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夜会は面倒だ。
華やかなパーティの片隅で、地味な藍色のドレスに身を包んだライラは、提供されている軽食をとりあえず摘んでいた。暇なのだ。
(こんな時間があるのなら、研究室の方に行きたいです。あと少しで薄毛の成分を無効化できそうなのに)
煌めくシャンデリアの元、鮮やかなドレスや宝石を身に纏う令嬢たち。そして、彼女たちをダンスに誘う麗しの貴公子たち。
あちらこちらに人の塊が出来ており、皆楽しそうに談笑している。
壁の花になるライラを物珍しそうにちらちらと眺める者もいるが、それらは気にも留めず、ずっと考え続ける。
ぼんやりと会場を眺めていると、向こうの窓際に飾られている花木に目が止まった。
ギザギザの濃い緑色の葉に、愛らしい小さな赤い実がたくさんついている。リスマスという名のそれは、冬によく見られるものだ。
(……そうです。リスマスの実を媒体に使うのはどうでしょう。ガツーショに含まれる酵素の5α-リダクターゼを軽減できるかもしれません。そうすれば、薄毛も軽減されて……)
「ライラ! こんな所にいたのかっ」
(早速試しにいきたいですね。誰も見ていないようですし、あの花を少しいただいて、もう帰ってもいいでしょうか? 王家主催の夜会だからと無理やり出席させられましたが、もういいでしょう)
「おい、ライラ! 聞いているのか!」
バン、と壁を叩く音がして、考え事に夢中になっていたライラはようやくそちらに顔を向けた。
恰幅の良い壮年の緑髪の男性が、顔を真っ赤にしてライラを睨みつけている。
「――ゲルティ叔父様。こんばんは。どうかなさいましたか?」
知っている男だった。
ライラの叔父で、現ハルフォード伯爵家の当主である、ゲルティ=ハルフォード。
「相変わらずみすぼらしいこと。よくその姿で夜会に出席出来ますわね。わたくしがいくら言っても聞かないのだから……」
その横にいるギラギラと飾り立てた淑女は、叔母であるオバールだ。
「お義姉さま……ぐすっ、わたしへのあてつけですの……? わたしが意地悪しているみたいに見せたいからって」
「そういうわけでは」
「ひどいですっ!」
大袈裟に泣いているのは、従姉妹のギーマインだ。現在は義妹にあたるだろうか。
「まあ可哀想なギーマイン。ライラ、謝りなさい!」
オバールはそう言ってライラを睨み付ける。
(またいつもの、ですか)
ライラは内心大きくため息をつく。
――ハルフォード伯爵家は、この叔父家族に丸々乗っ取られた。
大好きな母が亡くなって、その後を追うように何の予兆も無く父が倒れた。ライラが学園に通っていたとき、リカードとも出会う前のことだ。
未成年だったライラの後見の座についたゲルティは、そこから間もなくして当主となった。
親戚にもライラを支持する者はなく、全員が叔父についた。もしかしたら、ずっと前からそうだったのかもしれない。
元々の部屋もギーマインのものとなり、ライラの私物はほとんど売り払われた。
ライラが唯一持っているドレスは、母の形見であるこの一着のみで、ずっと研究室に隠していた。
母が大切に手入れをしていた薬草園も、ライラが邸に戻った時には跡形もなく整地されていた。
家には居場所がないライラだからこそ、研究室は救いだった。あの場所で寝泊まりすることもフォンたちは許してくれたし、食事を摂ることも出来たのだから。
ライラから全てを奪ったその張本人たちがここにそろい踏みである訳だが、それでもライラにひと言言わねば仕方がないらしい。
「全く……。相変わらず薬品臭い娘だ。家にも帰らずに、破廉恥な」
ゲルティは鼻をつまむような素振りを見せながら、ライラを見て顔をしかめる。
「あら、においますか? おかしいですね、試薬品の無香薬を使ってみたのですが……まだまだ改良の余地はありますね。叔父様、ご助言ありがとうございます」
ライラはドレスの袖をくんくんと嗅いでみる。匂いというものは自分では分からないものだと聞く。
そうであれば、まだ他人に対して不快な匂いが残っていると言えるだろう。
(何が足りなかったのでしょうか? ボーンの枝をもう少し長く煮出したほうがいいのかもしれないですね。少しだけオーミソ花の香りを足してみるのも――)
ライラが再び考えを深めていると、ゲルティは呆然としていた顔を引き締める。
「ぐっ……。お、お前というやつは本当に研究狂いだな!」
「ふふ、そうなんです。照れますね」
「褒めてないぞ!? なんなんだ、お前と話すと調子が狂う! さっさと用件を済ませることにするっ!!!」
ゲルティはそう言うと、書類のようなものをライラに突きつけた。
""婚約誓約書""
少し黄ばんだ紙には確かにそう書いてある。
末尾の署名は確かに叔父のものだ。ライラの名前も記載されている。
(婚約……私が、ですか……?)
首を傾げるライラを見て、ゲルティはせせら笑った。
「喜べライラ。お前の婚約が決まった。この決定は覆せないからな。ギディングス公がお前のような娘を娶ってくださることに感謝するといい」
夜会は面倒だ。
華やかなパーティの片隅で、地味な藍色のドレスに身を包んだライラは、提供されている軽食をとりあえず摘んでいた。暇なのだ。
(こんな時間があるのなら、研究室の方に行きたいです。あと少しで薄毛の成分を無効化できそうなのに)
煌めくシャンデリアの元、鮮やかなドレスや宝石を身に纏う令嬢たち。そして、彼女たちをダンスに誘う麗しの貴公子たち。
あちらこちらに人の塊が出来ており、皆楽しそうに談笑している。
壁の花になるライラを物珍しそうにちらちらと眺める者もいるが、それらは気にも留めず、ずっと考え続ける。
ぼんやりと会場を眺めていると、向こうの窓際に飾られている花木に目が止まった。
ギザギザの濃い緑色の葉に、愛らしい小さな赤い実がたくさんついている。リスマスという名のそれは、冬によく見られるものだ。
(……そうです。リスマスの実を媒体に使うのはどうでしょう。ガツーショに含まれる酵素の5α-リダクターゼを軽減できるかもしれません。そうすれば、薄毛も軽減されて……)
「ライラ! こんな所にいたのかっ」
(早速試しにいきたいですね。誰も見ていないようですし、あの花を少しいただいて、もう帰ってもいいでしょうか? 王家主催の夜会だからと無理やり出席させられましたが、もういいでしょう)
「おい、ライラ! 聞いているのか!」
バン、と壁を叩く音がして、考え事に夢中になっていたライラはようやくそちらに顔を向けた。
恰幅の良い壮年の緑髪の男性が、顔を真っ赤にしてライラを睨みつけている。
「――ゲルティ叔父様。こんばんは。どうかなさいましたか?」
知っている男だった。
ライラの叔父で、現ハルフォード伯爵家の当主である、ゲルティ=ハルフォード。
「相変わらずみすぼらしいこと。よくその姿で夜会に出席出来ますわね。わたくしがいくら言っても聞かないのだから……」
その横にいるギラギラと飾り立てた淑女は、叔母であるオバールだ。
「お義姉さま……ぐすっ、わたしへのあてつけですの……? わたしが意地悪しているみたいに見せたいからって」
「そういうわけでは」
「ひどいですっ!」
大袈裟に泣いているのは、従姉妹のギーマインだ。現在は義妹にあたるだろうか。
「まあ可哀想なギーマイン。ライラ、謝りなさい!」
オバールはそう言ってライラを睨み付ける。
(またいつもの、ですか)
ライラは内心大きくため息をつく。
――ハルフォード伯爵家は、この叔父家族に丸々乗っ取られた。
大好きな母が亡くなって、その後を追うように何の予兆も無く父が倒れた。ライラが学園に通っていたとき、リカードとも出会う前のことだ。
未成年だったライラの後見の座についたゲルティは、そこから間もなくして当主となった。
親戚にもライラを支持する者はなく、全員が叔父についた。もしかしたら、ずっと前からそうだったのかもしれない。
元々の部屋もギーマインのものとなり、ライラの私物はほとんど売り払われた。
ライラが唯一持っているドレスは、母の形見であるこの一着のみで、ずっと研究室に隠していた。
母が大切に手入れをしていた薬草園も、ライラが邸に戻った時には跡形もなく整地されていた。
家には居場所がないライラだからこそ、研究室は救いだった。あの場所で寝泊まりすることもフォンたちは許してくれたし、食事を摂ることも出来たのだから。
ライラから全てを奪ったその張本人たちがここにそろい踏みである訳だが、それでもライラにひと言言わねば仕方がないらしい。
「全く……。相変わらず薬品臭い娘だ。家にも帰らずに、破廉恥な」
ゲルティは鼻をつまむような素振りを見せながら、ライラを見て顔をしかめる。
「あら、においますか? おかしいですね、試薬品の無香薬を使ってみたのですが……まだまだ改良の余地はありますね。叔父様、ご助言ありがとうございます」
ライラはドレスの袖をくんくんと嗅いでみる。匂いというものは自分では分からないものだと聞く。
そうであれば、まだ他人に対して不快な匂いが残っていると言えるだろう。
(何が足りなかったのでしょうか? ボーンの枝をもう少し長く煮出したほうがいいのかもしれないですね。少しだけオーミソ花の香りを足してみるのも――)
ライラが再び考えを深めていると、ゲルティは呆然としていた顔を引き締める。
「ぐっ……。お、お前というやつは本当に研究狂いだな!」
「ふふ、そうなんです。照れますね」
「褒めてないぞ!? なんなんだ、お前と話すと調子が狂う! さっさと用件を済ませることにするっ!!!」
ゲルティはそう言うと、書類のようなものをライラに突きつけた。
""婚約誓約書""
少し黄ばんだ紙には確かにそう書いてある。
末尾の署名は確かに叔父のものだ。ライラの名前も記載されている。
(婚約……私が、ですか……?)
首を傾げるライラを見て、ゲルティはせせら笑った。
「喜べライラ。お前の婚約が決まった。この決定は覆せないからな。ギディングス公がお前のような娘を娶ってくださることに感謝するといい」
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