最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第五章 コウノトリと受胎告知

第百七十六話 緑竜現る

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 その日は朝から大型魔弾銃の連射音が邸中に鳴り響き、ズシンという地響きがオルモード公爵邸を襲った。目を覚ましたシリウスがピピピと魔道具を操り、事態を確認すると、またもやベッドに潜り込む。同じように目を覚ましたセレスティナを、背後から抱き枕よろしくぎゅっと抱きしめた。二度寝である。

「あ、あの、シリウス?」
「ん?」
「今の音……もしかしてアルゴンさん?」

 そろりとセレスティナが問う。ドラゴンが銃撃された音とよく似ている。シリウスはセレスティナを抱きしめたまま違うと口にした。

「ローレンツという緑竜だ。後で海に沈めておく」

 え、ローレンツ……あぁ!

「サマンサさんのお相手よね? どうしてここへ?」
「さあな。知らないし聞く気もない。二度とここへ来ないよう二、三枚鱗をはいでおくか」

 鱗をはぐと、人型になった時に円形ハゲが出来るらしい。
 え、でも確か、ドラゴンの鱗は人間の永久歯と同じで、取れてしまうと二度と生えてこない筈……慌てて、矛先を変えた。

「あ、あの、でも、アルゴンさんに何かあったのかも……」
「違う。アレに何かあったのなら息子のリシャールが動くはずだ」
「でも……」

 セレスティナの懇願にシリウスが折れた。

「……分かった、話だけは聞く」

 おっくうそうに身を起こし、長い白銀の髪を掻き上げる。

「どうせ、ろくでもない話だろうがな」

 そんな言葉をぽつりと呟いた。
 そして朝食時、オルモード一家全員が集まる食堂に、緑の髪に琥珀色の瞳をした巨漢が姿を見せた。筋骨隆々とした大男だが、顔が何やら無残に腫れあがっている。大型魔弾銃の集中砲火を顔面に喰らったせいだろう。けれど、普通なら蜂の巣でおだぶつになっているところをこれなのだから、やはりドラゴンはタフである。

「座れ」

 シリウスにそう指示され、緑竜のローレンツがちんまり椅子に腰掛けた。妙に大人しい。がはがは大口を開けて笑っていたあの時の迫力がない。

「それで? 何の用だ?」
「……サマンサが落ち込んでどうしようもないんだ」

 ローレンツは一端言葉を句切り、シリウスの反応を窺うようにちらりと視線を送る。

「お前に会えば、ちょっとは元気になるんじゃないかと……」
「会わない」
「何か良い方法ないか?」
「私に聞くな」
「だってよう、サマンサはお前の話ばっかりするんだ。何をしてもシリウスならこうだった、ああだったって……俺はなにをやってもお前に敵わない。どーすりゃいーんだ?」

 シリウスの返答はにべもない。

「愚痴なら言わせたいだけ言わせて聞き流せ」
「出来ないんだよう!」
「なら、耳栓でもしろ」
「お前、そんなことやってたのか?」
「必要ならな」
「この、薄情者! なんで、なんでお前みたいな男がいいって言うんだよぅ! 俺の方がずっとずっとサマンサを愛してるのにぃ!」

 オンオン泣き出したローレンツに閉口したシリウスが言う。

「やかましい。瞬間冷凍弾で固めて海へ流せ」
「了解です」

 脇に控えていた執事のスチュワートが青い目をピカピカさせ、セレスティナが慌てた。

「いえ、あの、ちょっと待って! 普通に帰してあげて?」
「大人しく竜王国へ帰るのならな」

 ローレンツがずいっと身を乗り出した。

「この先、お前と一緒に行動して良いか? お前の真似をしたい」
「駄目に決まってる」
「だって、サマンサが……」

 セレスティナが口を挟んだ。

「あのう、ローレンツさん? しばらくそっとしておいてあげるというのも一つの手よ?」
「そっとしておく……」
「そう。傷心の時、へたにつつかれると嫌な場合もあると思うの」
「俺に出来る事は何にもない?」

 それはこちらに聞かれても困るけれど……
 セレスティナが困り果てていると、シャーロットが眉間に皺を寄せた。

「ばっかみたい。相談する場所が間違っているわ。あなたはママの浮気相手で、わたくし達に恨まれてるって自覚ないの? よくここへのこのこ顔出せたわね」
「誰に相談してもらちがあかなくて」

 緑竜のローレンツが縮こまる。強面の大男のこういう姿は妙に哀れみをさそう。

「あのねぇ……落ち込んだ相手を無理矢理明るくさせようって方が間違ってる。ティナの言う通りしばらくはそっとしておくのが一番よ。大体なんでママが落ち込むのよ。散々泣かされたのはこっちなのに! 泣きたいのはわたくしとパパの方だってば!」
「ね、シャルお姉様」
「なあに、ティナ」

 にっこり笑顔だ。セレスティナが話しかければ、シャーロットの態度が百八十度変わる。

「サマンサさんの好物って何かしら?」
「ドラゴンの好物だったら肉よ。わたくしもお兄様も大好き。でも、ママはここで口にしたチョコレートがお気に入りね。だからパパはよくチョコレートをママに贈っていたわ。どれもこれも一流の菓子職人が腕によりをかけた特別製よ」

 ぽつりとローレンツが言う。

「シリウスがプレゼントしてくれるチョコと違うって言われた。美味しくないって……」

 どうやらローレンツは、人間の街でチョコレートを手に入れたらしい。そのチョコが気に入らず、ますますお冠なんだそう。シャーロットの眉間に皺が寄る。呆れ返っているようだった。

「そりゃ、そうよ。パパが用意するチョコレートは特級品だもの。そうほいほい手に入らないわよ。ママったらどうかしてる。パパがやってきたことが当たり前になってるのかしらね」
「シリウス、あの……サマンサさんが好んだチョコレートをローレンツさんの手土産に出来るかしら?」

 セレスティナがそう言うと、ローレンツが目を輝かせた。

「い、いいのか?」
「ちょっとぉ、ティナ、甘やかしちゃ駄目よ!」
「そうだな。ここへ二度と来ないと約束できるのなら」

 シリウスが告げ、ローレンツの顔が情けなくしぼんだ。

「……来ちゃ駄目なのか?」
「ティナの口添えがなければ、お前は今頃海の底だぞ」

 シリウスの片眼鏡をかけた青い瞳にじろりと睨まれ、ローレンツがぶるりと震える。以前コテンパンにやられた事を思い出したのかもしれない。よほど骨身に応えたのか、かつて目にした威勢の良さが鳴りを潜めている。

「分かった。その……チョコレートをもらえるか?」
「手配しよう」

 学園へ行く馬車にオルモード一家そろって乗り込む際、ドラゴンの姿に戻ったローレンツが、竜翼を広げて飛び立った。チョコレートの箱を手にほくほく顔で。
 小さくなっていく緑竜の姿を見上げつつ、シャーロットが憤然と腕を組む。

「本当にこれっきりでしょうね?」
「次は海の底だ」

 シリウスが即答し、セレスティナの手を取って、いつものように馬車に乗り込んだ。そう、シリウスなら確実にそうするだろう。ローレンツが約束を守ることを祈るばかりである。

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