魔法陣は世界をこえて

浜柔

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第六一話 新たな光

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 累造は遠見の魔法陣を見ながら一つの構想を纏めようとしている。
 遠見の魔法陣は遠くから見ると白い格子が浮き上がる。半紙程度の大きさの紙を貼り合わせている繋ぎ目の部分がそう見えるのだ。
 その部分に線を引こうと思っても、その僅かな段差で線が撚れてしまう事もあれば、段差が図形の歪みとなって魔力がうまく通らない事もある。そのため無理に描いたりせずに魔力の通り道となる線と魔法陣全体を囲む円程度だけを描いている。
 魔力が通る線だけなら、多少の段差が有っても動く。そうであれば折り畳んでも問題ないだろうと考えた。積層化である。
 ここで問題になるのが、殆どの魔法陣で使っている魔法陣全体を囲む円。これが歪んだのでは魔法が発動しないのだ。ただ、この魔法は魔法の発動範囲を示すものであるため、必ずしも全体を囲む必要は無い。習慣的に全体を囲んだ線を引いていたに過ぎない。
 ならば、魔法そのものである図形を円の外に出してしまえば、円を小さくできる。魔法そのものの図形は機能毎に分けてしまえば一枚の紙に入らないようなものは無い。貼り合わせる前の紙一枚分の広さにまで折り畳める筈である。
 とにかく実験だ。一枚の紙を一旦一〇センチメートル弱に折り畳んで開いた後、光の魔法陣を描いていく。コンセント、受光面の位置、可視光のみを通すフィルターなどを、折り目でできた枠に分けて描く。それらは皆、魔力の経路を示す線で繋がる。そして、折り畳んだ時に表になる枠に、発動範囲を示す円を描き、魔力の経路をその円の中心まで引けば、描画終了である。
 魔法を起動し、円から光が出るのを確認すると、曲がらないように慎重に折り畳んでいく。鉛筆の線同士が直接触れないように、紙を挟みながらの作業である。果たして、折り畳み終わった後も光が消える事はなかった。
 結果に満足した累造は軽くガッツポーズをした。

 累造の作業をずっと見ていたニナーレは、それが光の魔法陣だろうことを察していたが、結果には狐につままれたような気分になってしまった。
「あの、その魔法陣の紙、戴きたいですの!」
「いいですよ」
 累造はあっさりしたものである。
 ニナーレは既に手垢まみれになってしまっている最初の頃に貰った魔法陣の紙を取り出して見比べる。すると、図形の意味を取り違えていた部分が有ったことにも気付いた。
 そして唐突に理解した。
 コンセントやボリュームについては今以て判らない。だが、光の魔法陣のそれ以外の部分は理解できてしまった。
 慌てて自室へと戻って魔法陣を描く。コンセントの代わりとなる図形は神官が使う魔法を元にして既に考案している。不足は無い。
 魔法陣を描く手が震えてしまう。すーはーすーはーと深呼吸を繰り返し、手の震えを抑え付ける。
 そうして、余計に時間が掛かりながらも、一つの魔法陣が描き上がった。
 すーはーすーはー。再度深呼吸で高鳴る鼓動を落ち着ける。そして魔法陣に触れ、魔力を込めつつ起動の言葉を唱えた。
 スッと、僅かに魔力が抜けるのを感じた。魔法陣に魔力が通るのも感じる。そして、込めたよりも遙かに大きい魔力の流れを感じた。
 刹那の後、魔法陣から緑の光が溢れた。
 歓喜。
「やったーーーっ!!! やりましたのーっ!!」
 歓声が雑貨店に響き渡った。

 突然の大声に累造の肩がピクンと跳ねた。累造は一度だけ深呼吸する。そうする間にもパタパタと走る足音が近付く音が聞こえる。
 バァンと部屋の扉が開け広げられた。ノックの事などすっかり頭から抜け落ちているらしい。
「累造さん! やりましたのーっ!」
 ニナーレが誇らしげに魔法陣を描いた紙を掲げた。
 その様子は何か微笑ましい。
「見せて貰っていいですか?」
「勿論ですの!」
 ニナーレが累造の前に魔法陣を広げると、直ぐにコンセントの部分がニナーレ独自のものに置き換わっているのに気が付いた。それは累造には理解できない図形。その意味するところは、この魔法陣が今の時点ではニナーレ専用だと言うことである。
「あのっ、今の声は?」
 声を聞きつけてチーナが駆け込んで来た。それをニナーレを満面の笑みで迎える。
「私の魔法陣が完成しましたの!」
「ええ!? ほんとですか!?」
 チーナが目を瞠った。
「今から、動かしますの」
 チーナも期待するように魔法陣を覗き込んだ。
 ニナーレが自室で起動した魔法は走ってくる間に消えてしまっていたため、今一度起動の言葉を唱える。
 また魔法陣から緑の光が溢れる。
「きゃーっ! 凄い! 凄い! おめでとう、ニナーレ!」
「ありがとう、チーナ」
 二人が抱き合って喜び、笑顔も溢れる。
「やりましたね」
 累造としても感慨深い。
 光の波長をニナーレに理解させるのには少し苦労した。言葉だけで理解できるようなものではないためだ。だが、何故か雑貨店の在庫にプリズムが有ったため、それを購入して実験して見せた。そこからは理解が早かった。
 最初に魔法陣を作る時には緑に絞って出すように指示していたのも累造だ。色を絞っていれば、波長の範囲の指定が正しいのかどうか判り易い。緑なのは可視光の真ん中付近であるためだ。
「あの、でもなぜ緑の光なんですか?」
 チーナが顎に人差し指を当てながら尋ねた。
 尋ねられたニナーレはジト目で累造を見る。
「散々、脅されましたの」
「はい?」
「出す光を間違えると焼け焦げるだとか、腐るだとか言うんですの」
「それは……」
 チーナは苦笑いである。酷い言い草だと視線で累造へと語る。
「嘘じゃない……と言うか、嘘じゃなかったと言うべきでしょうか」
 軽く首を傾げながら答えた。元は太陽光を転送する方式での危険性を説いたものだったのだ。魔力を直接光に変える方式とした今は、それほど強い光は出ない筈である。それでも何か起きてからでは遅いので、念には念を入れて暖房や電子レンジに使われる赤外線やマイクロ波などが出ないように注意した。紫外線やそれより短い波長は以ての外である。
「それで、安全第一を守れないなら教えないと言われれば、従わない訳にはいきませんでしたの」
「累造君は安全第一ですものね」
 納得したらしい。
「それでこの後、ニナーレさんはどうするんですか?」
「どう、とは?」
「一応、目的は達成した事になりますよね?」
「あ、はい。そう言う事になりますの。だけど、もう少しここで研究したいのです」
 今暫くは四人での生活が続きそうである。
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