魔法道具はじめました

浜柔

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第八七話 コンロ

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「今日伺ったのは火の魔法陣についてなのだよ」
「商品化を諦めたんじゃなかったのですか?」
「嫌だな。時間が無くて手を付けられなかっただけだよ。ゴムの開発が一段落して他の者に任せてしまったから、やっと取りかかれるようになったのさ」
 ゴム開発は実際には途上である。ルゼに贈った革靴の靴底はかなり非効率な作り方をしていた。上手く成形できず、歪な形をしたシート状のゴムを製造して切り出したのだ。もっと効率的にしなければ商品化は難しい。ゴムのローラーを使った脱水機の製作も、ゴムの製造の問題が有るために企画倒れとなっている。
「まず聞きたいのは、魔法陣から少し離して火を燃やせるかなのだけど、どうだろう?」
「少し離してですか……」
 累造は首を捻った。低圧でメタンガスを燃やしている関係上、離れた位置で着火しても直ぐに魔法陣表面で燃えるようになる。魔法陣を剥き出しで使っているのでそれは必然だ。そう考えて、離れた位置で燃やすなど考慮すらしていなかった。
 改めて考えると、メタンガスを燃やしているのだから、それを上手く導けば魔法陣から離して燃やすことも可能ではないかと思えた。ガス管の役割を果たす部分とバーナーの役割を果たす部分で分ければいいのだ。
 そして危険にも気が付いた。メタンガスを燃やすと炎は青い筈なのに今は赤い。不完全燃焼をしている色だ。炎が高く立ち上るのも、魔法陣表面で燃え残ったガスが立ち上りながら燃えているためである。
 原因は、魔法陣全面でメタンガスを放出していたことに有る。今まで問題が起きなかったのは竈に煙突が有ったからだろう。
「あちゃー」
 顰めっ面で頭を抱えた。
「いきなりどうしたんだい?」
「今気付いたんですが、この魔法陣は危険でした。商品化されないままで助かりました」
「説明して貰えないかい?」
 魔法陣の炎の正体とその原因について説明したが、ケメンにはメタンガスがピンと来ないようである。「燃える空気が有るんだね?」と判っているのか判っていないのかが判らない問いを返してくる。
「空気とは違いますが、似たものではあります」
 気体と言う点では同じなので、そんな答えになった。
「対処方法は有るのかい?」
「はい。それには少し複雑な器具を作る必要が有ります」
「僕はその器具を作ればいいんだね?」
「はい」
 作るのはガスコンロそのものと言える。ガスの供給と着火装置、それと立ち消え安全装置に相当する部分を魔法陣で賄い、バーナーや筐体、五徳を鋳造する。ケメンに頼むのは鋳造関係だ。
 魔法陣はガスを放出する部分を小さくし、ガス放出の際に圧力も掛ける。着火は筐体の厚みを考慮した高さで行い、スイッチ投入直後の五秒間だけにする。そして、魔法陣から一メートルの距離でメタン濃度が高ければガスの放出を止める機能も付ける。
「随分複雑そうだね」
「魔法陣は二回りほど大きくなる見込みです」
「そうすると、魔法陣が出来るまで具体的な試作は出来ないね。まあ、出来るところから取り掛かるとしよう。大まかにでも図を描いて貰えるかな?」
「勿論です」
 コンロの魔法陣の試作には二日を要した。木の板を彫る必要が有ったのと、間違いが有れば危険なため注意深く魔法陣を作成したことによる。試作品が木の板なのは、直ぐに燃えてしまうこともないだろうとの判断だ。
 実験はいつものように北の草原で行う。世紀末のモヒカンのような奇声を発しながらルミエが魔動三輪を爆走させるのもいつもの風景だ。相変わらずスカートをはためかせて捲れるに任せている。
 累造はついついルミエを目で追い掛けてしまうが、冬の寒い中、タイツのようなものを穿いているので特別な感動は無い。それでも目で追ってしまうのは猫じゃらしに目を奪われる猫のようなものに違いない。
 ルミエが乗っている魔動三輪には少しずつ改造が加えられ、今では空気圧を利用したダンパーも取り付けられている。空気圧では性能が悪いのだが、水密性の確保が難しい現状では油などの流体を利用するのが難しい。
 そうしてぼーっとルミエを眺め続けていると、付いて来ているニナーレに小突かれ、冷ややかな視線を浴びせられた。本来の目的は別に有る。
「は、始めましょう」
 ニナーレから若干顔を背けて目を泳がせつつ宣言してから実験に取り掛かった。準備として魔法陣が入る程度の凹みを探し、水を溜めて魔法陣を浸す。これは少しでも燃える可能性を減らす対処だ。そして実験をする周辺にも水を撒く。跳ね返る水がズボンに掛かって冷たい。冬の寒い最中のこと、風邪を引きそうである。水を撒かずに済ませたくても、枯れ草が皆無な場所が無いために燃え移らないように対策は必要なのだ。
 枯れ草を踏み付けながら水が染み込むのを待ち、頃合いを見計らって魔法陣を水から引き上げて表面の水気を拭う。魔法陣と一緒に湿らせていた板を敷き、その上に魔法陣を配置すれば準備完了である。
 魔法陣を起動する。
『アラホラサ』
 この起動の言葉は以前、チーナに「馬鹿にされたような気分になる」と言わしめてしまったが、唱える累造自身でも馬鹿馬鹿しい気分になる。しかし、意味の有る言葉にしてしまうと魔法陣毎に換えなければならなくなる。単一の言葉にしようとして「魔法起動」のように単純な言葉にしてしまえば、会話の途中でその言葉が出た時に条件反射的に起動させかねない。それを避けようと複雑な言葉にしてしまえば、魔法陣によっては違和感が出て起動に失敗しかねない。それに、言葉は魔力を流す切っ掛けなのだから、言葉に意識を持って行かれるような複雑なものだと本末転倒である。結局は無意味で短い言葉が最適だ。
 これが、水や光の魔法陣で意味の有る言葉を使うなどして模索しながらも、最初に使った言葉に戻ってしまった所以である。今となってはこの言葉に馴染んでしまってもいる。
 スイッチは魔法陣から少し離れて二メートル程の棒を使って押し込むようにして入れる。ぼーっと言う音と共に直径二センチメートル程のガス放出部から炎が噴き上がる。高さは一メートル程で赤い。続けてボリュームを絞ると、炎の高さが低くなり、少し青味が入った。成功ではあるが少し調整が必要だ。
 炎の様子を確認したら水を掛けて火を消す。火打ち石の魔法陣をガス放出部の横に置き、這い蹲るような体勢で火花を散らすと、ぼうんと言う音と共に炎が高く弾けた。
「ひゃっ!」
「うわっ!」
 累造は転がるようにしてその場を離れて事なきを得た。体勢が悪ければ髪の毛くらいは焦げていた筈である。
「危ないところでしたー」
 右手で額の汗を拭うような仕草をしながら遣り切った感を醸し出すが、何も解決はしていない。火は燃えたままだ。
「失敗ですのね」
「ま、まだそう決まった訳じゃないですよ?」
 若干声を裏返させながら答えた。そして「こんな事もあろうかと」と長い柄の付いた大きな柄杓を手に取った。
「これをこう……、と、その前に」
 一旦柄杓を置き、魔法陣に水を掛けて炎を消す。再度柄杓を手に取り魔法陣の上に翳す。目測でやっているので柄杓を少し彷徨わせながら翳し続ける。いい加減腕が怠くなってきた所で柄杓を置いた。
 そしてまた火打ち石の魔法陣で火花を散らす。今度は燃えない。累造はどや顔だ。
「成功ですの?」
「はい。感度が鈍かっただけのようですから、調整すれば大丈夫です」
 水を掛けて火を消した後の実験が何を意味するのか、実のところニナーレにはよく判っていない。日本人である累造にはガス漏れの危険性は常識だったために説明を省いてしまっていたが、ニナーレには常識ではなかったのである。故に疑問も生まれる。
「その仕組みを作ったのはどうしてなんですの?」
 問われてから常識の違いに気付いた累造が説明すると、ニナーレは益々首を傾げる。
「そんなに危ないのなら魔力だけで火を出せばいいんじゃありませんの?」
「え? あ……」

 メタンガスを召喚せず魔力で炎を出す火の魔法陣の作成には一〇日余りを要した。炎の具象化に手間取ったのである。
 出来上がった魔法陣はメタンガスを召喚するものに比べて火力が格段に弱い。炎の具象化で魔力を消費し、肝心の火力がその分だけ弱くなってしまったのだった。

  ◆

「それで二つ有るんだね」
「はい。どちらを商品化するかはケメンさんにお任せします。ただ、魔力で炎を出す方を商品化するとしても、内用にメタンガスを使う方を一つ作って頂けますか?」
「内用?」
「あ、ここ雑貨店の台所で使う分です」
「そう言うことかい。君にはここがすっかり我が家なんだね」
「え? あ……」
 照れくさそうに視線を逸らせながら首筋を引っ掻く累造に、ケメンは柔らかく微笑んだ。
「その点は心配要らないよ。両方を商品化するとしよう。一長一短だから片方に絞らない方がいいだろうからね」

 商品化には更に一ヶ月余りを要した。時間が掛かったのはメタンガスを使う方である。空気とガスの混合に手間取ったのだ。
 その間に累造はガス漏れ警報器も作成した。天井近くに設置してメタンガスを検出したら警報を鳴らすのである。そのガス漏れ警報器を見たケメンからの相談で、硫化水素と二酸化硫黄の警報器も作成した。これらは後に鉱山の必需品となる。

 出来上がったコンロは雑貨店でも直ぐに使い始めた。竈の口の一つを潰す形で上に鉄板を敷いてその上に置く。煙突が使えないため、換気は竈の真上に見える換気口が頼りになる。煙突が使えるように竈の中に入れたいところであったが、焚き口が小さくてコンロを入れることは叶わなかったのだ。
「火が青いなんて少し気持ち悪いですね」
「直ぐに慣れますよ」
 産まれてから異世界に来るまでガスコンロの青い火の方が馴染みの色だった累造の言葉に説得力は無かった。
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