最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第五章 コウノトリと受胎告知

第百七十七話 幸せの形

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 学園に着くと、合同テストの結果が張り出されていた。共通科目のテスト結果である。もちろんトップはセレスティナだ。それを目にしたシャーロットの顔が満足げにほころんだ。

「んふふー、やっぱりティナが一番よね。流石わたくしの妹だわ」
「そうだな。そして俺達は……」

 ちらりとイザークが最後尾の辺りを見る。

「言わないの。ドラゴンライダーにテストの点なんか関係ないわ」

 イザークはげっそりとした風体だが、シャーロットは逆につんっと顎を上げた。そこへ、クラスメイトのレイ・グラシアン侯爵令息が通りかかり、セレスティナはどきりとする。彼と目が合ったような気がしたが、レイはふいっと顔を逸らし、何も言わず通り過ぎた。セレスティナは目を丸くする。以前であれば、カンニングか? くらい言っていたような気がするけれど、妙に大人しい。
 レイの背をセレスティナが見送っていると、シャーロットとイザークが身を寄せ合った。

「……随分大人しいわね?」
「懲りたんじゃね?」

 計算勝負でティナに完膚なきまでに叩きのめされたからだろう、などとひそひそ言い合う。やっぱりやり過ぎたんじゃ……そんな思いがセレスティナの胸をかすめるも、ふるふる首を横に振る。
 ううん、ひるんじゃ駄目よ、しっかり立つって決めたんだから、もっと堂々としていないと!
 教室でホームルームを受け、語学と歴史の授業の後に専用教室へ移動だ。

「ティナ、どうした?」

 シリウスに問いかけられて、セレスティナははっとなる。いけない、授業中……シリウスの問いを聞き逃した事にセレスティナは恥じ入った。

「あの、ごめんなさい、聞いていなかったの。もう一度言ってもらえるかしら?」

 魔道数式を書き綴っていたボードの前を離れ、シリウスがセレスティナの隣に腰掛けた。

「珍しいな。魔工学の授業で集中力を切らしたことがないのに。何か気になることでも?」

 それが、その……
 とっても言いにくい。ちらちらシリウスの様子を窺ってしまう。

「その、ローレンツさんはどうしたかと……」
「ちゃんと国へ帰ったはずだ」
「そう、よね……」

 セレスティナは視線を逸らしたけれど、じいっと見られているのが分かる。

「サマンサに対してなら何も出来る事はない」
「分かっているわ」

 でも、落ち込んでいるなんて聞かされると、気になって気になって……
 ややあってからシリウスが言った。

「すまないな。私には君の気持ちは分からない」

 唐突に言われた言葉に顔を上げれば、頬に手が添えられる。

「どうしてそこまで、自分に関係のない者の事を気にかけることが出来るのか……私は基本、自分以外の事はどうでもいい。だから自分の手を離れた者の事を気にかけることはない。というより……気にかけることが出来ない。冷たい人間だと自分でも思うが……これが私だ。けれど、君に悩まれるとどうにかしてやりたいとは思う。そして分かってやれないことをすまないとも思う。もう少し親身になってやれればな……」

 セレスティナは笑ってしまう。

「十分優しいわ?」

 添えられた手にそっと自分の手を重ねる。
 ええ、とっても優しいわ……

「どうして欲しい?」
「このままでいいわ、このままで……」

 シリウスの言う通り、出来る事は何もないもの。むしろ、シリウスに動かれたら、きっとわたしは焼いてしまうわ。これって我が儘よね。分かってはいるの、ただ、どうしても、サマンサさんが幸せになりますようにと願ってしまう。
 シリウスが愛した人だから……
 シャルお姉様とイザークお兄様のお母様だから……
 辛そうにされるとやっぱり辛いわ……

「おいで?」

 いつもの膝抱っこだ。シリウスにもたれかかりながらぽつんと言った。

「笑わないでね?」
「うん?」
「もう大人なのに甘え癖が抜けないの……」

 シリウスに出会ってからずっとこれだもの……どうしても甘えてしまう。

「ふ、ふふ……君はこのままでいい」
「赤ちゃんみたいじゃない?」
「誰もがいつかは大人になる。だから背伸びはしなくていい」

 髪を撫でるシリウスの手が心地良くて、ついうとうとしてしまった。
 サマンサさんはどうしたら幸せになれるのかしらね?

 ――幸せの形は人それぞれ違う。

 ずしりと重い響きにはっと目が覚める。

「分かりきったことを言うな」

 シリウスの不機嫌そうな声で、ああ、いつもの通信なのだとセレスティナは気が付く。本当にシリウスにとっては日常茶飯事なのね。私は未だになれないわ。響きの一つ一つがとても重い。

 ――幸せになりたいと人は言う。だが、幸せとはなんだと問いかけて、答えられる者はごく僅かだな。残念ながら幸せの虚像を幸せだと思い込む者も多い。

「ティナがいれば幸せだ」

 ――そうだな、そうだろうとも。かけがえのない半身だ。

 はははと笑う気配。なんだろう? 温かいわ。沈んでいた心がふわっと軽くなる。サマンサさんの心も軽くなればいいのに……

 ――あれの心は今、不満で一杯だ。与えても与えても撥ね付ける。

 そんな答えが返ってきて、セレスティナはびっくりだ。
 思っているだけで、全部通じているみたい。ああ、そういえば、最初の通信の時もそうだったわ。言葉にしなくても伝わるのね。不満で一杯……シリウスがいないから?

 ――人は幸せになりたいと言う。だから、幸せとはなんだと問いかける。

 ふふっ、まるでなぞなぞみたいね。
 幸せの形は人それぞれ違う……そうね、その通りよ。けど、幸せかと問われれば、大切な家族と友人に囲まれて、今の私は幸せだと答えるだろう。幸せで、幸せで……だからこそ、皆にも幸せになって貰いたいと私はそう願ってしまうの。

「人を幸せにする魔道具を作りたいわ」
「君らしい望みだな。大いに期待している」

 笑うシリウスの顔を見上げ、この瞬間にも幸せを感じ、セレスティナは目を細めた。シリウスの佇まいは厳格そうで人を寄せ付けないけれど、こうして綻べば温かい。輝く白銀の髪は流星色。自分を見つめる青い瞳は空の色。どうしても見入ってしまうわ。

「シリウス、お腹が空いたわ」

 終業の音が鳴ると同時にセレスティナが言う。丁度お昼休みに突入だ。

「食事をここへ運ばせようか?」
「シャルお姉様と一緒がいいの。食堂にしましょう」

 そう告げると、了解の印に唇にちゅっとキスをしてくれた。温かくてくすぐったい。ティナがいれば幸せだ、そんなシリウスの言葉を思い出し、今更ながら照れてしまう。シリウスの愛情表現はいつだってストレートだ。
 私も……私もシリウスがいてくれれば幸せよ?
 セレスティナが心の中でそっと呟いた。満ち足りた気持ちで。

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