最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第六章 魔工学の祖ユリウス

第二百十五話 マザコンノアのやらかし

 怒涛のお産から数週間経ち、赤子の成長は順調で、体調も落ち着いた頃、セレスティナは寝室のベッドの上からそろりと尋ねた。

「あのう、シリウス。サディアス陛下は……」
「ああ、あれなら旅行を楽しんでいるようだぞ?」

 サディアスの動向を尋ねたが、シリウスにそらっとぼけられた。オルモード公爵邸から姿を消したサディアスは、生きてはいるようだが、どこへ行ったのかは教えてもらえない。
 にこりと笑うシリウスの顔はいつも通り魅力に溢れていたが、やはり圧があって怖かった。その反面、まだ首の据わらない赤子を大事そうに抱えているシリウスは、幸せそのものだ。パパだぞといいながらあやしている。

「可愛いな」
「ええ、とっても」
「君に似ている」
「目の色はシリウスね」

 あぶぅと笑う赤子の目は、シリウスと同じ澄んだ青色だ。髪は栗色の巻き毛で、顔はセレスティナに似て愛らしい。
 セレスティナは傍らに居るスピカにちらりと目を向けた。

「ね、シリウス」
「うん?」
「ユリウス・サウザーの記憶はどうだったの?」

 シリウスがすっと真顔になる。

「そうだな。こことは違う異界の文明は、魔法の存在しない世界だった」
「魔法が存在しない世界……」

 セレスティナが繰り返し、シリウスが頷く。

「その代わり、科学という自然の法則を利用した力を引き出し、高度な文明を築き上げていた。それこそ魔法ではないかと思えるような力をふるっていた。その中でも、高い知能を持っていたサウザーは、科学技術の頂点を極めた存在で、世界の発展に大いに貢献した人物だったようだな。そして、あの日……宇宙船で星の探査に出かけた彼は、異界からこちら側へ引っ張られるまさにその直前、自らの星が砕ける瞬間を目撃した」

 セレスティナは息をのんだ。
 星、星そのものが消滅していたの?
 スピカは故郷を失ったとしか言わなかったので、セレスティナは、まさかそこまで悲惨なことになっているとは思わなかったのだ。規模が違い過ぎる。

 ――あの方は故郷を失った時、自分の行動を酷く悔やみました。求められるまま与えすぎた、と……

 まさか、ユリウスさんは星の消滅に関わっていたということ?
 顔色を失ったセレスティナに目をとめたシリウスは、彼女の髪をそっと撫でた。

「スピカから何か聞いているのか?」

 はっと我に返った時には遅くて、シリウスはセレスティナの目を見て悟ったようだった。

「そう、君の推測通りだ。ユリウスは最強の化学兵器を作り出す一翼を担い、安易にそれを使用した者達のせいで故郷を失った。銀河の平和を維持するためだと、同じ科学者に諭されて……だが、それも言い訳だな。彼は深く考えることをしなかったんだ。自分が生み出したものがどのように利用されるのか、どのような使い方をされるのか、思いを馳せなかった。周囲の者達への関心が酷く薄くて、ただただ新しい技術を生む出す事にのみ関心があったから、そうなった」
「悲しかった?」

 シリウスの目がセレスティナに向く。青い瞳が微かに揺れたような気がした。

「……分からない」

 シリウスが首を横に振る。

「異界の技術によって、私はサウザーの記憶を追尾しただけだから、まるで他人の人生を見ているようで……ああ、スピカが言ったとおりだ。どうしても実感が湧かない。自分が体験したように感じられない。自分の人生だと思えないんだ」
「それでいいと思うわ」

 セレスティナはほっとすると同時に、ふわりと笑う。

「だって、シリウスはサウザーとしての人生を終えて、こうして生まれ変わったのだから。そうでしょう?」
「ああ、そうだな」

 シリウスがかがんでセレスティナにキスをする。慈しみを帯びたその仕草は温かい。抱きかかえている赤子に目を向け、シリウスは笑った。

「きっと君に似た賢い子に違いない。将来は優秀な魔工技師になる」

 一緒に魔道具を開発しようと口にするシリウスに笑ってしまう。

「子供達と一緒に魔道具を開発したいって夢は、まだ継続しているの?」
「ふふ……それはもう。愛する妻と息子と私とで、将来魔力を動力とした宇宙船を作ろう。家族揃って惑星旅行なんてどうだ?」

 あら、面白そう。
 セレスティナも期待に胸を膨らませる。

「ティナ、パパ! わたくしにもノエルを抱っこさせて!」

 ノエルは赤子の名前だ。そして、夫婦の寝室に押しかけてきたのは、イザークを伴ったシャーロットである。本物のお姉様になれたと喜びもひとしおだ。

「シャルお姉様ですよぅ、あばばばばばばばばば!」

 シャーロットがあやすと、赤ん坊のノエルが嬉しそうにきゃっきゃと笑う。

「将来はドラゴンライダーになったノエルと、一緒に大空を飛び回りたいわぁ!」
「……ドラゴンライダーは一人で十分だろう? この子は魔工技師がいい」

 ひょいっとシリウスがノエルを取り上げ、シャーロットがむくれた。

「一人じゃ寂しいわよう、パパにはティナがいるでしょう?」
「それはそれ、これはこれだ! 妻と息子では立場が違う!」
「妹と弟だって立場が違うわよぅ。可愛いノエルが、シャルお姉様ってわたくしを慕いながら後を追いかけ来るの、ああ、良いわぁ!」

 それぞれ思い描く未来が違うようだ。

「シリウス、私もノエルを抱っこしたいわ」

 セレスティナがそう言って腕を伸ばすも、シリウスの反応は悪い。

「あー、そう、だな……」

 ちらっ、ちらっとベッドの上のセレスティナを見る視線が、なんだか複雑そうだ。我が子は可愛いが、愛しい妻を取られたくないという心情が透けて見えるよう。
 シャーロットが呆れ気味に言った。

「パパ……ノエルにまで焼きもちを焼くようだと、ティナが泣くわよ?」
「……分かっている」

 憮然と言い、抱き上げていた赤子をセレスティナに手渡した瞬間、ノエルが魔力光に包まれた。セレスティナとシリウスの手が赤ん坊のノエルに触れている状態だ。その場にいた全員が目を見張る。

「な……」

 誰もが唖然と見入る中、ふわりふわりと赤子の体から蛍のような光が立ち上り、それが虚空で集積され、一通の手紙を浮かび上がらせた。
 目をこらし、内容を読んでみると……

「……ラブレター?」

 同じように見ていたシャーロットが言う。
 そう、「あなたへの気持ちを伝えたくて、今、ペンを取りました。どうか聞いてください」という言葉から始まるその文は、まさしくラブレターであった。宛名を見てみると、なんとミルティア・サウザーがユリウス・サウザーへあてた手紙である。そこでは、ユリウスに対する恋心が切々と語られていた。

 ――私にとってユリウス様は教師であり養父であり、最愛の人でもありました。ユリウス様は私と一緒に巡った花祭りを、覚えていらっしゃいますか? あなたへの好意はいつしか恋心に変わり、あの時の私は精一杯お洒落をしました。少しでもユリウス様に好きになって貰いたくて。そこで目にしたほんの少し困ったような顔、ユリウス様が綺麗だと褒めてくださったこと、嬉しくて舞い上がったことを、今でも鮮明に覚えています。

 ――ユリウス様、どうか聞いてください。思いの丈を込めて、今ここであなたへの思いを綴ります。ユリウス様、尊敬しています。ユリウス様、愛しています、ユリウス様、大好きでした。いついつまでも、あなたの事を思い続けて忘れません。そして願わくば、今一度出会えますように。

 しんっと周囲が静まりかえる。
 と、手紙に続いて、虚空に一人の少年が浮かび上がる。

『ママ、見ている?』

 可愛らしい少年だ。利発そうな男の子は、目をキラキラと輝かせている。

『僕だよ! ノア・サウザー! もし、ママがこれを見ているのなら、きっと僕は転生魔法に成功したんだね! 良かった! ママともう一度親子になりたいって言ったら、ママは喜んで了承してくれたよね。だから、僕、がんばったよ! もう一度、大好きなママと親子になるんだって、ユリウス・サウザーが残した魔道具を研究しまくって、ママの子として生まれ変われるよう、魔工式を組み立てたの! どう、僕、凄いでしょう!』

 ふんっと胸を張る様子がとても可愛らしい。

『でも、問題はさ、ほら、ママの夫で僕のパパになる人だよね。ママが好きだったユリウス・サウザーよりも良い男じゃないと、僕はママの夫だなんて、絶対認めないからね! ユリウスよりママが愛せる男じゃないと、ママが不幸になっちゃうもの。それは嫌だから、ママがユリウスにあてたラブレターを、こうして持ってきたんだ。これを見て、彼よりずっと良い男になるよう努力してね。じゃ、ママに捨てられないように、がんばって! 未来の僕のパパでママの旦那様!』

 ふうっと消えた。

「今、の……」
「ノア・サウザーって誰だ?」

 シャーロットとイザークが口々に言う。

「さあ? 知らないわ」
「ノア・サウザーはミルティア様の養子で、グレアム・サウザーの先祖ですよ」

 すかさずスピカが答える。

「あ、そうなの? ミルティアって確か……魔工学の祖、ユリウス・サウザーの養女よね。んで、ユリウス・サウザーはパパの前世だったと思うわ」

 シャーロットが呆けたように言い、スピカが補足する。

「はい、ユリウス・サウザーは私のマスター、シリウス様の事ですね」
「で、ママって……ミルティア・サウザーはティナのことだよな?」
「ええ、多分」

 イザークとシャーロットが揃ってセレスティナに目を向ける。

「ティナは前世、パパと懇意にしていたの? というか、その頃からパパの事が好きだったの?」
「いえ、あの……覚えて、ないわ」

 セレスティナは困惑しきりだ。しかも、前世で書いたラブレターを家族に見られるとか、公開処刑も良いところである。記憶にないので、恥ずかしさは半減だが。
 ノア……あの、悪気はなかったと思うけれど、来世まで持ってくるのはやりすぎじゃないかしら。本音を言ってしまえば、暖炉で燃やして欲しかったわ。
 シャーロットがシリウスの方を見る。

「パパ、今の映像、どう思う?」
「……そうだな、前世のティナがユリウス・サウザーを大好きだったということはようく分かった」
「パパったら、なに泣いてるの? 嬉し涙?」
「嬉しいわけあるか! サウザーがどこでティナと会っているのかも分からん!」

 シリウスが激高し、叫んだ。
 え……あら?
 セレスティナは困惑し、スピカを見ると、彼が説明した。

「ダウンロードを途中で停止しましたので、多分、ミルティア様に出会った時の記憶は取り戻していないんだと思います」

 セレスティナがひゅっと息をのむ。

「途中で停止……まさかシリウスの命に危険が?」
「いえ、そこなんですが……多分、サディアス陛下の件で、マスターはセレスティナ様の危険を察知なさったんだと思います。サディアス陛下がおかしな動きをしたあたりから、心拍数に乱れが生じまして、眠っているはずなのに、起こせと命令が飛びました。それで人生半ばでダウンロードをストップしました。セレスティナ様に出会われたのは晩年ですし、その部分がすっぽり抜けているんだと思います」

 シリウスがブツブツと先程目にしたラブレターの内容を繰り返す。

「ユリウス様、尊敬しています。ユリウス様、愛しています、ユリウス様、大好き……ユリウスというくそ野郎を殺したい……」
「パパ! ユリウスは自分だってば!」

 シャーロットが慌てて待ったを掛ける。

「違う! あれは私じゃない! 実感が全然ないから、自分だなんて思えるか! そうだ、あれは双子の兄弟のようなものだ! 姿形が同じだけのまったくの別人だ!」

 シリウスが叫び、スピカが頷く。

「ええ、まぁ、そうなると思いましたが……ご自身で記憶を取り戻さない限り、自分じゃない感が強いでしょうね。記憶のダウンロードは伝記を読むようなものです」

 スピカの意見に、シャーロットが目を剥く。

「ちょっと、何冷静に分析しているのよ! 他に何かいい方法はないの? このままだとパパが暴走しそうよ!」

 周囲の反応そっちのけで、シリウスがセレスティナの肩を掴み、懇願する。

「ティナ、あの男だけは選んでは駄目だ! 言い寄った女と即寝るような男だからな! 絶対女にだらしないぞ!」

 女にだらしない……本当かしら?
 シリウスのイメージと合わなすぎて、セレスティナは困惑するしかない。

「パパ、自分で自分を貶めてどうするのよ! そして、なんでそこでダメージ受けてるの! ちょっと訳分からない!」

 シリウスの訴えに、シャーロットがまたまた突っ込んだ。シリウスが胸を押さえてうずくまり、シャーロットは困惑しきりである。

「……マスターが意図せず、自分で自分の傷を抉ったからじゃないですか?」

 この中で唯一、事情を把握しているスピカが言う。

「ええっ? どういうこと?」
「マスターにとって、あれは心的外傷になるほどの出来事でした。なのに、こうだろうと軽々しく考えて、口に出したのが不味かったようですね」
「……魂レベルで忘れられない傷ってこと?」

 シャーロットが信じられないという顔をする。

「ええ、そうなりますね。マスター、あの、あんまり思い込みで暴走しない方がいいかと……言い寄った女と即寝る羽目になったのは、魔力耐性のないあなたが魅了魔法で操られたからでしょう? これ、もの凄い傷ですよ。これのせいでマスターは……」
「煩い! 今の私の気持ちが分かるか!」

 シリウスがスピカの言葉を遮った。

「ティナに大好きだって言われて、舞い上がって、あのすけこましは、絶対ティナに手を出したに決まっているんだ! ティナに、ティナに、私のティナに! くっそう! あいつはむっつりスケベの変態野郎だ!」
「パパ! だから、ユリウス・サウザーは自分なんだってば!」
「いえ、マスターは、ミルティア様に手を出してはいませんよ」

 スピカが冷静に答える。

「どうして分かる!」
「どうしてと言われても……私はずうっとミルティア様とご一緒でしたよ?」
「四六時中一緒にいたわけではないだろう? マスターであるユリウスに命令されれば、二人っきりにさせたはずだ!」
「ええ、確かにその通りですが……そもそも、マスターとミルティア様は恋愛関係ではなかったというか、マスターと出会った時、ミルティア様はまだ十四才の子供でしたから」

 シリウスの動きがぴたりと止まる。

「……子供?」
「ええ、子供です。マスターが亡くなった時、ミルティア様は十六才でしたが、年齢差は百十八才です。これで恋愛感情を抱けという方が無茶では?」

 シリウスが呆けたように言う。

「年齢差百十八……じいさんだな、おい。これでなんで大好き……ああ、もしかして大好きなお爺ちゃんとかそういう? いや、そんな感じでは、なかったような……」

 シリウスが困惑し、ブツブツ言う。

「ええ、まぁ。マスターの見た目は二十代でしたから。ミルティア様の方には、きちんと恋愛感情がありましたね。ですからあれは確かにラブレターでした」

 シリウスが目を剥いた。

「なんで見た目が二十代!? 魔法か?」
「異界の技術のおかげ、とだけ申し上げておきます。理由は……そうですね。記憶のダウンロードを再開なさいますか?」
「……産後のティナの体調が回復したらな」

 シリウスがむっつりと答え、スピカが頷く。

「ええ、そうですね。その方がよろしいでしょう。彼女に何かあるたんびに停止命令が飛びそうですし。本当にマスターは彼女が好きで好きでどうしようもないんですね」
「……やかまし」

 ぼそりとシリウスが言う。

「シリウス、あの……」

 セレスティナが恐る恐る口を挟む。

「私にも前世の記憶なんてないわ。だから、確かなことだけ言わせてちょうだい。シリウスの前世が誰であろうと、私は今のシリウスが好きなの。愛しているのよ。だから、お願い、私の気持ちを疑わないで」

 シリウスが狼狽えた。

「ティナ、ああ、いや、違うんだ。すまない、君の気持ちを疑ったわけじゃない。ただ、君を取られたくないと思う余り、つい……。あいつを自分だと、どうしても思えなくて……私だったらあんな行動はしない、なのに……」
「それは、今のマスターが魔力持ちだからではありませんか?」

 スピカが言う。シリウスとセレスティナ、そして、シャーロットとイザークの全員の視線がスピカに集まった。

「それも、特大級の魔力の持ち主です。魔力耐性がある今のマスターと、魔力耐性のないあの時のマスターでは、当然、災難に対する対処の仕方は違うでしょう。それと、人生経験による成長の差、でしょうか? 晩年のユリウス様は、長い時を駆けて培った叡智と強靱な精神の持ち主で、そう、今のあなた様と瓜二つです。異界から来たばかりのマスターとは大分様相が違っています。ダウンロードが中途半端で終わってしまったので、今はまだ若い頃のマスターしか認識できていないのでしょう? それもまた、違和感の原因かと……」

 スピカが言葉を添えた。

「ですが、マスター。率直な意見を言わせていただければ、魅了魔法に抗うために、目を潰してまでご自身の意志を貫いたあの時のマスターは、決して今の貴方に見劣りしません。私はそう思っています」

 セレスティナが息をのむ。

「目を潰した?」
「……魅了魔法は美しいと感じる人の心を利用します。そこにつけ込むんです。ですから、マスターはご自身の目を潰し、義眼と入れ替え、人の美しさを理解出来ないようにしました。二度と魅了魔法にかからないように」

 待って、待って、それって……

「も、しかして……それって、人の顔がまるで物のように感じられるようになる、とか? 目、鼻、口の形と位置で人の顔を区別するようになる……」
「ええ、その通りですが……よく分かりましたね?」

 今のシリウスと同じ! でも、シリウスの目は義眼じゃないわ。なのにどうして?
 セレスティナはシリウスの青い瞳を見上げた。美しい瞳だ。空の色を映したようなその色は、微笑めば温かい。

「スピカさん、前世のシリウスと同じ症状が出る、なんてことはある?」
「前世と同じ症状……肉体的な? あるかもしれません」

 ひゅっと喉が詰まりそうになる。

「マスターは生体認証を今世で使うために、どうしても前世での肉体情報を引き継ぐ必要がありました。ですから、そのように転生魔法を組み立てたんです。なので、マシン化した肉体の影響が今世で出る可能性もなくはないでしょう」
「あ、の。マシン化って?」

 セレスティナが恐る恐る問い訪ねる。

「そうですね。アンドロイドの私と同じ……あるいは、マジックドールの体をマスターが使ったと考えたらどうでしょう? 少しは理解出来るのではありませんか?」

 ハロルドが赤い瞳をピカピカさせた。

「人間的な触れ合いが一切できなくなりますよ?」
「ええ、その通りです。人間的な感覚が失われます。風のそよぎも、水の冷たさも分からない。外界から入るのは単なる情報で、心地良いと感じることはありません。ですから、そんな真似は普通しないものです。人間としての精神が持ちませんから。やっても、失われた体の補助として、義眼、義手、義足止まりでしょうね。マスターはほぼ全身、マシンでした。それで長寿だったんです」

 シリウスがふうっと息を吐き出す。

「そこまでして長生きしたかった理由は?」
「マスターが思い出せれば一番なのですが……魔工学ですよ。マスターは新しい文明の幕開けを夢見ていました。そしてそれは、マスターにしか果たせない夢だったんです。魔法と化学の融合は、化学の叡智を携えたマスターにしか出来ない離れ業でしたからね。それを果たした先、マスターは宇宙船の復活を考えていたのではありませんか? あの時と同じように銀河を渡り歩く夢をみたのではないかと、私はそう考えました」

 シリウスの瞳に懐かしむ色が浮かぶ。

「宇宙船の復活、か……確かに美しい船だった」
「ありがとうございます」

 シリウスの称賛に、宇宙船の端末、アンドロイドのスピカが礼を口にする。

「シリウス……」

 セレスティナがシリウスに向かって両手を広げた。

「あなたを、その……ぎゅってしてもいいかしら?」

 抱きしめたいと言われて、シリウスは笑う。ベッドの脇に腰掛けたシリウスの大きな体を、セレスティナが抱きしめた。抱きしめればミントの香りが鼻をくすぐり、セレスティナは口元をほころばせた。大好きな香りである。

「愛しているわ」
「私も、だ」
「たとえユリウスさんじゃなくても愛しているの」
「……ああ、すまない。気を遣わせたようだな。子供じみた嫉妬だ、忘れてくれ」

 シリウスに、ちゅっと頬にキスをされてくすぐったい。

「ううん。私も嫌だって思ったから」
「……?」
「ミルティアさんだったから愛しているなんて言われたら、きっと落ち込むと思うの。だって、彼女の伝記を読んだら、彼女の功績が凄すぎて、到底自分だなんて思えなかったわ。何かの間違いじゃないかって、今もそう思うの。だから、シリウスの自分だなんて思えないって気持ちが、なんとなくわかってしまって、その……」
「ティナ、私は今の君を愛している」
「ええ、信じるわ」

 きゅっと抱きしめる腕に力を込めれば、ふわりと抱きしめ返される。

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