割って入った。

「不自然極まりないってば、パパ。焼き餅焼くくらいなら、どうして同級生達の前でティナを見せびらかしたりしたのよ。こうなるに決まってるじゃない」

 シャーロットがため息交じりに言う。
 焼き餅って……かぁっとセレスティナの頬が熱くなる。ファンだって言っていたから、あの人達に恋愛感情はないと思うけれど、シリウスの抱きしめる力は緩まない。

「仕方ないだろう。ティナを貶める発言に腹が立ったんだ」

 シリウスの片眼鏡は照準器だが、遠くの景色を拡大することも、唇の動きを分析して会話を拾うことも出来た。マジックドールのハロルドが搭載している機能と同じものである。

『そうそう、セレスティナ様は可愛いだけじゃなくて、格好いいんですよ』

 これはセレスティナのクラスメイトの男爵令息、ルディ・ビエラの台詞である。童顔で愛らしい顔立ちの男子学生だ。

『高位貴族だからちょっと近寄りがたいけど、確かに可愛いよな』

 ルディの台詞に同意したのがひょろりと背の高い、調理士希望のエリオット・フィンだ。どちらもセレスティナに好意を抱いていたクラスメイトなのでベタ褒めである。

 魔道花火の傍で交わされた二人の会話を拾ったシリウスの額に、ぴしりと青筋が浮かんだ。セレスティナを可愛いと異性に褒められると、盛大な焼き餅を焼くのがシリウスである。どこを見ていると言いたくなるらしい。そしてそう言った者達を速攻排除してしまうのが常だ。
 ピッとシリウスの手の中の魔道具が反応し、オルモード公爵邸からドンッと何かが打ち上げられた。星空だったところへあっという間に黒雲が湧く。ピカッと雷光が走り、ザアッとスコールだ。

『ええええええぇ? 雨?』
『うわっ! スコールだ! 早く中へ!』

 魔道花火「キラキラスパーク」の周囲で大騒ぎしていた学生達が一斉にいなくなる。当然花火大会は中止へと追い込まれた。ざばざば大雨の景色を眺めつつ、シャーロットがぽつりと言う。

「パパ……」
「私は何もしていない。無関係だ」

 きゅうっと背後からセレスティナを抱きしめたまま、シリウスがしれっと言い切った。どちらにせよ、シリウスが魔道具で降らせた雨は彼にも止められないので、大人しく雨が止むのを待つしかない。首筋にちゅっとシリウスにキスされ、セレスティナの頬がますます赤くなる。

 この後、三日三晩大雨が降り続き、収穫祭で愛の告白をすると、焼き餅を焼いた悪霊の怒りを買って豪雨になるという噂が流れ、それが学園七不思議の一つに加わった。

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