骸骨殿下の婚約者

白乃いちじく

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第四章 真実と虚構の狭間

第五十七話

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「ちょっと大物なんですよ。へたすると呪いを返される可能性もありまして」
 ほうほう。なら、相手はあたしと同じ魔術師ってことか? あるいは高位貴族かね? そういったのは、護衛する魔術師が、がちがちに防御を張っているから手を出しにくい。へたに手を出すと呪いが返って、こちらが酷い目に遭う。ま、そういった防御をすり抜ける方法もなくはない。術者の腕次第だ。
「報酬はいくらかかってもかまいません。あと、命を取るという呪いではないので、ご心配なく」
 あん? 命を取らない呪い? 嫌がらせってことか? まぁ、そういった依頼がないこともない。死ぬまで生き地獄を味わわせてやろうって場合だ。ってことは、政敵を亡きものに、ではなく、やっぱり恨み?
「引き受けて下さるかどうかを先にお聞きしてもよろしいですか?」
「理由と相手によるよ」
 スカーレットがそう言うと、オルノは言いにくそうに言った。
「理由は、ですね……ええっと、そう……気に入らないから?」
「気に入らない……どの辺が?」
「顔、ですね」
「顔……」
 顔が気に入らない? 腹立たしい顔? いまいちよくわからない。
「その、まぁ、何となく?」
 そんな説明が付け足された。
「何となくで呪われた相手が気の毒過ぎる」
「正論ですね。結構まともな方ですか?」
「失礼な奴だねあんた、とっとと帰れ」
「あ、いやいや、待って下さい! もっと怖くて、身も蓋もない方だとばかり思っていたもので、失礼致しました!」
 おやまぁ、元皇族が頭を下げやがった。しぶしぶまた椅子に腰掛ける。
「その、理由は……嘘をついたら怒りますよね?」
「それはまぁ。へたすりゃあんたが呪われるかもね?」
「ああ、待って待って! 言います、言いますから!」
 老婆姿のスカーレットがにんまり笑うと不気味だったようで、有翼人には魔術は効かないという事実すら蚊帳の外に放り出し、オルノが慌てて言った。
「気に入らないそうです! 目にした方が綺麗すぎて! 自分より綺麗な者が気に食わないんですよ、あの方は! 性格ゆがんでます! あ、ここは内緒で!」
 綺麗すぎて気に食わない?
「じゃあ、呪いって……」
「ええ、まぁ、そういうことです。醜くなる呪いをかけて欲しいと、そういうわけで」
「ふうん? 誰に?」
「引き受けて下さいますか?」
 こちらの反応を伺うようにオルノが言う。
「相手による」
 一応そう言った。理由がくっだらないので、引き受けないとは思うが。
「大物です」
「ふうん?」
 しばし見つめ合う。中々言いそうにない。
 それだけ呪って欲しい相手が大物ってことか……。んでもってルドラスの公爵家の者をこうしてよこすくらいだから、依頼主もルドラスの高位貴族……皇族か? 皇族で顔の綺麗なゆがんだ奴……あ、そういや、いたな。綺麗な顔が自慢のナルシスト。見た目だけは、そうそう、天使みたいにお綺麗な奴だけど、気に入らない者を容赦なく痛めつけるサディストでもある。
 そこで、ふと、嫌な予感に襲われる。あのノエル・ヤンドゥーラ・アーク・ルドラスが気に食わないと言うほどの美貌をもっている超大物? もの凄く嫌な予感がする。
「……魔術大国ウィスティリア」
 スカーレットがぼそりとそう言えば、オルノの体がびくりと震える。当たりかい! スカーレットは頭を抱えたくなった。オスカー殿下を呪えって? このあたしに? 嫌がらせにも程がある。いっそノエル・ヤンドゥーラ・アーク・ルドラスを呪ってやりたいよ! 呪術を弾かれるから無理だけど……。
「あのう……」
「断る」
 そっけなくそう言えば、オルノとやらは肩を落とし、
「はぁ、そうですよね……無理ですよね、あんな大物……」
 いや、大物だから、じゃなくて、オスカー殿下だから嫌なんだよ! しかも殿下を呪ったってのは、あたしにとっちゃ黒歴史だ。元凶はあのくそ王妃だけどな! なのにこいつは、このあたしがオスカー殿下を呪ったっていう事実を知っている。はよ帰れ!
「報酬は城一つ建つくらいですけど……」
 スカーレットが冷めた目で見ていると、
「きっとこの先、あの方がいろいろと優遇して下さると思うんですが……」
 そんな言葉をぼそぼそ口にする。あんなサディストとこの先関わりたいなんぞ露ほどにも思わない。
「欲しいものとかありませんか?」
 ない。つーか、それだったら多分、オスカー殿下に頼んだ方が確実だ。あのくそったれ皇子は魔術を馬鹿にしているからな。その材料に精通しているわけがない。これが欲しいと言ったところで、何それ? で終わるぞ。あんなのとつながり持っても、百害あって一利なしだ。
 オルノがようよう諦めたようにため息をつき、
「では、拘束させていただきますね?」
 そんなことを言い出した。あん?
「私がここに来たとばれると少々まずいもので、一緒に来ていただきます」
 オルノの連れてきていた兵士達が、スカーレットを取り囲む。
 ほう、そう来たか。思わずにやりと笑う。
 ここだけは貴族らしいんだな。のほほんとしたお気楽なお坊ちゃんに見えるのに。政敵を始末して欲しいと依頼に来た者が、こう出ることもある。あたしの口からそういった事実が漏れるのを恐れた場合だ。
 それだけウィスティリアを脅威に感じているんだろうけど、だったら、こんな間抜けな依頼をもってこなきゃいい。顔が気に入らないから呪えって、どこの馬鹿殿だよ?
 パチンと指を鳴らせば、ふっとスカーレットの姿が消え失せる。
「な?」
「どこだ?」
「どこ行った?」
 スカーレットを取り囲んだ兵士達が、泡を食ったように周囲を見回した。
 別に、どこにも行っちゃいない。使い魔と同じ姿になっただけ。そう、たくさんのカラスの中に紛れたのさ。こいつらも馬鹿だね。使い魔にこれだけ囲まれていながらの宣戦布告。あたしに危害を加えると分かった時点で、使い魔達は殺気立っちまってるよ。可愛い子飼いどもはあたしに忠実で、敵認定した者には容赦がない。
 そうそう、クローズの札がかかっているから、外で待っているらしいお仲間の兵士どもは、ここを見つけられないよ? 援軍は諦めな。精々後悔するんだね、この馬鹿どもが。魔女を舐めるとこうなる。
 兵士達の悲鳴を聞きながら、スカーレットはさっさとその場を後にした。ま、一応命だけは助けてやるから感謝しな。そんな言葉を呟きながら。

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