悪役令嬢のおかあさま

ミズメ

文字の大きさ
45 / 55
アンナ=セラーズ編

その14 王宮

しおりを挟む
 朝になり、一団は城を目指して出立した。

 ちらりと後方の集団に目を向けると、リリー王女の侍女と護衛の騎士の人数が減っていた。癖で人数と人相を覚えていたのだけれど、わたしが調べようと思っていた女もいなくなっている。
 

「どうかしましたか」

 澄ました顔をしているユーリアン様に視線を向けると、何事もないかのような表情で返された。
 ……これは絶対に、何かを知っている。


「いいえ。なんでもありません。先に色々としていらしたのですね。私がお茶を淹れたときですか?」
「そうですね。昨晩は月が美しかったので、少し外を散歩していました」
「……私も、行きたかったです」

 昨夜、ジークハルト殿下にお茶を淹れている時、ユーリアン様は退室した。
 暫くしてから戻ってきてはいたが、あの時に何か手を打ったようだ。確かにあの男を運んでいたようではあったけれど……。

 私もこれまで殿下を苦しめてきた人たちに何かしたかったのに。そんな思いでそう言うと、ユーリアン様はため息をついた。

「未婚の令嬢にそんなことはさせられません。手を汚すのは私と影たちだけで結構です。それに、そんなことは殿下がお許しにならないでしょう」

 殿下というのはジークハルト殿下なのかアルベール殿下なのか、と一瞬考えていると「どちらもです」という平淡な声が飛んできた。
 涼しい顔をしているが、流石はアルベール殿下の近衛隊長を務めているだけのことはある。

「それに、ヴァイオレット様もきっと知ったら悲しみます。あなたの存在でジークハルト殿下は随分と心が安まったはずです。それでいいのではないですか」
「ユーリアン様……」
「ほら早く馬車に乗ってください。王宮まであと少しです」

 不満げな顔をしたまま、ユーリアン様に促されて馬車に乗り込む。既に中にいた殿下に頭を下げて、向かい合うように腰かけた。

 私とジークハルト殿下は馬車に乗り、ユーリアン様はそれに併走する形で馬に跨る。
 馬車に乗り込む前に見た風景では、もう視線の先にはお城の姿がはっきりと見えていた。

 ようやくここまで来たのだな、と少しだけ肩の力を抜くことが出来た。




 ◇


 城下町に入ると、王家の紋章が入った馬車の登場に民衆がざわめき立っているのが車内からでもひしひしと感じられた。
 馬車もスピードを落としてゆっくりと進んでいる。

 この国の王子と王女が共に移動しているのだ。それも当然だろう。

 
「アンナ、窓を開けてもいいか?」
「危険ではないですか? まだ気を抜いてはーー」
「大丈夫。民が見ているところでそんなことはしない筈だ。せっかく集まってくれているのだから、顔くらい見せないとな」
「……わかりました」

 殿下は窓を開け、民衆に手を振った。
 窓を開けた瞬間に大きな歓声が起こり、ますます熱気が湧いている。


「ジークハルト様ぁ~~!」
「お帰りなさい!」

 民からの評価が高い、と自分で言っていただけあって、民衆の熱気は彼に対する確かな信頼を表していた。

 あの時は食文化くらいで、と思ってしまったけれど、食文化こそ民に根付き、そこから色々と広がる大きな可能性を秘めたものだ。
 だって私たちは、毎日食事をするのだから。

 食事のために材料を揃え、材料のために生産や流通が発展していく。確かにそんなことをよわい8歳でやり始めた王子に、羨望と嫌悪の感情が集まるのは、自然の摂理なのかもしれない。


「ーーどうしたアンナ。難しい顔をして」

 ひととおり手を振り終えた殿下は窓を閉めてまたゆっくりと腰を下ろす。

「いえ。ジークハルト殿下はやはり、王子様なのだなと……考えていただけです」
「ふ、なんだそれは」

 もう少しで王宮に着く。

 どうか彼が無事に伝えられる事が出来た時は、彼をつけ狙う人たちも、もう諦めて欲しい。


「ジークハルト殿下。お願いがあるのですが」
「なんだ? アンナの願いだったらなんでも叶える」

 真面目な顔でそう言うものだから、少し驚いてしまったけれど、私は懸命に笑顔を作った。
 慣れていない笑顔は、少しぎこちなかったかも知れない。


「その……殿下が発明されたという食べ物を私も食してみたいのです。美味しいお店をご存知でしょう? 一緒に行ってもらえませんか。殿下が無事に臣籍降下のことをお伝えできた暁には」

 驚きからか、一瞬きょとんとした表情を浮かべていた殿下は、しばらくするとゆるゆると破顔した。

 いつの間にか強く握りしめてしまっている拳には、お仕着せのスカートがしわくちゃになって詰め込まれている。


「勿論だ。下町に、以前話した人に教えてもらったお勧めの食堂がある。アンナとの約束を守るために、絶対に父と兄に伝えなければならないな。ありがとう、アンナ。頑張ってくる」
「……私の方が殿下よりひとつ歳上の筈です。子供扱いしないでください」

 ぽふ、と頭に乗せられた彼の手が気恥ずかしくてそう応えると、ジークハルト殿下は「悪い」と笑いながらその手を引っ込めた。

 すぐには実現しないかも知れない。
 だけど、いつか叶うといいな。

 そう信じて、王宮までの道のりを、馬車に揺られるのだった。
しおりを挟む
感想 271

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

悪役令嬢なのに下町にいます ~王子が婚約解消してくれません~

ミズメ
恋愛
【2023.5.31書籍発売】 転生先は、乙女ゲームの悪役令嬢でした——。 侯爵令嬢のベラトリクスは、わがまま放題、傍若無人な少女だった。 婚約者である第1王子が他の令嬢と親しげにしていることに激高して暴れた所、割った花瓶で足を滑らせて頭を打ち、意識を失ってしまった。 目を覚ましたベラトリクスの中には前世の記憶が混在していて--。 卒業パーティーでの婚約破棄&王都追放&実家の取り潰しという定番3点セットを回避するため、社交界から逃げた悪役令嬢は、王都の下町で、メンチカツに出会ったのだった。 ○『モブなのに巻き込まれています』のスピンオフ作品ですが、単独でも読んでいただけます。 ○転生悪役令嬢が婚約解消と断罪回避のために奮闘?しながら、下町食堂の美味しいものに夢中になったり、逆に婚約者に興味を持たれたりしてしまうお話。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! アルファポリス恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 *他サイトでも公開中 なろう日間総合ランキング2位に入りました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。