天ぷらに愛を、(with 女神のお使い)

浜柔

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女神のお使い

第七話 リアルド

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 迷宮を出た翌日、ミクーナが以前注文していたと言う帆付きの荷車を受け取ってきて旅の準備をする。
 普通は馬や牛に荷車を引かせるのだが、それでは速度を出せないために時間が掛かる。少しでも速く移動するため、帆に風魔法で風を当てて進むのである。それに、馬や牛だと世話をするのが大変な上、途中で魔物に襲われるなどして失われると困る。端から魔法頼みであれば損なわれるのは荷車だけだし、荷車なら修理すればいい。
 その翌日の朝にはもうファラドナへ向けて出発する。
 荷車は町の外まで手で引っ張って移動する。いきなり町中で魔法を使って動かすのは危険だと判断したのだ。
 荷車をあたし達と一緒に引くレクバが泣いている。南の門を出て暫く進み帆を張る段になると殆ど号泣だった。
 道程を考えると帰ってくるまでに一年近く掛かるのだから寂しいのだろう。こんなに愛されているミクーナが少し羨ましい。
 出発の準備が終わり、ミクーナはレクバを抱き締めて口付けをする。何かを耳元で囁いた後、もう一度口付けをして出発を告げる。
「ごめんなさい。もう行くわね」
「ミクーナ……」
 あたしとミクーナが荷車に乗るのを見ながらレクバが苦しげにミクーナの名前を呼ぶ。
 ミクーナが呪文を唱えて風を起こし、荷車がゆっくりと動き出す。
「ミクーナぁ!」
 レクバの叫び声が木霊する。こちらから見えている間、彼の姿はずっとその場に佇んでいた。
 ミクーナは一度も振り返らなかった。だけどその目には涙が浮かんでいた。

 あたしとミクーナは運転と風魔法を交互に担当する。運転は曲がろうとする側のブレーキを掛ける事で行うのでコツを掴むまでが少々難しかった。それでも何日も運転していれば十分に慣れた。
 最大の難敵は強い向かい風だ。風魔法を使っていて尚、押し戻されるたりもする。そんな時は周りに通行人が居ないのを確認して荷車をアイテムボックスへと収納し、歩く。
 シリングスへの配達が終わったので、長さ三メートル、幅一メートル半、帆の先までの高さ三メートルほどの荷車ならアイテムボックスに入れられるようになっているのだ。
 その筈だった。
 それと言うのも、通行人が居る場合は荷車を手で引くか移動を諦める事になる。この通行人で最も気を付けなければならないのは、あたしたちが追い抜いた旅人だ。荷車に乗って旅人を追い抜いた後、荷車をアイテムボックスに収納して歩いていて逆に追い抜かされたら目も当てられない。疑念を持たれてしまえば面倒な事になってしまいかねない。
 結果的に荷車のアイテムボックスへの収納を殆どしなくなった。そんな事に神経を磨り減らしてもいい事が無いためだ。
 夜は出来る限り宿屋に泊まった。女だけの二人旅なのだから夜は魔物だけでなく人間も危険である。実際に襲ってきた盗賊も居た。ミクーナが魔法で蹴散らしたので大事には至らなかったが、魔物より人間の方が怖い事もあるのだと知った。

 ガベトラーとの国境までは二〇日ほどで着いた。馬車なら一ヶ月は掛かる距離なのだからかなり速いのは確かだ。しかし、馬車の二倍、場合によっては三倍の速度を出せる事を考えると、その差の少なさに少々がっかりしてしまう。特にミクーナががっかりしていた。
 国境からファラドナまでは更に二〇日ほど掛かった。
 この頃にはあたし一人で風を起こして運転する事もできるようになっていた。ミクーナにどうしてもと強要されてしまったのだ。
 既に、この世界に来てから四ヶ月が経っていて冬が近付いている。冬と言っても、ファラドナは南国に有るので寒くはない。
「何だか、懐かしくもあり、懐かしくもないって感じね」
 ミクーナがファラドナに住んでいたのは四〇年も前の事で、その頃からは随分様変わりしているらしい。全体的に町が大きくなり、建て替えなどもあって知らない建物が多いのだと言う。それでも元から格子状だった道路は昔のままで、町角には昔の佇まいをそのまま残している所もあるらしい。

「確かここだったわね」
 立ち寄った市場の一角でミクーナが呟いた。そこにはチーズを売る屋台が有り、隣には若い店主のパン屋が有る。
「さあ、行きましょう」
 屋台で買い物をするでもなくミクーナはどんどん歩いて行った。あたしは慌ててその後を追う。
 西へ西へと歩く内に町並みは途切れて畑が広がる。二期作の二期目らしき小麦の穂が風に揺れている。
 更に進むと門が有り、そこを抜けるとまた町並みが有った。
「ここは下町よ。ファラドナの市民権を持たない人が住む町」
 それだけ言ってまたミクーナはどんどん歩く。そして古びた宿屋へと入っていった。
 一階は食堂になっていて、店の主らしき老人が受付に佇んでいる。
「リアルドを探しているのだけど、どこに居るのか知らないかしら?」
「あそこで呑んでるよ」
 主が指し示した店の奥に居たのは気配を消しているかのような初老の男性。呑むと言っても、時折酒で口を湿らせる程度でしかない。あれでは酔う事もできないだろう。
「昼間から何をやってるんだか」
 話し掛けるミクーナを見やって、リアルドは目を見開いた。
「ミクーナ!?」
 しかし直ぐに首を何度も横に振る。
「そんな訳がある筈ないな。あんたはミクーナの娘か何かなのか?」
「まあ、そんな所よ」
「そうか、ミクーナとその仲間、レクバ、フォリントス、ドラムゴだったかな? みんなまだ冒険者をやっているのか?」
「いいえ。レクバは酒場の店主、フォリントスはギルド勤め、ドラムゴは死んだわ」
「やっぱり冒険者はもうやっていないのか。俺も別の道を探していれば良かったよ。今更他の仕事なんてできやしない」
「仕事をしているようには見えないのだけど?」
「護衛の依頼を受けようとしても歳を理由に断られるようになってな。今はこの店の用心棒みたいな事をやって飯を食わせて貰ってるのさ。この時間は客も居ないからのんびりしているって訳だ。まあ、俺より爺に食わせて貰ってるんだから情けない話だな」
 聞いていると段々切なくなる。あたしのライフが零になる前に話を切り出そう。
「あのっ! 天ぷら屋さんからお届け物があります!」
「テンプラヤ?」
 リアルドは首を傾げる。
「心当たりは無いが、貰っておこう」
「はい……」
 リアルドの言葉にあたしの方も首を傾げながら、お土産セットを取り出して渡した。今度は二段だ。
 蓋を開けるとリアルドの動きが暫し止まる。そしてゆっくりと息を吐いた。
「そうか。天ぷら屋ってあのねーちゃんの事だったか」
「思い出せたようで何よりだわ」
 ミクーナは少し満足げだ。
「おーい、爺! 爺もこっちに来て食え!」
「誰が爺じゃ! お前だってもう爺の癖して他人を爺呼ばわりするでないわ!」
 そんな悪態を言いつつもリアルドの呼び声に応えて主がやって来た。
「ほら、これは爺の分だ」
 リアルドが重箱の段の一つを主に差し出した。
「何じゃ? これは?」
「天ぷら屋のねーちゃんからの贈り物だ」
「誰だ? それは」
「ほら、四〇年くらい前に居ただろ? 純三の爺と妙に仲良くしてたねーちゃんが」
「おおー、想い出したわい。そうか生きておったのか」
 ミクーナがかなり微妙な顔をしている。きっとあたしも似たような顔をしている筈だ。あれは生きているのとは少し違う気がする。
「わしも歳でこんなには食えん。これをお前も食え」
 主が一旦受け取った重箱を差し出す。
「俺の分は別にあるぞ?」
「それは後でナタラと一緒に食えば良かろう」
 そして二人は天ぷらと薩摩揚げ、チーカマを分け合って食べた。
「届けてくれてありがとうな」
 リアルドがニカッと笑う。
 あたしは悲しくないのに涙が出てきた。
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