失声の歌

涼雅

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喧騒

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声の出ない生活にも慣れ始めて、羊も牧羊犬も羊飼いの仲間達もだんだん俺の変化に対応してくれるようになった頃

急に、死にたくなった

この生活に慣れる前まで常に思っていたこと

最近はあまり思わなくなったこと

いま、不意に願ってしまったこと

生きる意味ってなんだろ

そんな思いがあったのかもしれない

放牧地からの帰り道、俺の足は普段通らないような道へと進んでいった

村の者なら入らない森の方へ。

普通なら帰ってこられないと言われる深い森の中へ。

どうでもいいと、何もかもどうにでもなってしまえと、そう望んだ

月が沈んで朝が来て、望まなくても明日はやってくるんだ

来る日も来る日も声が出ない

願ったって叶わないのなら、もう、いいや

喧騒が煩わしくて、それを遮断するように、木の実を常に耳にはめ込んでいた

でも、何故か俺の手は、ただなんとなく、それを外した

久しぶりの外の喧騒

煩いものたちが騒がしく過ごす外の世界

人が話して鳥が羽ばたき、牛が鳴いて足が土を踏みしめる

この音達が嫌いだ

また音を遮断しようと耳に手を伸ばした時

耳障りな騒音の中で、ただひとつ、優しい音が鼓膜を震わせた

木の実は手からすり抜けて落ちていく

それを拾おうとは思わなかった

思う暇すらなかった

優しい音が耳から離れない

深い森に足を踏み入れた
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