失声の歌

涼雅

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歌姫

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いままで好きではなかった他人の声を、好きになった瞬間が忘れられなくて、村に訪れるサーカス団や他の旅芸人達を見て回った

誰もが歌っている訳では無いけれど、それでも歌姫の存在は見つけられた

でも、また好きになれるような歌姫はいなくて、少し聞いてはその場を立ち去って、また別の歌姫を探して…を繰り返していた

彼にまた会えるかもしれない、なんて淡い考えだった

淡い考えで、甘い考えだ

どれだけ探しても、あの日の俺の言葉のように見つけることはできないのだから。

羊飼いの仕事をこなしながら、来る日も来る日も期待と落胆を繰り返す

仕事が終わったら探しに行くんだと意気込んでは、また駄目だと、現実を見た

俺はその度に耳にはめる木の実をぐっと握りしめてしまう

そして今も、彼に会う前は当たり前にしていたこと_木の実をはめようと耳に手を伸ばした

その瞬間

周りの雑音がサッと消える

いつかの、好きだった声が

今でも忘れられない大好きな歌声が鼓膜を震わす

手から木の実が滑り落ちる

そんなことに構っている暇なんて、ない

音のする方へ

歌声の響く方へ

いつも出会っていた場所_あの深い森とは真反対の場所

村の人々が取り囲む、月明かりの眩しいステージ

そこには煌びやかな衣装を身にまとい、赤い石の装飾をつけた白肌の茶髪の男性が立っていた

それは月のスポットライトに照らされて歌うサーカス団の歌姫。

あぁ、あいつはまだ歌を歌っていたんだ

男なのに歌姫だなんておかしいよね、と悲しそうに笑っていたのを鮮明に思い出す

それでも歌姫になりたかったのだと言っていたのも忘れられない

歌声にしか価値が無いのだと、泣いていたことも忘れるはずがない

なぜ歌声にしか価値が無いと言うのかを深く聞ける仲ではなかった。

いまではそれが、歯痒くて仕方がない

でも

『歌姫になるはずだった彼は、歌姫になっていた』

この事実がどうしようもなく嬉しくて、村人をかき分け彼の近くへと駆けていった

茶色の髪が月光を浴びて煌めいていた

それは、彼が身につけているどの装飾よりも、綺麗だ

薄暗い森の中では到底見られなかった美しさが眩しい。

歌姫の歌はどれも聞き覚えのあるものばかりで、胸が締め付けられる

この歌は俺が仕事で失敗して泣きそうだった時に

この歌は俺がいい事があったって話した時に

_この歌は、あいつが歌が好きではないと、言っていた時の

色んな歌を聴く度に、閉じ込めていたはずの記憶が溢れ出す

あの日置き去りにしたスケッチブックはどうしているだろうか

探しに行っても見つからなくて、捨てたものだから、と諦めたけれど

心のどこかでは諦めきれていなかった

見つけてくれてるといいな、なんてね…。

俺はまた、彼の声が好きになる
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