失声の歌

涼雅

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見捨てた

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俺には結局、書く以外の手段は無いのだ。

目覚めの悪い朝を迎えた日の夜、見捨てたスケッチブックを探しに、森に訪れた

昨日の雨でぐしゃぐしゃに濡れていても、土に塗れて汚くなっていても、どうしても取り返したかった

しかし、置き去りにしたはずのところには見当たらなかった

絶対にないだろってところも探した

木の上

土の中

石の下

だけど、紙切れひとつ、見つけられなかった。

俺の存在が消えてしまったかのような感覚に、思わずしゃがみこむ

水溜まりに浸かってしまうことも気にならなかった

あの日までの、俺達の記憶が全てなかったことになってしまったようで。

想いも手をすり抜けて落ちていく

あぁ、大事なものだったんだ

はじめての想いでいっぱいになったあの紙の束が。

失ってから気がつくなんて、遅すぎる

心が空っぽになってしまったかのような、そんな感じ

耐えられない

まだ月がのぼっていない今の時間では、彼に会うことは無い

彼のことを何も知らないけど、それだけは直感でわかった

いつまで経っても見つからないスケッチブックは、もうどこかに行ってしまったのだろう

誰かが見つけて、拾ったかもしれない

はたまた、獣が咥えてどこかへ持って行ってしまったかも。

どちらも結果は同じこと

俺の手元に帰ってくることは、無い。

はぁ、と音にならない溜息をつく

また泣きそうになって唇を噛み締めた

俺の言葉、捨てなきゃよかった

もうここにはいられそうにもなくて、後悔を抱いて立ち去った。

彼に会えるかも、もう分からない。
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