最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第五章 コウノトリと受胎告知

第百八十四話 ミミズさんこんにちは

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「ご、ごめんなさい! お願いです! 許してください!」

 翌々日、セレスティナが登校するなり、ボニーが平謝りだ。

「本当に本当に本当にただのイタズラだったんです! お願いします! 私に出来る事ならなんでもしますから、どうかどうか……」

 シリウスの目はこれ以上無いほど冷ややかだ。

「ただのイタズラ、ね」
「たった三日、特定の相手から嫌われるだけですよぅ! それで退学なんて酷すぎます!」

 退学! 耳にした事実にセレスティナは驚いた。
 確かにちょっと重すぎる罰かも……
 ちらりとシリウスを見るも、彼の冷たい眼差しは変わらない。

「たった三日と言うが、もしもティナが学園から追い出されていたらどうする気だった?」
「え?」
「ハルがいたからよかったようなものの……公爵邸に帰れず、街中を彷徨う羽目になっていたらどうなっていたと思う? 多くの者から悪意を向けられて、無事でいられると君は本気でそう思うのか? そう思うのなら、そうだな……例のミサンガを着けて街中に放り出してやろう。それで、無事帰って来られたら、その時は罰を軽くしてやってもいい」
「そ、そんな……」
「ふ、ふふ……喜べないということは、危険だと理解は出来るようだな?」

 ボニーが顔色を失い、俯いた。

「じっくり反省したまえ。君はもう成人しているだろう? 自分でやったことの責任は自分でとることだな。話はそれだけか? なら……」

 立ち去りかけたシリウスにボニーが声を張り上げる。

「ミサンガを売ったあの店の店主だって、悪いじゃないですか!」

 なのに、どうして私だけ、そう口にする前にシリウスの声が告げた。

「そうだな? だから潰した」

 シリウスにあっさりと言われ、ボニーは戦慄する。

「え……」
「既に店があった場所は更地になっているぞ? 行ってみたらどうだ? 子供の玩具感覚であんなものを売られてはかなわない」
「て、店主は……」
「どうなったのか知りたいか?」
「いえ、いいです」

 ボニーはこくりと生唾を飲み込んだ。
 怖かった。見た目はこんなに美しい公爵様なのに……自分も憧れた。素敵な人だとそう思った。でも、今は真逆ある。怖い、心底そう思った。シリウスの容赦のなさとオルモード公爵家が持つ権力の大きさを感じ取ったボニーは、子羊のように震え上がった。

「ティナは公爵夫人だ」

 シリウスの声でボニーがふっと顔を上げる。冴え冴えとした青い瞳に身がすくむ。

「平等を謳う学園内だから失念していたか? 公爵である私の伴侶を害そうとしたのだから、退学で済んだのは温情だと思え。王立魔道学園の生徒でなければ、牢獄行きだったぞ?」

 ボニーがぺたりとその場に座り込む。本当に大変な事をしてしまったのだと、ようやく実感したようだ。シリウスに肩を掴まれ、歩き出したセレスティナは後方を振り返る。校庭にぽつんと座っているボニーの姿があまりに哀れだ。

「あの、シリウス……」
「駄目だ」

 セレスティナの呼びかけにもシリウスはそっけない。いつもなら甘い顔をするセレスティナの懇願にもシリウスは揺らがなかった。これが公爵としてのシリウスの顔なのだろう。
 けれど、セレスティナは食い下がった。

「で、でも、ボニーさんはまだ学生よ? その彼女の未来を潰してしまうのはあまりにも……」
「王立魔道学園を卒業できず、希望の職種に就くのが難しくなるだけだ」

 大したことはない、シリウスはそう言いたげだが、若い彼女には大打撃だとセレスティナは考える。せめて停学程度で済めば……

「一つ、彼女にやってもらいたいことがあるの、いいかしら?」
「やってもらいたいこと?」
「私と同じ被害にあった方々に謝罪をしてもらいたいの」
「……そうだな、謝罪文を書かせよう」
「私がそれを手伝って良いかしら?」
「君が?」

 シリウスがピタリと足を止め、セレスティナをじっと見つめる。

「ええ、そうしたいの、お願い」

 セレスティナの意図が分からずシリウスは困惑するも、反対はしなかった。

「ハロルドを連れて行くように」
「ええ、勿論そうするわ。ありがとう、シリウス」

 セレスティナはにっこり笑って頷いた。



「謝罪文?」

 下校時、セレスティナに呼び出されたボニーは困惑する。

「ええ、学園を去る前にきちんと事情説明をして、被害に遭った方達に謝って欲しいの」
「そ、そんな、今更……」

 そんなに私を虐めて楽しいですか?
 ボニーはうっかりそう言いそうになったけれど、相手は公爵夫人だ。さらに酷い目に遭わされたらたまらない。大人しくセレスティナの言う通りに謝罪文を書き、翌日、彼らがどうして喧嘩をする羽目になったのか、事情を事細かに説明して回った。

「えぇー、あれは君だったのかぁ?」

 目にした相手が大嫌いな従姉妹ではなく、愛しい恋人だったと知り、被害者の男性は目を白黒させ、同じように呼び出された彼女に平身低頭謝った。

「ご、ごめん! 俺、君になんて酷いことを……」
「いえ、いいの。あなたのせいじゃないわ」

 セレスティナが願ったとおりに、喧嘩してしまったカップル達のわだかまりが次々解けて、ほっと胸をなで下ろす。
 好きな人から訳も分からず罵倒されるなんて、悲しくて辛いもの。
 シリウスから向けられた嫌悪の眼差しは、思い出すだけでセレスティナの胸を抉った。だから、どうしても、事情をきちんと説明して、喧嘩してしまった者達全員に仲直りして欲しかった。うやむやになどして欲しくなかった。

「これでいいかしら?」
「ええ、勿論よ。お疲れ様」

 被害に遭った人達全員に謝罪し終わったボニーに、セレスティナが微笑む。謝罪で疲れ切り、肩を落として立ち去るボニーの背を見送った後、セレスティナはボニーの為に奔走した。その甲斐あって、シリウスの元に被害者全員から、ボニーの処罰を軽減して欲しいとの嘆願書が届くことになる。シリウスはそれを目にし、はあっと嘆息する。

「成る程? このための謝罪文か?」

 セレスティナは身を縮めた。

「強制はしていないわ? ただ現状を説明したの。ボニーさんが今回の件で退学になったって」
「それで全員が自発的に嘆願書を書いたと?」
「ボニーさんが書いた過去の記事を添えて、どうしたらいいか意見を求めたの。彼女はゴシップ記事だけを書いてきたわけじゃないわ。真実を追究する力もちゃんとあるのよ。だから、皆で話し合った結果、こうなったのよ?」
「そういうのを誘導と言うんだ。まったく……ほら、おいで」

 申し訳なさそうに身を縮めているセレスティナを引き寄せ、いつものように膝抱っこだ。

「公爵夫人としては素晴らしい手腕なんだがな……」
「そう、かしら?」
「自分の望みを達成する為に、多くの人間を味方につける。人脈はそうやって築いていくものだ。褒めてやりたいところだが、君を害した人間の為とはな……複雑だ」
「彼女の情熱は本物よ? それを潰したくなかったの」

 シリウスがふっと笑う。

「わかった。復学を認めよう。ただし、彼女には別の形で償いをして貰う。それだけのことをしたんだと自覚して貰わなければ困るからな」
「あ、ありがとう!」
「本当、君にはかなわない」

 セレスティナに抱きつかれて、シリウスは苦笑するしかない。艶やかな栗色の髪をそっと撫で、その額にキスをする。
 復学を認められたボニーは大喜びし、三週間の謹慎処分が解かれた後、セレスティナに改めて謝罪と謝辞を述べに来たけれど、ここで話は終わらない。ボニーの両親から慰謝料をきちんとふんだくったシリウスだったが、それはそれとして、きっちり本人に仕返しをしたのである。

「ミミズ、ミミズがぁ!」

 三日三晩ボニーとラザール・フリックの寝室がミミズで埋まるという、まさに悪夢のような光景が繰り広げられたのだ。ボニーにとっては退学になった方がマシ、という悪夢だったかもしれない。そして勿論、所長のラザールは完全なとばっちりである、合掌。

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