98 / 137
第五章 コウノトリと受胎告知
第百七十八話 セレスティナは逆鱗
しおりを挟む
「ね、お隣いいかしら?」
王立魔道学園の食堂で、シリウスにそう声をかけてきたのは眼鏡をかけた赤毛の美女だった。白衣を着ているので保険医か研究職員なのだろうけれど、見た事のない人である。
「オルモード公、久しぶりね?」
にっこり笑う顔は艶やかで華がある。
シリウスが眉をひそめた。
「どうしてここにいる?」
「王立研究所は辞めたのよ」
簡潔にそう答え、眼鏡をかけた赤毛の女性は返事も待たずに椅子に腰掛けた。
「こんにちは、初めまして、公爵夫人。可愛らしい方ね? 私はヘニング公爵の姪のエイダ・アシュトンよ。オルモード公には研究を手伝ってもらったこともあるの。よろしくね?」
ヘニング公爵の姪御さん! 年は……二十代くらいかしら? シリウスより年下ね、きっと……
「は、初めまして、セレスティナ・オルモードと申します。どうぞよろしく」
差し出された手をセレスティナが握れば、エイダがにっこりと笑う。
「用件は?」
「相変わらずねぇ。少しは愛想良くしてくれてもいいんじゃない?」
シリウスの素っ気ない態度に、エイダが肩をすくめる。
「あなたの伴侶になった方にご挨拶しようと思ったのよ。それと、薬学科に興味はないかってお誘いに来たの。私ね、今月から薬学科の教師になったのよ」
「ティナは魔工学科に所属している」
「知ってるわよ。彼女はあなたのお気に入りだものね? でも、公爵夫人は卒業試験に既に合格しているんでしょう? なら、他の科目を取る余裕があるじゃないの。せっかく王立魔道学園に在籍しているんだから、学びたいだけ学んだ方がいいと思うわ。ね、どう? 興味ない?」
「止めろ。私はティナを王立研究所に関わらせる気は……」
「だから、あそこは辞めたのよ。さっき言ったでしょう?」
「辞めた理由は?」
エイダはふいっとそっぽを向く。
「研究を盗まれたの」
「ほう?」
シリウスに面白そうに笑われて、エイダはお冠だ。
「画期的な新薬だったのよ! なのにあいつ! 手柄を全部独り占めしたわ!」
「それで? 何故ティナに興味を持つ?」
「あら、私だけじゃないわ。みんな興味津々よ。オルモード公爵夫人はあなたと同じ天才らしいじゃないの。それに……」
ぐっとエイダが身を乗り出す。
「人間の女に興味なしって言われていたあなたのハートを射止めた女性にも興味があるわ。ね、見学だけでも良いわ。一度私の教室に遊びに来て?」
セレスティナにそう声をかけると、エイダはその場から立ち去った。
「……彼女とは親しいの?」
エイダの背を見送りつつセレスティナが問うと、シリウスは否定した。
「何度か顔を合わせたことがある程度だ」
「研究を手伝って貰ったって言ってたわ?」
「私が研究を手伝ったのはヘニング公爵の方だ。彼女はその助手をしていた」
王立研究所を辞めたのなら、あちらへ行けばよかったのにとシリウスが言う。
「アシュトン先生とは気が合わなかったの?」
研究肌の人間で頭がよさそうなのにとセレスティナは不思議に思う。
「彼女は魔工学に興味を示さなかった」
シリウスは簡潔にそう答え、成る程とセレスティナは納得する。ヘニング公爵家は魔道士の家系で、オルモード公爵家は魔工技師の家系だ。興味の対象が違ったのだろう。
後日、シリウスに許可を貰い、セレスティナが薬学科の教室を訪れれば、エイダは熱烈歓迎だ。教室に隣接している研究室へセレスティナを招き入れてくれた。
「いらっしゃーい、よく来てくれたわね。今お茶を入れるわ。そこ、座って座って」
エイダ・アシュトンの今の身分は平民だ。彼女の母親は駆け落ち同然で平民と結婚してしまったらしい。その後、婿入りした王弟のベルナルドがヘニング公爵位を継ぐと同時に勘当が解け、王立魔道学園に在籍していたエイダは、ヘニング公爵邸に入り浸るようになり、そこでシリウスと知り合ったようである。
つまり、エイダ・アシュトンは、現ヘニング公爵であるベルナルド・ヘニングとは血のつながりのない、義理の姪というわけだ。
「もーう、本当、信じられる? 男なんてさいってー! 女を食い物にしてちゃっかり自分の手柄よ手柄! ああ、もう、二、三発殴ってやれば良かった!」
王立研究所で開発した新薬の話になると、エイダが激高する。延々愚痴である。王立研究所で研究を横取りした相手が元恋人だというのだから無理もない。
「ところであなた、何作っちゃったの?」
エイダがセレスティナが作った魔法薬を覗き込む。遊びで薬学の基礎を教えれば、セレスティナはあっという間にそれをものにしてみせ、エイダを驚かせた。
「その……、爪の色を変化させられたら面白いな、と……」
セレスティナの説明で、エイダが興味を示す。出来上がった魔法薬をほんの少し口にすると、爪の色がピンクに変わった。ほんの一瞬だったけれど。
「ふうん、いいじゃない。ね、ちょっとここに通って、これを完成させてみない?」
「そうですね、魔工学の授業があるので、シリウスと相談してみます」
セレスティナの返答を耳にしたエイダは面白くなさそうだ。
「オルモード公と相談……ねぇ、いいこと? 一番大事なのはあなたの意志よ? 伴侶であってもそこは譲っちゃ駄目、いい?」
「大丈夫です。シリウスは私の意見を尊重してくれますから」
エイダはなにやら疑わしそうである。
「……本当? ああいう我の強い男は、尊重しているふりをして、自分の希望を優先するのよ。口八丁手八丁で丸め込むのが上手いの」
我が強い、ええ、そうかもしれないわね。
シリウスのハチャメチャぶりを思い出せば、どうしても笑ってしまう。
「なんかあなたを見ていると心配になっちゃうわ。昔の私を見ているみたい」
昔のアシュトン先生?
「惚れた男に尽くしちゃうタイプに見えるのよ。私なんか尽くして尽くして尽くして、手柄を全部奪われて捨てられたわ。あなたもそうならないように注意なさい?」
研究の成果を元恋人に取られたから、恨んでいるのかしら。いえ、恨んで当然ね。でも……
「シリウスなら心配いりません。私の成長を誰よりも喜んでくださいます」
セレスティナがそう答えて笑う。
そう、本当に大事にされていると分かる。彼の称賛はいつだって嬉しくてくすぐったい。
エイダが肩をすくめた。
「そりゃ、自分の手足になって働いてくれる優秀な助手は重宝するもの。喜ぶでしょうよ。けど、覚えておいて? それはあくまで助手の立場ならってこと。自分が前へ出ようとすれば煙たがられるわ。あなたって素直そうだから、ほんっと危なっかしいわ」
自分が前へ出ようとすれば煙たがられる……、そうかしら?
――君が私の背すら超えて羽ばたく姿を見れたらどんなにか……
シリウスは自分すら超えることを望んでいる。アシュトン先生が考えているようなことにはならないと思うわ。
「ね、あなたはどうしてオルモード公と結婚したの?」
思いついたように、エイダがセレスティナにそう尋ねた。
「その……シリウスは憧れの人で、好きになってしまったから……」
そう、こうして彼の姿を思い描くだけでドキドキするくらい……
言うのは恥ずかしいけれど。
「好き、ねぇ……確かにオルモード公はとびっきりの色男だけど、あいつ、薄気味悪くない?」
内緒話をするようにエイダが声を潜め、セレスティナは目をパチパチさせた。
「いいえ? どうして?」
「蛇の巣の中に平気で手を突っ込んだりするんだもの。蛇と意志疎通が出来るみたいで、蛇もあいつに懐くし……最初はね、私だっていいなって思ったんだけど、オルモード公に近付いただけで体にまとわりつかせた妖蛇に威嚇されるから、彼と必要以上に関わるのを止めたのよ」
セレスティナは苦笑いだ。
「シリウスは人との接触が苦手だから、わざとそうするみたいなの、ごめんなさい」
セレスティナにそう説明され、エイダが目を丸くする。
「……え、わざと?」
「触らないで欲しいって意思表示なのよ」
「触らないでって、そんなにベタベタしたつもりは……、もしかして、挨拶で肩を叩くのも駄目ってこと?」
エイダは平民だったので、シリウスにもよくそういった事をしていたという。セレスティナはこくんと頷く。そもそも異性の体に不用意に触れること自体、貴族間でははしたないとされている。平民として育っただけに、そこの認識が甘かったのだろう。
「ええ、シリウスは素手の握手も苦手なの。だから、外出時はいっつも手袋をしているわ?」
「そ、そうなのね。わかった、気を付けるわ」
エイダは両手を挙げ、そう言ったものの、学園にいるシリウスはしょっちゅうセレスティナを膝抱っこだ。多くの学生で賑わう食堂で二人の熱々ぶりにあてられたエイダがぽつりと言う。
「……ほんっとーに、オルモード公は人との接触が苦手なの?」
「そ、その、家族以外は……」
セレスティナはそう答え、身を縮めた。今もシリウスに膝抱っこされ、背後からきゅうっと抱きしめられている状態である。ちゅっと唇にキスをされ、セレスティナの頬がほんのり色づく。セレスティナを見つめる青い瞳が糖蜜のように甘い。
エイダがげっそりとした風体で言った。
「なんて言うか……あなた達の仲を勘ぐった私が馬鹿みたい。甘ったるすぎて胸焼けがするわ」
二人の様子から目をそらすようにエイダは手元の雑誌をめくり、ピキリと額に青筋が立つ。
「陛下から表彰って! ああ、勘弁してよ、もう!」
雑誌をビリビリに破いて捨て、セレスティナをビックリさせた。
「あの、どうし……」
シリウスの口角が上がった。嘲るよう。
「相棒だったバイロン・カーターが表彰されたんだろう?」
シリウスが言う。既に知っているらしい。
「だから、私よ! 新薬の開発者は私なんだって! なのに、研究資料は全部取り上げられたから、裁判をしても敗訴よ、敗訴!」
エイダが地団駄を踏んで悔しがる。
と、そこへ王家からの映像発信が王立魔道学園に届いた。食堂の中央パネルに発信された映像が流れ、画期的な新薬の開発をした功労者への授与式の様子が流れ始める。国王が登壇する式典は煌びやかで圧巻だ。その場の主役はバターブロンドの垂れ目の美男子である。煌びやかな衣装がよく似合っていて、騒がれ方がアイドルスターのようだ。
「あいつぅ!」
エイダの目がつり上がった。
「あの、もしかして、彼、が?」
セレスティナの疑問をエイダが肯定する。
「そうよ! 私の研究を横取りしたわ! データを全部もってかれたの!」
「取り返せばいい。どうせ王立研究所のデータバンクに全て保管してあるんだろう? ついでに研究所の全データを消去して引っかき回してやれ。あいつらの慌てぶりが目に浮かぶ」
シリウスがはははと笑えば、エイダが食ってかかる。
「無茶言わないでよ! あそこは国軍の防衛システムが使われているんだってば! 侵入なんてできっこない!」
「ほう? 君も同じ防衛システムを使って、データを保護していたんだろう? なのにカーターは君のデータを盗んでのけた。あいつのやり方を真似たらどうだ?」
シリウスがそう言って揶揄った。
「……わ、私は、その……あいつを信用していたから……」
「く、ふふ、成る程、データを共用していたってわけか……」
シリウスが指令機を取り出し、ピッピッと操作し始める。そろりとセレスティナが彼の手元を見ると、どこかへアクセスしているように見える。まるでパズルを解くように、次々扉が開いて……もしかして王立研究所のデータバンクにアクセスしている?
「シリウス?」
「情報チェックだ」
さらりと言う。
「あそこは危ないものを隠している場合があるから、時々こうしてこじ開ける」
いつもやっているってこと?
王立魔道学園の食堂で、シリウスにそう声をかけてきたのは眼鏡をかけた赤毛の美女だった。白衣を着ているので保険医か研究職員なのだろうけれど、見た事のない人である。
「オルモード公、久しぶりね?」
にっこり笑う顔は艶やかで華がある。
シリウスが眉をひそめた。
「どうしてここにいる?」
「王立研究所は辞めたのよ」
簡潔にそう答え、眼鏡をかけた赤毛の女性は返事も待たずに椅子に腰掛けた。
「こんにちは、初めまして、公爵夫人。可愛らしい方ね? 私はヘニング公爵の姪のエイダ・アシュトンよ。オルモード公には研究を手伝ってもらったこともあるの。よろしくね?」
ヘニング公爵の姪御さん! 年は……二十代くらいかしら? シリウスより年下ね、きっと……
「は、初めまして、セレスティナ・オルモードと申します。どうぞよろしく」
差し出された手をセレスティナが握れば、エイダがにっこりと笑う。
「用件は?」
「相変わらずねぇ。少しは愛想良くしてくれてもいいんじゃない?」
シリウスの素っ気ない態度に、エイダが肩をすくめる。
「あなたの伴侶になった方にご挨拶しようと思ったのよ。それと、薬学科に興味はないかってお誘いに来たの。私ね、今月から薬学科の教師になったのよ」
「ティナは魔工学科に所属している」
「知ってるわよ。彼女はあなたのお気に入りだものね? でも、公爵夫人は卒業試験に既に合格しているんでしょう? なら、他の科目を取る余裕があるじゃないの。せっかく王立魔道学園に在籍しているんだから、学びたいだけ学んだ方がいいと思うわ。ね、どう? 興味ない?」
「止めろ。私はティナを王立研究所に関わらせる気は……」
「だから、あそこは辞めたのよ。さっき言ったでしょう?」
「辞めた理由は?」
エイダはふいっとそっぽを向く。
「研究を盗まれたの」
「ほう?」
シリウスに面白そうに笑われて、エイダはお冠だ。
「画期的な新薬だったのよ! なのにあいつ! 手柄を全部独り占めしたわ!」
「それで? 何故ティナに興味を持つ?」
「あら、私だけじゃないわ。みんな興味津々よ。オルモード公爵夫人はあなたと同じ天才らしいじゃないの。それに……」
ぐっとエイダが身を乗り出す。
「人間の女に興味なしって言われていたあなたのハートを射止めた女性にも興味があるわ。ね、見学だけでも良いわ。一度私の教室に遊びに来て?」
セレスティナにそう声をかけると、エイダはその場から立ち去った。
「……彼女とは親しいの?」
エイダの背を見送りつつセレスティナが問うと、シリウスは否定した。
「何度か顔を合わせたことがある程度だ」
「研究を手伝って貰ったって言ってたわ?」
「私が研究を手伝ったのはヘニング公爵の方だ。彼女はその助手をしていた」
王立研究所を辞めたのなら、あちらへ行けばよかったのにとシリウスが言う。
「アシュトン先生とは気が合わなかったの?」
研究肌の人間で頭がよさそうなのにとセレスティナは不思議に思う。
「彼女は魔工学に興味を示さなかった」
シリウスは簡潔にそう答え、成る程とセレスティナは納得する。ヘニング公爵家は魔道士の家系で、オルモード公爵家は魔工技師の家系だ。興味の対象が違ったのだろう。
後日、シリウスに許可を貰い、セレスティナが薬学科の教室を訪れれば、エイダは熱烈歓迎だ。教室に隣接している研究室へセレスティナを招き入れてくれた。
「いらっしゃーい、よく来てくれたわね。今お茶を入れるわ。そこ、座って座って」
エイダ・アシュトンの今の身分は平民だ。彼女の母親は駆け落ち同然で平民と結婚してしまったらしい。その後、婿入りした王弟のベルナルドがヘニング公爵位を継ぐと同時に勘当が解け、王立魔道学園に在籍していたエイダは、ヘニング公爵邸に入り浸るようになり、そこでシリウスと知り合ったようである。
つまり、エイダ・アシュトンは、現ヘニング公爵であるベルナルド・ヘニングとは血のつながりのない、義理の姪というわけだ。
「もーう、本当、信じられる? 男なんてさいってー! 女を食い物にしてちゃっかり自分の手柄よ手柄! ああ、もう、二、三発殴ってやれば良かった!」
王立研究所で開発した新薬の話になると、エイダが激高する。延々愚痴である。王立研究所で研究を横取りした相手が元恋人だというのだから無理もない。
「ところであなた、何作っちゃったの?」
エイダがセレスティナが作った魔法薬を覗き込む。遊びで薬学の基礎を教えれば、セレスティナはあっという間にそれをものにしてみせ、エイダを驚かせた。
「その……、爪の色を変化させられたら面白いな、と……」
セレスティナの説明で、エイダが興味を示す。出来上がった魔法薬をほんの少し口にすると、爪の色がピンクに変わった。ほんの一瞬だったけれど。
「ふうん、いいじゃない。ね、ちょっとここに通って、これを完成させてみない?」
「そうですね、魔工学の授業があるので、シリウスと相談してみます」
セレスティナの返答を耳にしたエイダは面白くなさそうだ。
「オルモード公と相談……ねぇ、いいこと? 一番大事なのはあなたの意志よ? 伴侶であってもそこは譲っちゃ駄目、いい?」
「大丈夫です。シリウスは私の意見を尊重してくれますから」
エイダはなにやら疑わしそうである。
「……本当? ああいう我の強い男は、尊重しているふりをして、自分の希望を優先するのよ。口八丁手八丁で丸め込むのが上手いの」
我が強い、ええ、そうかもしれないわね。
シリウスのハチャメチャぶりを思い出せば、どうしても笑ってしまう。
「なんかあなたを見ていると心配になっちゃうわ。昔の私を見ているみたい」
昔のアシュトン先生?
「惚れた男に尽くしちゃうタイプに見えるのよ。私なんか尽くして尽くして尽くして、手柄を全部奪われて捨てられたわ。あなたもそうならないように注意なさい?」
研究の成果を元恋人に取られたから、恨んでいるのかしら。いえ、恨んで当然ね。でも……
「シリウスなら心配いりません。私の成長を誰よりも喜んでくださいます」
セレスティナがそう答えて笑う。
そう、本当に大事にされていると分かる。彼の称賛はいつだって嬉しくてくすぐったい。
エイダが肩をすくめた。
「そりゃ、自分の手足になって働いてくれる優秀な助手は重宝するもの。喜ぶでしょうよ。けど、覚えておいて? それはあくまで助手の立場ならってこと。自分が前へ出ようとすれば煙たがられるわ。あなたって素直そうだから、ほんっと危なっかしいわ」
自分が前へ出ようとすれば煙たがられる……、そうかしら?
――君が私の背すら超えて羽ばたく姿を見れたらどんなにか……
シリウスは自分すら超えることを望んでいる。アシュトン先生が考えているようなことにはならないと思うわ。
「ね、あなたはどうしてオルモード公と結婚したの?」
思いついたように、エイダがセレスティナにそう尋ねた。
「その……シリウスは憧れの人で、好きになってしまったから……」
そう、こうして彼の姿を思い描くだけでドキドキするくらい……
言うのは恥ずかしいけれど。
「好き、ねぇ……確かにオルモード公はとびっきりの色男だけど、あいつ、薄気味悪くない?」
内緒話をするようにエイダが声を潜め、セレスティナは目をパチパチさせた。
「いいえ? どうして?」
「蛇の巣の中に平気で手を突っ込んだりするんだもの。蛇と意志疎通が出来るみたいで、蛇もあいつに懐くし……最初はね、私だっていいなって思ったんだけど、オルモード公に近付いただけで体にまとわりつかせた妖蛇に威嚇されるから、彼と必要以上に関わるのを止めたのよ」
セレスティナは苦笑いだ。
「シリウスは人との接触が苦手だから、わざとそうするみたいなの、ごめんなさい」
セレスティナにそう説明され、エイダが目を丸くする。
「……え、わざと?」
「触らないで欲しいって意思表示なのよ」
「触らないでって、そんなにベタベタしたつもりは……、もしかして、挨拶で肩を叩くのも駄目ってこと?」
エイダは平民だったので、シリウスにもよくそういった事をしていたという。セレスティナはこくんと頷く。そもそも異性の体に不用意に触れること自体、貴族間でははしたないとされている。平民として育っただけに、そこの認識が甘かったのだろう。
「ええ、シリウスは素手の握手も苦手なの。だから、外出時はいっつも手袋をしているわ?」
「そ、そうなのね。わかった、気を付けるわ」
エイダは両手を挙げ、そう言ったものの、学園にいるシリウスはしょっちゅうセレスティナを膝抱っこだ。多くの学生で賑わう食堂で二人の熱々ぶりにあてられたエイダがぽつりと言う。
「……ほんっとーに、オルモード公は人との接触が苦手なの?」
「そ、その、家族以外は……」
セレスティナはそう答え、身を縮めた。今もシリウスに膝抱っこされ、背後からきゅうっと抱きしめられている状態である。ちゅっと唇にキスをされ、セレスティナの頬がほんのり色づく。セレスティナを見つめる青い瞳が糖蜜のように甘い。
エイダがげっそりとした風体で言った。
「なんて言うか……あなた達の仲を勘ぐった私が馬鹿みたい。甘ったるすぎて胸焼けがするわ」
二人の様子から目をそらすようにエイダは手元の雑誌をめくり、ピキリと額に青筋が立つ。
「陛下から表彰って! ああ、勘弁してよ、もう!」
雑誌をビリビリに破いて捨て、セレスティナをビックリさせた。
「あの、どうし……」
シリウスの口角が上がった。嘲るよう。
「相棒だったバイロン・カーターが表彰されたんだろう?」
シリウスが言う。既に知っているらしい。
「だから、私よ! 新薬の開発者は私なんだって! なのに、研究資料は全部取り上げられたから、裁判をしても敗訴よ、敗訴!」
エイダが地団駄を踏んで悔しがる。
と、そこへ王家からの映像発信が王立魔道学園に届いた。食堂の中央パネルに発信された映像が流れ、画期的な新薬の開発をした功労者への授与式の様子が流れ始める。国王が登壇する式典は煌びやかで圧巻だ。その場の主役はバターブロンドの垂れ目の美男子である。煌びやかな衣装がよく似合っていて、騒がれ方がアイドルスターのようだ。
「あいつぅ!」
エイダの目がつり上がった。
「あの、もしかして、彼、が?」
セレスティナの疑問をエイダが肯定する。
「そうよ! 私の研究を横取りしたわ! データを全部もってかれたの!」
「取り返せばいい。どうせ王立研究所のデータバンクに全て保管してあるんだろう? ついでに研究所の全データを消去して引っかき回してやれ。あいつらの慌てぶりが目に浮かぶ」
シリウスがはははと笑えば、エイダが食ってかかる。
「無茶言わないでよ! あそこは国軍の防衛システムが使われているんだってば! 侵入なんてできっこない!」
「ほう? 君も同じ防衛システムを使って、データを保護していたんだろう? なのにカーターは君のデータを盗んでのけた。あいつのやり方を真似たらどうだ?」
シリウスがそう言って揶揄った。
「……わ、私は、その……あいつを信用していたから……」
「く、ふふ、成る程、データを共用していたってわけか……」
シリウスが指令機を取り出し、ピッピッと操作し始める。そろりとセレスティナが彼の手元を見ると、どこかへアクセスしているように見える。まるでパズルを解くように、次々扉が開いて……もしかして王立研究所のデータバンクにアクセスしている?
「シリウス?」
「情報チェックだ」
さらりと言う。
「あそこは危ないものを隠している場合があるから、時々こうしてこじ開ける」
いつもやっているってこと?
263
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。