婚約破棄されたら、辺境伯とお試し結婚することになりました

ミズメ

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42 広場の異変

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 城下町へ向かう馬車の中、ティナは窓辺にぴったりくっつき、きらきらした瞳で外を眺めていた。

「フィオおねえちゃま、きょうはクーちゃんのおようふく、つくるんだよね!」
「ええ、生地もリボンも、ティナが選んであげましょうね」

 ティナが抱えるクーちゃん——くたっとしたクマのぬいぐるみは、今日も少し首が傾いていて愛らしい。
 馬車が城下へ入ると、人々の声が賑やかに響き、ティナは小さく跳ねるように喜んだ。

 二人だけのお出かけは初めてだが、馬車の後ろには騎士たちも数名控えている。ヴェルフリートも随行すると言ったのだが、クラウスが執務に連れていっていた。
 まだ、オルドフから聞き出さないとけないことがあるらしい。拘束はすでに二週間に及んでいる。

「わあっ……! きょうはいつもよりにぎやかだね!」
「市の日ですもの。きっと何か特別なものも見つかるわ」

 広場では月に一度マーケットが行われる。フィオレッタも一度だけ参加したことがあるそれに、今度はティナと向かうことができて嬉しい。

 二人は手をつなぎ、仕立て屋へ向かう。
 棚いっぱいに広げられた布地を前に、ティナは目を輝かせた。

「このピンク、かわいい~! こっちのレースはおはなみたい!」
「クーちゃんに似合いそうね。少し刺繍を加えても素敵かもしれないわ」

 悩んで悩んで、ティナが選んだのは桃色のサテン地と、小花柄の繊細なレース。リボンはクーちゃんの目と同じ、柔らかな水色だ。

「これでクーちゃん、もっとかわいくなるよね?」
「ええ、とびきりかわいくなるわ」

 笑顔で店を出ると、広場から甘い香りがふわりと漂ってくる。

「フィオおねえちゃま。いいにおいがするね」
「今日もたくさん屋台が出ているのね。行ってみましょうか」

 期待に満ちた大きな瞳。
 フィオレッタはたまらず頬をほころばせた。

「わあい! うれしいな」
「走ったら危ないわ。はぐれないように手をつなぎましょうね」

 駆け出そうとするティナの手を取る。
 最初の屋台で買ったのは、ハッロングロットルという名前の焼き菓子だ。バターの香りが豊かで、ほろりと崩れる小さな丸いクッキーの中央には赤いジャムがちょこんとのっている。まるで宝石みたいだ。

「じゃむのくっきー!」
「ハッロングロットルっていうお名前みたいね。真ん中のジャムはこけももですって。」
「ろっとんぐはっとる! みたことある~!」

 噴水のそばに座り、ティナはクッキーをそっとつまんで口に運ぶ。
 ほろほろと崩れる食感に、こけももジャムの甘酸っぱさが重なり、ティナの顔がぱあっと明るくなる。

「おいしいね! クーちゃんにも、はいどうぞ」
「クーちゃんもとっても美味しいみたいね」

 フィオレッタは笑いながら、ティナの頬についたジャムをハンカチで拭う。『ろっとんぐはっとる』を気に入ったらしく、二枚目を頬張っているところだ。

「ティナ、口のまわりにたくさん付いているわ」
「えへへ……おいしいもん!」

 笑い声と甘い香りが、春の陽だまりのように広がっていく。
 広場は市の日で賑わっており、売り子の威勢の良い声、子どもたちの走る音、パンの香ばしい匂いが混ざりあう。
 町の人々の笑顔を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなる。

(とても穏やかなところね。ますますエルグランド辺境伯領が大好きになってきたわ)

 広場に来る前に寄った宿屋で、少し驚く話を聞いた。
 あのリゼが、公爵家の侍女を辞してこちらへ移り住むことになったらしい。
 マルタたちと暮らすことが決まり、もうじき辺境へ到着するという。

(それなら、今度は私が道案内をしてあげたいわね)

 思えば王都での息苦しい生活では、こんなふうに誰かの明日を素直に願う余裕もなかった。
 今のグラシェル家や王都の事情も、不思議なほど心に影を落とさない。それだけフィオレッタの心は、この土地で満たされていた。

「フィオおねえちゃま、つぎはなにたべる?」
「ふふ、ティナ。お昼ごはんが入らなくなってしまうわよ?」

 そんな他愛もない会話をしていると、広場のざわめきがふいに変質した。

「……?」

 盛り上がりでも、市の賑わいでもない。
 何かが押し寄せるような、ひそめた声が重なるざわつき。

 フィオレッタはティナの手を握り、そっと振り返った。

 人々が道を避けるようにして左右へ割れていく。
 その奥から、硬い蹄の音を響かせながら、一台の馬車が無理やり広場へ進み入ってきた。

 深紅の布地と黄金の縁取り。見覚えのある、王家の紋章がくっきりと刻まれている。

(どうして、こんなところに)

 馬車は広場の真ん中でぎしりと停止する。
 その瞬間、広場の空気が冷え込むように静まり返った。
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