最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第五章 コウノトリと受胎告知

第百七十八話 セレスティナは逆鱗

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「ね、お隣いいかしら?」

 王立魔道学園の食堂で、シリウスにそう声をかけてきたのは眼鏡をかけた赤毛の美女だった。白衣を着ているので保険医か研究職員なのだろうけれど、見た事のない人である。

「オルモード公、久しぶりね?」

 にっこり笑う顔は艶やかで華がある。
 シリウスが眉をひそめた。

「どうしてここにいる?」
「王立研究所は辞めたのよ」

 簡潔にそう答え、眼鏡をかけた赤毛の女性は返事も待たずに椅子に腰掛けた。

「こんにちは、初めまして、公爵夫人。可愛らしい方ね? 私はヘニング公爵の姪のエイダ・アシュトンよ。オルモード公には研究を手伝ってもらったこともあるの。よろしくね?」

 ヘニング公爵の姪御さん! 年は……二十代くらいかしら? シリウスより年下ね、きっと……

「は、初めまして、セレスティナ・オルモードと申します。どうぞよろしく」

 差し出された手をセレスティナが握れば、エイダがにっこりと笑う。

「用件は?」
「相変わらずねぇ。少しは愛想良くしてくれてもいいんじゃない?」

 シリウスの素っ気ない態度に、エイダが肩をすくめる。

「あなたの伴侶になった方にご挨拶しようと思ったのよ。それと、薬学科に興味はないかってお誘いに来たの。私ね、今月から薬学科の教師になったのよ」
「ティナは魔工学科に所属している」
「知ってるわよ。彼女はあなたのお気に入りだものね? でも、公爵夫人は卒業試験に既に合格しているんでしょう? なら、他の科目を取る余裕があるじゃないの。せっかく王立魔道学園に在籍しているんだから、学びたいだけ学んだ方がいいと思うわ。ね、どう? 興味ない?」
「止めろ。私はティナを王立研究所に関わらせる気は……」
「だから、あそこは辞めたのよ。さっき言ったでしょう?」
「辞めた理由は?」

 エイダはふいっとそっぽを向く。

「研究を盗まれたの」
「ほう?」

 シリウスに面白そうに笑われて、エイダはお冠だ。

「画期的な新薬だったのよ! なのにあいつ! 手柄を全部独り占めしたわ!」
「それで? 何故ティナに興味を持つ?」
「あら、私だけじゃないわ。みんな興味津々よ。オルモード公爵夫人はあなたと同じ天才らしいじゃないの。それに……」

 ぐっとエイダが身を乗り出す。

「人間の女に興味なしって言われていたあなたのハートを射止めた女性にも興味があるわ。ね、見学だけでも良いわ。一度私の教室に遊びに来て?」

 セレスティナにそう声をかけると、エイダはその場から立ち去った。

「……彼女とは親しいの?」

 エイダの背を見送りつつセレスティナが問うと、シリウスは否定した。

「何度か顔を合わせたことがある程度だ」
「研究を手伝って貰ったって言ってたわ?」
「私が研究を手伝ったのはヘニング公爵の方だ。彼女はその助手をしていた」

 王立研究所を辞めたのなら、あちらへ行けばよかったのにとシリウスが言う。

「アシュトン先生とは気が合わなかったの?」

 研究肌の人間で頭がよさそうなのにとセレスティナは不思議に思う。

「彼女は魔工学に興味を示さなかった」

 シリウスは簡潔にそう答え、成る程とセレスティナは納得する。ヘニング公爵家は魔道士の家系で、オルモード公爵家は魔工技師の家系だ。興味の対象が違ったのだろう。
 後日、シリウスに許可を貰い、セレスティナが薬学科の教室を訪れれば、エイダは熱烈歓迎だ。教室に隣接している研究室へセレスティナを招き入れてくれた。

「いらっしゃーい、よく来てくれたわね。今お茶を入れるわ。そこ、座って座って」

 エイダ・アシュトンの今の身分は平民だ。彼女の母親は駆け落ち同然で平民と結婚してしまったらしい。その後、婿入りした王弟のベルナルドがヘニング公爵位を継ぐと同時に勘当が解け、王立魔道学園に在籍していたエイダは、ヘニング公爵邸に入り浸るようになり、そこでシリウスと知り合ったようである。
 つまり、エイダ・アシュトンは、現ヘニング公爵であるベルナルド・ヘニングとは血のつながりのない、義理の姪というわけだ。

「もーう、本当、信じられる? 男なんてさいってー! 女を食い物にしてちゃっかり自分の手柄よ手柄! ああ、もう、二、三発殴ってやれば良かった!」

 王立研究所で開発した新薬の話になると、エイダが激高する。延々愚痴である。王立研究所で研究を横取りした相手が元恋人だというのだから無理もない。

「ところであなた、何作っちゃったの?」

 エイダがセレスティナが作った魔法薬を覗き込む。遊びで薬学の基礎を教えれば、セレスティナはあっという間にそれをものにしてみせ、エイダを驚かせた。

「その……、爪の色を変化させられたら面白いな、と……」

 セレスティナの説明で、エイダが興味を示す。出来上がった魔法薬をほんの少し口にすると、爪の色がピンクに変わった。ほんの一瞬だったけれど。

「ふうん、いいじゃない。ね、ちょっとここに通って、これを完成させてみない?」
「そうですね、魔工学の授業があるので、シリウスと相談してみます」

 セレスティナの返答を耳にしたエイダは面白くなさそうだ。

「オルモード公と相談……ねぇ、いいこと? 一番大事なのはあなたの意志よ? 伴侶であってもそこは譲っちゃ駄目、いい?」
「大丈夫です。シリウスは私の意見を尊重してくれますから」

 エイダはなにやら疑わしそうである。

「……本当? ああいう我の強い男は、尊重しているふりをして、自分の希望を優先するのよ。口八丁手八丁で丸め込むのが上手いの」

 我が強い、ええ、そうかもしれないわね。
 シリウスのハチャメチャぶりを思い出せば、どうしても笑ってしまう。

「なんかあなたを見ていると心配になっちゃうわ。昔の私を見ているみたい」

 昔のアシュトン先生?

「惚れた男に尽くしちゃうタイプに見えるのよ。私なんか尽くして尽くして尽くして、手柄を全部奪われて捨てられたわ。あなたもそうならないように注意なさい?」

 研究の成果を元恋人に取られたから、恨んでいるのかしら。いえ、恨んで当然ね。でも……

「シリウスなら心配いりません。私の成長を誰よりも喜んでくださいます」

 セレスティナがそう答えて笑う。
 そう、本当に大事にされていると分かる。彼の称賛はいつだって嬉しくてくすぐったい。
 エイダが肩をすくめた。

「そりゃ、自分の手足になって働いてくれる優秀な助手は重宝するもの。喜ぶでしょうよ。けど、覚えておいて? それはあくまで助手の立場ならってこと。自分が前へ出ようとすれば煙たがられるわ。あなたって素直そうだから、ほんっと危なっかしいわ」

 自分が前へ出ようとすれば煙たがられる……、そうかしら?
 ――君が私の背すら超えて羽ばたく姿を見れたらどんなにか……
 シリウスは自分すら超えることを望んでいる。アシュトン先生が考えているようなことにはならないと思うわ。

「ね、あなたはどうしてオルモード公と結婚したの?」

 思いついたように、エイダがセレスティナにそう尋ねた。

「その……シリウスは憧れの人で、好きになってしまったから……」

 そう、こうして彼の姿を思い描くだけでドキドキするくらい……
 言うのは恥ずかしいけれど。

「好き、ねぇ……確かにオルモード公はとびっきりの色男だけど、あいつ、薄気味悪くない?」

 内緒話をするようにエイダが声を潜め、セレスティナは目をパチパチさせた。

「いいえ? どうして?」
「蛇の巣の中に平気で手を突っ込んだりするんだもの。蛇と意志疎通が出来るみたいで、蛇もあいつに懐くし……最初はね、私だっていいなって思ったんだけど、オルモード公に近付いただけで体にまとわりつかせた妖蛇に威嚇されるから、彼と必要以上に関わるのを止めたのよ」

 セレスティナは苦笑いだ。

「シリウスは人との接触が苦手だから、わざとそうするみたいなの、ごめんなさい」

 セレスティナにそう説明され、エイダが目を丸くする。

「……え、わざと?」
「触らないで欲しいって意思表示なのよ」
「触らないでって、そんなにベタベタしたつもりは……、もしかして、挨拶で肩を叩くのも駄目ってこと?」

 エイダは平民だったので、シリウスにもよくそういった事をしていたという。セレスティナはこくんと頷く。そもそも異性の体に不用意に触れること自体、貴族間でははしたないとされている。平民として育っただけに、そこの認識が甘かったのだろう。

「ええ、シリウスは素手の握手も苦手なの。だから、外出時はいっつも手袋をしているわ?」
「そ、そうなのね。わかった、気を付けるわ」

 エイダは両手を挙げ、そう言ったものの、学園にいるシリウスはしょっちゅうセレスティナを膝抱っこだ。多くの学生で賑わう食堂で二人の熱々ぶりにあてられたエイダがぽつりと言う。

「……ほんっとーに、オルモード公は人との接触が苦手なの?」
「そ、その、家族以外は……」

 セレスティナはそう答え、身を縮めた。今もシリウスに膝抱っこされ、背後からきゅうっと抱きしめられている状態である。ちゅっと唇にキスをされ、セレスティナの頬がほんのり色づく。セレスティナを見つめる青い瞳が糖蜜のように甘い。
 エイダがげっそりとした風体で言った。

「なんて言うか……あなた達の仲を勘ぐった私が馬鹿みたい。甘ったるすぎて胸焼けがするわ」

 二人の様子から目をそらすようにエイダは手元の雑誌をめくり、ピキリと額に青筋が立つ。

「陛下から表彰って! ああ、勘弁してよ、もう!」

 雑誌をビリビリに破いて捨て、セレスティナをビックリさせた。

「あの、どうし……」

 シリウスの口角が上がった。嘲るよう。

「相棒だったバイロン・カーターが表彰されたんだろう?」

 シリウスが言う。既に知っているらしい。

「だから、私よ! 新薬の開発者は私なんだって! なのに、研究資料は全部取り上げられたから、裁判をしても敗訴よ、敗訴!」

 エイダが地団駄を踏んで悔しがる。
 と、そこへ王家からの映像発信が王立魔道学園に届いた。食堂の中央パネルに発信された映像が流れ、画期的な新薬の開発をした功労者への授与式の様子が流れ始める。国王が登壇する式典は煌びやかで圧巻だ。その場の主役はバターブロンドの垂れ目の美男子である。煌びやかな衣装がよく似合っていて、騒がれ方がアイドルスターのようだ。

「あいつぅ!」

 エイダの目がつり上がった。

「あの、もしかして、彼、が?」

 セレスティナの疑問をエイダが肯定する。

「そうよ! 私の研究を横取りしたわ! データを全部もってかれたの!」
「取り返せばいい。どうせ王立研究所のデータバンクに全て保管してあるんだろう? ついでに研究所の全データを消去して引っかき回してやれ。あいつらの慌てぶりが目に浮かぶ」

 シリウスがはははと笑えば、エイダが食ってかかる。

「無茶言わないでよ! あそこは国軍の防衛システムが使われているんだってば! 侵入なんてできっこない!」
「ほう? 君も同じ防衛システムを使って、データを保護していたんだろう? なのにカーターは君のデータを盗んでのけた。あいつのやり方を真似たらどうだ?」

 シリウスがそう言って揶揄った。

「……わ、私は、その……あいつを信用していたから……」
「く、ふふ、成る程、データを共用していたってわけか……」

 シリウスが指令機を取り出し、ピッピッと操作し始める。そろりとセレスティナが彼の手元を見ると、どこかへアクセスしているように見える。まるでパズルを解くように、次々扉が開いて……もしかして王立研究所のデータバンクにアクセスしている?

「シリウス?」
「情報チェックだ」

 さらりと言う。

「あそこは危ないものを隠している場合があるから、時々こうしてこじ開ける」

 いつもやっているってこと?

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