悪役令嬢のおかあさま

ミズメ

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番外編置き場

◆【もしもの世界】 エピローグ

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◆◆◆◆


 カーテンの隙間から朝日が差し込む。
 その光がちょうど顔にあたり、眩しさからテオフィルは目を開けた。
 どうやらいつのまにか眠っていたようだ。


「――私は……」

 妻だった彼女ヴァイオレットはたくさんの罪を犯した。
 娘であるバーベナを使い、王子の婚約者の座を守るために悪行を積んだ。

 王であるアルベールから裁定を受け、それでも身分による情状酌量を受け、牢に繋がれるでもなく、離縁をして娘共々地方での軟禁生活となった。

 だから現在、この屋敷に住むのはテオフィルと娘のアナベルのみ。
 同じ公爵家の中で罰せられる者とそうでない者があること自体がおかしいが、そのような裁定に落ち着いたのは、アルベールとテオフィルが旧知の仲である事と、第一王子がアナベルを妃にと強く望んでいることが理由だろう。


 彼女との離縁は、ずっと望んでいたことだった。
 望まぬ結婚を強いられた時から、侍女のアンナと親しくなり始めた頃から、こうありたいと、願っていたことだった。


「……ヴァイオレット」

 離縁を告げたときの最後の彼女の姿を思い出す。
 彼女の琥珀の瞳からは、ぽろぽろと真珠のような涙がこぼれた。
 以前のようにヒステリックに泣き喚くでもなく、声を出すことなく静かに泣いていた。

 その姿は、幼い少女のようだった。

 そして、ヴァイオレットの隣で彼女を支えていた娘のバーベナは、一度もテオフィルを見ることはなく、頭だけを下げて2人で馬車に乗り込んでいった。


「私は……俺は、何をしていたんだ……」

 アンナとの純愛を貫いたつもりだった。
 だが結局、彼女を正式な妻にすることは叶わず、日陰者として後ろ指をさされたまま最後は病で呆気なく儚くなった。
 彼女に贈った髪飾りやリボン、その他の宝飾品も、結局は日の目を見ることはなかった。

 望まぬ結婚相手だったヴァイオレットと子を成し、そこで貴族家の義務から解放されたと思い、妻子を顧みることも無くなっていった。

 アンナが亡くなったのと時を同じくして、ヴァイオレットの父であるブライアムも病で亡くなった。
 そのタイミングで、アンナとの子であるアナベルを正式に公爵家の令嬢として迎えてからは、ますます妻と衝突することが増えたが取り合わなかった。

 ヴァイオレットの愛が、幼き日から自身に一心に向いていることは分かっていた。
 自分に近付く他の者たちを後ろ暗い方法で蹴落としていた事も薄々気が付いていた。

 ――向き合わなかったのは、俺だ。

 見ないように蓋をして遠ざけた。
 結婚が決まってからも、必要以上に彼女と話さなかった。

 傷付いた顔をしていることは分かっていたが、アンナさえも貶めた彼女に憤りを感じ、まともに取り合わなかった。

 結局、誰も幸せにできなかった。
 ヴァイオレットも、アンナも。
 それは、自身の弱さが原因なのだ。ただ、向き合いたくなかった。自分に、親に、彼女に。
 だから楽な方に――身近にいて、不運な境遇をもつアンナに逃げたのだろうか。
 始まりは愛か同情か、はたまた憐憫だったのか、今となっては判別がつかない。
 愛だったと信じたいが、こうして周りに誰もいなくなった今では、もう分からない。


「もう、とり返しがつかない……」

 ただその事だけは分かった。
 ずきずきと頭が痛む。
 頭を押さえながら窓辺から眼下を見下ろすと、手入れの行き届いていない庭園は所々に枯れたような様子が見える。

 公爵家の主人であるテオフィルも、そしておそらく夫人のヴァイオレットも。これまで庭園の様子を気にかけてなどいなかった。誰も指示をせず、そしてヴァイオレットの癇癪のために度々辞めさせられる使用人たちは入れ替わりが激しく質も落ちていく。

(あの夢は……俺の理想、なのか……)


 夢を見た。
 花が咲き誇る公爵家の庭園で。
 テオフィルとヴァイオレット。それにアルベールやアンナ、リリーにジーク。
 見た目からすると、学生時代のような自分たちは、楽しそうにお茶会をしている。

 笑顔に溢れて、笑い声が満ちている。そんな幸せな風景がそこにはあった。

 あまりにも現実とかけ離れている。
 そして、二度と還らない、日々。

 テオフィルは思考を止め、カーテンを閉めた。
 薄暗くなった部屋で茫然と立ち竦む。



 その後、アナベルは王子の婚約者となり、のちの王妃となった。
 異母姉や母親が問題を起こした事や、彼女の母の身分が低い事から口さがない事を言うものもいたが、何よりも王子が望んでいたため、その結論におさまることになった。

 ただ、父のテオフィルはあまり社交界に出なくなり、時折国王のアルベールと静かに酒を飲む。

 ヴァイオレットとバーベナはどうなったのか。アルベールとテオフィル以外、誰も気に留めるものはいない。
 そして2人も、立場上彼女たちに手を差し伸べることが出来ない。

 静かな室内には、グラスを置く音がいやに響く。


「……どこで間違ったんだろうか」

 そう零したのは、どちらだったのか。


 ――こうしてこのもうひとつの物語は、幕を閉じた。



 ◆◆◆◆


 ―――――――――
 ―――…………
 ……………



「ん……」

 何か顔にふわふわとしたものが当たってくすぐったい。
 ちょうど眠りから覚めかけていたテオフィルは、ゆっくりと眼を開ける。

 そして直ぐに、自身をくすぐっていたものの正体に気が付いた。

「……レティ」

 腕の中では、菫色の髪をした最愛の人が眠る。
 彼女の呼吸に合わせて小さく上下するそのふわふわとした髪が、時折テオフィルの顔に触れるのだ。

「ん……テオ……?」

 名を呼んだからか、ヴァイオレットが身動ぎをして目を開ける。
 まだちゃんと覚醒しきっていない、とろりとした琥珀色の瞳を見ていると、ますます愛しさが込み上げてくる。

「おはよう、レティ。ふたりして随分ぐっすりと眠ってしまっていたな」
「ふわ……そうね……もうこんなに、明るい……」
「もう少し眠るか?」
「うん……」

 猫のように丸まりながら、ヴァイオレットはテオフィルの胸元に頬をすり寄せる。
 おそらく寝ぼけているのだろう。

 もう少し、寝かせておくか。

 そう思いながら愛しい人の頭を撫でていると、何やら廊下が騒がしい。
 バタバタと走る軽い足音と、慌てたような大人の声。

 そしてそれは、この部屋に近付いてくる。


「ーーっ、坊っちゃま、いけません!」

 女の咎める声と、この寝室の扉が開く音がしたのはほとんど同時だった。

 そして、テオフィル譲りの茶色のふわふわした髪がぴょこりと見える。

「父さま、母さま! 今日はいいお天気ですよ」

 鍵をかけていたはずだが、侵入してきたのは長男のノアだ。そしてその後ろには姉のバーベナの姿もある。


「ああ、おはよう。2人とも朝が早いな」
「父さまたちが遅すぎるんです。ねえ、すごいでしょう、姉さまに教えてもらった鍵開け、僕もこんなに上達しました!」

 ふたりとも得意げな顔をして、父であるテオフィルを見つめている。その姿を見て、テオフィルは苦笑する。

(……婚前に義父が言っていたのはこのことか)


『――寝室には鍵を3つつけるように。もちろん内鍵だ』

 子供達の悪戯対策に、と言い切る義父ブライアムの言葉の意味がその時は分からなかったが、ようやく分かった。
 おそらくヴァイオレットの弟のグレンあたりが2人の寝室に侵入してしまったのだろう。

「……ふたりとも、まだレティは眠いようだ。静かに出来るか?」

 こんな騒がしい中でも、彼女はしっかりと瞳を閉じて、柔らかな寝息も聞こえてくる。
 起こさないようにテオフィルはそっとベッドから降り、人差し指を口の前に持っていきながら子供達の元へと向かう。

 静かに、の意図が伝わった子供たちは、慌てて小さな両手を口元に置いた。

「私が着替えたら、3人で庭園の散歩でも行こう。2人が育てた花も、そろそろ咲く頃だろう」
「わあ! 行きます!」
「ノア、だめよ、しーーっ」

 待ちきれずに走り出した2つの小さな背中を見つめる。
 突入を阻止できずに青い顔をしていたメイドも、テオフィルに深く頭を下げるとまた子供たちを追いかけていった。


「……おやすみ、レティ。いい夢を」

 眠る彼女に近づいて、その白い額に優しく唇を落とす。
 先程、何かひどい夢を見た気がするが、全て吹き飛んだ。
 
 テオフィルは静かに扉を閉めて部屋を出る。
 そして急いで着替えると、足早に家令を訪ねた。

 早急に寝室の鍵を3つにするように。
 そう告げた後、不思議そうに肯く家令をその場に残してテオフィルは子供たちの元へと赴く。

 
 公爵家の庭園にある温室では、皆で育てた菫の花が見頃を迎えている。
 先に着いていた子どもたちは、テオフィルが向かって来るのを見つけると、弾けんばかりの笑顔を見せる。そしてその光景を見る彼も、とびきりの笑顔を浮かべた。







―――――もしもの世界 完

もしもの世界の結末を書き損ねていたので、ここで……。
もしもの世界ではすごくダメテオですが、嫌いにならないでくださいね笑

 
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