最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第五章 コウノトリと受胎告知

第百九十二話 初めての結婚記念日

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「シリウス、あの、これ、プレゼントよ」

 セレスティナは用意したプレゼントをおずおずと差し出した。今日はセレスティナの十九才の誕生日であると同時に、初の結婚記念日でもある。いつもならたくさんの招待客を呼び、盛大に祝うところだが、妊娠中のセレスティナが接待で疲弊しないようにと家族だけのお祝いとなった。
 とはいえ、豪華さはいつもと変わらない。

 セレスティナが身に付けた白銀のドレスはこれ以上無いほど素晴らしく、所狭しと並べられたロラン・マレの料理は芸術品のように美しい。
 シリウスがプレゼントの小箱をあけると、そこにあったのはグリーンの精霊石とブルーの竜晶石をあしらったカフス型の魔道具だ。セレスティナの瞳の色とシリウスの瞳の色を組み合わせたものだと一目で分かる。

「ありがとう、ティナ」

 シリウスがお礼を言うと、セレスティナはもじもじと恥じらった。シリウスの微笑みはいつだって嬉しくてくすぐったい。

「新作の魔道具なの。身に付けていると、呪いを打ち消してくれるのよ?」
「ほう?」

 シリウスの片眼鏡が作動し、カフスに組み込まれた魔工式を読み取っていく。セレスティナが組み上げた魔工式は美しく繊細で、シリウスの瞳が満足気に細められた。

「……吸収型か。素晴らしい」

 そこへ、シャーロットがはしゃいだ声を上げた。

「ね、パパ、見てみて? ほら、ティナとお揃いなのよ?」
「ひゃうっ!」

 シャーロットから髪を掻き上げられ、妙な声が出てしまった。
 セレスティナの耳には、プレゼントしたカフスと同じデザインのイヤリングが輝いている。恥ずかしさからセレスティナの首筋が朱に染まり、シリウスが嬉しそうに笑う。

「大事にする。それにしても、随分と質の良い魔石だな?」
「んふふー、そりゃそうよ。わざわざ竜王国まで行って、お祖父様におねだりして貰ったものだもの。使用した精霊石も竜晶石も市場には出回っていない極上品よ?」
「……おねだり? ティナと二人で?」
「そそっ、可愛い孫が可愛く頼めば、もういちころよ?」

 シャーロットは自慢げだが、シリウスの頬がピクリと引きつった。

「ほぉ? 可愛くおねだり……」

 シリウスは微笑んだまま、セレスティナをぐいっと引き寄せる。

「ティナ。何か欲しいものがある場合は、今度から私に言いなさい」

 笑ってはいるが目が真剣である。

「え?」
「いいね? 何か欲しいものがある場合、私に、言いなさい。私に。アルゴンではなく」

 私に、をやけに強調する。シャーロットがすかさず口を挟んだ。

「えー? パパへのプレゼントをパパに頼むの? ないないない、それはないわぁ。あ、もしかしてお祖父様に焼きもち? ほんっとパパったら相変わらずね」
「あ、あの、カフスを身に付けてくれたら嬉しいわ?」

 お、おそろい、だから……
 と、セレスティナが真っ赤になって、小さく小さく口にしたが、シリウスの耳はしっかりこの言葉を聞いていた。たちまち蕩けるような笑顔だ。
 結婚して一年経っても、セレスティナとシリウスの胸焼けしそうな甘ったるいやりとりは変わらない。ジャネットが手元のコーヒーを口にする。

「今日もブラックコーヒーが美味しいな、イザーク」
「ああ、そうだな。俺もそう思う」

 同じようにコーヒーを口にしてたイザークが同意する。

「そろそろドレス選びかな」

 ぽつりとイザークが呟いた。

「ん?」
「ほら、俺達の結婚式だよ。俺の卒業も近いし、な?」

 イザークにちゅっと額に接吻され、ジャネットが慌てると、すかさず唇にも接吻され、真っ赤になって固まった。他の者達から見れば、お前達も十分甘いぞと言われそうである。
 シャーロットがウキウキと言う。

「ティナ、今回のプレゼントは産着も用意したの。後で開けてみて?」
「……マタニティドレスすっ飛ばしてそれかよ」

 イザークがすかさず突っ込んだ。

「そっちはパパが山ほど用意したから良いのよ。うふふ、言葉が話せるようになったら、シャルお姉様って言ってもらうの。やぁん、楽しみぃ!」

 シャーロットの浮かれっぷりを目にしたジャネットが口を挟んだ。

「あー、それなんだけど、生まれた子供が混乱しないかな?」
「混乱?」

 シャーロットがきょとんとする。

「ほら、母親のティナがシャルをこのままお姉様呼びしていると、子供の立場からすると、シャーロットは伯母なの? 姉なの? どっち? ってならないか?」
「あ、それな。俺もそう思った」

 イザークがすかさず言い添える。

「確かにジェシーの言う通り、この先ずっとティナがシャルの事を『シャルお姉様』って言い続けるなら、ティナの子供には、シャル伯母さんって呼ばれちまうぜ?」

 シャーロットがぷうっとむくれる。

「えー? ティナはパパと結婚しているんだから、わたくしは姉よぅ」
「そうだよな? だったらティナのお姉様呼びは、そろそろ卒業したほうがいいんじゃないか? まぁ、ティナをお母様と呼べなんて言わないから、せめて名前で呼び合うようにしたらどうだ?」
「……」

 シャーロットがむぅっと言った顔になる。かなり葛藤しているらしい。
 たっぷり時間をかけた後、シャーロットがしぶしぶ妥協する。

「じゃ、じゃあ……ティナの子供が生まれたら、愛称のシャルでいいわ」

 セレスティナがふわりと笑った。

「名前で呼び合う姉妹みたいな親子も素敵だと思うの。きっとそうなれるわ?」

 シャーロットの顔がぱっと明るくなる。

「そ、そうよね。ティナはティナだもん。呼び方は変わっても永遠にわたくしの妹よ! それに、生まれてくる子供にはシャルお姉様って呼んでもらえるんだもの、我慢するわ!」

 ぎゅうっと抱きしめ、慈しむようにすりすり頬ずりだ。
 そこへ、金色ボディのマジックドール、スチュワートがやってきた。銀盆の上に載せられた手紙を掲げ、シリウスに向かって恭しく頭を下げる。

「マスター、ベルガド帝国のエルファー侯爵様から速達便です」
「エルファー侯爵から?」

 エルファー侯爵はセレスティナの母方の祖父だ。エルファー侯爵夫人は既に他界しているので、結婚式には祖父であるエルファー侯爵のみの出席である。
 エルファー侯爵家の封蝋の付いた手紙を開き、中を確認したシリウスの顔が曇る。

「どうしたの? 手紙にはなんて?」
「ん? ああ……生まれてくる子供を養子にしたいと言ってきた」
「え……」

 セレスティナは目を見開き、二の句が継げない。

「なにそれ! 絶対駄目よ、そんなの!」

 シャーロットが憤慨し、セレスティナは赤ん坊を奪われる恐怖に体が震えそうになる。
 生まれてくる子を養子に? そ、そんなこと、考えたこともなかった。

「シリウス、あ、あの……」
「もちろん断る。が、問題はどこからティナの妊娠が漏れたか、だ」
「え? あ……」

 言われて気が付いた。
 そうよ、私が妊娠したことを知っているのは、ルース卿と家族だけだわ。今は学園を休学しているから、アンジーとエリーゼの二人だってまだ知らないのよ。なのに、一体どうやって?

「んー……新聞記者に嗅ぎつけられたのかしら?」

 シャーロットの推測をシリウスが一蹴する。

「それなら噂がもっと広がっているはずだ。祝電が煩いくらい入って来る。スチュワート、エルファー侯爵の情報源を探ってくれ」
「かしこまりました」

 執事であるマジックドールのスチュワートは恭しく頭を下げ、その場を辞す。
 セレスティナはおずおずとシリウスを見上げた。

「お祖父様には叔母夫婦がいたはずよ?」

 そう、母親にはデボラという妹がいた。なのにどうして?
 セレスティナが訝しむ中、シリウスは懐中時計型魔道具を取り出し、独り言のように言う。

「エルファー侯爵とベイジル卿は仲違いをしている」

 セレスティナは驚き、目を見開いた。
 ベイジル卿は叔母デボラの夫である。

「エルファー侯爵が一方的に嫌っていると言った方がいいか……元々ベイジル卿はティナの母親と結婚し、エルファー侯爵家を継ぐ予定だった。学院での成績は良く、かなり期待されていたらしい。それが婚約者の妹の方に懸想し、彼女と恋仲になってしまった。そのことに腹を立てたエルファー侯爵は、娘デボラとの結婚は一応認めたものの、ベイジル卿に爵位を譲ることを拒否し、別の後継者を探しているようだ」

 シリウスの説明に、シャーロットが目を剥く。

「えええ? それって妹が姉の婚約者を奪ったってことじゃないの。醜聞だと思うけど……」
「そうだな。だからエルファー侯爵も二人の結婚を快く思ってはいない」

 セレスティナが問う。

「叔母に子供は?」
「流産を二回。子は望めないと診断されたようだ」

 そんなことまで分かるの?
 セレスティナはシリウスの横顔をじっと見つめた。

「ね、シリウスはいつから知っていたの? 叔母が母の婚約者だった人と結婚したって」
「ん? ああ……」

 シリウスの青い瞳がちらりとセレスティナを見る。

「結婚式の招待状を作成する時に、エルファー侯爵家をざっと調べた。オルモード公爵家に取り入ろうとする連中は山ほどいるから、身内となる者の身辺調査は欠かせない」

 シャーロットが憤然と腕を組む。

「そういや、ティナの叔母様は一面識もないのに、図々しくティナの結婚式に招待しろって言ってきたのよね? パパが拒否したけれど」

 シリウスが頷く。

「ああ、問題のある人物は弾くことにしている。私が相手ならば社交上、ある程度許容するが……ああいった人物をティナに近づけたくない。そもそもティナと一切交流がなかったのに、私と結婚した途端、親戚面されるのは不愉快だ」

 そうね……面識があるのはお祖父様だけだわ。
 ふと、セレスティナの脳裏を祖父の厳格そうな顔がよぎり、くすりと笑ってしまった。セレスティナは七才の誕生日に、祖父から大きな熊のぬいぐるみを贈られた事がある。どんな顔をしてあの可愛らしいぬいぐるみを買ったのだろうと、今更ながらに笑いが込み上げてしまう。
 直ぐ、妹に取られてしまったけれど……

 途端、セレスティナの気持ちが落ち込む。
 嬉しかったけれど悲しい思い出でもある。
 あの頃のセレスティナは、妹のジーナの誕生会におまけのように出席するだけだった。自分の誕生日を祝ってもらえるようになったのは、シリウスと出会うほんの少し前だ。祖母のサラに苦言され、ようやく伯爵夫妻が重い腰を上げたのである。

 だから、あれは初めての誕生日プレゼントだった。なのに、熊のぬいぐるみが欲しいと駄々をこねるジーナに譲らされた。お姉さんなんだから、と。
 気落ちするセレスティナの耳に、手紙を手にしたシリウスの声が滑り込む。

「エルファー侯爵は私に会いたいらしい。今年も各国の要人を招いた射撃大会が開かれるから、その時に公爵邸に立ち寄りたいと希望している」

 シリウスに? ああ、そうよね。私の子を養子に望むのなら、当然家長であるシリウスの意見が優先されるものね。

「養子の件は当然断るにしても、一度エルファー侯爵に会って真意を確かめよう」

 シリウスは安心させるようにセレスティナにキスをし、大丈夫だと囁く。不思議だが、たったこれだけのことでセレスティナのざわついた気持ちは落ち着いた。
 シリウス、大好きよ、大好き……

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