最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第五章 コウノトリと受胎告知

第百八十六話 貴方のようになれたら

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「勉強を頑張れば頑張るほど、父親だと思っていた叔父の機嫌は悪くなったわ。女が賢い必要はないって、何をしても認めてもらえなかったの。その上、いつも従姉妹のジーナと比べられて可愛げがないって、そう言われ続けて、本当に辛かったわ」

 寂しそうに笑うセレスティナの顔を、クラリッサはまじまじと見つめてしまう。
 自分の両親は喜んでくれた……
 頭が良ことを褒めてくれたわ。だから余計にリロイの暴言にショックを受けたのだけれど、流石にリロイのような態度を小さい頃からやられたら、自分は勉強をやめてしまっていたかもしれない、そう思うと、安易に羨ましがった自分が恥ずかしい。

「私、どうしたら……」
「あなたはどうしたいの?」

 そう問われて、クラリッサは考える。

「婚約を解消したいわ。でも……」

 不貞を働いたわけでもないのに、そう躊躇すると、セレスティナが遠慮がちに言った。

「性格の不一致も十分な理由になると思うわ? お家の事情で今の彼とどうしても結婚しなければならないの?」
「……分からない」

 クラリッサがぽつりと言う。本当に分からなかった。両親に心配をかけたくなくて、相談すらしていなかったからだ。

「一度、ご両親に話してみるといいわ。一人で悩まないで?」
「ええ、ありがとう」

 クラリッサは胸のつかえがとれたような気がして、礼を口にした。


 それから数日後。
 両親にリロイとの不仲を話すと、クラリッサの両親は理解を示してくれ、伯爵家に婚約解消の打診をしてくれたが、すんなりと事は運ばなかった。リロイ本人が婚約解消に反対したからだ。王立魔道学園の廊下で、クラリッサはリロイに乱暴に肩を掴まれ、びっくりする。

「お、俺は婚約解消なんて認めねーからな! お前みたいな可愛げのない女は俺と大人しく結婚すればいーんだよ! 行き遅れになるぞ!」

 一方的にそう言い放って、リロイは肩を怒らせ、その場を立ち去った。
 クラリッサは立ち尽くし、うそぉと思う。
 お父様もお母様も婚約解消に同意してくれて、これで一安心と思ったのに、なんで、どうして? だって可愛げがないって、ブスだって……どういうことぉ?


 翌日、その話を聞かされたセレスティナがぽつりと言う。

「もしかしたら彼……クラリッサ嬢の事が好きなのかしら?」

 クラリッサはそれを思いっきり否定した。

「ありえないわよぉ! だってだって、ブスだって可愛げがないって散々!」
「クラリッサ嬢は可愛いと思うわ?」

 セレスティナが言い切り、クラリッサを驚かせた。

「え……」
「ただ、視力が悪いせいか、時々目つきが怖くなるのよね。眼鏡の度はあっている?」
「これ……リロイからのプレゼントで……」

 まだ仲が良かった頃、プレゼントしてくれた眼鏡である。だから、度が合わなくなってもずっと身に付けていた。

「なら、丁度いいわ。今のクラリッサ嬢に合う眼鏡に変えましょう」

 セレスティナがにっこり笑う。


 後日、試験が近いので図書室で勉強しつつ、対策を練ることになったのだが、クラリッサがちらりと見れば、そこにシリウスがいる。彼がいると注目の的だ。どうしても落ち着かない。

「まずは婚約者との話し合いよね」
「そ、そうね……」

 セレスティナの言葉にクラリッサは上の空で答える。
 なんで、どうして公爵様がここにいるの?
 クラリッサの思考がぐるぐる回る。
 いえ、いてはいけないということはないのだけれど……

 シリウスとお近づきになれれば浮かれる女生徒もいるのだろうけれど、クラリッサは浮かれられるほど図太くはなかった。シリウスの視線が自分に向くと萎縮してどうしようもない。高位貴族というだけではない。こうして間近にすると、他の人とオーラが全然違う。

 ただ、奥方であるセレスティナに目が向いているこの時だけは、その威圧感が和らぐのだけれど。彼女を見る目だけは蕩けるように甘い。
 クラリッサが恐る恐る言う。

「公爵様、申し訳ありません。その、妙な事に付き合わせてしまって……」
「妙な事?」

 話しかけたことでシリウスの視線がクラリッサに向き、慌てて視線を逸らす。

「そ、その、婚約解消の騒動に公爵夫人を巻き込んでしまって……」
「ああ……婚約解消が無理なら、婚約破棄という手があるぞ?」

 シリウスの提案にクラリッサは身を縮めた。

「大金が必要になってしまいます」

 そう、こちらの有責になってしまう。不貞を働いたわけではないのだから。
 シリウスがにぃっと唇を歪めて笑う。妙に迫力のある笑い方で、クラリッサはどきりとした。

「暴言は立派な暴力だ。証言者を集めて、裁判に持ち込めばいい」
「彼は伯爵令息で私の父は子爵です」

 クラリッサが小さく反論する。身分差が裁判では障害になるからだ。

「……心配いらない。王立魔道学園の生徒なら、裁判ともなれば、平等を謳う学園長が後ろ盾になってくれる。ここでは身分差はない、そう言われているだろう?」

 そうだけれど……
 セレスティナが口を挟んだ。

「一番大事なのは、クラリッサ嬢がどうしたいかだわ。このままでいいのなら、私達が口を出すことじゃないと思うの。でも、嫌だと思うのなら協力するわ?」

 クラリッサはリロイの顔を思い浮かべてみる。
 昔は好きだった。幼い頃は仲が良かったのだ。だからこその婚約である。けれど、今は? 自分を蔑むようなあの目にいつも萎縮する自分がいる。

 クラリッサはちらりとセレスティナを見た。
 自分の目には彼女が輝いて見える。魔工技師として生き生きと自分の夢に邁進している彼女は、ひそかな自分の憧れだ。自分もこうなりたい。せめて、自分のがんばりを認めてくれる人と一緒になりたいとそう思う。

「婚約を解消したい、です」
「なら、シリウスの言う通り裁判かしら。あ、その前に、これはどう?」

 新しい眼鏡を差し出され、おずおずとクラリッサはそれをかけてみる。

「ほら、可愛いわ? せっかくだからうんとお洒落しましょう。女の子は磨けば光るのよ」

 これはシャーロットの持論である。それをセレスティナは引用したのだ。セレスティナの称賛が嬉しくてくすぐったくて、ようやく強ばっていたクラリッサの顔がほころぶ。
 セレスティナに紹介して貰ったスタイリストの指示に従い、化粧の仕方を変え、髪型を変えれば、驚くほど垢抜けた。友人達から可愛くなったねと褒められて嬉しくて仕方がない。

「え? お前、クラリッサか?」

 リロイにも驚かれ、ぽかんとした顔がおかしくて、ほんの少し胸がすっとした。ブスと言った彼に、意趣返しが出来たような気がして。

 その後、セレスティナの尽力のお陰で証言者も集まり、裁判で勝訴だ。
 無事婚約解消を認められ、良かったとクラリッサが喜んだのもつかの間、裁判所でリロイが怒り狂い、クラリッサに食ってかかったのだ。

「お前のような可愛げのない女は、どーせ結婚なんかできねーよ! 大人しく俺の機嫌を取っときゃ良かったのに! ちょっと頭がいいからって鼻にかけやがって! 女のくせに生意気なんだよ! 頭の良い馬鹿だ、お前は!」
「頭の悪い馬鹿に言われたくはない」

 ずばっと切って捨てたのはシリウスだ。
 裁判官のいる空間が、しんっと静まりかえる。
 頭の悪い馬鹿……言い得て妙だが、さらに救いようがなかった。
 シリウスが容赦なくたたみかける。

「そもそも、元婚約者をどれだけ蔑もうが、貶めようが? お前の知能が上がることはない。ミジンコ並みの頭脳しかなくても、それくらい理解しろ。ああ、それから、今の発言は勝訴の記事と一緒に新聞社がばらまいてくれるだろう。見出しはこうか? 暴言男さらに墓穴を掘る」

 はははと笑う顔が底意地が悪い。

「なんだと、この……」
「リロイ、よしなさい!」

 伯爵である父親がリロイを後ろから羽交い締めだ。身分差のない学生気分でいるリロイとは違い、伯爵夫妻はオルモード公爵家の力の恐ろしさをようく知っている。冷や汗ものだろう。

「父上、何でだよ? 子爵家なんかに負けて悔しくもがぁ!」
「も、申し分けございません、オルモード公爵閣下、公爵夫人! 愚息にはようく言って聞かせますので、どうかご容赦を!」

 暴れるリロイをずりずり引きずって退場だ。クラリッサはそれを見て、もしかしたら裁判で勝訴できたのは、公爵夫妻のお陰かしらと思う。
 そして……

「クラリッサ。釣書がこんなに!」

 無事婚約解消が出来た数日後、結婚の申し込みが相次ぎ、両親は大喜びだ。どうやら自分磨きが功を奏したらしい。
 クラリッサが可愛いからよ、と両親は親馬鹿発揮しまくりだが、どう考えてもセレスティナのお陰だろうと思う。彼女が一生懸命話を聞いてくれたから勇気が持てた。セレスティナの尽力で証言者も集まった。一人で行動してたら、こんなに上手くいかなかったように思う。

 彼女にとっては他人事なのに、どうしてここまで親身になってくださったのかしら……
 クラリッサはそこが不思議で仕方がない。
 翌日、セレスティナの教室を訪れたクラリッサは、理由をさりげなく聞いてみた。

「どうしてかしら? 気になって仕方がなかったの」

 境遇が昔の私に似ていたからかしらね、そう答えたセレスティナも不思議そう。

「でも、貴方が明るくなってくれて嬉しいわ」

 はにかむような笑顔が輝くようで、クラリッサは見惚れてしまった。華のある社交界では埋もれてしまうかも、なんて失礼だったわ、そう考え直したほどである。彼女のようになりたいとクラリッサは強く思った。人の幸せを願える自分に……

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