モブなのに巻き込まれています ~王子の胃袋を掴んだらしい~

ミズメ

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2巻

2-3

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 初めてここで遭遇したとき、ふたりを見て『レ、レグルス殿下とシリウス様⁉』と、目を白黒させていたスピカの姿が懐かしい。そしてそこで、私はこっそりふたりの本当の名前を知ったりもした。
 セイさんは素早すばやくスピカのもとに駆け寄ってお手伝いをしている。
 レオが私のそばを通り過ぎようとした際、私は彼の外套がいとうを少しだけ引っ張った。

「レオ、手紙ありがとう」

 カストルから預かった手紙は、なんだかとてもほっこりとして、嬉しかった。笑顔でお礼を伝えると、引き止められて不思議そうな顔をしていたレオは、ぐっと唇を噛んだ。

「いや、俺こそ急にすまない。……その、会いたかった、から」

 少し頬が赤い。レオの青紫の瞳は、まっすぐに私を見ている。

「うん、私も会いたかったよ! 久しぶりだもんね。学園が始まる前に会えてよかった」
「……っ、ああ」
「じゃあ、急いで作ってくるね」

 そう言い残して、私は急いで厨房へと舞い戻った。
 ちらりと店内の様子を見たが、客足は少しだけ落ち着き、カストルたち騎士団の面々は、もういなくなっていた。

(来月、いよいよ学園が始まるのかあ……)

 先ほどレオに告げた言葉を、再度自分の頭の中でも繰り返す。
 私たちは、学園の入学式を来月に控えている。
 ヒロインであるスピカの入学――それはつまり、乙女ゲームの本番が始まることを意味している。『星の指輪~きらめきウェディング2~』は、入学した学園で、ヒロインが王子や貴族の子息たちとの恋愛を繰り広げるゲームなのだ。
 そのめくるめく学園生活について、私は当初、自分の身に降りかかることだとは全く思っていなかった。田舎いなかに暮らす平民である自分が王都にある学園に通うだなんて、考えていなかったから。
 けれど、後見人の公爵様やお父様に背中を押されて、私もその学園に通うことになった。教育を受けられるというのは、ありがたい。そこで私が選択したのは、平民だけが集まる普通クラス。のびのびとした学園生活を希望してのことだ。
 そのことを報告したら、あとでスピカにすごく怒られたっけ。
 彼女は私が自分と同じ特進クラスに通うものと思い込んでいたらしい。
 絶叫していた彼女の姿を思い出し、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになる。
 確かに平民でも成績や家柄次第では特進クラスに所属することもできるけれど、私からしたら、貴族子息と同じクラスで、面倒なトラブルに巻き込まれることは遠慮したいし、料理やお菓子作りの時間がなくなるのは困るゆえの選択だったのだけど……
 私は友人のスピカが、みずから破滅の道を選ぶようなことをしなければそれでいいのだもの。普通クラスでのんびり見守らせてもらおう。
 そんなことを考えながらてきぱきと調理を進める。

「……うん、上出来!」

 じゅうじゅうとバターが泡立つフライパンをひねって、チキンピラフの上にふるりと揺れるオムレツをのせる。
 ナイフで切れ目を入れると、丸く盛りつけたピラフに沿ってタンポポのような玉子の花が咲いた。ほこほこした湯気と共に、チーズもとろりとあふれ出す。
 あわてて駆けつけてきてくれた友人のために気合いを入れて作ったオムライスは、今日一番の出来だ。

「ミラちゃん、それ二階に運ぶの? 手伝うよ」
「イザルさん、ありがとうございます! デザートのほうをお願いしてもいいですか?」

 イザルさんが声をかけてくれたので、料理を持っていくのを手伝ってもらうことにする。

「おまたせしました。オムライスです」

 二階へ運ぶと、キラキラと瞳を輝かせるレオがそこにいた。

「これが……おむらいす……!」
「とてもいい香りですね」

 隣のセイさんもはずんだ声で黄金色こがねいろの未知なる食べ物を眺めている。

「そしてこれがデザートね! よーっし、俺もここで食べていこっと」
「わあ! イザルさんイザルさん、わたしの分もありますかっ⁉」
「勿論あるよ~」

 イザルさんが人数分のミルフィーユを隣のテーブルに置くと、スピカがすぐに駆け寄っていく。
 早速さっそくぱくりとオムライスを口に運んで恍惚こうこつの表情を浮かべるレオと、にこにこと満足げに咀嚼そしゃくをするセイさん。
 スピカもイザルさんも、嬉しそうにミルフィーユを頬張っている。
 この幸せな空間が、私はとても好きだ。



   二 運命の入学式


 それからのひと月はあっという間に過ぎた。
 学園の入学式を明日に控え、食堂を訪れたスピカは、なぜだかテーブルに突っ伏してしょげている。
 元気がないことを不思議に思いながら、私はいつもの部屋に彼女を案内して、用意しておいた特別な食事を運び込んだ。

「ミ、ミラ、これは……!」
「今日は特別に、だよ」

 私が持ってきた料理を見た途端、気落ちしていたスピカの頬には朱が差し、お姫様のような目が大きく見開かれて輝いた。

「ご飯に味噌汁、肉じゃが……! 玉子焼きにおひたし、何これ、完全に和定食じゃんっ」

 スピカは早口でそうまくし立てる。
 その様子に、私も思わずにっこりと笑顔になってしまう。
 そう。私が今日スピカに用意したのは、和食だ。

「お米が用意できるようになったから一回やってみたかったんだけど、この感動を分かち合えるのはやっぱりスピカだけかなと思って」
「確かに……!」

 オムライスのおかげで、お米はみんなに好意的に受け入れられたようだった。
 あれから少しだけ米の販路は拡大し、食堂で正式に仕入れることが可能になった。
 物珍しさからオムライスを頼む人も増えたが、うどんが国民食とはいえ西洋風の料理が多いこの国では、白米が人々の口に合うかはわからない。
 だから、こうしてなんの味つけもしていない、まっさらな白米を出すのはスピカが初めてだ。
 ほっこり肉じゃがとお味噌汁。そうしてそこに、そっと緑茶を添える。
 本当に、先人の知恵には感謝したい。この世界でまた日本食に出会えるなんて本当にありがたい。
 うどんや醤油しょうゆ、味噌や緑茶といった食材は、二十数年ほど前に当時の第二王子が考案したと言われている。
 そしてこの『当時の第二王子』こそが、私のことを預かってくれているジークハルト・バートリッジ公爵なのだけれど……
 ご本人に詳しく話を聞いてみると、本当の発案者は、今は隣国の王妃となっているリリー王女だということが判明した。彼女の案を形にしたのが公爵様と、彼の護衛騎士だったうちのお父さんだったそうだ。
 私のお父さんは、護衛騎士時代から離宮の厨房に入り込んで料理をしていたらしく、その腕前を見込まれてジークハルト殿下の助手となったらしい。そんな昔話を聞いて、やっぱりそうだったのかと納得してしまった。
 それから紆余曲折うよきょくせつがあり、お父さんはあの町でお母さんと出会って宿屋の主人になった。そして生まれたのが私だ。
 意外と自分の生い立ちが複雑で、話を聞いたときには驚いた。でも、おかげでいろいろと合点がてんがいった。
 いつか醤油しょうゆを発明した人と語り明かしたいと思っていたけれど、隣国の王妃様ならば、語り合うのはどう考えても無理そうだ。残念。もしかしたら私たちと同じ転生者かも、と思っていたのだけど。
 そんなことを考える私の目の前で、スピカは勢いよく肉じゃがを食べていた。

「わあぁ~まさかの和定食っ……向こうにいた頃はありがたさとか何も感じなかったのに、こうして改めて食べるとみる……」

 あまから醤油しょうゆ味のじゃがいもを頬張って、スピカがしみじみと呟いた。
 そういえば、彼女のルーツについてはそこまで掘り下げたことがない。私はふと頭に浮かんだ疑問をそのままスピカにぶつけてみた。

「スピカは大学生だったんだよね。何学部だったの?」
「えーっと、経済学部……っていっても、全然だよ⁉ ミラみたいに、今世に活かせるスキルは何もないし。入学してすぐだったし」
「そう? でもほらスピカって、前から計算とか得意だったでしょ? 孤児院のシスターのお手伝いするようになって、みんな助かるって言ってたよ」
「……!」

 何やら瞳がうるうるとうるみ始めたスピカに、私はにこりと微笑む。気付かないふりをして「さ、食べようか」と言ってみると、彼女は味噌汁を一気に流し込んだ。
 スピカが来る日は、私もこうしてゆっくりさせてもらえるからとてもありがたい。
 そうして食事を終えて、ひと息ついた頃。窓の外を見遣りながら、スピカはぽつりと呟いた。

「……ねぇ、ミラ。明日の入学式のイベント、起きると思う?」
「迷子になったヒロインが、王子様に案内されるってやつ?」

 確かスピカは、そうやってくだんの乙女ゲームは始まると言っていたはずだ。
 私の答えに頷きながら、スピカはさらに続けた。

「そう。兄のアークツルスと待ち合わせをしていたはずのヒロインがなぜか中庭に迷い込んで、そこで金髪の王子様と対面するの。そのあとも攻略対象者全員と順番に会うんだけどね。一周目だったら隠しキャラ以外の」
「……ふーむ。どうだろうね。小説とかだと、『ゲームの強制力』とやらで、どんなに抵抗しようとゲームどおりの展開になるってパターンも割とあったけど」

 思い返しながらそう言ってみる。
 断罪を回避しようとする悪役令嬢が、結局イベントに巻き込まれてしまう例は見たことがある。
 まあそれも、電波ヒロインが無理やりイベントを起こしていたりもするのだけれど。

「……正直、何がどうなるかわからなくなってきたの」
「え?」

 しぼり出すような声を出したスピカは、ものげに視線を窓の外に向けた。

「あの頃は、なんでもゲームどおりになると思ってたけど、そこからミラと仲良しになって、実際に貴族令嬢として王都に来て、それから食堂に入りびたるうちに……」

 表情を曇らせる彼女を見ていると、私もつられて真剣な顔になる。
 何かあったのだろうか。そう心配になってしまう。

「もう既に第一王子と先生以外のメンバーに出会っちゃってるってどういうことなの⁉ ゲームでは入学したあとが初対面のはずなのに! 隠しキャラも全然隠れてないし、しかもみんな、よくよく考えたらゲームのときとキャラ違うしっ!」

 急にそう言って、ばあんっと机を叩いて勢いよく立ち上がったスピカに、私は呆気あっけに取られてしまった。
 確か、第一王子と先生以外のメンバーといったら、スピカの義兄のアークツルスさんに騎士のカストル、それと商家のメラク。そして、隠しキャラだと言って教えてもらったのは、第二王子のレオ、護衛騎士のセイさん、そして公爵様だったはずだ。
 スピカは公爵家に招待されたこともあるため、公爵様とも面識がある。そうやって考えてみると、確かにほとんどの人と出会ってしまったことになる。それも、この食堂で。

「ん? みんな性格が違うって、どういうこと?」

 スピカを落ち着かせて席に座らせながら、私はそう質問をした。
 元々のゲームを知らない私にとっては、今のみんなしか知らないわけで……頭の中でそう言いながらも、なんだか混乱してくる。
 私はスピカから聞いたことのある設定を思い出しながら口に出した。

「アークツルスさんは優しいし、メラクは年下ワンコって感じだし、カストルも女嫌い……だよね、多分。スピカから聞いたとおりだなって私は思ったけど。ああでも、公爵様だけは全然違うかなぁ。レオたちはわかんないけど」

 まだ私も会ったことのない第一王子は、メインヒーローらしく正義感に満ちあふれた人で、学園の先生がフェロモン垂れ流し系の人なんだったよね。
 そういえば、第二王子のレオとその護衛騎士のセイさんについては、スピカから詳しく聞いていなかった。他の人たちは、ざざっと思い出した感じでは、特に違和感はないように思う。
 私なりに考察していると、スピカは眼光するどく私にびしりと人差し指の腹を向けた。

「そう、その隠しキャラの三人が特に違うのよっ! その三人はみんなもっと病弱で陰鬱いんうつで冷酷で、ツンデレでヤンデレでクーデレな感じだったの! ヒロインがその傷をやさないといけないから攻略するのに時間がかかるし、周回プレイしないと出てこない難度の高いキャラクターだったのに。……現実は、なんか全員さわやかじゃない⁉」
「病弱で陰鬱いんうつで冷酷……って、公爵様だけじゃなくて、誰も当てはまらないねぇ」
「でしょでしょ! 第二王子のレオ様なんて、ゲーム上では実の兄である第一王子への羨望せんぼう嫉妬しっとで闇落ち間近って感じのキャラクターだったはずなのに、こっちではいつもキラッキラしてて、光のエフェクトを背負ってるし……!」
「そうなんだ。キラキラかあ、ふふ、確かに」

 スピカの熱弁を聞きながら、いつももぐもぐとご飯を食べるレオの姿を思い浮かべる。レオが闇落ち間近なんて、とても想像がつかない。
 それに、公爵様はそもそも健康体で愛妻家だ。攻略対象者たり得ない。
 セイさんだって、とても冷酷そうには見えない。レオを見守る藍色の瞳は、いつだって優しさに満ちている。
 そんなことを考えながら、私は緑茶をずずずとすすった。
 こうしていると和菓子が食べたくなるが、この世界に小豆あずきはあるのだろうか。大豆だいずはあるのだから、きっとどこかにあるに違いない。春といえば、桜餅さくらもちだよね。
 私が和菓子へと思いをせていると、小さなため息が聞こえた。

「……ミラが前に言ってたことが、よくわかった。『ゲームと現実は違う』って、こういうこと?」

 声のトーンを落としたスピカは、上体をテーブルに預けて突っ伏した。

「まあ、そもそもゲームを知らない私にとっては、この世界だけが現実なんだけどね」

 そう答えながらふわりとしたスピカの髪に手を伸ばして、頭を撫でる。
 よく手入れされた金の髪は、指通りもよく、さらりと落ちる。
 輝くような美しさが増し、貴族令嬢として立派に育っているスピカ。このまま、幸せになってほしい。
 彼女を撫でていたら、なぜか母親のような気持ちが湧いてくる。

(あ……。あれ?)

 ふと脳裏によぎったのは、小さな手が私の指を掴む映像だった。今の手とは違う、大人の私の手。
 私はもしかしたら、前世で本当に母親だったのかもしれない。

「……ねえ、ミラ。お願いがあるんだけど!」

 がばりと顔を上げたスピカが、頭を撫でていた私の手をいつの間にか両手でしっかりと握り込んでいた。スピカは私の手をおがむように包み込み、うるうるおめめで上目遣いに見てくる。

「やっぱり入学式でのイベントが本当に発生するのかが気になるから、明日は一回中庭に行ってみない? 大丈夫、こっそりのぞくだけだから。現地で待ち合わせしてさ」
「えー……ま、でも、私も気にはなるけど」
「でしょ⁉ ゲームで見た限りでは、木がたくさんある緑だらけの中庭だったから、きっと隠れる場所もあるし、ね? イベントがなければ、そのままわたしたちも入学式に出ればいいもの」

 スピカはそう言って、手に少しだけ力を込めた。多少不安はあるが、ゲームヒロインのスピカが私と一緒にいるのなら、そもそもそんなイベントなんて起きない可能性が高いし、むしろ起きないでほしい。
 それに、イベントが起きなかったら、この世界とゲームは関係ないってわかるもの。

「わかった。じゃあ、約束ね。時間は――」

 そうして私は、明日の入学式の前に、スピカと落ち合う約束をした。
 これからの学園生活、実際にどのように事が運ぶのだろうか。
 スピカが言っていたようにゲームの出来事が起こるのか、そうでないのか。

「はあ~。ミラが一緒にいてくれるなら安心だわ。今日の夕方にはもう学園の寮に入らないといけないじゃない? だからその前にどうしても話をしておきたかったの」

 心配している私をよそに、約束を交わしたことで安堵あんどしたのか、スピカの表情は晴れやかだ。
 私もこの昼食の時間が終わり次第、荷物をまとめたかばんを持って学園に向かわないといけない。

「じゃあ明日、寝坊しないでね、スピカ」
「任せて任せて~」
「……うーん、すごく心配だなあ。……あれ?」

 スピカに念を押していると、部屋の扉がこんこんとノックされた。
 ミラちゃん、と呼ぶ声はイザルさんのものだ。
「なんか前にも似たようなことあった……」とスピカが呟くのを聞きながら扉を開けると、やはりそこには予想どおりイザルさんが立っていた。

「ちょっとだけ、顔を出してくれないかな。……レオ様が来てるんだ」
「レオが?」

 私のその声に反応したのか、スピカは素早すばやく顔を上げた。

「ダメです~今はわたしとミラの時間なんだからっ。明日からなかなか会えないだろうし、充電中なの!」
「いやまぁ、スピカちゃんの気持ちもわかるけどね。ほら、レオ様だって明日からなかなか会えないわけで……」
「ふーん、イザルさんはあっちの味方なのね」

 ぷくりと頬を膨らませて怒るのは、スピカの常套じょうとう手段。可愛らしいものだ。
 言い争いを始めるイザルさんとスピカを前に、私はひとり置いてけぼりだ。

「スピカとは明日からも同じ学校の敷地内にはいるんだから、いいんじゃない?」

 そう口を挟んでみると、ふたりからのするどい視線を一身に浴びることとなってしまった。
 私をキッとにらんだスピカは、うらめしそうに口を開く。

「学園内では貴族と平民じゃ校舎が違うし、寮だって離れてるっていうじゃない!」
「一緒だといろいろ揉めそうだもんねぇ」

 貴族と平民の揉め事、よくありそうなことだ。そうならないようにきっちり分けているのは最善の策だと思う。私が頷くと、なんとイザルさんまで私を恨みがましい視線で見てくる。

「貴族側の校舎にある特進クラスにも行けたのに、ミラちゃんがわざわざ普通クラスを選択するから……俺もメラクを説得するの大変だったんだからね……!」
「公爵様もオットーさんも、どっちでもいいって言ってくれましたので……。普通クラスのほうが私は気が楽です」

 イザルさんがメラクを説得した件は初めて聞いた。メラクは確か、特進クラスに行くんだったよね。商家としては貴族の子息息女と繋がりを持ったほうがいいのだろうけど、私は普通クラスで十分だもの。
 思うがままに返事をしているとスピカとイザルさんはやがて諦めたようにため息をついた。

「……はあ、そうよね、ミラは料理以外は興味ないものね。レオ様はどこ? 好きなだけミラと話したらいいわ……」
「スピカちゃん、ありがとう……」

 急にしぼんでしまったふたりは最終的に和解したようだった。
 ふたりが私を見る目が少し虚ろなのが少しせない。
 颯爽さっそうと部屋を出ていったイザルさんは、いつもの外套がいとうを着たレオとセイさんをこの部屋に連れて戻ってきた。もはやお決まりのパターンになりつつある。
 スピカがこの食堂に来るタイミングとよく被っている気がするけれど……きっと偶然なのだろう。
 私はイザルさんに手伝ってもらいながら、ふたり分の肉じゃが定食を用意する。

「ミラ、このニクジャガもすごく美味おいしいな……!」
「ふふ、ありがとう。はいこれ、レオの好きな焼き鳥だよ。あ、セイさんにも」

 甘辛あまからい味つけの肉じゃがを食べているレオたちに、私はおまけの焼き鳥を差し出した。

「ありがとうございます。この香り、たまりませんね」
「ああ。ヤキトリは美味うまいからな」

 セイさんの言葉に、嬉しそうに同意するレオ。
 よっぽどお腹がいていたのか、美少年と美青年ははぐはぐと肉じゃがと焼き鳥を食べ進めていく。その様子を見ているだけで、とてもやされる。

「……このふたり、どう転んでもこれから闇落ちすることとか絶対なさそうだわ……」

 私の後ろでそう呟いたスピカの声はどこかあきれを含んでいて、私も心の中で大きく頷いた。


 そして訪れた、入学式当日の朝。
 私は今、スピカと約束したとおりに学園の中庭の近くで彼女が来るのを待っている。
 待ち合わせ時間はもう過ぎたはずなのに、未だに彼女は現れない。

(スピカってば寝坊でもしたのかな? どうしよう、私だけここにいても仕方ないから、もう戻ったほうがいいのかな)
「そこで何をしている?」

 ぐるぐると思案していると、男性のものと思われる威厳と落ち着きのある声が、背後から聞こえた。その知らない声に、思わずびくりと肩が跳ねる。
 建物の壁から恐る恐る声がしたほうをのぞくと、私がいる場所から数メートル離れた中庭の中央付近に、男女ふたりの人影が見えた。

「ご、ごめんなさいっ、わたし、道に迷ってしまって」

 先ほどの声のぬしと思われる人物に対し、申し訳なさそうに頭を下げているのは、どう見てもこの学園の制服を着た女子生徒だ。私への問いかけではないことに、ひとまず安堵あんどする。

「君は……新入生か。……仕方がない、私が講堂まで案内しよう」
「……! ありがとうございますっ」

 学園内で迷子になっているらしいその女生徒と話しているのは、きらめくような金の髪に、紫の瞳を持つ、美麗な容貌ようぼうの男子生徒だった。さっきの声の人だ。
 彼は少しの間視線を彷徨さまよわせたあと、女子生徒に尋ねる。

「……ここで、誰か見かけなかったか」
「いえ。わたしだけです。それにしても、案内してくれる方がいてよかったです、知っている人が誰もいなくって不安だったので」

 少女はうっとりと頬を染めながら、いそいそとその美青年のそばへと駆け寄っていった。
 彼女のピンクブロンドの髪がふわふわと揺れる。
 表情を崩さない完璧な出で立ちの男子生徒は、スピカからの事前情報から考えてみても、どう見ても第一王子だろう。
 これはまさに、話に聞いていたイベントのとおりなのではないだろうか。

(これが……いわゆる『強制力』? 本当にあるんだ……)

 スピカがいなくてもイベントは発生してしまうらしい。
 私が驚いている間にも、ふたりは話を進めていく。

「そうか。では行こう。まもなく式が始まる」
「はいっ‼」

 女生徒は軽やかな足取りで、にこにこと笑みを浮かべながら第一王子に追従する。
 まさに絵に描いたようなシチュエーションが、目の前で繰り広げられている。
 暫く息をひそめてそのふたりの背中を見送ったところで、私の頭の上に疑問符が浮かんだ。

「ところであの子、誰だろう?」

 思わず、その言葉が口からこぼれ出た。そしてそのとき、誰かの声が聞こえた気がして、あわてて口を押さえる。建物の陰に身を隠したまま、中庭に再度視線を戻して、きょろきょろとあたりを見回した。

(……あれ? 誰かの声が聞こえた気がしたけど)

 聞き間違いでなければ、「誰?」という呟きが聞こえたように思えたのだ。それ自体が幻聴なのかもしれないけれど。
 そう思っていると、私がいるのとは反対側の茂みが急にわさわさと揺れた。

「ほら見なさい、ウィル。やっぱりイベントは起きたでしょう」

 がさりという葉がれる音と共に、その茂みからはつやめく赤髪が美しい綺麗な女子生徒と、ダークブロンドを後ろに撫でつけた執事服の男が現れた。
 赤髪の女生徒が着ている制服は、私が着ているものよりもずっと豪華で装飾が多い。
 その出で立ちは、彼女が貴族であるか裕福な家の娘であることを表している。つまりは特進クラスの生徒なのだろう。

「うーむ……。にわかには信じがたいですが、確かにお嬢様が言ったとおりの展開ではありましたね。ですが、誰、とはどういうことです?」
「え? その、まあ、わたくしが思っていた子とは違ったから驚いたのだけれど……まあ、だいたい同じだわ!」

 不思議そうにする執事服の男性の問いに、赤髪の女子生徒は少し動揺しながらもそう言い切った。

(あれ? あの人たちって……食堂によく来ていた、ベラさんとお付きのウィルさん?)

 よくよく見ると、なぜか茂みから現れたそのふたりは、私が知っている人たちによく似ていた。というか、間違いなく本人たちのような気がする。食堂の常連さんだ。
 三年前に食堂でキャベツが大量入荷された事件があり、私はそれを解決するためにメンチカツやらお好み焼きといったメニューを開発した。
 そのときちょうどお客さんとしてその場に居合わせたふたりはその料理をいたく気に入ってくれて、それ以来よく食堂に顔を出してくれるようになったのだ。
 あのあざやかな赤い髪と、陶器とうきのようなつやつやのお肌。どこか妖艶ようえんな雰囲気もある意志の強そうな瞳を持った美しい女性が、そう何人もいるはずがない。


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