失声の歌

涼雅

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羊が鳴いた

歌姫とまた明日と言いあった翌日。

俺は羊飼いの仕事の最中だ

目の前に白い綿が通り過ぎていく

萌木色の草がくるぶしの辺りまで生い茂っている

空を見上げれば眩しいほどの青色に目が眩んだ

音にならないため息をひとつ、ついた

伝えたいことが、多過ぎた

多過ぎるあまり、自分が伝えなければいけないことはなんなのか分からなくなってしまった

謝らなくちゃいけない

ありがとうってまだ言えてない

想いだって返せてない

次々と湧き出る伝えなければならないことに頭が埋め尽くされ、乱される

また、ため息をつきながらしゃがみ込むと、白い毛玉たちが俺を取り囲む

まるで、大丈夫だとでも言うかのように優しくその身を擦り付けてきた

彼らの体温と、光を浴びたせいで温かくなった羊毛にぎゅっと抱きつく

自分を落ち着かせるように、息を長く吐いた

……難しく考えすぎていたのかもしれない

急な出来事が重なり過ぎただけだ。

伝えたいことが多過ぎただけだ。

伝えなければならないこと、なんてないんだ

多過ぎたって根本的な部分は変わらない

あぁ、なにから伝えようか

どれを多く伝えようか

伝えなければならないことじゃなくて、を考えよう

先程とは打って変わって、混乱した頭はすっきりしている

声を出せない俺のことを、言葉以外で慰めてくれた羊たちを抱き締める

ありがとうと気持ちを込めて。

クリアになった思考で今夜のことを思う

情けなくしゃがみ込んでいる必要はもうない

今日の空のように晴れやかな気持ちで立ち上がる

羊たちの白い視界は開けた

遠くから紫音しおんが俺を呼ぶ声が聞こえる

腰の辺りまで羊たちに囲まれたまま、大きく手を振った

俺に気がついた彼は、囲まれている状態を見ておかしそうに笑顔を弾かせた

そんな彼に負けないくらいの笑顔を返す

羊を掻き分けながら、今夜、彼に伝えたいことを穏やかな気持ちで考えた
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